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〇 5
5-5 弱者の抵抗
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考えてみれば神という存在はいて当たり前なのかも知れない。
なんていう話をし始めれば卵が先か鶏が先かみたいな事になるんだろうけど、ドラゴンが「神の使い」と言われているのであればその存在が「いてもおかしくない」。
だけど、それは人間たちが勝手につけた話であり、本当にドラゴンが神の使いだとは思っていなかった。
神聖であるが故に生まれた俗説、設定、信仰。
だから「神がお前たちを許さない」と言われたところである種の「嫌な予感」はしたものの、本当に神様が降臨するとは思っていなかった。
それに準ずる何か、手に負えないほどの力を指してそう呼んでいるのだろうと思っていた。
けど、それは間違いだったと地上に出て思い知らされる。
青く広がった空にぽっかりと開けられた「大きな穴」。
向こう側からは数多の星空が覗き、空間が波打つようにブレている。
ビリビリと肌を焦がすようなプレッシャー、圧迫感に思わず言葉を失った。
僕らの世界にも神はいた。
少なくとも「いると信じている人たちはいた」。
だけどそれを認識することはできなかったし、ましてやその怒りに触れることなどありはしなかった。
しかしこの世界には「魔法がある」。ドラゴンがいる。神も……存在するのか……?
見上げれば夜空を生み出しているのは天空に描かれた魔法陣で、周囲を支えているのは巨大なドラゴンたちだ。
あの黒い奴は見えないけど、それでも体の大きな奴らばかりだった。
「クッソ……、どうすんだよこんなのッ……」
まだ発動の途中なのであれば陣を崩せば魔法は止まる。
数体掛かりで支えなきゃならないような大規模魔法なら一体落とせば残りは負荷に耐え切れず落ちるだろうーー。
けど、それをさせてくれないのは道理だった。
宙に舞い上がり、一直線に一番近くに見えたドラゴンへと突進すると目の前を掠めるようにして飛んで行った「炎の塊」に足が止まった。
振り返れば地上の至る所にその影がある。
何処かに身を隠していたのか、それとも僕が地下に潜っている間に配置についたのか。
王国を囲むようにしてドラゴンたちは陣形を固め、僕を睨み上げていた。
数なんて数える余裕はない、こうして飛んでいるだけでもギリギリだった。
ランバルトとの戦いで受けたダメージは確実に溜まっていて、こいつら全員を相手になんて絶対無理だ。
地上の魔法陣は消えているけど街の方から人々の気配が戻る様子はない。
……から、無理でもなんでも突き通すしかないーーよな……?
「来いよ、相手にはしないけどさッ……」
それを合図にしたわけではないんだろうけど、飛び上がっていた僕を標的に周囲のあちこちから火の塊が一斉に打ち上げられた。
一直線に向かってくるそれは轟音で空気を切り裂き、次の瞬間には僕の体を吹き飛ばさんとする。
躱し、上昇する。
ただし多方向から飛んでくるそれは標的を失った所で他の物とぶつかり合い、不規則な動きとなって空中に灼熱を生む。
まるで噴火する火山だと思った。
ギリギリのところで躱し続け、頬がジリジリと焼き焦げる。
前に進んでいるはずが上空から降り注いだ炎の破片を避けるために後ろに下がり、全く標的のドラゴンへと近づけない。
「終焉無き聖域の加護!」
埒があかないと全方位型の結界を張り、強行突破しようとするが張った直後から爆音とともに魔力の籠が悲鳴をあげる。
ビリビリと魔法陣を展開している手のひらが痺れ、崩れそうになる魔力回路を支えるために体内の魔力を振り絞る。
