異世界オーバーホール

ブルーハウス

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序章

 序章:6 " 初めて感じる、異世界交流 "

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 時間というのは、過ぎてみれば意外とあっという間に感じることが多い気がする。
 特に遊びに夢中だったり、仕事や作業に集中していたりする時は顕著に現れていると思う。
 仮にそう感じたのだとすれば、それだけの出来事があったという何よりの証でもある。
 現在、"揺り籠"の中は最初にリベルが目を覚めた時と同じくらいの明るさとなっていた。
 後から聞いた話では、どうやらこの空間の光は外と連動しているらしく、陽が昇っている間は中も明るく、逆に陽が沈めば中も暗くなる仕様らしい。なので灯りの類いするものは無くても昼間は明るい状態となるとのことだ。
 このことからつまり、リベルが異世界に転生してから約一日近くの時が経ったということを示している。
 名を与えられ、無くしていた感情を取り戻し、感極まって号泣し続けていたリベル。
 彼は今、その号泣の余韻からしばらくの間、命の恩人にして名付け親であるナルの胸の中で啜り泣いていた。

「すんッ…ぐすッ」

 ただ何も考えず、思いきり泣き続けたことで少しずつ落ち着きを取り戻してきた彼はふと、自身を見つめる視線を感じ顔を上に向けてみた。
 フードを深く被っているがその視線はナルのもので、彼は情愛深い表情で頭を撫でながらリベルが泣き止むのを静かに待っていた。
 そしてリベルが落ち着き、彼が顔を覗いているのに気付いてナルは声をかけた。

『落ち着いたかい?』
(っ!はっはい…)

 リベルは返事をしながら思わず、ナルから視線を逸らした。
 どうやら泣き過ぎたのを自覚して恥ずかしくなり、顔を合わせられなくなったようだ。

(うぅ…どうしよう、すごく恥ずかしい。仕方ないこととはいえ、あんなに泣くことになるなんて)

 今は転生して赤ん坊の姿なので自身の実年齢が何歳なのかは分からないが、人前で…しかも恩人の胸の中で泣くというかなりの羞恥プレイを味わうことになってしまい、とても気まずい状態だった。
 ナルの方は気にしていない様子。やはりこういうのは泣く側だけが意識してしまうのだろうか。

(これならいっそのこと感情なんて取り戻さなければよかったよ)
『そんなことを思ってはいけないよ。感情をを取り戻したからこそ、恥ずかしいと思うことが出来るのだから』

 リベルは恥ずかしさのあまり、つい頭の中に出てくる愚痴を思ってこぼしてしまう。
 そこをナルはすかさずリベルの言葉に反応し、諭すように言い聞かせる。

(…って勝手に人の心を読まないで下さい!)

 ちなみにリベルとナルの会話が成り立っているのは、ナルが他者の心や思考を読み取る事で相手の伝えたいことを理解することが出来るからだ。言い換えればプライベートなことまで彼には全て筒抜けになってしまうのだ。
 なので自問自答の最中、ナルに考えを読まれた上で声をかけられたリベルは顔を真っ赤にして叫ぶように伝えたのだ。

『けど、心を読まないとキミが何を伝えたいのか理解できないよ?』
(読んで欲しくない時もあるんですよ!下手をすればプライバシーの侵害だよ!)
『…ふむ。これが俗に言う、反抗期というモノだろうか?』
(天然なの!?何言ってんですかナル様!)

 先程の気まずい空気が一転、ナルの斜め上を行く言動にリベルは驚きながら思わずツッコんでしまう。

『ナル…様?』

 すると、様付けに反応しナルは呟くように問い返してきた。
 もしかしたら様付けの呼び方が気に入らなかったのだろうか。

(あっ!えぇっと、その……この呼び方はダメでしたか?)
『ううん、構わないよ。ただ、どうして様付けや敬語なのかが気になってね』

 とりあえず様付けが嫌だったわけでは無いことを理解し、リベルは理由をそのまま伝えた。

(だって、仮にもナル様は僕の名付け親ですし、何より命の恩人でしょ?だから敬称で呼ぶのが良いと思ったんですよ)

 正直、ナルへの対応の仕方をどうすれば良いのか迷っていた。
 いきなり敬称で呼ぶのはよそよそしいし、かといって最初みたいにタメ口で呼び捨てにするのは馴れ馴れしく感じてしまう。
 そうして悩んだ結果、恩人にしても名付け親にしても失礼にあたらない敬称と敬語での話し方に落ち着いた。

