甘い言葉を囁いて

はち

ヘンリー様の怒りの声は空気を一瞬でひんやりさせた。
こんなに色々あったら怒るのも無理ないわ。

「申し訳ございません。私が至らないばかりに…。」

私は立ち上がり勢いよく頭を下げる。
私のせいでレン兄さまとヘンリー様様の仲に亀裂が入るなんて許されない。

「ミシュミラン嬢、頭を上げてくれ。」

「ですが…。」

「ミシュ！」

「レン兄さま？！」

パタパタと近づいてくる足音と共にレン兄さまの声が聞こえた。
お出かけから帰ってきたのかしら…こんな場面を見せてしまうなんて情けない…。

「ヘンリーこれはどういう事だ？」

「レン、お前の家の使用人は主を辱める趣味があるようだ。」

「……すまない。何があった？」

レン兄さまからの声からも怒りの感情が伝わってくる。
泣きたい気持ちになるけどここで泣いたら狡いわ。

「この屋敷に着いてから今まで使用人達の目は彼女を見下していた。更に水をかけるわ怪しい茶を飲ませているわ楽器を傷つけるわ見てられないっ！」

「……お前達…今のは本当か…？」

レン兄さまから聞いた事がない程低い声が聞こえる…怖い……。

「お、恐れながらロード様は勘違いをされています。確かにお嬢様に水はかかってしまいましたがそれは水やり中の不慮の事故にございます。

お茶はお嬢様のお身体が冷えてはと御用意したもので、楽器につきましてはお手入れがされず放置された為に錆びたのではないかと…。」

流れるように言い訳をしてる…流石慣れてるだけあるわ。
でも、墓穴も掘ってるのに気づかないのかしら。

「…ではなぜ、事前にここを使用する事を伝えてあったのに水やりをしていた？
そもそも、今は水やりの時間では無いはずだ。

それに、特別なお茶が何故すぐに用意ができたんだ。
まるで事前に分かっていたようじゃないか。

で、楽器は手入れがされていなかった？
そのフルートは俺が誕生日にプレゼントしたものだ。ミシュはそれからずっと毎晩磨いてから寝るのを習慣にしている。しかも昨日俺が綺麗な状態を見ている！」

メイド達は真っ青な顔をして小刻みに震えているけど自業自得ね。
言い訳をしていたメイドももう何も言えないみたい。

「レン兄さま、私の専属のメイドは関係ないのです。彼女だけはどうか側に……。」

「お嬢様…。」

「分かった。だけどミシュ…なんで言ってくれなかったんだ。初めてでは無いのだろ？」

「それは…流石にお客様の前なら何もしてこないかと思って……結局はヘンリー様に不快な思いをさせてしまいました。申し訳ございません。」

「ミシュミラン嬢、申し訳ない気持ちがあるならば一つ願いを聞いてくれないか？」

「私で叶える事ができる範囲であれば。」

「ではロード家に行儀見習いに来て欲しい。」

「え？」

「ヘンリー！！」

「レン。これはブルノット家にとっても良い話だろ？」

何故こんな話に…。
私にできる範囲なんて軽く飛び越えてるわ！
私を行儀見習いだなんてヘンリー様に利益なんて無いのに…なんで。

「大丈夫。心配は要らないよ。」

ヘンリー様に頭を撫でられて落ち着くような落ち着かないようなもう大混乱！