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卒業後

一人の教師の後悔

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  休日、街の酒場で飲んでいた女は半分ほど酒の入ったグラスを見て呟いた。
 「教師ってなんなのかしらね…」
  マティア・メイローズは学園の教師として勤めて8年になる。
  リシア・グランヴェルは目立たない少女だった。見かけは。
  素行は問題ないものの成績がいつも振るわず、2つ上のお姉さんとそのお友達・・・に時折嫌味を言われつつ、勉強を頑張っていた。
  それを苦々しく思っても度を過ぎない限りは中々注意も出来ない。
  自身も貴族の端くれのメイローズは彼女の事情も知っているけれど、だからこそ何もできなかった。
  放課後、図書館が閉館するまで勉強している姿を見たことがある。
  それでも次のテストでは赤点ギリギリの成績で、中々報われないのをもどかしく思っていた。
  だから上級生になり、留学すると言い出した時は大丈夫かと思った
 半年の間にみるみる成績を上げて留学水準に届いて見せた彼女に驚いたのはメイローズだけではないはずだ。
  そして留学先では常に好成績を保ち卒業時には主席。
  自分の知っているリシア・グランヴェルと同じ人物だとは思えなかった。
  どうしてそんなに留学に拘るのかと聞いたことがある。
 『外国で色んなことを勉強してみたいんです』
  無邪気に笑った彼女を見て微笑ましいと、そんなことを思った。
  その時は留学は難しいと考えていたから、少女の可愛い夢物語だとしか思わなかった。
  卒業後に職員として働きだしたとき、どんな顔をしていいのかわからないくらい何もできなかった。
  明るい表情でくるくると働く彼女。
  そんな顔は知らなかった。
  在学中はいつも俯いていて、そんなに明るく笑う彼女を見たことがない。
  教師として何をやっていたのかと思った。
  真剣に学ぼうとする彼女に寄り添ったこともない、どこがわからないのか丁寧に聞いたこともない。
  どこかで姉の方とは出来が違うんだと思って役目を放棄していた。
  後輩に優しく勉強を教える彼女を見て、忸怩たる思いが浮かんでも今更どうしようもない。
  何にも出来なかった、ではなくしなかった。
  自分は教師であることを放棄したのだ。
 「あー、最低な気分」
  悪い酒になっているけれど、それでいい。
  とことん落ち込みたい気分だった。
  明日からは何食わぬ顔で教師に戻る。
  立ち直り方くらい、身に着けていた。 
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