『そうか。けど別に敬称でなくても良いんだよ?例えば父上でもパパでも……』
(そういうと思って敬称にしたんですよ。っていうか僕の心の中を読んでいるなら気づいてるでしょ)
『ふふ、まぁね。』

 自分が次に言うであろう言葉を分かった上でナルはからかうかのように小さく笑った。
 狙っていたわけではないが敬語にして良かったと安心した。
 ただ、小馬鹿にしているわけじゃないようだが何か見透かされているようにも感じになるナルの対応に少々困っていた。

(ハァ、ホントに天然なのかどうか怪しくなってきた)
『う~ん、ちょっとからかい過ぎたかな?』

 リベルの反応を見て自嘲しなければとナルは感じ始め、当人の呼び方に関してこれ以上追求しないようにした。

『いいよ。キミが呼びたいように呼べばそれでーー』

きゅるるぅっ

(あっ)

 話を戻し、言葉を続けようとしたところでリベルの小さなお腹からかわいい音が鳴り響いた。
 考えてみれば、リベルは異世界で目覚めてから丸一日が経ち、食事はおろか水さえも口にしていない。
 普通の赤ん坊の体力を考慮すれば非常に危険な状態のはずだが、リベル本人はそれに気付かず、ただお腹が空いていることに気づいて呆気に取られていた。

『…どうやらお腹は正直者のようだね』
(うぅ、こればっかりはしょうがないですよ。よくよく考えたら僕、目が覚めてから何も口にしていないし)
『それにいっぱい動いて、耐えて、寝て、泣いてたしね』
(最後のは余計です!わざとやってるでしょ!?)
『?』

 またしても天然が発動したのかナルは何を怒っているのか理解していない為、リベルは再び歯痒い思いをする羽目になってしまった。ナル本人に悪気がないのだから尚のことタチが悪い。
 しかし、リベルもまたこのやりとり自体にはあまり不快な思いを感じてはいなかった。
 相手との他愛無い会話、それだけでリベルの心は今も安らぎ満たされているたからだ。
 最も、本人はあまり自覚していないようだが。

『まぁとにかく食事にしよう。準備するから待っていて欲しい』
(むぅ、分かりましたよ)

 リベルを芝生に下ろした後、提案者であるナルは立ち上がり、食事の準備に取り掛かろうと数歩だけ離れる。
 リベルもむくれてはいるものの食事自体には賛成なので提案を受け入れた。

(けど準備って…こんな緑の生い茂った場所で何をするんだろう?)

 現在、二人が居る"天樹"と呼ばれている場所には人工物らしきモノは全く存在しない。更に言えば植物は生えているが食べられそうな木の実は見当たらない。
 それなのにこんな場所で料理でもするのだろうか?それとも何も無い空間から食べ物でも取り出すのか?とリベルはジッとナルの後ろ姿を見つめながら考えていた。
 そんなリベルを他所にナルは地面に片膝をつき片手を地面に添え…。

『さて、まずは…食卓からだね』
(いや、まさかのそこから?)

 そう呟くとナルの手が徐々に光り輝き出した。
 掌や甲に光る紋様のようなモノが浮かび上がり、その手で触れていた地面に紋様が広がっていき、その範囲の草花が急成長し絡み合う。気が付けば座り心地の良さそうな椅子に変化していた。

(なッ!?)

 さらに近くに生えていたキノコ、こちらは分かりやすいくらいに大きく育った後、丸みを帯びていた笠部分が薄く平らになり、そのまま固まった。柔らかそうなキノコの印象から一転、キノコ風の丸いテーブルの出来上がりだ。

(お、おぉ!)

 リベルはナルの触れた植物達の変化に、驚きつつも興奮していた。
 知識として知っていた魔法が、現実に目の前で実践されているのを見て目を輝かせている。

『よし!次は木の実を生やそう』
(えッ!?生やすって…いったい何に?)

 見たところ周りに生えている木々はどれも細いモノばかりで、とても実がなるような木とは思えない。そんな木にナルは実をつけようと言うので、リベルは困惑していた。
 それに構わずナルは先程と同じように細い木の一本に触れ、次第に紋様が木に広がっていくにつれ木自体が成長し太くなり、瞬く間に枝の先から芽が出始め、蕾になった後すぐ花を咲かせ、果物を多数実らせてみせた。

『それじゃあ、食事にしようか』

 するとナルは何事も無かったかのように微笑みながらリベルに語りかけた。

(す、すごい)

 何の捻りもない感想。最初に出会った時の衝撃と同じ感覚を感じながら、リベルはただその一言を呟くだけで精一杯だった。
 そんな様子を見てナルは首を傾げながら訪ねてきた。

『どうかしたのかい?』
(え!あっいや、その…魔法なんて初めて見たので驚いてたんです)

 植物で家具を作ったり、木を成長させて果実を実らせたりとナルは普段の日常の行動みたいな気軽さで魔法を使い、リベルを驚かせていた。

『やっぱり、興味があるのかい?魔法』

 リベルを抱き寄せ、テーブルの上に乗せながら魔法について話を持ち掛けてきた。

(はい!もちろん!)

