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始まりと鬼編

さいかい

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たった8畳ではあるが。

その空気は異様、第三者から見て、これがどんな状況なのか説明できるだろうか。


一人、つまらなそうな顔で椅子にぐったりと腰掛け、ポテチにかじりつく長耳を垂らす幼女。

一人、床で嫌な素振り一つ見せず背を張って正座するメイド服の女。

一人、地球儀の回転を手で加速させるのに夢中な小麦肌の女。

そして一人、不安定なベッドの上に立ってふんぞり返る、3人を見下すよう振舞う男。

男、宇ノ 廻。この日は正に戦場を前にした男の覚悟で、そこに立っている。

ずっと逃げる事しかしてこなかったものの、自分の弱さとの戦い。


ーーーーーーーーーーー


「ではまず自己紹介から」

「あっはい」

ぴりっとしていた空気のなか、最初に口を開いたのはメイド姿の女だった。

「私はアールグレイと申します、こちらは…」

続いて褐色の女が立ち上がって名乗った。さっきまで遊んでいた地球儀はぼろぼろだ。

「シドゥです!健康第一!」

「そしてこちらが」

「バニー」

ぎりぎり聴こえる声でつぶやく幼女。むすっとしながらポテチを食べている。

俺のポテチ…。

「…まあうん。名前はなんとなく知ってるよ。いつも呼び合ってるし

 知りたいのは、三人は何者なのかってこと。

 なんで俺に付きまとうのか、なんで邪魔するのか。」

俺の質問に首をかしげるアールグレイ。

「何者、ですか。」

「ああ、そうそう」

「・・・左からバニー、アールg」

「いやそうじゃなくて」

アールグレイはきょとんとした顔で俺の顔を見てきた。

話し合いに参加していなかったバニーが動く。

「多分重症よこのクソもらし。見えてるくせに何も分かってないわ。」

「誰がクソもらしじゃ」

この幼女、本当に口が悪い。友達いないだろ絶対。

俺が言えた事ではないけど。

俺を無視して、バニーがアールグレイに耳打ちすると、そういうことですかと何かに納得した。


「失礼しました、私達は俗に言う霊でございます。」


でしょうね、壁通り抜けるし、透けてるし、なんかフワフワしてるし。

「幽霊、ゴーストですね。ここにいる3人、すでに何年も前に生涯を終えています。」

「そうそう、だからあたし達を殺そうとしても無駄よ!

