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異世界<日本>編

観光名所

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 失敗した。そう思ったけれど遅かった。
 「…っ」
  踏まれそうになったヴォルフが足元に寄ってくる。
 「ごめんね、出ようか」
  人ごみの中なのでヴォルフも肯きだけで答えて走り出した。
  先に立ってマリナを振り返る。一刻も早く立ち去りたい、そんな声が聞こえる背中をマリナも足早に追いかけた。
  通りを何本か離れるとようやく人の姿がまばらになってきた。
 「ごめんね、ヴォルフ」
  こんなにすごいと思わなかったと謝る。
  歴史あるお寺だと聞いたので少し遠出してきたのだけれど、観光地として有名らしく人の多さが尋常ではなかった。
 「魔力は集められなかったんだよな?」
  うん、それどころじゃなかった。
 「人が多いところはあんまりね。 向いてないんだ、魔力を集めるには」
  取り込めないことはないけど、不純物が多いから後で気分が悪くなるに決まってる。絶対しない。
  昔、師匠にそういった魔力を集める訓練をされたことがあるけど、一週間寝込んだ。
  大人しく他の所に行ったほうが効率いいもの。
 「斎藤さんの神社に行けば良かったわ、失敗した」
  ここから斎藤さんの所に行くのはかなり時間がかかる。そこまでの元気はない。
 「まあ、散歩だと思えばいいんじゃないか」
  ヴォルフのフォローが痛い。
 「うん、ありがとー」
  せっかくだから何か見つけられるように歩くかな。
  この辺りもマリナが住んでいるところも神社やお寺はよく見かける。大きな公園なども。
  けれど斎藤さんの神社ほど魔力が溢れているところはまだ見つけられていなかった。
  焦ってもしかたないけれど早い方がいいだろう。
  ヴォルフは不安を見せないけど、不安や焦燥がないわけがない。
  何も言わずにマリナを信じてくれるのだからマリナもそれに応えるのは当然だ。
  ちりっと胸を焦がす何か。
  気づかないふりをすることは意味がない。
  マリナが力を行使しなければヴォルフは帰ることが叶わない。そう思わないわけじゃない。けれど、本当にそれを望んでいるかというと違う。
  自分と相手を傷つけるだけの未来なんていらない。
  だから、ちゃんとヴォルフを向こうの世界に帰す。
  それは決定事項だ。
  どれだけ迷って過っても、間違わない。
  幸せになってほしい。それは嘘じゃないから。
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