俺が少女の魔法式≒異世界転移で伝承の魔法少女になった件について

葵依幸

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3-2 魔法少女の近接戦闘

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 どうやら城の中は広いようで通された中庭に至るまでにその構造を把握することは出来なかった。

「勝負は一本勝負、先に一撃入れた方が勝ちということでよろしいですかな?」

 そしていま僕はその中庭の中央で執事服をきたおじさんと対峙している。

「えっと……、え……?」

 辺りは夕焼けに染まり始め、カラスが空を飛んでいた。

 ……あ、カラスはいるのか。

 でもよく見たらカラスの声をした別の生き物だった。カラスっぽいけどなんか違う。あー、羽が4枚あるんだ。なんだあれ。

「なにやらそこの愚息に変わって姫様を助けていただいたようですが、果たしてその実力本物であるか否か確かめさせていただけますかな?」

 背筋を伸ばしたまま手袋を直しながら微笑み、そっと足を下げて構えて見せた。

「確かめるも何も……俺たちはただこの街のことを教えてもらえればそれだけでいいんだけど……」
「素性も分からぬものが姫様達と行動を共にしておったのです。不審に思っても仕方がないと考えませぬか?」
「それはまぁ……そうだけど……」

 ちらりとエシリヤさんに助けを求めてみるけれど完全に観戦モードらしく、ベンチに腰掛けたまま手を振り返してきた。エミリアも心配そうにはしているが「頑張ってください!」と顔に書いてある。

 ーーやるしかないのかぁ……。

 なんだか結梨のじいちゃんに付き合わされて道場でしごかれたのを思い出す。
 脳筋馬鹿までとは言わないけど、武道の心得のある人って誰とでも拳を交わせば分かり合えると思ってるから厄介なんだよなぁ……。

 できれば、この執事さんがしつこくないことを祈りつつ、竹刀は持っていないので適当に構える。
 残念ながら空手や柔道の経験はないからほんとうに素人の喧嘩殺法に、

「何を考えておるのですかな?」
「ーーーーッ!?」

 執事服が一瞬ブレたかと思ったらすぐ目の前で言葉が流れて聞こえた、遅れてきた風圧と直感的に「危険だ」という全身の悲鳴が反射的に顔をのけぞらせ、即座に顎を狙った掌底打ちが突き抜ける。

「はっ……」
「ーーほぅ」

 驚愕と驚き、それも僅かな間だった。即座に次々と執拗に顎を狙っての突きが繰り出され、それを間一髪のところで躱し続ける。右へ左へ、若干目が慣れたところでカウンターに膝蹴りを入れようと足を蹴り上げたが、重心が前に移る頃にはアルベルトさんの姿は遠くへと戻っていた。

「くっそっ……」
「ふむ。不意打ちの一撃を躱したものは早々おりませぬ故、確かにそれ相応の実力をお持ちのようで」
「そりゃどーもっ……」

 正直ギリギリだった。

 頭で判断したっていうより体が反射的に動いてかわせたって感じだ。
 見てから動いてたんじゃ今のでやられてた気がする。……にしても、

「……動きやすいな」

 なんとなく長時間歩いていて思ったのだけど、この体の身体能力はかなり高い。
 長時間歩いたというのに疲れも然程感じていないし、今の動きに体が反応できたのも身体のスペック故だと思う。
 もし現実世界の「僕の体」だったら間違い無く顎を撃ち抜かれて倒れていただろう。

 ……魔法が使える体ってだけでも驚きだけど、なんかこう色々調べてみないといけないかもなーー。

 無論、変な意味合いではなく。

「アルベルトは以前、王国騎士団の団長を務めていたこともあるんですよー?」
 膝の上に乗せた結梨を撫でながらエシリヤさんが楽しげに教えてくれる。
「その実力は五大大陸の王国すべてに轟くほどだったんですからっ」
「へ……へぇ……」

 正直聞きたくなかった。

「退役してからは剣も置き、今では姫さまがたの身のお世話と警護を任されておりますが故……身体も鈍っておりますのでお手柔らかにお願いいたします」
「いえ、こちらこそ……」

 もう逃げ出したい一心なんだけどここで逃げたら怪しまれるし、折角お城に入ったのに不審者扱いは御免こうむりたい。
 何より、結梨が「負けたら殺す」って睨んでるから逃げられない。

 ……やー、無茶だよこれ……。

 仮に逆の立場だったら結梨だって「ばかばかしい」って投げ出す癖に……。……いや、結梨だったら嬉々として手合わせしようとするかな……。バーサーカーの異名を持つ剣士だったし。部員全員に恐れられてたし。

