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序章
序章:17 "転生錬金術士の憂鬱"
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今、僕はひどく荒い呼吸をしている。訓練と言えど、一歩間違えれば死ぬような命懸けの戦いを生き延び、終わった後に初めて気づく程に僕の全身は、足りない酸素と水を欲していた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
切られた頬の傷や、壁に叩きつけられた時の衝撃と痛みが今頃になってぶり返してきて、正直仰向けでいるのも辛い。なら、うつ伏せになればいいと思っても身体が痺れていて言う事を聞かず、現時点で出来ることは痛みに耐えながら乱れる呼吸を鎮めることだけだった。
(終わった!やっとっ!きつい!つらい!喉渇いた!気持ち悪い!頭がグワングワンとボーっとが一緒に!あと痛い!)
戦闘時の集中力が切れ、しゃべる余裕の無い僕は後回しにしていた苦痛と疲れを一気に味わいながら、心の中で思いつく限りの不快な言葉を並べていた。
「ハァ、ハァ…フゥ~、ようやく終わったぁ~」
息が整い、痛みが和らいでいくのを感じ、ようやく安堵した様子で訓練後の第一声を僕はそう呟き、ひと息吐いた。
「……ん?」
するとその時、急に目の前が薄暗くなったことに気付き、閉じていた目を開いた。
「グルルルッ」
「なッ!?」
そこにいたのは"獅子熊(シシグマ)"と呼ばれる、ライオンのような硬い剛毛に覆われた三メートルを超える巨大な熊で、天樹で最も獰猛で恐ろしいとされている魔物が倒れている僕の目の前に立っていた。
その巨体を活かした接近戦を得意としており、爪は岩をも抉りとり、鉄製の剣をアメ玉のように粉々に噛み砕くほど強靭な牙と顎を持ち合わせている。しかも毛皮は高い魔力耐性があり、魔法なども平気で弾き返してしまうため遠距離からの戦闘はほぼ無意味。その上見た目に似合わず動きは俊敏で獲物を捕捉した途端に飛び掛かる習性がある。見つけたら逃げる。見つかったら最後。と言われているほど危険な魔物である。
「グウゥゥゥッ」
(ウソでしょ!?こんな時に!)
身動きのとれない僕をジッと見つめ、ヨダレを垂らしたその顔をゆっくり近づけて来る。マズい!早く離れなければ!
「ぐッ!ダメだ、動けない!」
逃げることも出来ない僕は黙って蹂躙されるしかない現状に打ち震えていた。この状態で襲われるなんて、今日の訓練内容の次にツイてない。
「よ、よせ!待って!」
「グァアッ」
僕の言葉に見向きもせず、獅子熊は覆い被さる様にその凶悪な口を大きく開けて僕の頭に近づけた。
(あぁ、終わった………)
ーーー数分後ーーー
ポヨンッ!
『むう!とうちゃ~く!』
ツボに収まりながら器用に弾んだり、伸び縮みをして、ムークンはようやくリベルのいる場所に辿り着いた。
『ごしゅじ~ん、きたよ~!』
そう言って跳ねながらリベルに近づいていくムークン。ところが目の前の真っ黒な巨体を捉えた瞬間、一匹のスライムは急に動きを止めた。
『むう?ごしゅじんは?』
先程までそこにいたはずのリベルの姿が消え、代わりに獅子熊の後ろ姿がそこに存在していた。
『ごしゅじんどこ~?』
ムークンはのんきな声を出しながらリベルを探す。だが、そこにはなにかに夢中になっている獅子熊しか見当たらない。それとついでに、その獅子熊は一心不乱に何かを舐めていた。
すると突如、獅子熊の下から声が聞こえた。
「わかった!わかったからちょっと落ち着いてってばっ!」
『む!ごしゅじんのこえ!』
ムークンは獅子熊の前方へと回り込んで様子を見た。
『ごしゅじん、いた~~~!』
