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番外編 ~それぞれの未来~

最後の頼み

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 遅くなって申し訳ありません!
 まだ書こうとしてる分全部はできていませんが、ひとまずアランと父親の話で一話と、ダニエル視点、兄妹の母親視点、ミシェル視点の話ができたので見直しが終わった物から順番に投稿していきます!



 ◇ ◇ ◇



 許可を得て王城の廊下を進む。といっても俺が歩いているのは地下にある牢に向かう道だ。
 足音の響く廊下を進み複数の騎士が控えている鉄格子の扉の前に立つ。
 許可証を見せ中に入ると一人が後ろをついてくる。囚人に会いにきた者の護衛、かつ監視だ。

 面会室に入ると相手はすでに席に着いていた。
 手を伸ばしても届かない程度に距離のある机は双方の安全を守ると共に秘密裏の物品の受け渡しなどを防ぐためだろう。
 腰を下ろすと向かいに座る人物が身じろぎ鎖の擦れる音がした。
 椅子で見えないが暴れたり逃走することを防止するために囚人の鎖は床にある金具に繋げられると聞いている。
 鎖を掛けられた身であることを知られた不快感からかこちらを睨みつける視線が強くなる。
 俺を厳しい視線で睨んでいるのはダニエルたちの父親……、俺の父でもあった人だった。

「こんなところまでなんの用だ」

 久方ぶりに会った子爵は少しやつれていた。
 身嗜みを整えることもなく伸びるままになった不精髭や梳かすこともなく崩れた髪などが余計にそう見せるのだろう。
 尊大な態度が虚勢にしか見えないほどその姿はみすぼらしい。
 湧き上がる虚しさをゆっくりとした瞬きの間に落ち着け口を開く。

「あなたに頼みがあったので」

 それが終わったらすぐに立ち去りますよと告げると子爵が皮肉気に口の端を曲げた。

「お前が私に頼みだと?
 このような立場に陥れたお前の頼みを聞くわけがないだろう」

「聞いていただけなければ国へ申請するだけです。
 ただ、あなたが了承してくれるのなら彼らへの負担が減るので頼みに来ました」

 彼ら、という単語に怪訝な顔をした子爵へここに来た目的を告げた。

「ダニエル、ミシェル、リリーナ、彼らとの縁を切っていただきたいんです」

 俺が挙げた名前と縁を切れと告げたその内容に子爵が瞠目する。

「あなたはもうすぐ子爵の地位を剥奪され刑に服すことになる。
 犯罪者の子として世間に出れば彼らの未来に大きな影響を与えます。
 だから今のうちに籍から外してほしい」

 言われた内容が頭に浸透するまで時間が掛かっているように見える子爵は、目を瞠ったまま俺を見つめ続けている。
 わずかに震える手だけが言葉が届いていることを示唆していた。

「馬鹿を……、親なしでどうやって生きていくつもりだ?
 まだ子供のアイツらが庇護なしでやっていけるわけがない」

 ようやっと発した声は震えてこそいないものの信じられないといった感情が色濃く表れていた。

「彼らには俺が庇護を与えます」

 目を見据えはっきりと言った俺の言葉に子爵がこれ以上ないくらい目を見開く。

「どのみち子爵家は取り潰しになる。
 平民になる彼らは自らの足で立って生きていかなければならない。
 その時にあなたが犯した罪は彼らの足枷になるでしょう。
 ……彼らのためにその手を離してやってはくれませんか?」

 どうか、と願う言葉にも二の句が継げないように口をわずかに開いたまま停止している。
 しばらくして絞り出した声は苦渋に震えていた。

「私に子供たち全てとの縁を切れというのか……?」

「ええ」

「お前は……っ!」

 興奮したように立ち上がろうとした子爵の動きを鎖と控えている騎士の視線が阻んだ。

「……お前は疫病神だ!
 何故ウチになど生まれてきたんだ!!
 お前さえいなければもっと平穏に、上手く回っていたのに!!」

 そうかもしれない。俺がいなければ、あるいは俺がもっと子爵の劣等感を刺激しないような対応ができていたら、家族の形はもっと違ったものになっていたんじゃないか。
 そう思う罪悪感は確かに俺の心の隅にある。――けれど。
 それ以上に俺がどうこうできる問題ではなかったと理解していた。