 リベルは目を輝かせながら興奮気味に即答で応えた。それに対しナルは木の実の皮を剥きながら話を続けた。

『なら食事しながらでよければ、教えてあげるよ』
(ホントに!?というか僕も魔法使えるの?)
『いや、赤ん坊の状態では余程のマナを持ち合わせていないと行使は出来ないから、今は精々適性を見極めるぐらいかな』
(あ、そっか。僕は今、赤ん坊だった)

 すぐに魔法を使うことが出来ないと知り、リベルは少し残念そうにしていた…と思ったらすぐに立ち直っていた。

(でも、適性か。なんか夢が広がるなぁ)

 どうやら自分がどんな魔法を使えるのかを想像していたようだ。

(そういえば異世界モノの魔法って属性とか種類とか色々あるけどこの異世界の魔法ってどうなっているんだろう?)

きゅうぅ~~っ

(…………)

 リベルはひとり呟くように魔法について考えようとしていたが、空腹は待ってはくれないようだった。

『はい、どうぞ』

 そう言いながらナルは、リベルの前に皮を剥いた木の実を差し出した。

『色々と気になるとは思うけど、今は食べよう。お腹が空いていては考えもまとまらないよ』
 (は、ははは…はい。そうします。)

 魔法に興味を持ち過ぎて空腹であることを忘れてしまい、リベルは照れながら自嘲する。
 感情を無くしていたから知識欲が強いと考えていたが、どうやら元々の性質みたいだ。
 しかしここは思考を切り替えて、リベルは食事に専念することにした。

(それじゃあ、いただきます)
『いただきます?』

 リベルが合掌に近い体勢でお約束の挨拶をすると、ナルは"いただきます"に反応した。

『そういえば、転生者ネスト達は大抵その動きと言葉を口にしているが、どういう意図があるんだい?』
(あれ?この世界でいただきますは存在しないのですか?)

 木の実を食べようとする手を止めてリベルもまた疑問を聞き返した。
 先程自身もナルが魔法を使って生活しているのを見ていて普通じゃないと感じていたので、ここら辺が違う世界の者同士の生活の違いなのだろう。
 普段やっている事がここでは一般じゃないことを知り、リベルは本当に異世界にいるんだと再確認した。
 そう思いながらナルの疑問にリベルは答えた。

(えーっと…いただきますっていうのは食事をする際の挨拶みたいなもので、料理を作った人や料理となった生き物に感謝の念を込めてやる、つまり食事前のお決まりの所作です)
『ふむ、なるほど。教会や、神の信教者達が神に捧げる祈りみたいなものか』
(おぉ!やっぱり神様的な存在がいるんだ!)

 流石は異世界、分かっているね。とリベルは満足げにうんうんと頷いていた。けどすぐに我に返った。

(あっでもどうして神に祈るんですか?)
『この世界は神々が創り出したモノと世間では認識されているみたいでね。だから全てを生み出すチカラを持つ神に対して恵みを与えてくれる感謝をする為に祈りという形で表しているみたいだよ』
(へぇ~。なんか極論な気がしますね)
『ワタシとしても、キミ達の考えの方もまた、斬新な気がするけどね』

 そう言いつつ、ナルは両手を胸の辺りで合わせて合掌をしていた。

(え?ナル様もやるんですか?合掌)

 リベルの問いにナルは微笑みながら答えた。

『せっかくだからリベルの異世界の挨拶、試しにやってみたくてね。それにーー』

 皮が剥かれた木の実を眺めながらナルは続けた。

『神への祈りも、食事を出す者への挨拶も、対象が異なるだけで感謝をするのはどちらも同じだしね』
(確かにそうですね)

 祈りと挨拶。やっていることは違えど、本質は同じであることにリベルも納得した。

『さて、話はこれくらいにして早く食べようか』
(はい!では、手を合わせて…)

 ふたりは互いに向かい合うように座り、同じ動作で合掌し。

『(いただきます!)』

 元気良く食事を始めた。
 
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