それでも

耀

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夢がなくなった

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もう、どうでもよくなった。夢も、生きることも。
それでも死ぬ勇気だけはなかった
 
これはある19歳の人生の話

私はかなりテキトーな人生を送っていた
小学校までは頑張るということも知らなかった
ただ遊んで、寝て、食うの繰り返し
それでも、あの頃は小さな光に包まれていた
 
そんな私でも死ぬ気で没頭できるものに出会えた
それがスケートだった
スケートの先生になりたいと夢ができてからは稽古漬けの日々だった
遊ぶことも差し置いて、ただひたすらに踊っていた
数えきれないほどの苦しみと、小さな絶望の積み重ね
それでもなお続けられたのは表現することの楽しさ、スケートで人に希望を与えられるという2つがあったからだ
 
でもいつからだろう、滑ることへの楽しさを感じなくなったのは
気づけば怯えている毎日だった
何も楽しくない、逃げたい、苦しい
その感情が私を埋め尽くした
助けてほしかった。でも言えなかった

その日も稽古だった
朝目を覚ましたときから何をしたらいいかわからなかった
きっと昨日の薬のせいだろう
私は夜眠れなくなっていた
毎日酒と規定以上の薬を飲んで眠りについていた
それでも必死に支度をし、なんとか稽古を受けていた

「ほんとあなたってマヌケ」
あーまただ。
何かが潰されてく。
こんなに注いでるのに、みんなは遊びながら練習もせずにヘラヘラしてるだけなのに自分だけ
何がそんなに気に食わない

「はい、もう一回」
「ぜんぜんだめ」
「なにもできない」
気づけば涙が止まらなくなっていた。止めようとしても止まらなかった
冷ややかな目線が突き刺さる
 
ああ、もういい。何もかも終わってしまえばいい。
 
なにかがきれた

もう、どうでもよくなった。夢も、生きることも。
それでも死ぬ勇気だけはなかった。

お稽古に行くまでは吐き、寝る前は酒と薬
私生活もぐちゃぐちゃだった


名前も知らない彼が私の体だけを愛した
私はそれをただ、受け入れた
「すきだよ」と言われるたびに、心の奥で「誰でもいいくせに」と呟いた
一人になった帰り道、なにしてんだろ、泣きながら拳を握りしめた
自分を傷つけてるのは、自分なのか、他人なのか、もうわからなかった

それでも月日は経ち、先生になる日が目前まで来ていた
ある日先生に呼び出され事務所に行った
「あなたが受け持つお稽古よ」
そうしてスケジュール表が差し出された
夢に見ていた「スケートの先生」にようやくなれる
やっとだ、やっと掴めた
なのになんで、全然嬉しくないんだろう
ここにいちゃだめだ
先生なんてどこでもできる
逃げよう

「やめさせてください」
気づけば先生にそうお願いしていた。
なんてことはなく、その思いを抱えながらもスケジュール表を受け取りよろしくお願いしますと頭を下げていた
その後のお稽古でも何度もやめさせてくださいと言おうとした
でも出来なかった
先生を目の前にすると言葉が出てこない
イエスしか言えなくなっていた
 
日に日に悪化していくどす黒い感情
それでも進んでいく時間

助けてほしかった

電話の向こうで、彼は淡々と息を吐いた
「そこ、やめなよ」
その言葉が喉に刺さって、涙が止まらなくなった
私が何も言わなくても分かってくれる、数少ない存在
その日私は泣きながら電話をかけたのだ
今までの出来事、現状、そして助けてほしいと
相手は一通り話を聞いてくれ、何も否定せず一言だけ放った
私がずっと欲しかった言葉
誰かに言ってもらえなければ確信が持てなかった
それくらい参っていた

逃げよう。

そう思えた
そこからは戦いだった
 
何度も何度も引き止められた
涙が止まらず何時間も泣きながら話した
二週間の戦いを経てやっと辞めることが先生に認められた

職がなくなる
周りにも逃げと言われても仕方がない
それでも逃げるしかなかった

「あなたは素晴らしいよ。自分のことが霞んで見えているかもしれないけど素晴らしい。辞めるなんてもったいない」
私の目をじっと見ながら彼女は言った。
正直私は驚いた
そんなに愛されているとは思ってもいなかった。見えてなかった
中には泣きながら想いを打ち明けてくれる子も数人いた
休憩中、輪になって食べたお弁当
悔しくて泣いていた私を慰めてくれた仲間
私はちゃんと、誰かの一部だったんだ

泥沼の中で必死にもがいていたけど、もう戻りたくはないけど
「仲間に出会えてよかった。」
それだけははっきりと思えた
 
それに気づけたのは、全部を捨てる覚悟をしたときだった
いや、覚悟をしたからこそ気づけたのかもしれない

そうして私の約10年に渡るスケート人生は幕を閉じた
 
やめて数ヶ月がたった今でも夜は眠れないし、夢にまででてくる
死にたいという気持ちも、まだ消えない

それでも私は、今生きている

もし今、どこかで同じようにもがいている人がいたら、  
ただ、だいじょうぶだよって、伝えたい

あなたの苦しみは、あなたのものでいい
誰にも説明しなくていい
わかってもらわなくていい

私はたぶんこれからも、何度も潰れそうになる
それでも、何かに掴まりもがいていく
それを、重ねていくだけだ

あなたは、あなたのペースでいい
誰かの基準に合わせなくていい
どう歩んでも、どう立ち止まっても…


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