 幼い頃、彼を父と呼んでいた頃に掛け違えた関係のきっかけは確かに俺かもしれない。しかし彼には無数の選択肢があった。
 俺を諫め自身の仕事には口出しをさせないようにすることや、経営に明るい周辺領主へ相談し自己を高めることもできた。
 真剣に力を貸してほしいと願えば無下にはされなかっただろう。幾人かの領主の顔を思い出してそう考える。
 俺が気に入らなかっただけなら勉強という名目で他家に預ける方法だってあった。離れて暮らし、お互いが上手く折り合いを付けられる距離感を模索することだって、きっとできた。
 婿に出すという、俺を永遠に遠ざける方法を選んだのは子爵の判断。
 そうまでして俺を家から出した後も自身の感情をコントロールできず、肥大化させた劣等感から男爵の援助に苛立ち、それをダニエルをはじめとした家族へぶつけていた。そのすべては彼自身の問題だ。
 何を言おうと言い訳にはならない。

「それで、是か非かどちらでしょうか」

 子爵の叫びへは答えず返答を迫る。
 目を見据えると瞳を震わせ顔を伏せた。
 小刻みに震える拳が子爵の葛藤と混乱を示していた。
 答えない、答えられない子爵を見つめ机の上の握りしめた拳に視線を落とす。

「……幼い俺が覚えている父親は、完璧ではなかったけれど子供たちの育つ未来を語って笑う人でした」

 商人に騙されて苗を買った時も、将来のためにと言った言葉は嘘ではないはずだ。
 話に乗ったことに多少の見栄や意地があったとしても、俺に語って聞かせた言葉までそれを誤魔化すための虚構だとは思えなかった。だからこそ何も言えなかった。

「あの頃、俺に感じていた複雑な思いを抑えて父親と接しようとしていたことも今はわかっている。
 きっと何かが違っていたら平穏に家族が回っていたというのも、そうなんだろうと思う。
 けれど――、もう何もかもが遅いんだ」

 劣等感や他者への反発心を抱えたまま時間は流れ、決定的な間違いを犯した。
 それはもう変えられない事実だ。

「だから今、ここから彼らの未来のために手を離す決断をしてほしい」

 顔を上げ俺を見る子爵の顔はまだ呆然としていて感情が追いつかないのが見て取れた。
 ダニエルに対する暴言や言動を抑圧していたことは許せない。ミシェルやリリーナたちとて自由に溌溂と育つ環境を奪ってきたのはこの人だ。
 けれど、男爵家から得た婚約破棄に伴う慰謝料で彼らの将来への布石を打っていたことだって事実だった。

 言いたいことを言い切り、黙って子爵の答えを待つ。
 長い沈黙の後、音がしそうなほど噛み締めた歯の隙間から声を発する。

「書類を出せ」

 持ってきているんだろうと唸るように呟いた子爵へ肯き懐から書類を取り出す。
 事前に申請してあったから控える騎士も何も言わない。
 3人分の書類にサインをし、子爵はペンを置いた。

 インクが乾いたのを確認して書類をしまう。
 ペンを置いた姿のまま顔を伏せ動かない子爵の姿に感じるのは憐憫と虚しさ。
 どこから間違ってしまったんだろうと、考えても詮無いことが頭に浮かぶ。
 首を振って考えを振り払い、懐から別の封筒を取り出し机に置く。

 子爵と俺の間に置かれたのは3通の手紙。
 それはダニエルたちが父親へ宛てた絶縁を望む手紙だった。
 もし子爵が納得しないようであれば本人たちの意思を示す証拠として除籍願いと共に提出するつもりでいたが、子爵が自ら除籍届を書いてくれたためもうその必要はない。

「ダニエルたちからの手紙です。
 あなたとの絶縁を願うものなので辛い内容も書いてあると思いますが、家族である彼らからの最後の言葉ですので……」

 書いてもらった手紙にはそれぞれの思いが記されている。
 縁切りを望む理由、それから平民として生きていく彼らの覚悟を重く受け止めてほしい。

 話は終わったと控えている騎士に目配せをして立ち上がる。
 背を向け扉に向かって歩き出したとき、後ろから名前を呼ばれた。

「――アラン」

 記憶の中にも無い、名を呼ぶ響きに足が止まる。

「……すまなかった」

 微かな風にも掻き消えそうな小さな声は、余剰な音の無いこの場所地下ではっきりと耳に届いた。

「――ダニエルたちのことは心配しないでください。
 俺が責任を持って見守りますから」

 謝罪の言葉に、俺は何も答えられなかった。
 変わりに弟たちを見守って行くことを宣言する。
 歩き出した背後から声を震わすような音が聞こえた。微かなそれがすすり泣く彼の声だったのかは……、すでに部屋を離れ外に向かっていた俺にはわからなかった。



