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1. 噂のダンジョン
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下調べが出来ないダンジョンはあまり気が進まないんだが…と言いながら少し考えたジャスパーは、いつもの口の端だけ微かに上げる微笑みを浮かべながら仕方ないとでも言うような顔をして了解してくれた。
普段は硬質な光をまとう彼のグレーの瞳が自分にだけ温かく滲むことを知っているカイは、心臓が高鳴るのを押さえつけた。
「よし、じゃあ決まりだな!明日出発だ!」
「最低限の情報は集めてるんだろうな?」
「新しく発見されたというからあまり情報はないが、もちろんだ!」
「おい、俺はお前の向かいに座ってるんだから大声出す必要はない。酒場中に明日の予定を伝えるな」
「す、すまない」
「ったくいつまで経ってもしょうがないな」
ぐいっと杯をあおったジャスパーは笑いを含んだ声で言いながら肩をすくめた。
ジャスパーと行動を共にするようになったのはこの半年ほどのことだ。カイがこのソールタウの街に来たばかりの頃、冒険者ギルドでシャラシャラと微かに鳴る音に振り返るとジャスパーがいた。長い髪が邪魔にならないようにか生え際から編み込まれた髪につけた髪飾りが触れ合う音だったのか、と思いながら目の端に捉えた姿はガサツなその場に不似合いにも見えた。
特に会話することもなかったがある夜、街中で男二人に詰め寄られているところに居合せた。ニヤニヤとした薄笑いを浮かべながら話しかけていた一人がジャスパーの腕をつかんだところで助けに入ろうとした。が、すぐに助けは必要ないということがわかった。
「ふざけるな。お前らごときに俺がどうにか出来るとでも?」
それまで無言ですれ違うか佇む姿しか見たことがなかったが口を開くとどうも男のようだと気づいた。よく見れば確かにその体に柔らかな線はない。整った顔の中で特に印象的な目には禍々しいとでもいう怒気をはらみ、嘲るような笑みを浮かべている。
呆然と見惚れている間にジャスパーより大分体格が良い男二人は拳で沈められていた。どういうことだ?華奢と言うほどではないがどう見ても魔法使いといった感じなのに。驚きと胸の高鳴りに動けなかった。
「おい、なんだお前は。コイツらの仲間か?」
手を中途半端に伸ばしたまま停止していたカイに、ジャスパーが胡乱げな視線を向けていた。
「ちがう!僕はアナタが襲われているのかと思って助けに入ろうとしただけだ!いや、助けなど不要だったことは今はわかるが!」
ジャスパーがキョトンと目を見開いてこちらを見つめた。ああ、そんな顔もするのか。無表情な時よりも幼く見える。自分と年はそう変わらないのだろうか。
「なんだお前そのしゃべり方、どっかの騎士様かよ?しかも無駄にデカイ声だな」
愉快そうに言ったジャスパーの髪飾りが揺れてチャリチャリと音を立てた。
その笑顔から、目が離せなくなった。
それからというもの、ジャスパーに会う度に話しかけた。初めの頃こそ迷惑だという態度を隠しもしなかったが、その内根負けしたようで普通に言葉を交わすようになった。物慣れない様子のカイが面白かったのか、放って置けなかったのか、いつの間にか一緒に行動するようになっていた。一緒に依頼を受けて魔物を狩り、ダンジョンに潜った。
「一体どうやってジャスパーと仲良くなったんだ?」とギルドの顔見知りにはよく聞かれた。この街ではジャスパーは有名だった。魔法の腕がいいこともあるが異国風の美しい姿を裏切る、必要があれば拳にものを言わせる荒々しさのせいだ。
ジャスパーは愛想が無いわけではないが人と必要以上に関わろうとしないし、身の上話は全くしない。冒険者ギルドにそんな人間はよくいるが、一年程前にソールタウに現れたジャスパーは冒険者ギルドの依頼内容によってはたまに人と組むこともあったが特定の仲間は決して作ろうとしなかったらしい。そんなジャスパーがカイと連れ立って歩くようになれば周りが驚くのも無理はない。
どうやって落としたのか、と聞かれることさえあるが、そんな仲ではないと否定しても怪訝な顔をされるだけであまり信じてはもらえてないようだ。否定しながら何か悔しいように感じる自分に気づいたがその気持ちは抑えつけている。
ジャスパーの容姿に惹かれて良からぬことを考えて近づく男が手酷く痛めつけられるのを何度も見た。そんなことがあった後のジャスパーは当然酷く機嫌が悪かったが、怒りだけではなく嫌悪と、奥に押さえ込んだ恐怖を嗅ぎ取ることが出来た。カイには随分と気を許してくれているように思うが必要以上に接触することはないし、同性だというのにジャスパーが着替えるところさえ見たことがない。