「ぐっ……ンァァアアアッ……!!」
上へ、上へと押し上げられるようにして、否、突き上げられるように、無様に蹴り上げられるように宙を漂いながら向かい、衝撃が全身を襲うたびに腕から体の芯にかけて焼き切れそうな痛みが走る。
ーーどうにか、どうにかあいつだけでも落とさなきゃっ……。
この魔法陣が何を意味するのかは分からない。
頭の中にある魔導書を捲って見てもさっぱりだ。
だけど、このまま発動させればとんでもないことになるのは明白だった。
ランバルトの言った「神」が何者であるにしろ、これ以上、この国を好きにさせるわけにはッ……、「ぐっ……?!!」衝撃に振り返れば獰猛な瞳がこちらを捉えていた。反応する間もなくその尻尾が叩きつけられ、大きく魔法壁が軋んだ。
そのままなんとか登ってきた分を後退させられると足元から吹き上げてきたのは灼熱の息吹だった。
「んっ……ンォおおおおっ……」
限界だった。
何処にどれだけの数がこちらに近づいてきていて、何をしようとしているのかも把握できない。
ただ休むことなく叩きつけられる攻撃を凌ぎ続けることしか出来ず、
「クッソ……」
しばらくして魔法壁は砕かれた。
再度展開するにも指がまともに動かなかった。指先から頭の先まで、神経が焼き切れたかのように役に立たない。
「どうしろってんだよ……こんなの……」
宙に舞い上がり、僕を囲むように睨みつけていたドラゴンたちを見渡し、僕は灼熱の世界を見た。
落ちていく景色の中、焼きついた空の中に誰かの姿を求めていたような気がした。
頭の中の魔導書をパラパラと捲り続ける。
ぼんやりと映る異様な空の風景は霞んでいて、ドラゴンたちの姿はボヤけて見えた。
「ぅ……あ……」
喉が焼けてしまっているらしく、声すら出ない。
パラパラ、パラパラとページを手繰《たぐ》ってみるが目的のものは見つからなかった。
体が頑丈になって、怪我をすることに抵抗が減っていたのは確かだ。ただそれは痛みに慣れたわけではなく、アドレナリンが大量に出ていたせいで痛みを感じ辛くなっていたし、その余裕がなかったんだと思う。
あとはもしかすると男より女の方が痛みに強いってのも関係してるのかも。
それに怪我をしてもすぐに治してもらえたから「傷を負う」って事に抵抗感がなくなっていたのは否めない。
「……」
頭の中の魔導書を閉じる。
恐らく、あの魔導書の中には回復魔法の類《たぐい》は記されていなかった。
それが何を意味するのかはわからないし、いまはそんなことを考えてる場合じゃない。
眠気にも似た脱力感が体を支配し、静かに身をまかせる。
落ちている事はわかるが、それをどうにかできる余力は残っていなかった。
肌の感覚が遠く、自分が息をしている事すら感じ取れない。
ただぼんやりと、焼け焦げた燃えカスとなって一直線に地面へと向かっていく。
ーーダメかな……こりゃ……。
何度目かの「粘り直し」に失敗して僕は気だるさは増すばかりだ。
遠くなっていく空、羽ばたく翼竜にも似たドラゴン達ーー。
所詮人は地で生きる存在であり、その地点には到達できないことを思い知らされたようにも思える。
一際大きく目立って見えるのはあの黒いドラゴンなのだろう。
今はもうその姿も霞んでしか見えないけれど、あいつの元へ飛んでいく力は、……いまの僕には、もうーーない……。
「アカリ様!」
声と共に柔らかい感触が伝わり、そして衝撃へと変化する。
ズシンと芯に響く、自分の重さを実感した。
「アカリ様! 大丈夫ですか、アカリ様!」
頬をかすめる髪の感触は曖昧で、それがエシリヤさんだと気がつきまで時間がかかった。
「大丈夫だ……息はあるーー、」
頭の中に響く声はヴァルドラ、主様だった。