「いてて…やぁ、ムーくん。もう少し早く来て欲しかったよ」
そこには獅子熊に下敷きにされ、顔中を舐め回されているリベルの姿があった。
『グルゥウ』
「よしよし。ありがとね、"サン"。けど重いから一旦退いて。お願い」
『グオゥ!』
リベルの指示を受け入れ、獅子熊ことサンはゆっくりと引き下がる。
突然現れてリベルに襲いかかっていたと思われたこの獅子熊。実はリベルとは産まれたばかりの時からの旧知の中で、母熊が出産直後に息絶えていたところをナルと共に散歩をしていた幼少期のリベルが見つけ、子熊の頃に"サン"という名前を付けたことで懐かれた。
ムークンとは違い言葉は交わせないものの、ある程度の意思疎通が出来るため、ムークンに次いで仲が良い。
今も尚、甲斐甲斐しく頬にある傷口を舐めて治そうとしているのが、なによりの証拠である。
『"さん"。ごしゅじんにけづくろいしてた~?』
「ううん。ケガしたところを舐めてくれてたんだよ」
リベルの身体はサンに舐め回されたことで獣臭が凄まじく、鼻を摘みたいくらい強烈な臭いに包まれていた。
身体的にも精神的にもキツい今の状態でこの臭いに晒され続けることはある意味拷問だった。とはいえ、心配してくれるサンの厚意を無下にも出来ず、リベルはひたすら耐えるしかなかった。
『むむ!ほんとだ!むーくんがなおす?』
「うん、頼むよ」
リベルは胡座を掻いた状態でムークンにケガの治療と汚れた身体のケアを頼んだ。
『む~う!』
ムークンは壺から出てその場で少し大きくなり、そのままリベルに近づいて彼の身体を包み込む。
『ごしゅじん、おわった!』
「ぷはっ!」
と思ったらそのまま通り過ぎるようにしてムークンの中からリベルが出て来た。
そして驚いたことに、さっきまで動くことすら出来なかったはずのリベルはスッと立ち上がり、調子を確かめるように身体を伸ばした。
「ん~~~っ!よしっ復活!ありがとムーくん」
『むーう!』
頬にあった傷や汚れていた箇所すら何事も無かったようなツヤツヤの状態になっており、完全回復したリベルは小さくなったムークンを優しく撫でた。ムークンは嬉しそうに揺れていた。
それをみてか、サンは自分にもして欲しいかのように鼻先をリベルの背中に擦り付けてねだってきた。
「ん?サンも撫でて欲しいの?」
『グオゥ』
その言葉にサンはうなずき、リベルは要望に応えてその大きな頭を撫でてあげるとサンは気持ち良さそうにしている。
こうしていると恐ろしいと言われている魔物達も、他の動物と変わらず可愛いらしいものである。
『グウゥン』
「よしよし………ん?」
ふと、サンの背中の上を見上げてみると、小さな動物達がたくさん乗っており、リベルは思わず驚いた。
「うおっ!いつの間に!?」
『さっきリベルがムークンに回復してもらっている間にはみんな集まっていたよ』
「あの一瞬で……っていや、ナル様もいつの間に!?」
『今の間に、だよ』
『だよ~!』
驚くリベルを他所に、その背後には既にナルがムークンと共に小鳥達と静かに戯れていた。相変わらずどう移動しているのか、つい気になる今日このごろである。
『それじゃあムークン。お片づけ、お願いするね』
『むう!みんな~!やろ~~~!』
『グオォォオウ!』
ムークンが号令をすると、サンを始めとした魔物や動物達が動き出し、周囲に散らばっているオートマタの残骸を拾い始めた。
『とったらむーくんにもってきて~~』
ムークンの言葉に従い、サンは咥えてきた部品をムークンに差し出した。ムークンはツボに収まった状態でそれを絡め取るように受け取り、自身の体内に仕舞い込んだ。
「なるほど。それでムー君は中身の物がこぼれないようにツボに入った状態で来たのか」
