俺が少女の魔法式≒異世界転移で伝承の魔法少女になった件について

葵依幸

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3-5 散歩日和

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「でっ……ででで……きっついなぁこれ……」
「床でなんか寝るからじゃない」
「……」

 目が覚めたら床の上に転がっていた。
 誰かがベットに運んでくれたらしいのだけど、どうにも「誰かに」蹴落とされたらしい。

「ねぇ、ユーリ、ユーリってさぁ……」
「何よ」
「……いえ、なんでもありません」

 誰のせいでそうなったかといえばどちらも悪くない話なのでなんとも言えない。黙って相変わらず猫の姿のままの結梨の後ろを付いて歩く。
 なんとなくその後ろ姿に昨日のアレが重なって首を横に振って追い払う。
 そんなことを考えているのがバレたら引っ掻かれかねない。

「……」

 鋭い目で睨まれ、既にバレていることに視線をそらす。

「一応……反省はしてるわよ」
「……そりゃどーも……」

 フォローしようにも言葉が見当たらないので適当に濁す。
 お互い踏み込まないほうがいいだろう。
 部屋の魔法陣はメイドさんか誰かが消してくれたのか、ひっくり返った時に散らかした家具なども元に戻されていた。

 あとはもう2人の問題なんだ。忘れよう、うん。忘れてしまおう。

「しっかしまぁ……相変わらずすんごい人混みだね」

 朝食を済ませるとエシリヤさんやエミリアは昨日の一件について話があるとかで部屋に篭ってしまったので僕らは城下町に降りてきていた。昼頃には遣いを寄越すとか言ってたからそれまではぶらぶらしてみるつもりだった。
 昨日はあんまり見て回れなかったし。

 念のため身分を隠した方がいいと言われフード付きのローブを被ってはいるけど服は相変わらず結梨の制服だ。
 いろんな国から人が集まってきているのか、さほど見られることもないけどそれでも珍しい服装なのか時折突き刺さる視線がむずがゆい。

 女の子達は常にこの視線に晒されているのかと思うと、邪険に扱われるのも仕方がないかとも思えた。
 舐め回すような視線は案外気がつくものだ。

「ねぇ、クレープ屋さんどこか覚えてる?」
「いやいや、食べる気ですか」

 僕の悩みをよそに結梨は私欲に走っていた。ぷんすか機嫌を損ねられるよりかは全然いいけどいいのか。猫だぞ。
 なんとなく大通りを歩いてれば見つけられそうな気もするけどさ……。

「……ほら、昨日みたいに元に戻れば食べられるじゃない」
「え、街中で?」
「……!!!」
「いっ……?!」

 全身の毛を逆立てた猫を見たのは初めてだった。
 流石は黒の神獣と呼ばれるだけある。全身の細胞が危険だと叫んでいる。

 ーーって言うか完全に地雷を踏み抜いた。忘れると言いながら脳裏に刻まれた有利の後ろ姿はいまもこうしてくっきりとーー、

「なに?!」
「お……覚えてない……覚えてないからっ……! 昨日色々ありすぎて頭の中パンパンだったから……!!」
「……本当に?」
「本当に……」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない……」
「……」
「…………」
「……ふんっ……」

 キッと睨んで前に向き直った結梨は尻尾を揺らす。
 機嫌の悪さはいつも通りだけど、猫になってからやっぱりその棘が鋭い気がする……。見た目の問題って大きいと思う。

「元に戻る……かぁ……」

 ぼんやりと月明かりに浮かぶ結梨の

「なによ」
「……なんでもありませんっ」

 こいつはエスパーかっ……!

「もう最悪っ……」
「んぁっ?」

 機嫌を取れということなのか、それとも歩き疲れたのかひょいっと腕に前足を引っかけて僕の体を登ると肩に飛び乗ってくる。頭に体を預け、まるで肘掛け代わりだ。それで落ち着いたのか小言もなくなったから僕ものんびり足を進めた。

「……ごめん」
「……別に気にしてないからいいわよ。……気にしてるけど」

 どっちだよ、とは突っ込まない。
 言い分ももっともだし。

「……んぅ……」

 クレープ屋が見つかれば少しは機嫌が戻るかな、と周囲に目を配るけどなかなか見当たらない。
 街中には石造りの建物が多いけど、木で建てられたものも混在していてなんだか新鮮だった、まるで異国だ。異国どころか異世界なんだけど。

