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あきらめ癖
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昔、といってもまだ小学生だった10年程前、将来は何か大きなことをするんだと夢想していた。
その日は、将来の夢について語る授業があった。皆なりたいもの、その理由を発表して、先生が一言コメントをする。そんな誰しも経験したことがあるであろう授業だった。
「ボクの将来の夢はスポーツ選手です」
「わたしは歌手になりたいです」
僕は、私は。とそれぞれ夢を喜々として、堂々と発表していった。
あの時、自分は何になりたいと言ったのか思い出せない。しかし大勢の前で話すことに慣れていなかったため、伏し目になりもごもごと話したことを覚えている。
「きっとなれるよ!」
隣の席の活発な少女が慰めてくれた。周りの席からも似た意味合いの言葉をかけられた。上手く笑顔で応えたつもりだが、どうたっただろう。
その後も、発表は続いていき先生の「みんなのお話が聞けて良かったです」との一言で締めくくられた。
帰り道友達とよく遊ぶ公園に一人で来て、ランドセルを置いてブコンコを漕ぐ。勢いに身を任せどこまで飛べるかと試していると、どこまでも飛べるんじゃないかと馬鹿なことを思った。
学校には自分よりも頭が良い子、自分より足が速い子がいた。しかし、この違いを些末なものだと信じ相も変わらず将来は何者かになれるものと疑っていなかった。
中学生になると、個人の違いというものを感じ始めることになった。クラスで人気者のリーダーシップのある者、勉強ができる者。だが一番堪えたのは同じ部活動を行う後輩にだった。同じ指導者のもと同じトレーニングを行う。その上自分の方がやっている年数が上なのに実力を追い越されてしまった。
その頃になり、ようやく努力というものをし始めた。同じようにやって差をつけられるのならば、それ以上にやればいつかどんなことでも勝つことができる。
「天才とは努力を続ける才能のことだ」とテレビで聞いたことを真に受けて努力を続けた。将来に役立つだろうと漠然と考え勉強は特に頑張ったと思う、そのおかげで進学校に合格することがきたのだから。
しかし、高校に入学してすぐに埋めることのできない差というものを感じることになった。
入学してすぐに行われた試験で良くも悪くもない。まさに普通としか言いようのない成績をとった。努力して通うことができた学校。しかし、ここには何食わぬ顔で受験したら受かったからという者が多くいる。授業が終われば友達と遊んで帰り、家では趣味に時間を費やす。その時間を勉強に費やしても平然と自分より上を見据える者達が大勢いる。
努力ではどうすることもできない差を突きつけられて、ようやく身の丈を知った気がする。これまでにやってきた努力は徒労だった。時間を浪費していたにしか過ぎなかった。
「努力はどんな形であれ無駄になることはない」中学時代誰かが言っていたことを思い出す。
無駄ではなかったのならば、どんな結果を、成果を得られたのだろう。自身の薄弱な可能性を知るためだけに、頑張っていたのだとしたらこんなことでも報われたと思わなければならにのだろうか。
高校時代、終ぞ何においても称されることはなかった。
気付けばできることしか、目標として見ることができなくなっていた。知らないこと、新たな発見が必要になること。それらは特別な何者かが行えば良い。それだけのことだと感じるようになった。
振り返っても思い出せないこと、わからないことが多くある。
いつ頃からだっただろうか、自分よりも秀でている者達に憧憬するのではなく、その違いを妬みの糧とするようになったのは。
いつ頃からだっただろうか、同じ空の下行き交う人たちを別次元の人間だなんて喚きだしたのは。
何かを成し遂げようとする気概を捨て、あいつとは違うから、こいつとは。そんな言葉ばかりを吐き出すようになり自分の足で歩くのがとても怖くなってしまった。
傷つきたくない。そんな思いを持って行動する今の僕は、その他大勢から見れば歪んでいるのかもしれない。それでも自分の足で立っていられるように、身を守る術を身に着け大切な自分が痛みを伴うことがないように生きている。これは、決して間違いなどではないだろう。
