手紙

ともえどん

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てがみ

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 締め切った窓は、白く曇っていた。
 白いノートの罫線上を右手のペンが動いては止まり、そのままページは破られる。数十分はこの繰り返しだった。読書感想文は、この夏休みの初週に全て書き上げてしまえたのに、これを書くのはどうにも筆が進まない。
「タカシくーん、いますかー?」
 空白の上を転がるペンを尻目に、タカシは玄関へおずおずと向かった。
「ターカーシーくーん」
 ぼんやりとした人影が、擦りガラスの向こうで佇んでいた。
「もう許してよー。僕が悪かったよー」
「いやだ」
「ひゃっ」
 タカシの拒絶に、素っ頓狂な声が上がる。
「なんでだよ、僕らは友達じゃないか」
「うるさい」
「ユミちゃんとのことをからかったからといって、なにも絶縁することはないだろ」
「言うな!」
 タカシの剣幕のせいか、人影は少し小さくなった。
「別に、タカシくんを陥れようとしたわけじゃないんだよ」
 ほんとだよ、と呟くと、人影はぼやけていった。
 タカシは裸足のままに勢いよく戸を開けると、タロウがゆっくりと後退りしていた。
「な、なんだよ」
 太く垂れた眉を更に垂らしたタロウは、吃りながらこちらを一瞥した。
「謝りに来たのなら、なんで離れていこうとするんだよ」
「えらく怒ってるから、またの機会にしようかなって」
 タカシはずいっと前に出た。
「それが謝ろうとしているものの態度か」
「聞く気がないなら、しょうがないじゃないか」
 さらに、タカシは前に出た。
「あほう」
「お前の方が、あほうじゃ」
 ふと、雨の匂いがした。
 ぱたたっと頭上で雨音が鳴ったかと思うと、すぐさま土砂降りとなった。
「うわっ」
 声を上げたタロウは、咄嗟に玄関前の屋根下へ入った。
「すごい雨だな」
「夕立だし、すぐに止むだろう」
 タロウの推測も虚しく、雨足は強くなるばかりであった。ややあって、タカシは上り框に腰掛け、砂利だらけになった足を払う。
「止むまで、休んでいきなよ」
 ちらりと、タカシはタロウの腹辺りを見た。
「ちょっとだけな」
 そっぽを向いたままのタロウの口は、綻びかけていた。
 手紙は、もう書く必要はなさそうだった。
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