ムークンにはスライムの固有スキルの一つ【体内空間】によって、体内には無尽蔵の収納空間が広がっており、生き物以外のあらゆる物を吸収・保管が可能となっている。中でも保管機能に関してはとても優秀で、ムークンが消化・吸収をしない限り、体内にある物は時間経過による劣化が無いため、保存にも重宝している。
ただし、ムークンは基本的に呑気でボーっとしていることが多く、気を抜くと中身が溢れ、よく落とし物をすることが多い。なのでリベルがムークンに作ったお手製のツボで身体をカバーすることで、中身が溢れるのを防いでいる。
『さて、ムークン達がオートマタの片付けをしている間に今回の訓練の採点でもしようか』
「あっはい!」
リベルは少し緊張気味でナルの評価を聞いていた。
『全体的にまだ型にはまった動きが多く見られたね。術式を使う際に手を胸に持っていく癖も、まだ直っていなかったよ』
戦闘中、リベルが度々行っていた手を胸に当てる動作。アレは当初、術式に上手くマナを流すことが出来なかったリベルにイメージしやすくするためにナルが考案した一つの所作だ。
マナは主に心臓の裏側に存在するとされており、そこから神経を通してマナを全身に行き渡らせている。リベルはコレを血流に例え、血液を送る心臓の音を確認しながらマナを全身に流していた。
「あぁ~分かってはいるんですが、アレをすると安定させてマナを術式に送れる気がするんですよ」
『あの所作はあくまでもマナを流す想像を確立させる為のキッカケだよ。今のリベルならもう必要ないはずさ』
「そうは言っても…」
人間、癖が付くとなかなか治すのは難しいもので、リベルも頭では理解してはいるが、どうしてもやらないと出来る自信が持てなかった。
『創作の時ならいざ知らず、戦闘の時では少しの隙が生命取りになる場合がある。シムーフの攻撃の時だって、けっこう危なかったでしょ?』
「うっ…そうでした」
痛いところを突かれたリベルは何も言い返せなかった。
確かにあの時、もっと早く修復させられたらシムーフの追撃を止めることが出来たかもしれないし、やれることがもっとあったはず。少なくとも今後の課題であることはまず間違いだろう。
「じゃあ、今回の訓練は不合格…ですか?」
リベルは恐る恐るナルに尋ねた。
『いや、合格だよ』
「えっ?」
不安そうな表情を浮かべていたリベルとは裏腹に、ナルの返答はかなりあっさりしていた。
『まだ不要な動きはあるけど、それはいずれ直せば良いだけのこと。いま評価すべきところは、危機的状況を覆すような発想をもってしてドリフターズを全て倒したという事実だ』
「発想、ですか?」
果たして僕はナル様が言うようなすごい発想をしていただろうか?
疑問に思うリベルにナルは軽くうなずき、そのまま話を続ける。
『カロトとイローハキの同時攻撃を躱すと同時に同士討ちさせたり、ブーロックの雷を避けて懐に入ったり、シムーフを利用して初見であるチョウザンにダメージを与えた。コレらは全て錬金術を扱う者ならではの発想があってこそできる戦いだよ』
「は、はぁ……」
この時リベルはナルの評価が少し大袈裟な気がすると思っていた。
カロトとイローハキの同士討ちについては、ただ避ける為に本能的に身体が動いただけで発想も何も無いし、ブーロックの雷を避ける行為だって少し考えれば誰でも思いつきそうだと考えている。
シムーフをチョウザンにぶつけたのも、弱点さえわかれば誰だって弱点を突けるように動くはずだ。
「ナル様。ちょっと大袈裟じゃないですか?別に錬金術師(士)でなくとも思い付くと思いますけど。特に雷対策とか」
『………リベル。ひょっとして気づいていないのかい?』
「え?何がですか?」
ナルの意図を理解できず、リベルは聞き返した。するとナルは深く被ったフードで見えないはずの顔を手で覆うようにして溜息を吐いた。
