嘘つきな悪魔みたいな

おきょう

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第二十五話

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「どうしてこのような馬鹿なことをやらかした? 君には知識もあれば美貌もある。放って置いてもそこそこの男が寄ってきただろうに、わざわざリカルドに固執して自滅などと…」
「っ…放って置いて下さいませ!」
「……ふーん」

 口の端を歪めて笑うシルヴェストル王に、ロザリーは背筋から冷たいものが這い上がるのを感じた。
 しかし屈してしまうのは女の矜持が許さなくて、目の前に座る王を睨みつけると、口の中で小さく呟く。

「どうして罪人と国王陛下が同じ馬車なんですの?」

 罪人の護送など、その辺の荷馬車に積めばいいだけだろうに。
 国王の乗ってきた馬車で、しかも国王と2人きりで置かれているというこの状況。
 訳が分からない。何を考えているのだ。
 混乱して、でも負けたくなくて、ロザリーは背筋をただす。
 幼いころからプライドだけは誰よりも高かった。美しく優雅な女でありたかった。

 そうやって自分を保っていたロザリーをシルヴェストルは一笑する。
 一体なんなのだと不審に思って顔を上げた瞬間。
 ロザリーの首筋にはすでに、短剣が突き付けられていた。
 それは刃先は鋭く波状になっており、一般的な短剣よりも殺傷能力を高めたサバイバルナイフの類の刃物だ。

「っ……ひ…」

 王の持つ刃は剣先でぷつりとロザリーの肉を突き、一筋の血が柔らかな首元を伝った。
 急所を逃すことなく狙った剣先は、シルヴェストルがもう少し力を入れればロザリーは間違いなく失命するだろう。
 目を見開いたまま息さえままならず恐怖で硬直した黒髪の侍女に、シルヴェストルは優しく甘く語りかける。

「リカルドのことは殊の外気に入っているからな。可愛い臣下に害をなした虫を私が処分してやろうかと思っただけだ」
「……ぁ…っ……」

 ロザリーの開いた漆黒の目から、ほろほろと涙があふれ出す。
 震えが止まらない。

 ――死ぬのが、怖い。

 もし事が公になったとしても、最悪でも退職を迫られる程度だと思っていた。
 ロザリーには教養も美貌もあるのだから職にも嫁ぎ先にも困らない自信がある。
 失敗しても失うものなどさほど大きくなく、だから実行にうつせたのだ。

 その先に待っているのが『死』だなんてただの一度も想像はしなかった。

 つぅっと、シルヴェストルの持つ短剣の剣先が真下に筋を描く。
 小刻み震えるロザリーの首には薄くまっすぐな赤い線が付いた。

「なぁ、質問に答えろよ? お前の目的は? 単独行動? それとも後ろにだれかいるのか?」

 乱暴になった王の言葉使いに気付く余裕はなかった。

「……こ…が……」
「は? 聞こえねぇな。はっきり言えよ、おい」
「あ、あの子が…! あの子が悪いのよ! リカルド様の奥方になってあの家を手に入れるのは私だったのに!」
「ほう?」


 グランメリエ侯爵家に仕える侍女の中で、ロザリーが一番リカルドを怖がらない女だった。
 だからリカルドは己が身に着ける衣服もハンカチもペンも何もかも、ロザリーに揃えさせるようになった。
 リカルドの仕事は大変忙しいものだったから、身の周りや家のことに目を向ける余裕がなく、彼は徐々に家の全てをロザリーに任すようになる。
 グランメリエ侯爵家に飾られている家具も調度品も、近年買ったものは全てロザリーの好みで揃えられていた。

 そうやって家を飾るのは本来家を守る妻のする役割だ。
 だからあの家に仕える侍女たちは、みんな噂していた。
 リカルドはロザリーをグランメリエ家に妻として迎え入れるつもりなのだろうと。
 身分は低いけれど一応貴族の家の出だから、不可能ではないはずだと、誰もがロザリーを羨ましがっていたのに。

 グランメリエ家の広大な領地と財産と地位は、いずれ自分のものになるのだとロザリーは信じた。
 大好きな煌びやかなものに囲まれた素晴らしく贅沢な生活が近い将来訪れるのだと思い込んでいた。


 なのに突然、想像していた未来は壊される。
 リカルドは聞いたこともないような辺境の田舎から少女を連れてきて、妻だと宣言したのだ。

「……あんな、突然沸いた何の変哲もない小娘に未来を奪われるなんて耐えられませんわ。 あの女に、あんたなんか愛されていないんだと思い知らせてやりたかった」

 だからリカルドの在宅を必死に隠したのだ。
 
 リカルドが出勤したあと、ティナが起きるまでに寝室に脱ぎ散らかした衣服や食器、書類などを完璧に隠して、シーツの上に髪ひとつ落ちていないように徹底的に掃除をした。
 残り香りだって渡してやりたくなかったから空気の入れ替えはもちろん、リカルドの使った枕さえ変えて、毎日毎日ティナを騙し続けた。
 リカルドはお前のもとになんて帰って来ないと、お前なんて何とも思っていないと、言い続けた。
 薬を盛っていたから、ロザリーが寝室で動こうがティナは当然気づかなかった。
 ティナの眠る枕の下に差し込まれた手紙には、残念ながら最後まで気づくことはできなかったけれど。

 結果、ティナはロザリーのもくろみ通りに思い込んだ。
 信用させるために一応は親切にしてあげていたのだから当然だ。
 最後にはロザリーの希望どおり、状況に耐え切れず実家へ逃げ帰ってくれて、さぁ今度こそ自分の番だと思ったのに。

 ――リカルドは、ティナを追って行った。


 愛を告白したロザリーになど、振り返りもせずに。



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