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31. 食堂にて
しおりを挟む華美ではないが品のある設えの部屋に深い溜め息が響いた。
「まさか寮にも戻れないとは…」
エリアス殿下は昨晩、俺に”護衛よりも大切な任務”を与えた。
――まず自室としての部屋はこのまま王子の隣室を使う事。
次に今日到着予定の隣国の使節団と、一切関りを持たない事。
これらの条件を守った上での任務とは――。
「どうしてこう書類整理ばかりなんだ…」
俺はせっかく綺麗にしたはずのエリアス殿下の資料室と執務室を見渡して、また溜め息をついた。
どうやったらこんな風に書類という書類が混ざり合ってしまうのか、想像も出来ない。
「そんなんテキトーに見て棚にでも直せば?要領ワルイなぁ」
この部屋唯一の大きな窓の前、短く揃えた薄緑の髪を面倒臭そうにかき上げた少年が言った。
日の光に透けた緑は新緑のベールのように爽やかな趣きだが、表情がそれらを全て裏切っている。
「…ツヴァイ様、今日から忙しいと言われていたではないですか」
「あ~それがアンタを見てれば使節団の接待も免除って言われてさ」
にこりと笑った少年の顔に、ついつい子ども扱いしてしまいそうになる。
「王子サマも甘いよな!見える範囲にいれば何してても良いってんだから」
おかしいとは思っていた、昨晩のエリアス殿下の態度からして俺の職場復帰など望んでいるようには思えなかった。
「…ツヴァイ様その言い方は止めていただけませんか…?」
”王子サマ”なんてふざけた物言いが出来るのは、この城の中で彼くらいのものだ。
治癒師は王家に仕えているのではなく、代々の盟約の下に従っているに過ぎない。
厳密には治癒師の彼に、王族に対して特別の敬意を払う義務はないらしい。
それでも単純に俺はこの態度に納得が出来ないのだ。
「そんなの僕の勝手じゃん」
フンとそっぽを向いた少年に、本当に中身は俺と同い年なのかと呆れる。
王族であろうとそうでなかろうと、エリアス殿下は尊敬されるべき人間なんだ。
「オジサンこそ、その言葉遣いさぁ」
「うっ…」
治癒師の正体は国にとっても極秘事項だ。
エリアス殿下からもツヴァイへの口調を改めるよう言われたばかりだ。
だが王族の安全の最後の砦である治癒師を相手に、言葉を崩すのは難しい。
「返事は?」
「…わ、分かった」
今朝からこんな調子で俺は少年と差し向い。エリアス殿下は使節団の出迎えに行かれた。
…これでは閉じこもる場所が寝室から執務室に変わっただけだ。
「はぁ…」
急に書類を置いて立ち上がる俺を見て、少年が片眉を上げた。
「どこ行くの?」
「昼食までこの部屋でとるようには言われていませ…いないから」
使節団の様子を知りたいが、エリアス殿下の様子から俺は徹底的に関わらせてもらえそうにない。
それなら心配を掛けた同僚達の所に顔でも出そう。
そう思って少し軽くなった足を食堂へ向けた。
「ランベルト!皆で心配してたんだぞ!!」
広い食堂に一際大きな声が響き、派手な赤髪に捕まった。
「悪かった、知らせも出せなくて」
俺の肩を叩いて喜ぶハーベスと、隣でニコライも安心したように笑っている。
「面会謝絶と言われて、コイツなんてお前の枕を勝手に涙で濡らしてたんだぞ」
堪え切れないというように笑い出したニコライとは反対に、ハーベスは憤慨した。
「バラすなってあれ程頼んだだろ!?お前こそ友達甲斐がないヤツだなっ!」
いつもは飄々とした態度のハーベスだが、乱暴に制服の袖で拭ったらしく目元が赤い。
「本当に心配を掛けて悪かった…」
「謝るなよ」
「ランベルトのせいではないしな」
「まぁとにかく座ろう、昼まだだろ?」
不自然でないよう振り返ると、ツヴァイはさっさと自分で昼食を用意して席に着いたらしい。
遠くにいる彼にかるく手を振ってから、俺も同期の二人と人目のなさそうな席に座った。
「もう現場復帰か?なんで部屋帰って来ないんだよ?」
「それが…殿下にも心配されて、しばらく寮には戻れそうにない」
「殿下が――…というかお前って本当に弟王子と仲良かったんだな」
スープにのばした匙を止め、悪気無くまじまじと俺を見たハーベスにニコライが呆れる。
「ハーベス…”第二王子”だろ。ランベルトが殿下の乳兄弟なら、特別に心配されて当然だろう」
「いやぁだって”あの”弟…第二王子だぜ?第一王子ならまだしも…」
言葉を濁したハーベスの気遣いに、俺は片方の口角を上げた。
華やかで人好きのするテオドール殿下に比べて、エリアス殿下の評判は良くも悪くも”理性的”だ。
老若男女どんな身分の相手にも分け隔てない対応…裏を返せば誰にも興味が無いように見られる。
ただごく親しい人間から見れば、もちろんそんな事はない訳だが。
人々の上に立つ人物は理知的で公平な人柄を理想とするのに、人間的な魅力は必要だとか。
テオドール殿下の護衛騎士をしていた時、擦り寄って来る人間は様々だった。
”第二王子は人間的な魅力に欠ける”と理由をつけて、第一王子の後ろ盾になりたがる人間が山程いた。
エリアス殿下のことを何も知らないくせに…。
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