『やれやれ。確かに異世界人であれば思い付くことなのは分かるけどね、大事なのはそれを実行に移せるかどうかってところなんだよ』
「どういうことですか?」
未だピンときていないリベルに、ナルはハッキリと告げた。
『そもそも武器を捨ててまで敵に突っ込むなんて、普通は思い付いたとしても実行できることではないんだよ』
「…………あっ!」
ナルに指摘され、少し考え込んだリベルはようやく自身の行動の異常性に気付けたようだ。
よくよく考えたら六尺棒でなくとも、リーチの短いナイフを投げていたらあんな危険な戦い方をせずに済んだかもしれないし。なにより、普段の自分だったら危険な賭けなんか絶対しないはずだ。
『それにオートマタの仕組みや構造をよく理解していたからこそ、あんな無茶ができたんじゃないかい?』
この世界でオートマタの仕組みを詳細に知る者は、錬金術を使う者を除けば非常に少ない。
理由は創り主が自身の技術を他の人に盗まれることを防ぐためにオートマタが行動不能となった際、自動で爆破するよう命令式に組み込んでいるからだ。なので、一般の冒険者達には頭か胸が弱点という認識しか無い。だからこそリベルは正確に弱点を突きつつある程度の無茶な動きが出来ていたのだ。
ちなみにドリフターズに関しては天樹に辿り着く人がいないことから技術が盗まれる心配も無いので爆破の命令式は付いていない。
以上のことを踏まえたうえでリベルはナルに伺った。
「……えぇっと、ナル様。さっきの合格の理由を簡単にまとめるとどんな感じですか?」
『普段から臆病者と自称していた人物とは思えないくらい、かなりイカれた戦いだった。よって、今回求められていた錬金術師(士)としての戦い方は出来ていたから合格。といった感じかな?』
「つまり、僕も他の錬金術師(士)達の例に違わず変人ってことですか。トホホ…」
錬金術師(士)とは、己の人生の大半を研究に費やし、常に未知を求めていく探究者である。未知とは即ち未だ知らされていないことを指しており、世間の大半が理解することが出来ないモノを研究していることになる。
そのため錬金術師(士)は揃って変人揃いとというのが世間の常識らしい。
「ハァ~。いずれそう呼ばれるようになるとは思っていたけど、こう直接言われるとすごい凹む」
『どうしてだい?多分それはリベルの受け止め方に問題があると思うけど』
「いや、どこをどう受け取ったら変人を良い意味で捉えられるんですか!?」
ため息を吐きながら落ち込むリベルの姿を見てナルは後ろから手をそっと肩に置き、励ますように諭し始めた。
『奇異な目で見られることは、先を見据えている者達にとっては宿命のようなものだから仕方ないことだ。でもキミが思っているほど悪い呼ばれ方でもないんだよ』
「どうしてそう言い切れるんですか?」
『だってワタシ達の好奇心が、巡りめぐって人々の為になることがあるからさ』
錬金術師は基本的に当人の興味があること以外には一切関心が無いらしい。
己の好奇心を満たす為ならば、緑豊かな森林をぺんぺん草すら生えない更地に変えたり、かつては人々の活気であふれ、漁業が盛んだった街の蒼海に大量の魔物を繁殖させてしまい、街ひとつ滅ぼしてしまったという話もあり、周囲の被害を顧みない行動が多い。
それでも研究成果を上げることで人々の生活を支える結果をもたらす事もある為、一概に悪と決めつけることができず、変な言い方だが真っ当な悪人よりもタチが悪いとされている。
この話を聞いた時からリベルは、他の錬金術師(士)のような変人と呼ばれることだけは避けていたのだが、それを褒め言葉と受け取る変人のナルが認めた以上、少なくとも戦いの最中の自身が正気でなかったことを認めざるを得なくなっていた。