どうやらヒロインよろしく、僕は空中で受け止められたらしい。
地上には下りず、そのままの状態で二人はドラゴン達と向き合う。
「ぅ……」
「どこへ行かれるおつもりですかっ……!」
戦闘になれば僕は足手まといだ。
邪魔になるぐらいなら、と赤きドラゴンの背中から落ちようとしたところを無理やり掴まれた。
元の体ならそんなことはないんだけど、今はエシリヤさんの方が体格では勝ってる。ましてやこんなボロボロの状態でそれに逆らえるわけもなかった。
「酷い怪我です……じっとしていてください……」
「でォ……」
声は出なかった。
微かに動く腕でその体を突き放そうとするけれど反して抱きしめられる形となる。
場違いな甘い香りに胸の奥が苦しくなり、遥か上空にいるドラゴン達が憎く思える。
この人はこんなところにいるべきじゃないーー、「静寂の淵に打ちひしがれし神々よ……」音の出なくなった喉を酷使し、呪文の詠唱を行うが指先から魔法陣が描かれることはない。
魔力の流れを感じることは、ない。
「ぁ……」
その感触を僕はよく知っていた。
一瞬のうちにフラッシュバックしてくるのはあの懐かしい部室だ。
幾度となく魔法陣を描き、そして全身で以って叫んだ日々。
どれだけ望んでいようが残るのは反響する自身の声だけ。
“何も起こらない”と言う現実はトラウマにも似た感情を引き起こしてくれた。
「アカリ様……?」
エシリヤさんが心配そうに僕を見つめているのがわかる。
わかるけど答えられなかった。答えることができなかった。
「ぁ……」
ぼんやりとした焦点が一体のドラゴンの瞳で合う。
大して大きくもないドラゴンだったけど、その真っ黒な瞳に飲み込まれそうになる。
「しっかりしてください! アカリ様!!」
「来るぞ」
僕らの様子など意にもかえさず、機会を伺っていたのか一斉にドラゴン達は急降下してくる。
それを睨み上げるエシリヤさん。
主様が応えるように大きく吠え、グンッと体が沈んだ。
風を切り分けるように飛び、次々と打ち込まれる炎の塊を置き去りにしていく主様。
その体から振り落とされないようにしがみつくエシリヤさんに抱きかかえられながら、僕は崩れていく街並みを見た。
標的を失った炎は消えるわけじゃない。
地面をえぐるようにして地上へ降り注ぎ、そこにあった建物を粉砕していく。
いけない……。
そう思うのに想いとは裏腹に身体は言うことを聞かない。
どうにかしなくちゃ……、そう思うことすら上辺だけのもので何処か他人事(フィクション)のように感じていた。
魔法が発動しなかったことが僕を現実(リアル)へと連れ戻したようだった。
だってこんなのおかしいに決まってるじゃないか。
少し考えれば「ありえない」って分かる。魔法が存在し、ドラゴンが襲ってくる。そんな世界、本当は存在しないーー。
きっとこれは夢で、僕は部室で気を失っているに違いない。
結梨に蹴り飛ばされて変なところを打ったんだ、きっとーー。
「きゃっ……!!」
「ぐっ……」
諦めは現実へと伝わる。
躱し切れなかった一撃からエシリヤさんを守るように体を回転させた主様はその体に炎の塊を受けることになり、バランスを失った僕らは地面へと転がり落とされた。
噴水が設置されていた大通り、市場が立ち並んでいた場所らしい。
建物は崩れ落ち、僕らはぼんやり迫り来るドラゴン達を見上げた。
巨大な翼、獰猛な瞳。
何者をも切り割くであろう爪に怒りに燃える牙。
夢はこれで終わりだ。
瞼を閉じ、世界を閉じた。
エシリヤさんが何か叫ぶのを感じたが耳には入ってこなかった。
魔法に憧れ、恋い焦がれ、ようやくそれを手に入れたのにこんな終わり方だなんてーー、……僕らしいっちゃ僕らしいかな……?