一歩一歩、躊躇しながらも立ち止まりながらも進んでいる。何物にもなれなかった自分自身は、この先も何もできないのだろう。それでも痛みを感じないで済むならば、良いのだと心からそう思う。
その日は、将来の夢について語る授業があった。皆なりたいもの、その理由を発表して、先生が一言コメントをする。そんな誰しも経験したことがあるであろう授業だった。
「ボクの将来の夢はスポーツ選手です」
「わたしは歌手になりたいです」
僕は、私は。とそれぞれ夢を喜々として、堂々と発表していった。
あの時、自分は何になりたいと言ったのか思い出せない。しかし大勢の前で話すことに慣れていなかったため、伏し目になりもごもごと話したことを覚えている。
「きっとなれるよ!」
隣の席の活発な少女が慰めてくれた。周りの席からも似た意味合いの言葉をかけられた。上手く笑顔で応えたつもりだが、どうたっただろう。
その後も、発表は続いていき先生の「みんなのお話が聞けて良かったです」との一言で締めくくられた。
帰り道友達とよく遊ぶ公園に一人で来て、ランドセルを置いてブコンコを漕ぐ。勢いに身を任せどこまで飛べるかと試していると、どこまでも飛べるんじゃないかと馬鹿なことを思った。
学校には自分よりも頭が良い子、自分より足が速い子がいた。しかし、この違いを些末なものだと信じ相も変わらず将来は何者かになれるものと疑っていなかった。
中学生になると、個人の違いというものを感じ始めることになった。クラスで人気者のリーダーシップのある者、勉強ができる者。だが一番堪えたのは同じ部活動を行う後輩にだった。同じ指導者のもと同じトレーニングを行う。その上自分の方がやっている年数が上なのに実力を追い越されてしまった。
その頃になり、ようやく努力というものをし始めた。同じようにやって差をつけられるのならば、それ以上にやればいつかどんなことでも勝つことができる。
「天才とは努力を続ける才能のことだ」とテレビで聞いたことを真に受けて努力を続けた。将来に役立つだろうと漠然と考え勉強は特に頑張ったと思う、そのおかげで進学校に合格することがきたのだから。
しかし、高校に入学してすぐに埋めることのできない差というものを感じることになった。
入学してすぐに行われた試験で良くも悪くもない。まさに普通としか言いようのない成績をとった。努力して通うことができた学校。しかし、ここには何食わぬ顔で受験したら受かったからという者が多くいる。授業が終われば友達と遊んで帰り、家では趣味に時間を費やす。その時間を勉強に費やしても平然と自分より上を見据える者達が大勢いる。
努力ではどうすることもできない差を突きつけられて、ようやく身の丈を知った気がする。これまでにやってきた努力は徒労だった。時間を浪費していたにしか過ぎなかった。
「努力はどんな形であれ無駄になることはない」中学時代誰かが言っていたことを思い出す。
無駄ではなかったのならば、どんな結果を、成果を得られたのだろう。自身の薄弱な可能性を知るためだけに、頑張っていたのだとしたらこんなことでも報われたと思わなければならにのだろうか。
高校時代、終ぞ何においても称されることはなかった。
気付けばできることしか、目標として見ることができなくなっていた。知らないこと、新たな発見が必要になること。それらは特別な何者かが行えば良い。それだけのことだと感じるようになった。
振り返っても思い出せないこと、わからないことが多くある。
いつ頃からだっただろうか、自分よりも秀でている者達に憧憬するのではなく、その違いを妬みの糧とするようになったのは。
いつ頃からだっただろうか、同じ空の下行き交う人たちを別次元の人間だなんて喚きだしたのは。
何かを成し遂げようとする気概を捨て、あいつとは違うから、こいつとは。そんな言葉ばかりを吐き出すようになり自分の足で歩くのがとても怖くなってしまった。
傷つきたくない。そんな思いを持って行動する今の僕は、その他大勢から見れば歪んでいるのかもしれない。それでも自分の足で立っていられるように、身を守る術を身に着け大切な自分が痛みを伴うことがないように生きている。これは、決して間違いなどではないだろう。
一歩一歩、躊躇しながらも立ち止まりながらも進んでいる。何物にもなれなかった自分自身は、この先も何もできないのだろう。それでも痛みを感じないで済むならば、良いのだと心からそう思う。
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