『もちろんリベルの言うように悪い意味で呼ばれる事もある。けどそれは自己の欲求だけのために錬金術を使っている場合の話であり、周囲の人達に迷惑をかけないよう心掛けさえすれば錬金術自体には問題ないんだよ』
要は本人のこころ次第だとナルは言うが、リベルはまだ納得が出来ていない様子だった。
「さすがにそれは都合が良すぎる考え方じゃないですか?」
そもそも、そんなことができたなら錬金術師(士)の悪い話なんて聞かないはずだ。ヒトが欲望に忠実な生き物である限り、そんな理想論は夢物語だとすら思う。
『いいんじゃないかな?理想論でも、夢物語でも。大事なのはちゃんとした理想があるかどうかなんだから』
「えっ?」
そんなリベルの心情に直接問いかけるように、ナルは平然と答えた。
『仮に想像や思考することを罪とするなら、それは叡智を与えた神々に対する冒涜だ。思いを馳せることは誰もが有する個性であり、自由であるべき特権さ』
ナルは地面に落ちていた咲く前の蕾を自身の手の平に乗せ、それを軽く握ってから優しげな様子でこう語った。
『誰も想像し得ないことを思い描き、自らの手で形作り、未来を創造する。それが知恵を与えられたヒトの…錬金術師(士)の在るべき姿だとワタシは考えている』
ナルが握っていた手を開くと、中にあった蕾は咲き開き花となり、心地よく吹く風に撫でられながら空を舞った。
『発想に終わりや限界は無い。ヒトの数だけ可能性は存在し、想像は膨らんでいく。リベルも物事を柔軟に捉え、自由に考えてみると視野が広がるよ』
ナル様という人物をひと言で喩えるなら、多分この天樹そのものと言えるだろう。
おおらかというか、独創的というか。例えそよ風であろうが嵐であろうが自分の意志を曲げることなく全てを受け止めてくれる包容力と安心感を常に感じられる様なヒト。それが僕の感じたナル様の印象だ。
「………ナル様」
『なんだい?』
リベルは少し間を空けてからナルに対して口を開く。
「また人の心の中を見たんですか?」
『…あっ』
この質問。実を言うと聞くべきかどうかほんの少し迷っていた。
ナル様も悪気があって自分の心中を覗き見たわけではないことも、錬金術師(士)としての大切な心構えを伝えようとしていたことも重々承知である。
しかし、なんで覗いていたのかどうしてもきになってしまった。だいたい想像はつくけど。
『すまない。見ないって約束だったのに』
予想通り無意識だった。せっかくいい事を言っていたのに、やっぱりどこか抜けている。そんな所もまたナル様らしいと言えばらしい。
「……プッ!まったく、締まりませんね。お互いに」
『……フフフ。たしかに』
褒められているはずなのに落ち込むリベルと、錬金術師(士)として大切なことを語っていたのにどこか抜けているナル。ふたりは互いに締まらない可笑しいこの状況に、ただ笑い合っていた。
『むう?ごしゅじんとなるさま。なんかたのしそう』
ふと、足元から聞こえる声に気が付き視線を下ろすと、オートマタの回収を終えたムークンが戻ってきていた。そしてサンを除いた他の魔物や動物達も役目を終えてそれぞれの巣へといつの間にか帰っていた。
「あ、おかえり。ムー君」
その存在に気づいたリベルは、ツボに収まった状態のムークンを持ち上げた。
『ごしゅじん。なにおはなししたの~?』
「いや、ちょっと都合の良い話をしてただけ。ねっナル様」
『うん、そうだね』
『むう?』
「グウン?」
よく分かっていないムークンとサンは頭に?を浮かべていた。
『ところでリベル。棒の確認をしたいんだけど、どこにあるんだい』
「あっ!ちょっと待ってください!え~っと、確かこの辺に…あれ、どこいった?」
リベルはふと何かを思い出したかのような反応をした後、手に持っていたムークンを下ろしてすぐさま周囲を見渡し、自身が訓練で使っていた六尺棒を探す。あの棒がいったいどうしたのだろう?