 はなから生きちゃいないもの」

俺のポテチを含みながら口をはさんできた。

俺のポテチ…。

母さんに夜中食べたら怒られるし隠してたんだけど。

幽霊なら見つけてくるか。

まあそんなこと、今はどうでもいい。

俺のポテチ…。

「…それで、その幽霊様がどうして俺を憑回すんだよ。」

「簡単な話です。廻様が私達を見ることができるからです。

 ご存知かと思いますが、廻様のように誰でも私達霊の姿を捉えることは出来ません。

 霊感が強い、と言いますか。なかでも人・の・霊・を見るほどの霊感の持ち主はごく少数です。」

「はぁ」

つまり、なんだ。

俺は霊感が強いから、この三人を見ることが出来ると。

特別、やったね。マイノリティ。嬉しくはないけど。

アールグレイは続ける。

「霊感を持つ要因は二つあります。一つは生まれながらに持っていること。

 もう一つは、死線をくぐることです。

 前者のケースは稀ですし、瀕死から生還する人間もそう多くありません。

 霊感があっても、人の霊を捉えられるほどとなると、さらに数は絞れます」


なるほどね。

だから今まで見えてなかった人型が、事故の後から見えるようになったわけか。

死線をくぐった割には、一日で退院したけど。

元から虫とかの変なやつは見えてたし、俺の場合はアールグレイが挙げた例のうち両者か。


…これも全部俺の妄想だったら笑えねえな。

「それで、なぜ廻様を憑け回すか、ですが」

「そうそう、霊感が強いと集まっちゃうの?ハエみたいに」

「いえ、そういうわけでは」

「誰がハエよ、くそもらし!」

「クソともに集るならハエかもね!そういえば、ハエって意外と美味いの知ってる?」

知りたくなかったよそんな情報。

やかましい二人に俺が嫌がっているのを察したか、

「少し、黙ってもらえますか」

とアールグレイは一喝した。

こっちまで殺気のようなものが伝わってくる。

怖いよこの人。

「ごめんごめんよ~起こんないでアーちゃん」

シドゥはどうしてこれを軽く流せるんだよ。

「・・・」

上下関係とかは・・・なさそうだ。

「おほん、御見苦しい所を御見せしました、話を戻しましょう。

 私達が廻様に構う理由は、契約にあります。

 厳密に言えば、自分たちが消えないため、です」

契約?なんですかそれ。

「私達霊体というのは、非常に不安定な存在です。

 こうして自我を持ち、会話できるのも今の私達が安定している状態にあるからです。

 しかし、霊というものは本来存在しえない、理から外れたもの。生命の営みの外にあります。

 人や動物を構成する要素は、大きく分けて身体と魂の二つに分類されます。

 どちらかがかけてしまえば、その存在は不安定になります。

 霊体はこのうち魂だけでしか構成されていないので、本来は存在として安定することが出来ません。

その解決策こそ、今から説明する契約です。」

なんだか難しい話になってきた。

シドゥが大あくびしている。幽霊も眠くなるのかな。

整理する前に、とりあえず最後まで話を聞こう。

「生物か死んだとき、それは魂と身体が分離して、魂は自然と消滅するのがセオリーです。

 ですが、魂がなんらかの原因で消滅しない場合、我々のような霊体となるわけです。

 でも、存在し続けるには魂だけでは不十分。そこで、契約という方法をとれば、この霊体に不足した身体の部分を補えるのです。」

「して、その契約、というのは?」

「安定した存在となるためには、先ほど話したように霊体と身体の結びつきが不可欠です。

 契約では、霊と生きた人の間で、この結びつきを生じさせます。

 要するに、生きた人の身体を借りて霊が安定することができるのです。」

「なるほどね」

つまり、この霊たちは自分たちが消えたくないから俺とその契約とやらがしたいと。

でも、一つ疑問がある。

「その契約ってさ、俺である必要あるの?人間ならそこら中にいるよね」

「霊感が弱い人間と契約を行う場合、大抵、身体が当人の魂しか許容することができません。

 1身体につき1霊体。これが原則です。

 無理やりそれを行うならば、身体に結びついた魂のうちどちらかが消滅するとか、乗っ取られるとか、あまりよい結果にはなりません。

 ですが、霊感が強い人間ならこの限りではありません。この許容できる量が常人より多く、なんら不自由なく契約を行えます。先ほど述べたとおり、霊感が強い人間は希少な存在なので、霊が集まってしまうのも無理はありません。」

