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序章、第一話
スズメは頭は悪くないよ
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◆
「戻ってきていない・・・・・・?」
ヨルはやってきた施設の玄関先で愕然とした。
「はい。怪我をした日から一度も姿を見ておりませんよ」
てっきり今もヨル様のお屋敷にいるとばっかり、と修道女は続けた。不安そうな顔で見詰めてくる女の言葉に恐らく嘘はない。
嫌な予感がする。まさか戻る途中にまた誰かに襲われたのか。しかし自警団にそのような連絡は来ていない。だとしたら。
ヨルははっと顔を上げて慌てて来た道を引き返した。後ろから「ヨル様!?」と声を掛けられたが振り向く余裕は無い。
修道女に嘘はない。あるとしたら屋敷の人間だ。昼行性の鳥人に嫌悪を抱いている者たちだ。きっと彼らが何かしたに違いない。まさか招いた客に堂々と手出しするなんて。スズメは無事なのか。今何処にいるのか。嫌な想像が頭の中を駆け巡る。
こんなことなら長期の出張時にだけ施設に帰せばよかった。しかし後悔している暇はない。
ヨルは自宅へ戻ると、ありとあらゆる部屋を探した。通常の客間は勿論のこと、納屋や家畜小屋に至るまで、スズメが捕まって隠されていないか、襲われた形跡が無いか調べ上げる。けれどスズメの姿は何処にもない。ヨルは何時間も探し回った後に項垂れてスズメが寝泊まりしていた部屋のベッドに腰掛けた。
「何処にいるんだ・・・・・・」
ヨルは心配で胸が張り裂けそうだった。また以前のように大切な後輩をなくしてしまうのだろうか。今度こそ守ると自らに誓ったのに。
ふと視線を机に向けると花瓶に生けてある花が萎れていた。花瓶の水を替える者がいなかったのだろう。僅かに異臭がするのは水が腐っているからか。
腐っている。
ああそうだ、腐っている。この屋敷の連中は皆、腐り切っている。その殆どが昼行性の鳥人に差別的で、敵意を隠そうともしない。だとしても、だ。相手はまだ子供なのだ。屋敷の者に害をなしたことも一度もない。怪我をして運ばれてきたただの子供。
そんな相手にどうして酷い真似が出来るのだろう。ヨルには理解できなかった。そしてそんな連中のいる屋敷にスズメを一人置いてきたのは紛れもなく自分だ。なんて事をしてしまったのだろう。ヨルは両手で顔を覆い、自らの無力さを呪った。
そんな時だ。控え目にドアがノックされた。
「誰だ」
「ヨル様お客様がお見えです」
そう言ったのはあの忌々しい執事長だった。客だなんて。今それどころではないのは分かるだろうに。
ヨルは名前だけ聞いて追い返すようドア越しに指示しようとした。しかしその声は執事長の声に掻き消される。
「勝手にあがられては困ります!」
「ヨルはここ? 案内ご苦労様。もう君に用事ないから下がっていいよ」
聞き覚えのあり過ぎる声にヨルは思わず立ち上がった。すぐにドアに駆け寄り扉を大きく開く。
「ロム! どうして・・・・・・」
そこに立っていたのはロムだった。後ろには焦った様子の執事長が見える。それもそうだろう。鴉族と鳩族は仲が悪い。ロムとヨルの関係は良好だが、それでも今までお互いがお互いの家を訪ねるなどありえないことだった。それなのに連絡も無しに急に鳩族の次期当主が現れたのだから驚くのは当然のことだった。
「どうしても何も、うちで預かってる子供が一人行方不明でね」
「ロムの耳にも入ったのか」
「当然だよ」
中に入っても? とロムが言うので、ヨルは一歩下がって道を開けた。
「ヨル様!」
「執事長、客人の相手は俺がする。お茶の用意もいらない。下がってくれ」
ヨルは悲鳴のような声音の執事長の言葉を遮って言う。そうしてすごすごと持ち場へ戻っていくのを見届けると、扉を閉め、鍵を掛けた。