 生憎、獣人とか、そういう「人間と何かの合わせ技」みたいな人はいなくてちょっとガッカリする。ほら、剣と魔法のファンタジーっていうとやっぱエルフとか期待しちゃうじゃん。
 まぁ、それがアリなら結梨の「月明かりの元だけ人間になる」ってのは狼人間的な生き物としてありっちゃありになるんだけど……。

「でもよかったじゃん、元に戻れる可能性があって」
「そーですね」
「んー……」

 たぶん原因は月明かりなんだ。あのとき、月に照らされて猫から人間の姿に戻った。ベットに潜った後は元どおりだ。

 もし「狼人間」がこの世界にいないとなると結梨にかけられた魔法(?)は月の光に当たることで弱まると考えて良い……?

「魔法少女と猫女か……」

 どうしてもゲゲゲのを思い浮かべちゃうから猫女よりかは「ただの猫」のほうがいいな……。

「ん……? なに、どうかした?」

 ぺしぺしと頭を叩かれて考えをとりあえず止める。あれこれ考えるにしても転移魔法と同じく、人を猫に帰る魔法に関しては知識がないからどうしようもないし。あとで王国図書館とか尋ねてみよう。……あればだけど。

「あれって昨日の騎士さんじゃないの?」
「あれ、ホントだ」

 あまりにも自然に溶け込んでいたから気がつかなかった。
 どうやら出店でパンか何か買ってるみたいだけど……何だか軽装だった。あんなことがあったばかりだというのに警備についてなくていいのかな。

「話かけないの?」
「え……だってなんか煙たがられてたしさ……よく知らない人に話しかけるのって勇気いるしーー、」
「このコミュ症っ」
「あっ、ユーリ!」

 そう言い残すとひょいっと飛び降りた結梨は人混みを抜け、あっという間にランバルトさんの元へと辿り着いてしまった。

「……? お前は昨日のーー、」

 ふと足元に寄ってきた黒猫に気がつき、そこから僕のことを連想したのだろう。険しい視線が周囲を探り、次の瞬間にはそっと逃げ出そうとしていた僕を縫い止めていた。

「……なんだ、こんなところで何をしている」
「何って……別に何もしてないけど……」

 前に立たれると相当の身長差があって見上げる形になる。
 いわゆる「イケメン」に部類されるんだろうが、こう高圧的だと正直ビビる。自然と腰がひけるのも許して欲しい。

「姫様の護衛につかなくていいのか」
「そりゃこっちのセリフだろ……あんたこそこんなとこにいていいのかよ。暇じゃねーんだろ」
「……暇だ」
「……は?」
「……暇を……出された」
「…………」

 なんというか、バツの悪さといったらとんでもなかった。
 リストラにあった父親を公園で見かけるのってこういう気分なんだろーなーってなんとなく思った。

「え……ええっと……、そっか。任務続きで疲れてるから体を休めよ……的な?」

 そうじゃないことはなんとなくランバルトの顔を見ていれば分かるのだけどストレートに答えるには勇気が足りなかった。

 どうよユーリ……、コミュ症なりに気は使えるんだぜ……?

「当たり前よね。昨日のアレだって燈がいなきゃ大怪我してただろうし、お姫様の護衛っていうなら執事さんで十分じゃない」

 自分の言葉が相手に通じないのをいいことに結梨は言いたい放題だった。
 一方、多分聞こえてないんだろうけどなんとなく態度で察したのか大きな肩はぷるぷる震え、

「……笑うか、貴様……」
「へ……?」
「こんな俺を笑うのかっ……!?」

 大の大人が大通りで涙目になりながら拳を振り上げた。

「笑うのか貴様ッ……!!」
「いや!!? そんなつもりは全然ないよ!?」

 実年齢でも僕より年上のいい男の人が、涙目になるところを初めて見た。
 それも屈強な兵士がだ。多少のことではメンタルは揺らぎそうもないというのは勝手な先入観で、思えばエミリアを助けた僕を露骨に敵対視してたし、男はいつまでたっても少年というぐらいだから仕方がないといえば仕方ないのかもしれないけど……。

