死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨

文字の大きさ
36 / 60

31. 食堂にて

しおりを挟む



 華美ではないが品のある設えの部屋に深い溜め息が響いた。
「まさか寮にも戻れないとは…」
 エリアス殿下は昨晩、俺に”護衛よりも大切な任務”を与えた。


 ――まず自室としての部屋はこのまま王子の隣室を使う事。
 次に今日到着予定の隣国の使節団と、一切関りを持たない事。
 これらの条件を守った上での任務とは――。

「どうしてこう書類整理ばかりなんだ…」
 俺はせっかく綺麗にしたはずのエリアス殿下の資料室と執務室を見渡して、また溜め息をついた。
 どうやったらこんな風に書類という書類が混ざり合ってしまうのか、想像も出来ない。

「そんなんテキトーに見て棚にでも直せば?要領ワルイなぁ」
 この部屋唯一の大きな窓の前、短く揃えた薄緑の髪を面倒臭そうにかき上げた少年が言った。

 日の光に透けた緑は新緑のベールのように爽やかな趣きだが、表情がそれらを全て裏切っている。
「…ツヴァイ様、今日から忙しいと言われていたではないですか」
「あ~それがアンタを見てれば使節団の接待も免除って言われてさ」

 にこりと笑った少年の顔に、ついつい子ども扱いしてしまいそうになる。
「王子サマも甘いよな!見える範囲にいれば何してても良いってんだから」
 おかしいとは思っていた、昨晩のエリアス殿下の態度からして俺の職場復帰など望んでいるようには思えなかった。
「…ツヴァイ様その言い方は止めていただけませんか…?」

 ”王子サマ”なんてふざけた物言いが出来るのは、この城の中で彼くらいのものだ。
 治癒師は王家に仕えているのではなく、代々の盟約の下に従っているに過ぎない。
 厳密には治癒師の彼に、王族に対して特別の敬意を払う義務はないらしい。
 それでも単純に俺はこの態度に納得が出来ないのだ。
「そんなの僕の勝手じゃん」
 フンとそっぽを向いた少年に、本当に中身は俺と同い年なのかと呆れる。

 王族であろうとそうでなかろうと、エリアス殿下は尊敬されるべき人間なんだ。
「オジサンこそ、その言葉遣いさぁ」
「うっ…」
 治癒師の正体は国にとっても極秘事項だ。
 エリアス殿下からもツヴァイへの口調を改めるよう言われたばかりだ。
 だが王族の安全の最後の砦である治癒師を相手に、言葉を崩すのは難しい。

「返事は?」
「…わ、分かった」
 今朝からこんな調子で俺は少年と差し向い。エリアス殿下は使節団の出迎えに行かれた。
 …これでは閉じこもる場所が寝室から執務室に変わっただけだ。
「はぁ…」
 急に書類を置いて立ち上がる俺を見て、少年が片眉を上げた。
「どこ行くの?」

「昼食までこの部屋でとるようには言われていませ…いないから」
 使節団の様子を知りたいが、エリアス殿下の様子から俺は徹底的に関わらせてもらえそうにない。
 それなら心配を掛けた同僚達の所に顔でも出そう。
 そう思って少し軽くなった足を食堂へ向けた。



「ランベルト!皆で心配してたんだぞ!!」
 広い食堂に一際大きな声が響き、派手な赤髪に捕まった。

「悪かった、知らせも出せなくて」
 俺の肩を叩いて喜ぶハーベスと、隣でニコライも安心したように笑っている。
「面会謝絶と言われて、コイツなんてお前の枕を勝手に涙で濡らしてたんだぞ」
 堪え切れないというように笑い出したニコライとは反対に、ハーベスは憤慨した。

「バラすなってあれ程頼んだだろ!?お前こそ友達甲斐がないヤツだなっ!」
 いつもは飄々とした態度のハーベスだが、乱暴に制服の袖で拭ったらしく目元が赤い。
「本当に心配を掛けて悪かった…」

「謝るなよ」
「ランベルトのせいではないしな」
「まぁとにかく座ろう、昼まだだろ?」
 不自然でないよう振り返ると、ツヴァイはさっさと自分で昼食を用意して席に着いたらしい。

 遠くにいる彼にかるく手を振ってから、俺も同期の二人と人目のなさそうな席に座った。


「もう現場復帰か?なんで部屋帰って来ないんだよ?」
「それが…殿下にも心配されて、しばらく寮には戻れそうにない」

「殿下が――…というかお前って本当に弟王子と仲良かったんだな」
 スープにのばした匙を止め、悪気無くまじまじと俺を見たハーベスにニコライが呆れる。

「ハーベス…”第二王子”だろ。ランベルトが殿下の乳兄弟なら、特別に心配されて当然だろう」
「いやぁだって”あの”弟…第二王子だぜ?第一王子ならまだしも…」
 言葉を濁したハーベスの気遣いに、俺は片方の口角を上げた。

 華やかで人好きのするテオドール殿下に比べて、エリアス殿下の評判は良くも悪くも”理性的”だ。

 老若男女どんな身分の相手にも分け隔てない対応…裏を返せば誰にも興味が無いように見られる。
 ただごく親しい人間から見れば、もちろんそんな事はない訳だが。

 人々の上に立つ人物は理知的で公平な人柄を理想とするのに、人間的な魅力は必要だとか。

 テオドール殿下の護衛騎士をしていた時、擦り寄って来る人間は様々だった。
 ”第二王子は人間的な魅力に欠ける”と理由をつけて、第一王子の後ろ盾になりたがる人間が山程いた。
 エリアス殿下のことを何も知らないくせに…。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される

あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

伯爵令息アルロの魔法学園生活

あさざきゆずき
BL
ハーフエルフのアルロは、人間とエルフの両方から嫌われている。だから、アルロは魔法学園へ入学しても孤独だった。そんなとき、口は悪いけれど妙に優しい優等生が現れた。

処理中です...