「ロム、こんなことになってすまない」
「君のせいじゃない」
ロムは部屋を見渡して、引き出しを開いたりクローゼットを開けたりし始めた。
「ここはスズメの部屋?」
「そうだ。けれど何も無かった。屋敷内も隅々まで探したが何処にもいないんだ・・・・・・」
「本当に全部探したの?」
不意にロムの視線が天井に留まる。つられて上を見上げると、天井の板の一部が僅かにずれているのが見えた。
「天井裏・・・・・・?」
「スズメは学は無いけど頭は悪くないよ」
梯子を持ってきてくれる? と言うロムに頷いてヨルは早速倉庫へと駆け出した。
◆
梯子を使って天井裏を覗くと、一部だけ埃が綺麗に拭き取られていて、誰かが這いずって奥へと進んだことが知れた。
「こんな狭い隙間、子供じゃないと通れないね」
「じゃあスズメが? でもどうして・・・・・・」
「何かから逃げ出すためか・・・・・・或いは何かを調べるためか。後者の方が可能性は高いかな」
確かに逃げ出す為に通ったのなら、今頃施設に帰っていないとおかしい。だとしたら屋敷内を探索するために通ったのか。しかし何故スズメはそんな危ない真似を。
「この奥で何か見てはいけないものを見て襲われたのかもね。拉致するってことは施設に帰せない理由があるってことだろう?」
「施設に帰せない理由・・・・・・?」
「この屋敷の中で怪しい動きとかないの? ああでも君って鈍いもんね」
ロムは溜め息を吐くと、再び部屋を探索し始めた。
「部屋はもう見ただろう?」
「スズメが何か情報を掴んだのなら絶対痕跡を残すはずだ」
ロムは絶対の自信を持っているようで、ベッドの下や机の裏などを丹念に調べていた。そして粗方調べ終わると、今度は窓に手を掛ける。そういえば窓の外は―――。
「庭か!」
「その口調だと庭は調べてないんだね? 行ってみよう」
ロムの言葉にヨルは力強く頷くと、「案内する」と言ってロムを連れ立って部屋を出た。時刻は既に三時をまわって徐々に日が傾き始めていた。
◆
「戻ってきていない・・・・・・?」
ヨルはやってきた施設の玄関先で愕然とした。
「はい。怪我をした日から一度も姿を見ておりませんよ」
てっきり今もヨル様のお屋敷にいるとばっかり、と修道女は続けた。不安そうな顔で見詰めてくる女の言葉に恐らく嘘はない。
嫌な予感がする。まさか戻る途中にまた誰かに襲われたのか。しかし自警団にそのような連絡は来ていない。だとしたら。
ヨルははっと顔を上げて慌てて来た道を引き返した。後ろから「ヨル様!?」と声を掛けられたが振り向く余裕は無い。
修道女に嘘はない。あるとしたら屋敷の人間だ。昼行性の鳥人に嫌悪を抱いている者たちだ。きっと彼らが何かしたに違いない。まさか招いた客に堂々と手出しするなんて。スズメは無事なのか。今何処にいるのか。嫌な想像が頭の中を駆け巡る。
こんなことなら長期の出張時にだけ施設に帰せばよかった。しかし後悔している暇はない。
ヨルは自宅へ戻ると、ありとあらゆる部屋を探した。通常の客間は勿論のこと、納屋や家畜小屋に至るまで、スズメが捕まって隠されていないか、襲われた形跡が無いか調べ上げる。けれどスズメの姿は何処にもない。ヨルは何時間も探し回った後に項垂れてスズメが寝泊まりしていた部屋のベッドに腰掛けた。
「何処にいるんだ・・・・・・」
ヨルは心配で胸が張り裂けそうだった。また以前のように大切な後輩をなくしてしまうのだろうか。今度こそ守ると自らに誓ったのに。
ふと視線を机に向けると花瓶に生けてある花が萎れていた。花瓶の水を替える者がいなかったのだろう。僅かに異臭がするのは水が腐っているからか。
腐っている。
ああそうだ、腐っている。この屋敷の連中は皆、腐り切っている。その殆どが昼行性の鳥人に差別的で、敵意を隠そうともしない。だとしても、だ。相手はまだ子供なのだ。屋敷の者に害をなしたことも一度もない。怪我をして運ばれてきたただの子供。