 外に出ると明るい光が目を刺す。
 しばらく目を慣らし、今度こそ歩き出した。
 担当部署へ除籍届を出すと控えとして届出番号を記された紙を渡される。
 これも一連の事件での変化の一つ。
 彼の事件をきっかけに様々なものが変わり始めていた。

 重みのあった書類を全て手渡し軽くなった足取りで廊下を進んでいると思わぬ人に声を掛けられた。

「やあ、こんなところで会うとは。 久しぶりだね」

 やあと軽い言葉で声を掛けてきたのは新しく王となった元南公その人だった。
 忙しい身のはずなのになぜこんなところにいるのかと疑問が浮かぶが、居城でもあるのだからどこにいようがおかしくはないと思い直す。

「お久しぶりでございます。 過日には末席に着くことを許してくださりありがとうございました」

 頭を下げて礼を取り挨拶と四侯会議の際の礼を述べる。
 高位貴族としてのへりくだり過ぎない挨拶に満足そうに目を細める陛下に胸を撫で下ろす。

「丁度良かった、少しだけ話に付き合ってくれないかな?」

「俺でよろしければ」

 気分転換をしたいと言って歩き出した陛下の後をついて行く。
 人気の少ない廊下を歩きながらどうして俺へ話しかけたのかと考える。
 一時期より多少落ち着いたかもしれないが、依然として陛下は忙しい身のはず。
 俺と雑談をしている暇、というかそもそもゆっくり散歩している時間があるんだろうかと疑問が浮かぶ。
 そんな俺の内心を察したのか陛下が話を本題へと切った。

「実はちょっと君の意見を聞いてみたくてね」

 そう言って陛下は悪戯っぽく笑う。

「前王の処遇について中央貴族がうるさくてね。
 詳しい事情について彼らは知らないから私は簒奪者扱いだ」

 前王が弟である公爵から贋金を元にした不正な金を受け取っていたことは公にしないとしたためそういった意見が上がってくることは承知の上だった。
 彼らも今まで自分たちを優遇してくれた王がいなくなり、地方貴族との結びつきが強い陛下が即位したことに危機感を覚えているんだろう。
 政治的なバランスが大きく変わるので反発が大きいのは当然だった。

 相談役として王城に留まらせてはどうかなんて意見が出る前にどうにかしたいと囁く。 
 前王も公爵も監視付きの隠遁を公にできない罪への罰としている。前王は表向きは法を軽んじ充分な吟味をせずに死罪を与えんとした軽率な判断を恥じて退位すると発表した。併せて王都を離れ静かな場所で暮らすことも告げられたのだが、そこまでする必要はないという意見も多く、その声を楯に王城へ居座るかもしれない。
 目の前で見た前王の往生際の悪さを思えばその可能性は否定できなかった。

 あまり強引な手は使いたくないしねと囁く陛下に、強引な手であれば黙らせる方法は用意してあるんだなと思う。
 ただこれから中央貴族の力も借りて政を行う陛下がそのような手法を使うのは悪手だった。
 意見は多い方が良いから遠慮せずに聞かせてほしいと言われて少し考える。
 前王が自ら望んで地方へ引っ込んでくれる方法……。

「……前王に選ばせるのはいかがでしょうか」

「というと?」

 おもしろそうに陛下が横目で俺を見下ろす。

「困難だけど努力によっては希望を掴むことができる道と、汚名は雪げないけれど何もせず平穏に余生を過ごせる道を提示するのです。 ご自身で選んだとなれば前王を支持する中央貴族文句は言えないのではないかと」

 例えば、と例を挙げる。

「西方の立て直しの話が宙に浮いてますが、その一部を前王に任せ、空いた家の代わりになる家門を作ることができればその後も貴族として自治を認めるのはどうでしょう。
 もう一つの選択肢として中央貴族の影響の及ばない田舎で監視付きの隠遁を与える。
 このような選択肢であれば恐らく前王は何もしなくても生きられる方を選ぶと思います」