 ーーそれにしちゃぁ……情けないだろ……。

 仮にもお姫様の護衛を任されていた人間がこのあり様とは……。

「……いや、元王国騎士団長さんもあんなんだったしな……」
「あんなんとはなんだ! あんなんとは!? アルベルト様を侮辱するのか貴様!!」
「してないしキャラ変わりすぎだろ!? なんなんだよあんたは!!」
「ぐっ……」

 ……ぐっじゃねーよ、ぐっじゃ……。

 まるで子供だ。見た所、二十代も半ばかもしかすると後半に差し掛かるぐらいの年齢なのにまるで年下を相手にしてるみたいだ。まだエミリアの方が聞きわけが良かったぞ……。

「ふんっ……多少魔術が使えるからといって調子にのるなよ……。そこの獣もっ……! 黒の神獣だとエシリヤお嬢様はおっしゃるが俺は認めていないからな!!」

 認めるも何も黒の神獣とは無関係だと思うんだ。多分。仮に結梨とそれが混ざった生き物なんだとしても、だからどうしたって感じだし。
 どっちにせよ突っ掛かられても良い迷惑なんだよなぁ……。

 なんとなく僕の考えてることが伝わっているんだろう、結梨が「どうにかしなさいよ」と睨み付けてくる。
 全然僕らは悪くないのに謝るのは何か癪だし、むしろ火に油を注ぐようなもんだろ。それは。

 ーープライドを傷付けちゃった……ねぇ……?

 なんとなく、結梨の所属していた剣道部のことを思い出す。
 結梨の退部をかけて「結梨の代わりに」決闘をさせられて、……ああ、良いや、なんていうか……めんどくさい。

「好きにしろよ」

 こんな異世界にきてまで人間関係で苦い思いなんて遠慮こうむる。
 そんなものはあっちの世界に置いてこさせてくれ。

「アンタがどう思おうが助けてくれって言われれば助けるだけし、言われなきゃそれはそれで何もしないよ。ーーあくまでも部外者だからな、僕らは」
「…………」

 言葉の意味を値踏みするかのように目をほそめるランバルト。
 何を推し量っているのかは知らないけど特に何も出てこないぞっと。
 本気で面倒なことには関わりたくないって思ってんだから。

「ふん……言われなくとも貴様の力など頼りはしない」
「あっそ」

 変に泣き絡まれるよりかは突っぱねられてた方がマシってもんだ。
 勝手に嫌われる分は全然問題ない。いちいち「構ってくれ」と言われるのが厄介なんだ。
 元から話はなかったんだけど区切りがついたところで踵を返す。生憎「お互い暇なら一緒に回りませんか?」なんて言葉は微塵も浮かんでこなかった。

 そもそも、なんで結梨はこんな奴に構おうとしたんだよ……。

 疑問を投げかけようにも店の屋根先にひょいっと飛び乗り、先を行く後ろ姿はそれを拒んでいた。
 気分屋にもほどがある。仕方なく僕も後に続く。相変わらず散歩の主導権は僕にはなかった。

 ……どっちが飼い主だとかは思わないけどさ。

「おい、魔導士」
「ぁー……?」

 一瞬誰のことを呼んでいるのかわからなかったけど、その「嫌味の込め方」でなんとなく僕のことだと振り返る。他の人に向かってあんなカンにさわる言い方したら王国騎士団の恥だぞ。

「これは『俺たちの問題だ』。……余計なマネはしてくれるなよ」
「……へいへい、わーってるよ」

 だから関わるつもりはないって言ってんだろ。
 しつこい男は嫌われるぞ、いくら色男でも。

 ……嫌われるよね……? たぶん。……ちょっと自信ないかも。

「あかり」
「ん?」

 気分屋の幼馴染が僕を見下ろし、不機嫌そうに首で指差していた。

「お迎えよ」

 人混みの中にこちらを探しているであろう衛兵の姿を見つける。
 どうやらエシリヤさんたちの「会議」が終わったようだ。

「クレープはまた今度だね」
「どうせこの体じゃ食べられないわよ」

 足止めを食った原因に皮肉の一つでも言ってやろうかとランバルトに向き直った時には既にその姿はなかった。
 衛兵が僕らを見つけ笑顔で近づいてくる。

「……あれぐらい人当たりが良かったらなー……」

 それはそれで不気味だったろうに。
 それでももう少しは仲良くなれたんじゃないかと思った。
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