上 下
4 / 63

4 財閥令嬢、少尉の貫禄をかもし出します。

しおりを挟む
 相手を見た伊吹は眉間に皺を寄せ、守屋登喜子はがっかりした。
「なんだ。軍人さんたちか......」
 登喜子は伊吹へと顔を向けると、
「ちょっと伊吹ッ、顔が怖いっ」
 と、注意をした。
「わたしの部下だ」
 小声で話す。
「えっ?」
 振り向こうとすると止めた。
「見たいじゃない?」
「バレる」
「大丈夫よ。スタイルが全然違うのだから。男言葉にならなきゃ大丈夫」
 と言って振り向いた。

 降旗軍曹と、降旗軍曹の同期二人だ。
 三人は端の方へ腰掛けた。
 伊吹は降旗軍曹と目が合ってしまい、目を反らした。
「いや、しっかし、どうしておなごが嗜むような甘味処が無料なんだ」 
 と、降旗軍曹。
 伊吹は眉根を染める。
「腹の嗜みにもならんな」
 と、同期。
(それならここへ来るな......)
 伊吹は三人の会話が気になって仕方ない。
 軍曹ともう一人は確か田舎から出てきて、降旗軍曹と同じく職業軍人として貧困の家族を養っていると聞き、
もう一人は...。

 店の前からガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきて、みんなが扉の方へ振り向く。

 伊吹は目を剥いた。

 入り口にはプロマイドに写っている男性が入ってきたのだ。
 登喜子は呑気に鏡を見ていた。
「これだけを楽しみに、頑張っていました」
 訛りの強い少女が頬を赤らめながら言った。  
「なんだい、それは。夜のショーも頑張ってくれよ」
 彼は笑いながら言う。
「千夏ちゃんは食べた事ないんだもの。イキイキとしていたわ」
 もう一人の少女が言う。

「【赤いルージュ劇場】の連中じゃないか?!」
 もう一人の軍人が声を上げた。
 彼はそんなお金には困っておらず、趣味で遊びに行けたりする。名前は金子と言って、確か一等兵だ。
 その声にみんな振り向いた。
 
「えっ? 裕太郎様?!」
 登喜子は振り向くと、この店内にプロマイドの男が気まずそうにいた。 
 登喜子は卒倒する。
 降旗軍曹はじっと伊吹を見る。
 伊吹は然り気無くクリームあんみつを食べながら、本を読む。

 金子一等兵は冷やかす。
「なぁ。一曲歌って踊ってくれよ」
 【赤いルージュ劇場】を知っているその軍人は、空気も読まず、そう催促。 
「困ります。うちはそんなところではない」
 と、裕太郎は少女を守るように自分の背中へ回した。

(ただの看板俳優ではないな)

 登喜子を見て見ると、胸に両手を置いて、裕太郎をただぼうっと見て、惚けているだけだ。

「いいじゃないか。俺たちはそんなの見た事がない。どんなものか、ここで楽しませろ」
 と、降旗軍曹。
 店にいるお客も怯え始めた。

 伊吹はやきもきし始めた。

 裕太郎ももうどうしたらいいか分からず、ただ二人の踊り子を庇うようにしているだけだ。

 少し裕福な軍人が踊り子の腕を取り、引き寄せる。
「キャアッ」
「やめなさいっ」
 裕太郎も止めると、降旗軍曹がコップの水を飲み、それをぶちまけた。

「うっ!」
 裕太郎は悲鳴を上げた。
 
(水も滴るいい男とはあれを言うのだろうか)

 裕太郎は降旗軍曹を睨み付けた。
(おっ? 優男だけじゃなさそうだな)
 裕太郎は前に近づき、降旗軍曹も立ち上がる。

(あっ、まずい!)

「やめないかっ」 
 伊吹の一喝に店内にいた客たちはざわつく。
 スタイルと話し方の違いだ。

 裕太郎も驚いて目を剥き、降旗軍曹はニタリとした。



 




しおりを挟む

処理中です...