「グオウッ!」
「うぉっ!?びっくりした!」
六尺棒を探す最中、突然サンがリベルに吠え出した。リベルはすぐさまサンに顔を向けた。
「どうしたのサン?いきなり吠えたりなんかして」
リベルの問いにサンは自身の足元に顔を向け、なにかを取り出そうとする。そしてサンが顔を上げる時、その口に棒を咥えていた。
「グゥ」
「あっそれ!サンが持ってたのか」
『むーう!さん、えらい!ごしゅじんのもの、あずかってた!』
見た目が大きくて勘違いしそうにはなるが、サンはとても賢い魔物で、僕の修行について事情を知っていた。
オートマタの回収の時、六尺棒をこっそり自身の足元に隠すことで他の魔物が残骸と間違えないように注意いていた。
そこら辺に放り投げていただけにちょっと情けないが、サンが居てくれて正直助かった。
「ありがとうサン!助かったよ」
「グゥ~ン」
リベルはお礼としてサンが一番気に入っている顎の下の毛を撫でている。それにサンは気持ちよさそうにしていた。
『リベル。ちゃんと自分の物は自分で管理しなきゃ駄目だよ』
「す、すみません。ナル様」
ナルに指摘され、少しの反省のあとでリベルは手にした六尺棒をナルに渡した。
『それじゃあさっそく確認するね』
「お願いします」
ナルは深く被っていたフードを取り、渡された六尺棒を【千里眼】でジッと眺めている。
『………』
「あ、あの…どうですか?」
『ごしゅじん。なにか、ふあん?』
「う、うん。ちょっとね」
長々と六尺棒を凝視するナルを見て、不安な表情で待ち続けるリベルに気づいたムークンが声をかけた。
リベルはそれに歯切れの悪い返事を返した。
『……リベル』
「な、なんでしょうか?」
六尺棒の確認を終え、ナルは静かにリベルの名を呼んだ。するとナルの手はゆっくりリベルの頭へと伸びていき、優しく撫でられた。
『本当によく頑張ったね。これだけマナがよく馴染んでいれば、最高の武器をキミに創ってあげられるよ!』
ナルは六尺棒を質の良い素材のような評価をして喜んでいた。その様子を見たリベルも期待を込めて眼を輝かせていた。
「じゃあ、いよいよっ!」
『うん。やっとリベルの武器を製作するために必要な素材が全て揃ったよ』
「よっしゃあっ!!」
『なになにおしえて!むーくんにもおしえて!』
現状を理解出来ていないのはムークンのみのようだが、どうやらナルは戦闘訓練と同時進行でリベルの武器を作るための素材づくりをしていたようだ。
「あ、そっか。ムー君は僕が戦闘訓練で六尺棒を使っていた理由を知らないんだっけ?」
『むーくん、しらない!しりたい!ききたい!』
『まぁまぁ。その話は食事の時にするとしてーーー』
よく見ると天樹は既に夕陽によって茜色に染まっていた。早く話を聞きたくて何度も跳びはねるムークンを落ち着かせながら、被り直したフードの中の視線をムークンが纏めておいたオートマタの残骸の山に向けた。
『まずはお片付けをしないとね』
「えっ?まさか、修理することも含めてお片付けですか?」
『勿論だとも。それじゃあリベルはオートマタの修復をお願いするね。ワタシとムークンは料理の支度をーーー』
「ストーップ!待ってください!!」
リベルからムークンを預かり、キッチン方面に向かって歩き出したナルがそこまで言いかけたところで、必死な様子でリベルが待ったをかけた。
「自分が支度をするんでナル様が修復の方をして下さい!是非っ!」
『でもリベル。今日の訓練でかなり疲れていないかい?できればワタシがなにか元気の出るモノを作ってあげたいんだけど?』
ナルはあくまでもリベルの体調を思って料理を作ろうとしているが、リベルにとってはそっちの方がよっぽど精神的な疲労に見舞われることは想像できていた。なのでここはなにが何でも食い下がらなければならない。
「いえいえいえ!お気持ちだけで充分です!そもそも魔結晶はナル様が作った物なんですからどのみちナル様がやらないと直せないじゃないですか!」
『ふむ…………言われてみるとそうだね。じゃあ料理の方をリベル達にお願いするね』
並々ならぬリベルの嘆願に、ナルは少し思い悩んだあと了承しオートマタの修復作業にナルが取り掛かった。
「はぁ~~~色んな意味で疲れた」
その姿を見た後、巣に戻ろうとするサンに別れを告げ、リベルはムークンと共にキッチンへと向かいながら溜め息を吐いた。
『ごしゅじん、きょうもおつかれ?』
「…うん。訓練もそうだけど、主にナル様による気疲れでね」
気疲れの原因であるナルと、その愚痴をよく理解していないムークンに対し、若干詫びの念を込めながらリベルはツボを片手にキッチンへ向かう。
「けど、ナル様が作る武器か。それはちょっと楽しみかな」
しかしその足取りは武器ができることの嬉しさからか、どこか生き生きとしていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
切られた頬の傷や、壁に叩きつけられた時の衝撃と痛みが今頃になってぶり返してきて、正直仰向けでいるのも辛い。なら、うつ伏せになればいいと思っても身体が痺れていて言う事を聞かず、現時点で出来ることは痛みに耐えながら乱れる呼吸を鎮めることだけだった。
(終わった!やっとっ!きつい!つらい!喉渇いた!気持ち悪い!頭がグワングワンとボーっとが一緒に!あと痛い!)
