青の姫と海の女神

桧山 紗綺

文字の大きさ
上 下
22 / 56

呪い

しおりを挟む
 イリアス様が部屋を出て二人きりになると、呪い師にはまず視力を失う前後のことを詳しく聞かれた。
  話しながら瞳を開いたり閉じたりされる。
  イリアス様と離されてしまったことは不安だけれど、ほっとしてもいた。
  まだ、話していないことがあったから。
  セシリアは海に落ちたのではなく、落とされたということ。
  あの時、動けないセシリアは誰かに運ばれていて―――。
  そして、そのまま海に投げ込まれた。
  詳細を話すことはあの時のことを思い出すこと。
  心当たりについて考えたくなかったからずっと考えないできた。
  けれど……。
 「心当たりがあるんだろう」
  呪い師の老婆はセシリアに突きつける。
  断定的な質問にどうしても頷くことができなかった。
  黙っていると、感心しているのか呆れているのかわからない口調で呟かれた。
 「しかし、薬を飲まされて海に投げ込まれたか……。 よく無事だったものだ」
 「きっとレーウァ様のご加護ですね」
 「……あんた、ウィスタリアの人かい?」
 「ええ、ご存知なのですか?」
  まさかこの国の人から母国の名前を聞くとは思わなかった。
  イリアス様の話でも、セシリアの知識でもずいぶん遠い所だと思っていたから。
  けれど呪い師は名前を知っているだけではなかった。
 「昔、行ったことがあるだけさ」
  しかし……、と言って呪い師は黙り込んだ。何を考えているのか想像がついて、いたたまれない。
  ウィスタリアに行ったことがあるのなら、セシリアの瞳が何を意味するのかもわかっているはずだ。
 「なるほど…、惨いことをするね」
  呪い師は得心したように呟いた。
 「呪いについての話はあっちの兄さんも呼んでやるかい?」
 「はい……」
  少し迷ったけれど、イリアス様にも話を聞いてもらうことにした。
  呪い師に呼ばれてイリアス様がセシリアの隣に戻ってくる。
 「結論から言うが呪いはかかっている」
 「……」
  イリアス様は黙って呪い師の言葉の続きを待っている。
  淡々とした声はセシリアが言えなかったこともあっさりと告げた。
 「呪いをかけた者にもお嬢さんは心当たりがあるようだ。 多分それで間違いない」
 「…!」
  驚いた気配が隣に座るイリアス様から伝わってくる。
  今更に、黙っていたことが心苦しい。
 「それで、解く方法は…」
  セシリアに気を使ってくれたのか、イリアス様は追求しなかった。
  それどころか呪いが解けるかを思いやってくれる。
 「そうだねえ。 呪いを懸けた者が恨みや妬みなどの負の感情をなくせば、自然に解けるだろうが…、難しいだろうね」
 (このまま国に帰らないでいれば、許してくれるでしょうか)
 「あ、あの…!」
  セシリアは顔を上げる。問いかける声が切羽詰ったようなものになる。
 「私が受けた呪いとはどのようなものなのでしょうか?」
  わずかにためらい、一度言葉を切る。知ることへの怖れがまだ胸の中にあった。
  それでも意を決し、もう一度口を開く。
 「今のように光を奪うものですか、それとも……死に至る呪いですか?」
  そうであってほしくないと願う心は無情に否定された。
 「呪いがどんなものであったにせよ、動きを奪った状態で海に投げ込まれた……。
  それが答えだと思うがね」
 「…!」
  非情な宣告に言葉を失う。
  呪いはどうあれセシリアを殺すつもりだった。
  はっきりと告げられた真実はとても、…とても痛かった。
しおりを挟む

処理中です...