白と佐知

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
6 / 9

正体

しおりを挟む
 気がつくと洞窟の前に来ていた。
  村人は佐知に洞窟に入るように促す。
  最後に一人一人の顔を観察すると、一様に怯えた顔をして一目散に逃げていった。
  佐知が洞窟に入ったかどうかも確認せずに。
  村人の消えた森をしばらく見て、洞窟に入る。松明も何も持っていないので、暗い。
  月明かりも届かず、手の先すらも見えない。
  さらに進むと、洞窟の奥から何かを引きずるような音が聞こえてきた。
  音の正体は先程の大蛇より一回り小さい、それでも通常ではありえない大きさの蛇だった。
 「今回ハ子供ガ来ルト聞イテイタガ、村人モ、ナカナカ気ノキイタモノヲ用意シタ」
  眼の前には子供なんて軽く一飲みしてしまいそうな口がある。
 「アノ妖ハオ前トドウイウ関係ダ? カナリ強イチカラヲ持ッタ妖ダナ。アレガイテハ村人ダケデハオ前ヲ連レテ来ルコトハ出来ナカッタ。ダカラ、少シダケ手伝ッテヤッタ」
  白の前に現れた大蛇はやはりこの蛇の差し金のようだ。
 「オ前ガ喰ワレタラ、アノ妖ハ悔シガルダロウナァ」
  蛇はそれを楽しむような笑い声を洞窟に響かせる。
 「アレダケノチカラガアリナガラ、人ノ娘一人守レナイ…。サゾ悔シガリ、嘆クダロウ」
  白は…、確かに佐知が食べられたら悔しくは思うだろう。でも、嘆いたりするだろうか。
  白は佐知を守れなかったことを悲しむだろうか、佐知が死んだら、泣いてくれるだろうか。
  考えてもわかるわけがない。
 「何故黙ッテイル? 助ケガ来ルト思ッテイルノカ? アノ妖ナラマダ山ノ中ダ、間ニ合イハスマイ」
  するっと首に何かが巻きついてきた。蛇が佐知の首に舌を巻きつけ締め付けている。
  ゆるゆると力を加え、楽しんでいる。苦しさに佐知が顔を歪めると締め付けをゆるめ、また締める。食べるまでの過程を楽しむようにじわじわと苦しめていく。
 「……っ」
  何度目かの締め付けの後、急に息が楽になった。まだ舌は首に巻きついたままだったが、息ができるようなゆるいものに変わっている。
 「何故怖レナイ…。何故怯エヲ浮カベナイ…!何故私ノ存在ニ恐怖シナイノダ…!!」
  蛇は語気を荒らげ、舌の先で佐知の頬を撫でる。
  何故……。
  確かに苦しくはあったが、恐怖はしていなかった。
  なんでと言われても、昔からの性質としか言いようがない。
 「なんでだっていいじゃない」
  佐知の答えにさらに苛立ったようで鋭い牙が首に触れた。
  村人を恐怖で縛り、従えてきた蛇には自分に怯えない人間がいることが気に入らないようだ。
  赤い眼がらんらんと光り、今にも牙を押しこみそうな気配がある。
 「答エロ…」
  脅すようにわずかに首筋に牙が押し当てられる。
  その瞬間、空気が切り裂かれる音がした。 
しおりを挟む

処理中です...