「……一撃……で、いいんですよね」
「ええ、一撃で」

 その一撃で打ちのめされてしまいそうなのは置いといて、一撃入れればいいのならまぐれでもカウンターでもなんでもいいわけで、とにかくさっさと片付けてしまおうと必殺先手必勝、

「あっ! 怪しげなドラゴン!」
「なんですと!?」

 適当な空を指差して全力で地面を蹴った。
 気を取られている隙に一気に距離を詰め、膝での飛び蹴りをーー、

「ふほっ」

 楽しそうに笑いながら躱された。挙げ句「同じ戦法を被せてくるなど洒落ていますねぇ」とか言いながらまた顔面を狙って拳が返ってくる。

「ぐおっ?!」

 女の子の顔狙うってそれどーなのよ!?
 首を倒してかわしながら着地するとそのまま距離をピタリと詰められ、インファイトに縺れ込む。

「はっ、ほっ、うォっ!?」

 次々飛んでくるそれをかわしつつ、千鳥足になりながらよろよろと後退。状況をどうにかしようと距離を離そうとするけれど、ボクサーのようにピタリと体を寄せられてどうにも逃げきれない。
 苦し紛れにハイキック入れてみるけれど難なくしゃがんで交わされ「下着はお付けになった方がよろしいかと」と紳士的に忠告までされてしまった。

「洗濯中なんですよ!!!」

 っと、そのまま反対の足で踵落とし。
 面白いように体は反応してくれるのでまるで格ゲーみたいに動ける。

 ……それでも、元王国戦士長のアルベルトさんは捉えきれない。

「……騎士団長だっけか……?」
「元王国騎士団騎士団長です」
「うへぁ……」

 躱された踵の上に跳躍したアルベルトさんが浮いていた。
 その体勢からどうすればそうなるのか大外回りの蹴りが飛んできて後ろに反りながら躱し、後ろに反ってバク転(ーーって初めてできたスゲェ!?)するとすぐ目の前に拳が迫ってきていて思わず両腕を前に出してそれを受ける。

「つッ、デッ、だッ!?」

 次々打ち込まれるそれを必死にさばきつつ隙を伺うけど体の捌き方がうますぎて捉えきれない。
 結梨のじーさんとやりあってる時にみたいに一方的に打ち込まれ続け、

「意識が散ってますよ」
「はッ……、」

 ガードを大きく崩され、次の一撃をどうにか防ごうと腕を前に引き戻した所でアルベルトさんの姿が一瞬沈んだ。

「ぐァっ……??!」

 防具もつけていない腹部への衝撃ってのは慣れてない。
 突き上げるような一撃を喰らって意識が飛びかける。
 体がその勢いに突き抜かれ爪先が宙に浮いて「ッ……!!」必死の所で奥歯を噛み締めて後ろに横滑りしながら体勢を整えた。

「はっ……はっ……はっ……」

 幸いにも追撃はなく、元王国騎士団騎士団長は手袋具合を確かめている。

「一撃……入ったけどまだ続けるのか……?」
「貴方様はまだ一撃もお入れになっていないではないですか」

 あざ笑うかのような冷静な煽り。クールなフリして完全に面倒くさい武闘家タイプだこの人……!

「んっにゃろぉ……」

 こうなったら何が何でも一撃入れて終わらせてやる……! ていうか、一撃入れないと終わらないらしいし、なんなら一撃入れられないとこのまま不審者として私刑続行……。

「……てい!!」

 ダメ元で掴んだ土を投げつけて目くらまし。

「いえいえ」

 当然ながらパシッと一刀の元に弾かれてしまった。……うーん……。
 長物を用意すればワンチャン有るかもしれないけど剣の戦いになれば騎士団長さんの方が実践は上だろうし、このまま徒手空拳でどうにかするしかないだろう。

「エシリヤさーんっ! この人の苦手なものとかってないんですかー!?」
「アルベルトは甘いものが苦手ですよー」
「おほほ、先代国王が甘いもの好きでそれに付き合わされたトラウマがございましてね……」

