青の姫と海の女神

桧山 紗綺

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紫碧

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 生活が落ち着いてからずっと気になっていた。瞳を晒してしまったことを。
  そのことに気付いたのはずいぶん後。
  助かったことや目が見えなくなったことの方に驚いていたから動揺する間もなかったけれど、瞳を見られてしまった。
  けれど何もイリアス様たちは何も言わない。
  この国では左程珍しくないのか、こちらを慮っているのかもしれない。
  だから、瞳について言及されたときは「やっと聞かれた」という思いが強かった。
 「初めて見た時から思っていたんだが、セシリアの瞳は変わった色をしているね」
  この国では見ない色だ、とイリアス様は言う。
 「セシリアの国では多くある色なのかい?」
 「いえ……」
  つい言い淀んでしまう。イリアス様がこの瞳の意味を知るわけがないのに。
 「私の国でもあまりない色ですね。 父方の一族にしか伝わらない色なんです」
 「そうか、でもとても綺麗だ」
  褒め言葉にありがとうございますと返しながらもセシリアの胸は複雑だった。
  けしてこの瞳が嫌いなわけじゃない。
  けれど、無邪気に喜べないのは血の繋がりを強く表しすぎるから。
  僅かな感情の乱れを察したようにイリアス様がためらいがちに聞いてくる。
 「もしかして、その瞳は故郷では秘密だったのかな」
  父に母以外の妻がいることは話していたから隠すことなく秘密を話す。
 「ええ、この瞳のことは内緒でした。 この瞳を晒して歩いたら父の娘だってわかってしまうので。
  ……ここが遠く離れた国でよかった」
  誰にも見せられない色。だからこそセシリアは神殿を生きる場所に決めていたのだから。
 「じゃあどうやって生活していたんだい?」
  瞳を見せられなくても、神殿の中ではそう不便なことはなかった。
 「神殿内では、ずっとベールを着けていました」
  珍しいことではない。数は多くないけれど、セシリアのような事情で素顔を隠す人もいれば、傷跡を隠すためにベールを纏う人もいた。
 「信頼できる人の前では外していましたし、特に不便はありませんでしたよ」
 「それでもずっと気をつけているのは大変だろう」
 「そうですね……。 子供の頃は殆ど部屋から出ずに過ごしていました。
  会話をするのは母と乳母、祖父くらいで……」
  同じ年頃の子と遊んだことはなかった。
  友達が出来たのは神殿に入ってから。初めて得た同世代の仲間は、家族以外の人間と触れ合うことのなかったセシリアには驚きの連続で……。
  神殿の仲間たちは、友人であり、家族であり、他に帰る場所のないセシリアにとってなによりも大切な『家』そのものだった。
  叶うなら帰りたい。叶わないとわかっているから、なお想いは募る。
 「セシリア」
  イリアス様が名前を呼ぶ。
  黙っていたら心配させてしまう。そう思ってもとっさに話題が見つからない。
 「はい」
 「よかったら、もっと聞かせてくれないか? 君の家族のこと、神殿の暮らしのこと」
  聞きたいと言ってくれたことがうれしかった。
  話すことで少しずつ心が落ち着いていく。
  セシリアの話を聞きながらイリアス様も自分のことを話してくれる。
  優しい気遣いに感謝しながらも何もお礼ができないことが心苦しかった。
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