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10 - 空気をびりびりと震わせる

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 空気をびりびりと震わせる異形の獣たちの咆哮に、人々がくもの子を散らすように逃げまどっている。
 それを塔の上からながめる男は、禍々しいまでに秀麗だった。
 「他愛もない」
 誰に聞かせるでもない感想を口にしたのはエフェスである。
 強大な力を有する魔族にとっては、人間など塵同然の存在だった。
 ただ殺すためなら自ら手をくだすほうがよほどてっとりばやいにも関わらず、獣などに襲わせる理由は、それが道楽だからだ。
 なかば壊れた人形のような魔族の青年に魔獣を集めさせるのも同じだった。
 「アーシャー」と名を呼ぶと、すぐに彼は現れた。
 腕を失ってからというもの完全に自我が崩壊したかと思われたが、その美貌はいま幼子のように屈託くったくのない笑みをうかべている。
 たしかにそれは壊れた人形だった。
 くすくすと笑いだしたかと思うと、声というより音波を発して魔獣を呼びよせる。
 エフェスの言うことは理解しているらしかったが、ただそれだけのおもちゃだ。
 それならそれで悪くないとエフェスは思っていた。
 白い手をとって甲にキスをすると、アーシャーはくすぐったいと言わんばかりに笑いを漏らす。
 それから自分でも手の甲をながめて、不思議そうに首をかしげた。
 「そう、それが大事なんだ」
 魔族の男は口の端をひきあげた。
 「いい子だね、アーシャー。ぼくがおもちゃを手にいれる手伝いをしておくれ。そのために、こんなところまでおまえを連れてきたんだから」
 青年は彼の言葉には無関心で、手の甲をこすったり日にかざしたりしている。
 しばらくして、塔の上に人がいるのに幾人かが気づきはじめた。
 指さして見あげてくるその顔に驚愕と怒りを見出したエフェスは、いっそう楽しげにアーシャーの背を押す。
 「さあ、獣どもを連れてもうひと遊びしておいで」
 笑い声をあげて青年は身軽に隣の建物へ飛びうつると、人々の騒ぎを横目に屋根をつたって街のより奥へと入っていった。
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