せめて最後に神獣とも思えるドラゴンの姿を見ておこうと目を開き、そこに映ったのは小さな背中だった。
「エミリア……?」
小さなドラゴンを肩に乗せ、僕ら二人を庇うように両手を広げる。
「エミリア!!!」
エシリヤさんが叫ぶ、主様も、墜落の衝撃で埋もれた瓦礫から身を起こそうとしながらその名前を叫んでいた。
微かに彼女は微笑み、
「もう、好きにはさせませんっ……!」
前を向いた。
なんていう話をし始めれば卵が先か鶏が先かみたいな事になるんだろうけど、ドラゴンが「神の使い」と言われているのであればその存在が「いてもおかしくない」。
だけど、それは人間たちが勝手につけた話であり、本当にドラゴンが神の使いだとは思っていなかった。
神聖であるが故に生まれた俗説、設定、信仰。
だから「神がお前たちを許さない」と言われたところである種の「嫌な予感」はしたものの、本当に神様が降臨するとは思っていなかった。
それに準ずる何か、手に負えないほどの力を指してそう呼んでいるのだろうと思っていた。
けど、それは間違いだったと地上に出て思い知らされる。
青く広がった空にぽっかりと開けられた「大きな穴」。
向こう側からは数多の星空が覗き、空間が波打つようにブレている。
ビリビリと肌を焦がすようなプレッシャー、圧迫感に思わず言葉を失った。
僕らの世界にも神はいた。
少なくとも「いると信じている人たちはいた」。
だけどそれを認識することはできなかったし、ましてやその怒りに触れることなどありはしなかった。
しかしこの世界には「魔法がある」。ドラゴンがいる。神も……存在するのか……?
見上げれば夜空を生み出しているのは天空に描かれた魔法陣で、周囲を支えているのは巨大なドラゴンたちだ。
あの黒い奴は見えないけど、それでも体の大きな奴らばかりだった。
「クッソ……、どうすんだよこんなのッ……」
まだ発動の途中なのであれば陣を崩せば魔法は止まる。
数体掛かりで支えなきゃならないような大規模魔法なら一体落とせば残りは負荷に耐え切れず落ちるだろうーー。
けど、それをさせてくれないのは道理だった。
宙に舞い上がり、一直線に一番近くに見えたドラゴンへと突進すると目の前を掠めるようにして飛んで行った「炎の塊」に足が止まった。
振り返れば地上の至る所にその影がある。
何処かに身を隠していたのか、それとも僕が地下に潜っている間に配置についたのか。
王国を囲むようにしてドラゴンたちは陣形を固め、僕を睨み上げていた。
数なんて数える余裕はない、こうして飛んでいるだけでもギリギリだった。
ランバルトとの戦いで受けたダメージは確実に溜まっていて、こいつら全員を相手になんて絶対無理だ。
地上の魔法陣は消えているけど街の方から人々の気配が戻る様子はない。
……から、無理でもなんでも突き通すしかないーーよな……?
「来いよ、相手にはしないけどさッ……」
それを合図にしたわけではないんだろうけど、飛び上がっていた僕を標的に周囲のあちこちから火の塊が一斉に打ち上げられた。
一直線に向かってくるそれは轟音で空気を切り裂き、次の瞬間には僕の体を吹き飛ばさんとする。
躱し、上昇する。
ただし多方向から飛んでくるそれは標的を失った所で他の物とぶつかり合い、不規則な動きとなって空中に灼熱を生む。
まるで噴火する火山だと思った。
ギリギリのところで躱し続け、頬がジリジリと焼き焦げる。
前に進んでいるはずが上空から降り注いだ炎の破片を避けるために後ろに下がり、全く標的のドラゴンへと近づけない。
「終焉無き聖域の加護!」
埒があかないと全方位型の結界を張り、強行突破しようとするが張った直後から爆音とともに魔力の籠が悲鳴をあげる。
ビリビリと魔法陣を展開している手のひらが痺れ、崩れそうになる魔力回路を支えるために体内の魔力を振り絞る。
「ぐっ……ンァァアアアッ……!!」