戦闘時の集中力が切れ、しゃべる余裕の無い僕は後回しにしていた苦痛と疲れを一気に味わいながら、心の中で思いつく限りの不快な言葉を並べていた。
「ハァ、ハァ…フゥ~、ようやく終わったぁ~」
息が整い、痛みが和らいでいくのを感じ、ようやく安堵した様子で訓練後の第一声を僕はそう呟き、ひと息吐いた。
「……ん?」
するとその時、急に目の前が薄暗くなったことに気付き、閉じていた目を開いた。
「グルルルッ」
「なッ!?」
そこにいたのは"獅子熊(シシグマ)"と呼ばれる、ライオンのような硬い剛毛に覆われた三メートルを超える巨大な熊で、天樹で最も獰猛で恐ろしいとされている魔物が倒れている僕の目の前に立っていた。
その巨体を活かした接近戦を得意としており、爪は岩をも抉りとり、鉄製の剣をアメ玉のように粉々に噛み砕くほど強靭な牙と顎を持ち合わせている。しかも毛皮は高い魔力耐性があり、魔法なども平気で弾き返してしまうため遠距離からの戦闘はほぼ無意味。その上見た目に似合わず動きは俊敏で獲物を捕捉した途端に飛び掛かる習性がある。見つけたら逃げる。見つかったら最後。と言われているほど危険な魔物である。
「グウゥゥゥッ」
(ウソでしょ!?こんな時に!)
身動きのとれない僕をジッと見つめ、ヨダレを垂らしたその顔をゆっくり近づけて来る。マズい!早く離れなければ!
「ぐッ!ダメだ、動けない!」
逃げることも出来ない僕は黙って蹂躙されるしかない現状に打ち震えていた。この状態で襲われるなんて、今日の訓練内容の次にツイてない。
「よ、よせ!待って!」
「グァアッ」
僕の言葉に見向きもせず、獅子熊は覆い被さる様にその凶悪な口を大きく開けて僕の頭に近づけた。
(あぁ、終わった………)
ーーー数分後ーーー
ポヨンッ!
『むう!とうちゃ~く!』
ツボに収まりながら器用に弾んだり、伸び縮みをして、ムークンはようやくリベルのいる場所に辿り着いた。
『ごしゅじ~ん、きたよ~!』
そう言って跳ねながらリベルに近づいていくムークン。ところが目の前の真っ黒な巨体を捉えた瞬間、一匹のスライムは急に動きを止めた。
『むう?ごしゅじんは?』
先程までそこにいたはずのリベルの姿が消え、代わりに獅子熊の後ろ姿がそこに存在していた。
『ごしゅじんどこ~?』
ムークンはのんきな声を出しながらリベルを探す。だが、そこにはなにかに夢中になっている獅子熊しか見当たらない。それとついでに、その獅子熊は一心不乱に何かを舐めていた。
すると突如、獅子熊の下から声が聞こえた。
「わかった!わかったからちょっと落ち着いてってばっ!」
『む!ごしゅじんのこえ!』
ムークンは獅子熊の前方へと回り込んで様子を見た。
『ごしゅじん、いた~~~!』
「いてて…やぁ、ムーくん。もう少し早く来て欲しかったよ」
そこには獅子熊に下敷きにされ、顔中を舐め回されているリベルの姿があった。
『グルゥウ』
「よしよし。ありがとね、"サン"。けど重いから一旦退いて。お願い」
『グオゥ!』
リベルの指示を受け入れ、獅子熊ことサンはゆっくりと引き下がる。
突然現れてリベルに襲いかかっていたと思われたこの獅子熊。実はリベルとは産まれたばかりの時からの旧知の中で、母熊が出産直後に息絶えていたところをナルと共に散歩をしていた幼少期のリベルが見つけ、子熊の頃に"サン"という名前を付けたことで懐かれた。
ムークンとは違い言葉は交わせないものの、ある程度の意思疎通が出来るため、ムークンに次いで仲が良い。