 ……あー……、何かわかるなその気持ち……。甘いものが嫌いなわけじゃないけど、甘いものをひたすら食べさせられるとちょっと辛いよねー……。

 攻略法を探ろうとした結果、心通じる部分を見つけてしまいどうにもならない。
 こうなりゃヤケでーー、

「……突っ込んだところで意味はなさそうだから、」

 頭の中でパラパラとページを捲る。うまくいくかはわからないけど、もし「この体が」魔導書に書かれている魔法を使うことができるのだとしたら、

「なぁ、ハンデがあるとはいえ大人と子供だ。素手で元騎士様に勝てるとは思わないからさ、殺さない程度にこっちはこっちの武器を使ってもいいかな」

 もしもダメだと言われても使うしかないんだけど。

「ええ構いませんとも。なんなら殺すつもりで掛っておいでなさい。ーー私は、最初から『殺る』つもりですよ?」
「嘘つけ」
「おほほ」

 刹那、アルベルトさんの姿が消えた。
 ザッ、と斜め後ろの地を蹴る音が聞こえ、反射的に体を倒すと目でその拳を追う。

「乱舞する(ダンシング)ーー、」

 頭の中に浮かんでいるのはこれまでなんども夢見てきた魔法陣。

「雷竜の牙!(スネークバイト!)」

 突き出された腕に絡みつくようにして一つの小さな魔法陣が収縮し、そこから一対の蛇を模した雷が襲い来る。

「ほうっ」

 アルベルトさんは即座に腕を引き抜き、バチバチと音をたてるそれから距離をとる。ーーが、その体を追うように俺は腕を振るい、

「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」

 次々と空中に魔法陣が展開されていき、逃げる体を突くようにして雷撃の蛇(鎖)が打ち出されていく。

「フンス、ゼクス、ズィーベンッ、アッハト!!」

 暗がりに落ち込み始めていた景色を雷鳴とともに現れる稲妻が照らし上げ、地を抉る。

「クッソ……」
「ふほほっ」

 でも、それでもアルベルトさんの体は捉えきれない。
 舞う稲妻を交わすようにステップを踏み、こちらが打ち出して追っているはずなのに距離を詰めてこられるせいで後ろに飛び下がりながら次々と腕を振るわなくてはならなくなる。

「爪!(クロウ!)」

 左腕も振るい、一気に雷撃の数を増やす。
 辺り一面が魔法陣の発する青白い光によって照らされ、次の瞬間には幾つもの雷撃がそれを切り裂いて召喚された。

「幾千の戦場で幾万の兵に囲まれていたとお思いですかっ」

 雷の檻とも言える空間を駆け抜けながら距離を詰めてきた元王国騎士団団長は不敵に笑う。

「ぬるいぬるいっ」

 勝利を確信し、右腕を引き下げ、それをがら空きになってしまった俺の腹に向けて撃ち抜く。

「はっ!」

 撃ち抜く。

「ッ……」

 撃ち抜くッーー!?

 咄嗟にガードに下げた腕は間に合わず、ただ、撃ち抜かれた。


 僕を、
 アルベルトさんの拳が、
 体を突き抜かんばかりの勢いで、


 僕の体を貫いていた。


「っ……ははっ」


 そうして僕は笑う。
 目が眩みそうな程の衝撃に、肺の中の空気が全て押し出される感覚に、自然に笑みがこぼれていた。
 

「ぅらぇっ……」
「ーーーーなっ……」


 彼は彼なりに何かを察したのかもしれない。
 恐らくは視認ではなく直感でーー、しかし、もう遅い。
 ざまあみろと僅かばかり声を絞り出してあざ笑う。
 けれどそれはもはや音をなしておらず、また次の瞬間には掻き消された。


 ーー青い稲妻が、『俺の体を通して』アルベルトさんに感電するーー。


「ダッ……???!!!」
「っ……!!」


 直接流し込まれた電流に流石の元王国騎士団長様も驚きを隠しきれないらしい。
 正直、この特別製とも言える体じゃなかったらこんな方法は取れなかった。

 文字通り捨て身の一撃で、痛みに強く、何発も気絶しそうなほどに重い突きを耐えられるほどの頑丈な『この身体』だったからこそ取れた方法だ。元の体では僕自身が耐えきれなかっただろうーー。

 ーーってこー、とー、でっ……!

「っらッ……お返しの一撃だ……!」

 バチバチと自分の身体が感電しているのもおかまい無しに電気信号の麻痺によって動きが一瞬止まったアルベルトさんに拳を打ち出す。

 魔導少女、もとい魔法少女としてはちと荒っぽい一撃にはなるけど杖も何もないんだから仕方がない。
 拳を握り、結梨の爺さん直伝の構えから腰を入れて打ち出すッ……!!