上へ、上へと押し上げられるようにして、否、突き上げられるように、無様に蹴り上げられるように宙を漂いながら向かい、衝撃が全身を襲うたびに腕から体の芯にかけて焼き切れそうな痛みが走る。
ーーどうにか、どうにかあいつだけでも落とさなきゃっ……。
この魔法陣が何を意味するのかは分からない。
頭の中にある魔導書を捲って見てもさっぱりだ。
だけど、このまま発動させればとんでもないことになるのは明白だった。
ランバルトの言った「神」が何者であるにしろ、これ以上、この国を好きにさせるわけにはッ……、「ぐっ……?!!」衝撃に振り返れば獰猛な瞳がこちらを捉えていた。反応する間もなくその尻尾が叩きつけられ、大きく魔法壁が軋んだ。
そのままなんとか登ってきた分を後退させられると足元から吹き上げてきたのは灼熱の息吹だった。
「んっ……ンォおおおおっ……」
限界だった。
何処にどれだけの数がこちらに近づいてきていて、何をしようとしているのかも把握できない。
ただ休むことなく叩きつけられる攻撃を凌ぎ続けることしか出来ず、
「クッソ……」
しばらくして魔法壁は砕かれた。
再度展開するにも指がまともに動かなかった。指先から頭の先まで、神経が焼き切れたかのように役に立たない。
「どうしろってんだよ……こんなの……」
宙に舞い上がり、僕を囲むように睨みつけていたドラゴンたちを見渡し、僕は灼熱の世界を見た。
落ちていく景色の中、焼きついた空の中に誰かの姿を求めていたような気がした。
頭の中の魔導書をパラパラと捲り続ける。
ぼんやりと映る異様な空の風景は霞んでいて、ドラゴンたちの姿はボヤけて見えた。
「ぅ……あ……」
喉が焼けてしまっているらしく、声すら出ない。
パラパラ、パラパラとページを手繰《たぐ》ってみるが目的のものは見つからなかった。
体が頑丈になって、怪我をすることに抵抗が減っていたのは確かだ。ただそれは痛みに慣れたわけではなく、アドレナリンが大量に出ていたせいで痛みを感じ辛くなっていたし、その余裕がなかったんだと思う。
あとはもしかすると男より女の方が痛みに強いってのも関係してるのかも。
それに怪我をしてもすぐに治してもらえたから「傷を負う」って事に抵抗感がなくなっていたのは否めない。
「……」
頭の中の魔導書を閉じる。
恐らく、あの魔導書の中には回復魔法の類《たぐい》は記されていなかった。
それが何を意味するのかはわからないし、いまはそんなことを考えてる場合じゃない。
眠気にも似た脱力感が体を支配し、静かに身をまかせる。
落ちている事はわかるが、それをどうにかできる余力は残っていなかった。
肌の感覚が遠く、自分が息をしている事すら感じ取れない。
ただぼんやりと、焼け焦げた燃えカスとなって一直線に地面へと向かっていく。
ーーダメかな……こりゃ……。
何度目かの「粘り直し」に失敗して僕は気だるさは増すばかりだ。
遠くなっていく空、羽ばたく翼竜にも似たドラゴン達ーー。
所詮人は地で生きる存在であり、その地点には到達できないことを思い知らされたようにも思える。
一際大きく目立って見えるのはあの黒いドラゴンなのだろう。
今はもうその姿も霞んでしか見えないけれど、あいつの元へ飛んでいく力は、……いまの僕には、もうーーない……。
「アカリ様!」
声と共に柔らかい感触が伝わり、そして衝撃へと変化する。
ズシンと芯に響く、自分の重さを実感した。
「アカリ様! 大丈夫ですか、アカリ様!」
頬をかすめる髪の感触は曖昧で、それがエシリヤさんだと気がつきまで時間がかかった。
「大丈夫だ……息はあるーー、」
頭の中に響く声はヴァルドラ、主様だった。
どうやらヒロインよろしく、僕は空中で受け止められたらしい。
地上には下りず、そのままの状態で二人はドラゴン達と向き合う。
「ぅ……」
「どこへ行かれるおつもりですかっ……!」
戦闘になれば僕は足手まといだ。
邪魔になるぐらいなら、と赤きドラゴンの背中から落ちようとしたところを無理やり掴まれた。