自分のことを話さないジャスパーに過去何があったのかはわからないが聞いて気分の良い話ではなさそうだったし聞くつもりもなかった。ジャスパーがカイの出身やこの街に来る前のことを聞くこともない。こちらも話したくないのだから文句はない。ないのだが、時々見せる不安げな様子を見ると安心させたくて抱きしめるために手を伸ばしそうになる。
僕は何を考えてるんだ⁈
首をふって不埒な考えを振り払う。ジャスパーに嫌われたくない。余計なことは望まない方がいいのだ。
「どうした?」
素っ気ないようでジャスパーがカイを見る目は優しい。おそらく。カイの都合の良い妄想でなければ。
「なんでもない。その、ダンジョンの情報だがハッキリ言って大したものはない」
「俺が聞いた新しいダンジョンの話も役に立つことはほとんどなかった」
「ほんの浅い層にしか入れないから奥に入れないらしいし、魔物もまだ大したものが出ないと聞いた」
「ああ、本当にまっさらなダンジョンみたいだな」
「そんな新しいダンジョンに僕はまだ行ったことがない。ジャスパーはあるのか?」
「ん?まぁ比較的新しいヤツならあるな。まだ国にいる頃だが」
「そうか」
「…新しいって言っても、もう普通に冒険者も群がってたけどな。大した特徴もないようなダンジョンだった」
場所に言及することはなくジャスパーは肩をすくめるような仕草をして、それ以上詳しく話す気はないようだった。
「それよりその新しいダンジョンはそう危険じゃない、ていうか大して奥にも入れないから当たり前なんだが気になる噂は聞いた」
「気になる噂?なんだ?」
「ソールタウに戻ってないパーティーがいくつかあるらしい」
「そのまま違う街に行ったんじゃないのか?」
「そうだな、だから噂だ。行ってきた奴は危険も大してないけど、ろくな実入りにもならなかったって言ってたからな」
「誰に聞いたんだ?」
「クレイだよ。お前も知ってるだろ?」
知っている。いつもにさりげなくジャスパーに話しかけてくる男だ。珍しく本当に善人のようでそのせいかジャスパーが好意的なところが気に食わない。
「なんだよ難しい顔して?クレイがどうかしたか?」
「いや、なんでもない。クレイはバカだが嘘はつかないから奴が言うなら本当だろうな」
「おい、そういうこと大声で言うなって言ってるだろ?…とになく、あんまり期待しても都合良く何か見つかることはないと思うぞ?クレイだってけっこう腕は立つ」
「何を大声で言ってはいけないんだ?」
「…なんでもない」
溜め息をついたジャスパーはどこか呆れた顔をして杯に口をつけた。ジャスパーに限らずたまに会話は噛み合わないことはあった。人は難しい。
だがどんな反応が返ってきてもジャスパーならば気にならない。ジャスパーの色んな表情を見たい。いつもの皮肉な微笑みや珍しい笑い顔も、他の見たことのない表情も。
普段は硬質な光をまとう彼のグレーの瞳が自分にだけ温かく滲むことを知っているカイは、心臓が高鳴るのを押さえつけた。
「よし、じゃあ決まりだな!明日出発だ!」
「最低限の情報は集めてるんだろうな?」
「新しく発見されたというからあまり情報はないが、もちろんだ!」
「おい、俺はお前の向かいに座ってるんだから大声出す必要はない。酒場中に明日の予定を伝えるな」
「す、すまない」
「ったくいつまで経ってもしょうがないな」
ぐいっと杯をあおったジャスパーは笑いを含んだ声で言いながら肩をすくめた。
ジャスパーと行動を共にするようになったのはこの半年ほどのことだ。カイがこのソールタウの街に来たばかりの頃、冒険者ギルドでシャラシャラと微かに鳴る音に振り返るとジャスパーがいた。長い髪が邪魔にならないようにか生え際から編み込まれた髪につけた髪飾りが触れ合う音だったのか、と思いながら目の端に捉えた姿はガサツなその場に不似合いにも見えた。
特に会話することもなかったがある夜、街中で男二人に詰め寄られているところに居合せた。ニヤニヤとした薄笑いを浮かべながら話しかけていた一人がジャスパーの腕をつかんだところで助けに入ろうとした。が、すぐに助けは必要ないということがわかった。
「ふざけるな。お前らごときに俺がどうにか出来るとでも?」
それまで無言ですれ違うか佇む姿しか見たことがなかったが口を開くとどうも男のようだと気づいた。よく見れば確かにその体に柔らかな線はない。整った顔の中で特に印象的な目には禍々しいとでもいう怒気をはらみ、嘲るような笑みを浮かべている。
呆然と見惚れている間にジャスパーより大分体格が良い男二人は拳で沈められていた。どういうことだ?華奢と言うほどではないがどう見ても魔法使いといった感じなのに。驚きと胸の高鳴りに動けなかった。
「おい、なんだお前は。コイツらの仲間か?」
手を中途半端に伸ばしたまま停止していたカイに、ジャスパーが胡乱げな視線を向けていた。
「ちがう!僕はアナタが襲われているのかと思って助けに入ろうとしただけだ!いや、助けなど不要だったことは今はわかるが!」