「それで三人も俺に集ってるの?」

「まあそういうことです。」

生きるのに必死なんだなこいつら。死んでるけど。

もしかしたら病院にいたあの老人も、俺に契約を迫ろうとしていたのかもしれないな。

「もう契約はしてんの?」

「いえ、それをしても廻様が拒絶していまえば、結びつきは簡単に解消されてしまいます。

 ですから、こうして説明をして、同意のもとで行うものです。だからこれは契約です。

 …納得していただけましたか?」

「話は大体分かったよ。でもさ、契約した後に俺を殺そうとしたりしないのかそれ」

さっきの話にあったみたいに、知らぬ間に俺が消滅とかしたら困っちゃうよ。

特にバニーとか殺してきそう。

「殺すわね、間違いなく」

ほら見ろ。こいつはそういうやつだ。

「そこで、両者に条件を規定する縛りというものが用いられます。

 これは契約を成立させる上で互いに条件を与えるというものです。

 例えば、自分に危害をくわえないとか」

安全策もあんのか。完璧ですね。

「・・・契約しなかった場合、皆さんはどうなるので?」

「絶対するのよぶっ飛ばすわよ」

「・・・いつ不安定になるか分かりません。

 もしこのまま契約できず不安定になった場合、血社の方に滅されるでしょうね」

また知らない単語出てきたんですけど。

「その、けっしゃってなに?」

「血社というのは、裏で霊関連の事件解決、調査、統括をする組織のことです。

 今回、私達に廻様を紹介してくださったのもその血社という組織です。

 不安定な霊というのは自我を失って、人々を傷つけてしまう霊ガイとなってしまうため、そうなる前に血社から派遣される霊媒師が霊を祓います。」

「霊媒師・・・?」

「あんた、ゴーストバ●ターズみたことないの?」

「あ、あるけど」

「あれよ」

え、そういう認識なの?掃除機とかで霊を吸っちゃったりすんの?

「霊媒師は、廻様のような霊に干渉できる力を持った人がなるもので、血社の中の力仕事担当といったとこ ろでしょうか。霊能力で除霊を行ったりします」

霊能力って。超常的な力だろううん。サイコキネシスとか使えるのかな。

よく分からないけど納得した。

「ともかく、平和に穏便に事を済ませるためにも、我々と契約していただきたいのです。」

「契約?は別にしてもいいけど、なんで学校とかで俺の邪魔したわけ?理解できない。」

お願いしてる立場の癖にあの態度はなくないですかね。

「あんたが逃げるからじゃない!まともに話そうとしなかったくせに、このクソもらし」

「シドゥはただ美味い弁当を食べただけなのでーす」

「いやあれは完全に嫌がらせだったじゃんか!もっとやり方があるだろやり方が!

 それとクソもらしはやめろ!反論できない分傷つく」

なぜかアールグレイは頭をさげた。

「申し訳ありません。ですが、我々も必死なのです。無礼を働いてしまい気分を害してしまったことを、どうか許してくれませんか。」

なんで当人じゃないやつが謝っているんだか。

バニーの態度は相変わらずだ。アールグレイが頭を下げているのに、俺を睨みつけてくる。

「弁当食ってごめんなさい!もうしません!」

シドゥも頭を下げた。普段馬鹿っぽい彼女も、今はこうして謝っている。


・・・・決めた。

「分かった。二人とも顔を上げろ。

 契約するよ」

「本当ですか?」

「やったー!」

「あいつが謝ったらな」

「・・・」

はじゃねえよ考えれば分かるだろクソ女。

まあ一人だけ契約しないわけにもいかないし。

「・・・あたし契約やめる。」

そのまま壁の向こうへ消えようとしているバニー。

どうして急に不機嫌になってるんだこいつ。

「お、おい待てよ!ちゃんと話を・・・」

「うっさい!死ね!」

「バニー、どこへ行くんですか!あなた本当に消されてしまいますよ」

「待ちなってよバニーちゃん」

とめようとする二人の手を振りほどき、

「二人だけ契約すれば?私行くから!」

そう言い放って、どこかへ消えてしまった。

「はあ、なんだあいつ」

急にどっか行きやがって。

罵倒するだけ罵倒して。

勝手すぎるぞあいつ。

「申し訳ありません…」

「だからなんでアールグレイが謝る、悪いのは勝手に出てったあいつだろ」

「そうそう、あーちゃんは悪ないの」

仲間にこんな心配かけて、最低なやつだ。

「私、探してきます。」

「シドゥも行ってくる!バニー心配だし、あの子馬鹿だから」

お前が言うかそれ。

「それでは、必ず連れ戻して謝罪させますので。」

「またなクソとも!」

クソともじゃねえっての。

「バニーは、根は優しい子なんです。

 普段はあんな態度で周りに強く当たることもありますが、いざというときは、誰かを助けようとする、やさしい子。どうか、失望しないであげてください。見捨てないでください。では。」

そう言い残して、二人は去っていった。


もう好きにしろってあいつのことを見捨てようと思ったけど、そんなことを頼まれたら、男としてノーとは言えないだろう。

なにより、泣きながら一人になろうとしてるバニー。

「似たもの同士、かもな。」


二人の後を追うように、俺も外に出て兎探しに向かった。

外は真っ暗だったが、丸い月の光は一段と輝いて見える。

ーーー待ってろ、バカ兎。





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