「覚えとけ……!! 女子の一撃は3倍返しなんだぜッ……!!?」


 ズドンッ! と頬を殴り飛ばす。

「ぐっ……!!!」

 流石に漢を見せるらしくその瞳はこちらを睨んで離さない。
 けれどこちらとしてはそれどころじゃなかった。
 重いっきり腕を突き出しておいてなんだけど、自分で展開した魔法陣ことを完全に忘れていた。

「……あ、すまん」
「……?!??!?!」

 そうしてようやく狙いを捉えた雷撃の数々が時間差でアルベルトさんを次々と撃ち抜く。

「きゃぁああああああ」

 あまりの衝撃にエミリアが悲鳴をあげ、「あらあらまぁ」エシリヤさんは感嘆の声をあげた。

「あー……」

 ズドドドドドとそれまで避けられ続けていた恨みを晴らすかのように乱舞する雷竜(ダンシング・ライトニング・ドレイク)はその逞しい体を貫き続けた。

「……スネークバイトの癖にドレイクってあの魔道書いい加減なんだよなー」
「いや、そうじゃなくてあんた……やりすぎでしょ……」

 ちなみに結梨はドン引きしていた。

「……ああ……うん……」

 もちろん僕もドン引きしてた。

「…………」

 正直戦いになると頭が熱くなっていけない。

 あのじーさんに散々仕込まれたのを体は覚えているらしく(体が違うから変な話だけど)、アルベルトさんとの手合わせの最中、ちょっと僕らしくなかった気がする。……いや、だいぶ好戦的だったというかあの……頭に血が上ると怖い怖い。正直ドン引きだー……。

「うーん……? ……生きてるよねぇ……?」

 恐る恐る砂埃の中にアルベルトさんの影を探す。

 粉々になってなきゃいいけど……。

 ていうか、魔道書の中に蘇生魔法はなかったと思うから生きていてもらわないと困る。
 記憶喪失だから殺人が許されるとは思えないし、許されたとしても夢見が悪すぎる。
 もくもくと砂ぼこりが舞い散る中、確かな手応えを感じている右手を開いたり閉じたり。うぬぬ、手応えありすぎた。

「むんっ」
「わぁお!?」

 突然後ろに立った気配に飛び上がった。

「ごほん」
「あー……あ……ああ……?」

 振り返ると砂まみれでボロボロの……、いわゆる満身創痍なアルベルトさんが背筋を伸ばしてピシッと立っていた。

「……自分の足で立ってますよね……?」
「ええ、もちろん」

 冷静に、あくまでも事務的に言葉は返って来る。
 ただそれがなんだかとても怖い。
 みたところ足はある。取り憑かれたわけじゃない。だけど、

「……怒ってます?」
「怒っていません」
「怒ってますよね」
「怒っていませんよ?」
「絶対怒ってますよね?!」
「怒っていませんってば!!! それよりもお嬢様!? 何者ですかこの娘は!!!」

 やっぱり怒ってる……!!!

 すごい勢いでエシリヤさんに噛み付いたアルベルトさんは作法の行き届いた執事というよりも、執事服を着た「元騎士団長」と言った感じだった(服はボロボロだけど)。多分、こっちの方が素なんだろう。姫様相手に掴み掛かりはしないものの、なんだかすごい剣幕で怒鳴り散らしてる。

 文字通りの「落雷」を食らわせておいてこういうのもなんだけど、喧嘩を売ってきたのはそっちなんだけどなぁ……。

「アルベルトが黒焦げになったのはさておき、アカリ様が相応の実力の持ち主であり、魔法陣も詠唱も無しにそれを操る伝承の黒の魔導士様であるーーということは伝わりましたか?」
「何かのご冗談かと思っておりましたが……あまり認めたくはありませんが……、……そのようですな。容姿こそ何処ぞの町娘か娼婦ですが」
「娼婦てあんた」
「ならもてなしの準備をっ」
「……はい」

 あ、僕のツッコミは完全無視だ。

「……しかしですな姫様、この時期に客人というのは」
「この時期にだからでしょう?」
「そうはおっしゃいますが……」

 何やら揉めているようだけどその前にアルベルトさんの服とかをどうにかするのが先なんじゃないかとも思う。お互いボロボロだし。いくら異世界人とは言えど人間の仕組み的には僕らの世界の人と大して変わらないようだ。だから傷口からばい菌でも入ったらーー……、……ん?