ジャスパーがキョトンと目を見開いてこちらを見つめた。ああ、そんな顔もするのか。無表情な時よりも幼く見える。自分と年はそう変わらないのだろうか。
「なんだお前そのしゃべり方、どっかの騎士様かよ?しかも無駄にデカイ声だな」
愉快そうに言ったジャスパーの髪飾りが揺れてチャリチャリと音を立てた。
その笑顔から、目が離せなくなった。
それからというもの、ジャスパーに会う度に話しかけた。初めの頃こそ迷惑だという態度を隠しもしなかったが、その内根負けしたようで普通に言葉を交わすようになった。物慣れない様子のカイが面白かったのか、放って置けなかったのか、いつの間にか一緒に行動するようになっていた。一緒に依頼を受けて魔物を狩り、ダンジョンに潜った。
「一体どうやってジャスパーと仲良くなったんだ?」とギルドの顔見知りにはよく聞かれた。この街ではジャスパーは有名だった。魔法の腕がいいこともあるが異国風の美しい姿を裏切る、必要があれば拳にものを言わせる荒々しさのせいだ。
ジャスパーは愛想が無いわけではないが人と必要以上に関わろうとしないし、身の上話は全くしない。冒険者ギルドにそんな人間はよくいるが、一年程前にソールタウに現れたジャスパーは冒険者ギルドの依頼内容によってはたまに人と組むこともあったが特定の仲間は決して作ろうとしなかったらしい。そんなジャスパーがカイと連れ立って歩くようになれば周りが驚くのも無理はない。
どうやって落としたのか、と聞かれることさえあるが、そんな仲ではないと否定しても怪訝な顔をされるだけであまり信じてはもらえてないようだ。否定しながら何か悔しいように感じる自分に気づいたがその気持ちは抑えつけている。
ジャスパーの容姿に惹かれて良からぬことを考えて近づく男が手酷く痛めつけられるのを何度も見た。そんなことがあった後のジャスパーは当然酷く機嫌が悪かったが、怒りだけではなく嫌悪と、奥に押さえ込んだ恐怖を嗅ぎ取ることが出来た。カイには随分と気を許してくれているように思うが必要以上に接触することはないし、同性だというのにジャスパーが着替えるところさえ見たことがない。
自分のことを話さないジャスパーに過去何があったのかはわからないが聞いて気分の良い話ではなさそうだったし聞くつもりもなかった。ジャスパーがカイの出身やこの街に来る前のことを聞くこともない。こちらも話したくないのだから文句はない。ないのだが、時々見せる不安げな様子を見ると安心させたくて抱きしめるために手を伸ばしそうになる。
僕は何を考えてるんだ⁈
首をふって不埒な考えを振り払う。ジャスパーに嫌われたくない。余計なことは望まない方がいいのだ。
「どうした?」
素っ気ないようでジャスパーがカイを見る目は優しい。おそらく。カイの都合の良い妄想でなければ。
「なんでもない。その、ダンジョンの情報だがハッキリ言って大したものはない」
「俺が聞いた新しいダンジョンの話も役に立つことはほとんどなかった」
「ほんの浅い層にしか入れないから奥に入れないらしいし、魔物もまだ大したものが出ないと聞いた」
「ああ、本当にまっさらなダンジョンみたいだな」
「そんな新しいダンジョンに僕はまだ行ったことがない。ジャスパーはあるのか?」
「ん?まぁ比較的新しいヤツならあるな。まだ国にいる頃だが」
「そうか」
「…新しいって言っても、もう普通に冒険者も群がってたけどな。大した特徴もないようなダンジョンだった」
場所に言及することはなくジャスパーは肩をすくめるような仕草をして、それ以上詳しく話す気はないようだった。
「それよりその新しいダンジョンはそう危険じゃない、ていうか大して奥にも入れないから当たり前なんだが気になる噂は聞いた」
「気になる噂?なんだ?」
「ソールタウに戻ってないパーティーがいくつかあるらしい」
「そのまま違う街に行ったんじゃないのか?」
「そうだな、だから噂だ。行ってきた奴は危険も大してないけど、ろくな実入りにもならなかったって言ってたからな」
「誰に聞いたんだ?」
「クレイだよ。お前も知ってるだろ?」
知っている。いつもにさりげなくジャスパーに話しかけてくる男だ。珍しく本当に善人のようでそのせいかジャスパーが好意的なところが気に食わない。
「なんだよ難しい顔して?クレイがどうかしたか?」
「いや、なんでもない。クレイはバカだが嘘はつかないから奴が言うなら本当だろうな」
「おい、そういうこと大声で言うなって言ってるだろ?…とになく、あんまり期待しても都合良く何か見つかることはないと思うぞ?クレイだってけっこう腕は立つ」
「何を大声で言ってはいけないんだ?」
「…なんでもない」
溜め息をついたジャスパーはどこか呆れた顔をして杯に口をつけた。ジャスパーに限らずたまに会話は噛み合わないことはあった。人は難しい。
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