元の体ならそんなことはないんだけど、今はエシリヤさんの方が体格では勝ってる。ましてやこんなボロボロの状態でそれに逆らえるわけもなかった。
「酷い怪我です……じっとしていてください……」
「でォ……」
声は出なかった。
微かに動く腕でその体を突き放そうとするけれど反して抱きしめられる形となる。
場違いな甘い香りに胸の奥が苦しくなり、遥か上空にいるドラゴン達が憎く思える。
この人はこんなところにいるべきじゃないーー、「静寂の淵に打ちひしがれし神々よ……」音の出なくなった喉を酷使し、呪文の詠唱を行うが指先から魔法陣が描かれることはない。
魔力の流れを感じることは、ない。
「ぁ……」
その感触を僕はよく知っていた。
一瞬のうちにフラッシュバックしてくるのはあの懐かしい部室だ。
幾度となく魔法陣を描き、そして全身で以って叫んだ日々。
どれだけ望んでいようが残るのは反響する自身の声だけ。
“何も起こらない”と言う現実はトラウマにも似た感情を引き起こしてくれた。
「アカリ様……?」
エシリヤさんが心配そうに僕を見つめているのがわかる。
わかるけど答えられなかった。答えることができなかった。
「ぁ……」
ぼんやりとした焦点が一体のドラゴンの瞳で合う。
大して大きくもないドラゴンだったけど、その真っ黒な瞳に飲み込まれそうになる。
「しっかりしてください! アカリ様!!」
「来るぞ」
僕らの様子など意にもかえさず、機会を伺っていたのか一斉にドラゴン達は急降下してくる。
それを睨み上げるエシリヤさん。
主様が応えるように大きく吠え、グンッと体が沈んだ。
風を切り分けるように飛び、次々と打ち込まれる炎の塊を置き去りにしていく主様。
その体から振り落とされないようにしがみつくエシリヤさんに抱きかかえられながら、僕は崩れていく街並みを見た。
標的を失った炎は消えるわけじゃない。
地面をえぐるようにして地上へ降り注ぎ、そこにあった建物を粉砕していく。
いけない……。
そう思うのに想いとは裏腹に身体は言うことを聞かない。
どうにかしなくちゃ……、そう思うことすら上辺だけのもので何処か他人事(フィクション)のように感じていた。
魔法が発動しなかったことが僕を現実(リアル)へと連れ戻したようだった。
だってこんなのおかしいに決まってるじゃないか。
少し考えれば「ありえない」って分かる。魔法が存在し、ドラゴンが襲ってくる。そんな世界、本当は存在しないーー。
きっとこれは夢で、僕は部室で気を失っているに違いない。
結梨に蹴り飛ばされて変なところを打ったんだ、きっとーー。
「きゃっ……!!」
「ぐっ……」
諦めは現実へと伝わる。
躱し切れなかった一撃からエシリヤさんを守るように体を回転させた主様はその体に炎の塊を受けることになり、バランスを失った僕らは地面へと転がり落とされた。
噴水が設置されていた大通り、市場が立ち並んでいた場所らしい。
建物は崩れ落ち、僕らはぼんやり迫り来るドラゴン達を見上げた。
巨大な翼、獰猛な瞳。
何者をも切り割くであろう爪に怒りに燃える牙。
夢はこれで終わりだ。
瞼を閉じ、世界を閉じた。
エシリヤさんが何か叫ぶのを感じたが耳には入ってこなかった。
魔法に憧れ、恋い焦がれ、ようやくそれを手に入れたのにこんな終わり方だなんてーー、……僕らしいっちゃ僕らしいかな……?
せめて最後に神獣とも思えるドラゴンの姿を見ておこうと目を開き、そこに映ったのは小さな背中だった。
「エミリア……?」
小さなドラゴンを肩に乗せ、僕ら二人を庇うように両手を広げる。
「エミリア!!!」
エシリヤさんが叫ぶ、主様も、墜落の衝撃で埋もれた瓦礫から身を起こそうとしながらその名前を叫んでいた。
微かに彼女は微笑み、
「もう、好きにはさせませんっ……!」
前を向いた。
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