上 下
248 / 368
セレスタ 波乱の婚約式編

押しかける貴族たち

しおりを挟む
 普段マリナはヴォルフと共に常に私の側に控えている。
 それぞれが一時的に離れることはあっても、一日中離れていることは基本的にはない。
 執務の際には届けられる書類を受け取り分類するなど文官のようなこともしていたし、謁見の時には私の後ろから貴族たちに睨みを利かせていた。
 そんなマリナの姿がないとなれば人の目に留まる。
 数時間、一日程度ならまだしも一週間が経つ。
 全く姿を見ないとなれば異変に気付く者が出るのも、それが伝わっていくのも仕方のないこと。
 マリナがいなくなったことは隠しようがない。
 集まった貴族たちを見下ろし、胸に溜まった嫌な空気を気づかれないようそっと吐いた。
 私の前に集まったのは十数人からなる貴族たち。
 マリナに好意的でなかった者も多く集まっている。
 盛んに声を上げているのは以前からマリナを疎んでいた者たちだ。
 そうでない者たちは様子を見るように沈黙を守っている。
 不安そうな顔をしているのはある程度情報を掴んでいるからか。
「王子、マリナ殿が姿を見せないのは如何なる理由によるものでしょうか?」
「理由をお聞かせ願いたい。 彼の魔術師は以前から度々王子の側を離れているとも聞いたことがあります。
 もしそれが事実ならば職務を怠った処罰は下されているのでしょうか」
 昔のことを持ち出されて鼻で笑いそうになる。
 マリナが私の元を離れるのは理由があるときだ。
 日本に行く前のことなら視察の下見だったり、双翼として必要な知識やマナーを習っているときのことだろう。
 それ以後は度々と言われるほど側を離れたことはないというのに。
 おかしさと不快さが同時に湧く、不思議な感覚だ。
 本当にヴォルフもマリナも必要なとき以外は私の側から離れない。
 最近でこそ二人で出かけることもあるが、それも短い時間だったり私の予定がないときに限られている。
 私用の時間をほとんど取らない二人の小さな変化を私は喜んでいた。
 よくも勝手に否定してくれる。
 貴族たちの話を穏やかな顔で聞いていたが、いい加減仮面が剥がれそうだ。
「婚約式の直後から見ないというのは異常ではないですか」
 一人の青年貴族が強い視線で私を見ながら言葉を紡ぐ。
 異常という言葉に壮年に差し掛かった別の貴族が続ける。
「ええ、おかしなことです。
 聞くところによると彼女はフレスの王妹殿下がお帰りになる見送りの場にも来なかったとか。
 彼の王妹殿下とマリナ殿は魔術について意見を交わすこともあると聞いております。
 その王妹殿下の見送りをしなかったというのはいくら他の用事があったとはいえ考えがたいことです」
 丁寧な言葉選びをしながらも壮年の貴族はマリナが王宮にいないことを暴こうと言葉を重ねていく。
「王妹殿下が帰国される数日前から姿が見えないというのは本当ですか?」
 真剣な表情を取り繕いながら質問をしているつもりだろうが、得意気な瞳を隠せていない。
 すでに父や内務外務の二卿に根回しが済んでいる今、貴族たちの相手をしている場合ではないのだが。苛立ちを顔に出さないようにしながら話を聞く。
 一刻も早く準備をし、旅立たせたい。
 逸る心とは裏腹に悠然とした態度で話を聞く。
 マリナを貶めたい者はともかく、他の者は情報を知りたいだけなのだろう。
 情勢によっては自身が渦中に巻き込まれるかもしれないとした漠然とした不安感。
 否定してやれればいいのだが、マールアの行動如何によっては不安が現実になるかもしれない。
 だとしても引く気はなかった。
 ――――マリナを連れ戻すために騎士団を派遣する。
 決断を告げれば息を呑む音があちらこちらから聞こえた。
 一人の貴族が必死な顔で撤回をするよう言葉を重ねる。
 マールアと衝突する可能性を認められないという。
 強固な反対が上がるのも予想していた。
 しかしどれだけ反対の声が上がろうと止める気はない。
 否定の言葉を積み重ねる男は決して言ってはならないことを口にする。
 穏やかな顔で話を聞いていられたのもそこまでだった。
しおりを挟む

処理中です...