「なんだエミリア」

 なんとなく成り行きを眺めていたら恐る恐るといった風にエミリアがそばに寄ってきていた。その肩にはクーが止まり、彼(彼女?)に促されて来たらしい。横に並ぶと本当に女の子になってしまったんだなぁと実感する。隣にいるのが妹じゃなくてほんとによかった。……お兄ちゃんのプライドがズタボロだ。

「どうかしたのか?」

 待っていてもラチがあかないので尋ねてみる。するとおずおず、緊張した面持ちでエミリアが口を開いた。

「怪我……していらっしゃるようなのでその……」
「……?」

 救急箱を持っているようには見えないけど……。医務室に案内してくれるのかな。

「エミリアは『そのままではお風呂に浸かった時に痛いから治してあげますよー』と言っているのですわ?」
「違うっ……!」
「だよな、で、医務室はどこなんだ?」
「うぅ……」
「……んぅ……?」

 何か言いたいようだけど言えずに俯いてしまってエシリヤさんに助けを求める。
 出来た姉は面倒見が良いらしくそっとその小さな背中を押して「治して差し上げるのでしょう?」と先を促した。

「少しだけ……じっとしていてください……」
「あー……うん……?」

 そういうとエミリアは少し距離を取り、両手を僕にかざしてブツブツと何やら詠唱を始めた。
 その傍らでクーちゃんは羽ばたき、じっとこちらを見据えている。……って目が合った……。残念ながらクーちゃんの言葉は分からないんだけどただ何となく「そこを動くな」って言ってるのはわかる。

「んぅ……」

 結梨に振ってみるけどユーリはユーリで傍観に徹してる。
 ベンチに座ってこちらを気にはしているようだけど知らんぷりだ。

「ツンデレユーリ」
「……!」

 ぼそりとこぼしたつもりだったけど咄嗟に殺気が返って来て体が跳ねた。
 どんだけ地獄耳なんだよほんと……!

「喰らい尽くせ、救済の炎(くーちゃん、ブレス)!」
「!?」

 突然、エミリアが言い放ち目を見開いたかと思えばクーちゃんが思いっきり青白い炎を吐いた。
 それは一瞬で僕の視界を覆い尽くし、

「アチっ!? うォっ!? 燃えるっ……!!?」

 体のあちこちに引火する。

「うふっ、うふふ。黒の魔導士さまと言えどドラゴンの炎は初めてですか?」
「何を悠長な……?!」

 と、そこまで一通り慌ててから「熱くない」ことに気がつく。
 体の変化に伴う痛覚の違いかと思ったが本当に「熱くない」。
 むしろ手でそっと押さえられているかのような「暖かさ」を感じる。

「……なんだこれ……」

 そして次第に炎は小さくなり、それが消える頃には全身にできていた擦り傷や切り傷が綺麗も消え失せていた。

「……すげぇ……」
「エミリアが龍の巫女に選ばれる所以(ゆえん)ですわ?」
「へぇ……」

 当の本人は「ありがとクーちゃんっ」と小さな白いドラゴンと戯れており、自分がすごいことをしたという実感はあまりなさそうだった。

「アルベルトも治してもらったらどう?」
「鍛慣れておりますから平気です」
「あらそう?」

 よくよく見れば武人らしく傷だらけだ。
 その傷の中に感電がこれまで含まれていたのかは謎だけど……。

「一応手加減はしたつもりですけど……どこか異常が出たらお医者さんに……」
「気遣いは無用です。ーーさ、お部屋の用意なら先にしておきましたからこちらへ」
「ああ……はい……?」

 執事なのか元騎士団長なのか計りかねるなこの人……。

「お待ちになってアカリ様。それにアルベルト? お部屋の前に案内するところがあるでしょう?」
「ん……?」

 そのボロボロの広い背中についていこうとしたところでエシリヤさんの楽しげな声が響いた。
 同時にアルベルトさんが小さくため息を溢すのも聞こえる。

「……姫様。物事には順序というものがーー、」
「あるのでしたらまずは事を済ませてからですわ?」
「はぁ……」

 争っても無駄だとわかっているのか最小限に会話は止(とど)め、アルベルトさんは「こちらです」と踵を返した。

「……? エシリヤさん、あの……どちらへ……?」
「決まっておりますわ?」

 軽いステップで追い抜き、僕の手を取る彼女は何処か嬉しげで。
 そのことが嫌な予感しかさせず、頬を引きつらせながら次の言葉を待つ。
 すると案の定、

「お風呂ですっ」


 ーー最悪な答えが返ってきた。
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