そんな相手にどうして酷い真似が出来るのだろう。ヨルには理解できなかった。そしてそんな連中のいる屋敷にスズメを一人置いてきたのは紛れもなく自分だ。なんて事をしてしまったのだろう。ヨルは両手で顔を覆い、自らの無力さを呪った。
そんな時だ。控え目にドアがノックされた。
「誰だ」
「ヨル様お客様がお見えです」
そう言ったのはあの忌々しい執事長だった。客だなんて。今それどころではないのは分かるだろうに。
ヨルは名前だけ聞いて追い返すようドア越しに指示しようとした。しかしその声は執事長の声に掻き消される。
「勝手にあがられては困ります!」
「ヨルはここ? 案内ご苦労様。もう君に用事ないから下がっていいよ」
聞き覚えのあり過ぎる声にヨルは思わず立ち上がった。すぐにドアに駆け寄り扉を大きく開く。
「ロム! どうして・・・・・・」
そこに立っていたのはロムだった。後ろには焦った様子の執事長が見える。それもそうだろう。鴉族と鳩族は仲が悪い。ロムとヨルの関係は良好だが、それでも今までお互いがお互いの家を訪ねるなどありえないことだった。それなのに連絡も無しに急に鳩族の次期当主が現れたのだから驚くのは当然のことだった。
「どうしても何も、うちで預かってる子供が一人行方不明でね」
「ロムの耳にも入ったのか」
「当然だよ」
中に入っても? とロムが言うので、ヨルは一歩下がって道を開けた。
「ヨル様!」
「執事長、客人の相手は俺がする。お茶の用意もいらない。下がってくれ」
ヨルは悲鳴のような声音の執事長の言葉を遮って言う。そうしてすごすごと持ち場へ戻っていくのを見届けると、扉を閉め、鍵を掛けた。
「ロム、こんなことになってすまない」
「君のせいじゃない」
ロムは部屋を見渡して、引き出しを開いたりクローゼットを開けたりし始めた。
「ここはスズメの部屋?」
「そうだ。けれど何も無かった。屋敷内も隅々まで探したが何処にもいないんだ・・・・・・」
「本当に全部探したの?」
不意にロムの視線が天井に留まる。つられて上を見上げると、天井の板の一部が僅かにずれているのが見えた。
「天井裏・・・・・・?」
「スズメは学は無いけど頭は悪くないよ」
梯子を持ってきてくれる? と言うロムに頷いてヨルは早速倉庫へと駆け出した。
◆
梯子を使って天井裏を覗くと、一部だけ埃が綺麗に拭き取られていて、誰かが這いずって奥へと進んだことが知れた。
「こんな狭い隙間、子供じゃないと通れないね」
「じゃあスズメが? でもどうして・・・・・・」
「何かから逃げ出すためか・・・・・・或いは何かを調べるためか。後者の方が可能性は高いかな」
確かに逃げ出す為に通ったのなら、今頃施設に帰っていないとおかしい。だとしたら屋敷内を探索するために通ったのか。しかし何故スズメはそんな危ない真似を。
「この奥で何か見てはいけないものを見て襲われたのかもね。拉致するってことは施設に帰せない理由があるってことだろう?」
「施設に帰せない理由・・・・・・?」
「この屋敷の中で怪しい動きとかないの? ああでも君って鈍いもんね」
ロムは溜め息を吐くと、再び部屋を探索し始めた。
「部屋はもう見ただろう?」
「スズメが何か情報を掴んだのなら絶対痕跡を残すはずだ」
ロムは絶対の自信を持っているようで、ベッドの下や机の裏などを丹念に調べていた。そして粗方調べ終わると、今度は窓に手を掛ける。そういえば窓の外は―――。
「庭か!」
「その口調だと庭は調べてないんだね? 行ってみよう」
ロムの言葉にヨルは力強く頷くと、「案内する」と言ってロムを連れ立って部屋を出た。時刻は既に三時をまわって徐々に日が傾き始めていた。
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