 散々貴族たちに自身の役目を振り何もしてこなかった王だ。
 困難を極めることがわかりきっている西方の立て直しに手を上げるとは思えない。
 娘の将来を思うのなら挑戦をした方が利点が大きい、が。
 目の前でにやりと笑う陛下を見る限りその選択肢を選ぶことは限りなく低いだろうなと思う。
 中央貴族の声を受けて処分を考え直したと提示すれば前王も怪しまないのではないかと考えた。
 提案をした上でそれを蹴られたのであれば中央貴族への言い訳も立つ。
 こちらからもいくつか提案をしたが前王の意思は固かった、と。
 俺の意を汲んだ陛下が口の端を上げて笑う。

「仮に西方の立て直しを選んだとしてもデメリットはない、いい案だね」

 補佐役や護衛の選別に少し気を遣うけれどそれだけだと囁く。
 陛下の選んだ者が監視していれば中央貴族も前王へ接触を図るのは難しいだろう。

「うん、いいね。
 多分君の想像通りの結果になる」

 口の端を楽しそうに吊り上げた陛下に実は最初から選択肢を与えることは決めていたんじゃないかと疑念が湧く。
 俺の疑問を察したのか陛下が口を開く。

「前王の行先を複数から選んでもらうことは考えていたけれど、西方は頭になかったよ」

 早急な立て直しを図りたかったからねと微笑む陛下。
 言葉の裏を読めば無能はいらないという意味だろうか。

「西方は信頼のおける文官を派遣するしかないと考えていたんだ。
 前王が蹴ったとなればこちらの望むように配置しやすい。
 だからアランの意見は助かったよ」

 恐縮すると陛下が意味ありげに笑う。

「北侯が君を気に入る訳がわかるよ」

 東侯まで君を身内に入れるとは思わなかったけどと愉快そうに目を細める。

「いずれ何かの形で君と関われることを楽しみにしているよ」

 付き合ってくれて感謝すると声を掛けられて頭を下げる。頭をかすめた過分だとの言葉は口に出さない、代わりに誉れだと胸を張る。

「そのようなお言葉をいただき誠に光栄に存じます。
 陛下の期待に応えられるよう今後も精進して参ります」

 俺の返答に陛下は口元に浮かべた笑みを深めた。


 王城から戻る馬車の中で緊張が解けくったりと力を抜く。
 陛下と二人きりで話をするなんて機会があるとは思っていなかったので緊張した。
 まさか前王の処遇についての意見を求められるとは。
 あれが正解だったのかはわからないが、難試験に挑んだ後のような不思議な高揚感があった。

 後日北侯を通して陛下が希望していた通りの方向で前王の処遇が決まったと感謝の言葉をもらった。
 西方の立て直しに手を貸し成果を上げた暁には貴族家として十分な褒賞を出すという話にはやはり尻込みしたそうだ。
 目先の苦労しか見ない前王らしいと笑う陛下が目に浮かぶ。
 前王自身が隠居を選んだことで中央貴族も黙るしかなく、陛下の治世は安定に一歩踏み出した。
 中央貴族もしばらくは大人しくなるだろう。
 騒いだところであの陛下が好きにさせるとは思わないが。
 むしろこれ以上騒げば中央貴族を叩く理由になるとでも思っていそうだ。
 労いの言葉をくれた北侯も俺の考えを否定しない。
 恐ろしくも心が躍る。陛下の作り出す変化の先はより良い未来に繋がっていると感じさせてくれる、そのような方と近しく話をする機会を得られたことは幸運でいい経験だった。そう思う。


 しかしこの件がきっかけで陛下に目を掛けてもらうことになるまでは予想していなかった。
















 ――――――――――――――――――――――――――――――



 □ ちょっとした裏話 □





 最初の構想ではクリスティーヌは魔法の強さのみで王族に望まれ、それに対抗するために東侯に働きかけて養子になり結ばれるという設定でした。
 書いているうちにクリスティーヌに別の付加価値が付いたり自分で父親に認めてもらいに行ったりでアラン平民のままでいけそう、なんて思ってたら国王のあれこれで四侯会議に参加するために東侯の養子になって元の設定に戻ってきました。
 物語は嵌まるところに嵌まるものだと自分で書いていながら不思議で面白かったです。




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