嘘つきな悪魔みたいな

おきょう

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第十二話

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 通りを歩いている人に、ティナは顔を青ざめ固まってしまった。
 ティナの様子の変化にロザリーも不思議に思ったのだのだろう。
 首をかしげつつ、窓の外のティナの指す場所を目で追った。
 そして驚いたように黒い瞳を瞬きさせる。

「まぁ、旦那様……!」
「……っ……」

 リカルドが、女性と仲睦まじく歩いていたのだ。

「………」

 一カ月と少しぶりにみる夫の姿を、ティナは騒ぐ胸を押さえて凝視した。
 
(いけないわ)

 見ていても良いことはないと分かっているのに。
 自分が傷つくだけだとわかっているのに。
 それでもどうしても、久しぶりに見る愛しい人から目をそらすことが出来ない。

 リカルドは隣にいる女性に合わせてわずかに屈みこみ、穏やかな表情で談笑しているようだ。

 令嬢は二十歳前後に見える。亜麻色の髪をしていた。
 結い上げたあとに垂らしたぶぶんをくるりと綺麗にカールしている亜麻色の髪。
 大きくぱっちりとした目も、バラ色に色づいた頬もキラキラとした明るく可愛らしい印象を受けた。

 そしてリカルドは彼女にやさしく微笑んでいた。
 ティナにさえ、時々しか笑ってくれなかったのに。


 リカルドが手に持っていた花束を手渡しすと、彼女は頬を更に赤く染めてはにかんだ。
 どこからどうみても恋人同士にしか見えない甘い光景に、ティナはただ立ち尽くしていた。

 いつのまにか傍に来ていたロザリーがそっと、ティナに耳打ちをする。

「あのお方が、例のマリアンヌ様ですわ」
「っ……」

(あれ、が…)

 あの人が、リカルドが長年想いを寄せ続けているマリアンヌと言う女性なのか。

 ――-仲良く寄り添う二人から、ティナはどうしても目が離せない。
 こんなに必死に見つめているのに、ティナの視線にリカルドはまったく気づかない。
 ここにいるのに、彼が見ているのはマリアンヌなのだ。
 ただ彼女だけを、幸せそうに見つめている。

 いろんなものが音を立てて崩れていく。

 これまで必死で保っていたものが壊れて、ティナの世界は真っ暗になった。

(気持ち、悪い……)

 息がつっかえて、呼吸が苦しかった。
 心臓の早鐘が止まらない。
 どうにか落ち着こうと胸の前で手を握りこむけれど、握りこんだ手の震えも、止まらなかった。
 寒くないはずなのに、ティナの指先が冷たく冷え切っていて感覚さえもおぼろげだ。

(もう、駄目…)

 ティナは気持ちを沈めようと、どうにかゆっくりと目をつむる。

(いち、にぃ、さん……)

 数字をゆっくり十数えてから、再びゆっくりと目を開けた。
 しかし世界は変わるはずもなく、ティナの視線の先には仲睦まじく見つめあうリカルドとマリアンヌがいる。

「ティナ、様?」

 ロザリーが黙り込んだままのティナの顔を見ると、ティナは笑っていた。
 諦めたような、絶望的な悲しい笑顔。
 刺激すると簡単に壊れてしまいそうな脆さ。
 どう扱えばいいか分からず、ロザリーはそっとティナの背に手を置く。

「……ティナ様、大丈夫ですか?」
「――えぇ。ねぇ…ロザリー」
「は、はい」

 ティナはリカルドたちから目を離してロザリーを振り返る。
 今まで誰も見たことがないほどに、美しく微笑みながら。

「貴方に、お願いがあるの」
「……何でしょう」

 話だけなら、まだ立っていられたのだ。
 想像だけの世界は酷くおぼろげで、現実感がいまひとつ感じられなかった。
 寂しかったけれど、リカルドを想えば幸せな気分になれたから大丈夫だった。

 でも、実際に見てしまうともう駄目だ。
 お前は体裁の為だけに存在する、偽物の妻なのだと、現実を突きつけられてしまった。
 リカルドに甘くとろけるような表情で見られるマリアンヌを、殺してしまいたいほど憎いと思ってしまった。
 この世で一番彼を愛しているのは、私なのに、と。
 それは衝動的に何をしてしまうか自分でも分からないほどの、激しく醜い嫉妬心。


 こんな自分は、あの家に、彼の妻に、いてはいけない。

「もう、ここには居られないから。協力してちょうだい」




 もう、あの人の妻ではいられない――――。



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