今も尚、甲斐甲斐しく頬にある傷口を舐めて治そうとしているのが、なによりの証拠である。
『"さん"。ごしゅじんにけづくろいしてた~?』
「ううん。ケガしたところを舐めてくれてたんだよ」
リベルの身体はサンに舐め回されたことで獣臭が凄まじく、鼻を摘みたいくらい強烈な臭いに包まれていた。
身体的にも精神的にもキツい今の状態でこの臭いに晒され続けることはある意味拷問だった。とはいえ、心配してくれるサンの厚意を無下にも出来ず、リベルはひたすら耐えるしかなかった。
『むむ!ほんとだ!むーくんがなおす?』
「うん、頼むよ」
リベルは胡座を掻いた状態でムークンにケガの治療と汚れた身体のケアを頼んだ。
『む~う!』
ムークンは壺から出てその場で少し大きくなり、そのままリベルに近づいて彼の身体を包み込む。
『ごしゅじん、おわった!』
「ぷはっ!」
と思ったらそのまま通り過ぎるようにしてムークンの中からリベルが出て来た。
そして驚いたことに、さっきまで動くことすら出来なかったはずのリベルはスッと立ち上がり、調子を確かめるように身体を伸ばした。
「ん~~~っ!よしっ復活!ありがとムーくん」
『むーう!』
頬にあった傷や汚れていた箇所すら何事も無かったようなツヤツヤの状態になっており、完全回復したリベルは小さくなったムークンを優しく撫でた。ムークンは嬉しそうに揺れていた。
それをみてか、サンは自分にもして欲しいかのように鼻先をリベルの背中に擦り付けてねだってきた。
「ん?サンも撫でて欲しいの?」
『グオゥ』
その言葉にサンはうなずき、リベルは要望に応えてその大きな頭を撫でてあげるとサンは気持ち良さそうにしている。
こうしていると恐ろしいと言われている魔物達も、他の動物と変わらず可愛いらしいものである。
『グウゥン』
「よしよし………ん?」
ふと、サンの背中の上を見上げてみると、小さな動物達がたくさん乗っており、リベルは思わず驚いた。
「うおっ!いつの間に!?」
『さっきリベルがムークンに回復してもらっている間にはみんな集まっていたよ』
「あの一瞬で……っていや、ナル様もいつの間に!?」
『今の間に、だよ』
『だよ~!』
驚くリベルを他所に、その背後には既にナルがムークンと共に小鳥達と静かに戯れていた。相変わらずどう移動しているのか、つい気になる今日このごろである。
『それじゃあムークン。お片づけ、お願いするね』
『むう!みんな~!やろ~~~!』
『グオォォオウ!』
ムークンが号令をすると、サンを始めとした魔物や動物達が動き出し、周囲に散らばっているオートマタの残骸を拾い始めた。
『とったらむーくんにもってきて~~』
ムークンの言葉に従い、サンは咥えてきた部品をムークンに差し出した。ムークンはツボに収まった状態でそれを絡め取るように受け取り、自身の体内に仕舞い込んだ。
「なるほど。それでムー君は中身の物がこぼれないようにツボに入った状態で来たのか」
ムークンにはスライムの固有スキルの一つ【体内空間】によって、体内には無尽蔵の収納空間が広がっており、生き物以外のあらゆる物を吸収・保管が可能となっている。中でも保管機能に関してはとても優秀で、ムークンが消化・吸収をしない限り、体内にある物は時間経過による劣化が無いため、保存にも重宝している。
ただし、ムークンは基本的に呑気でボーっとしていることが多く、気を抜くと中身が溢れ、よく落とし物をすることが多い。なのでリベルがムークンに作ったお手製のツボで身体をカバーすることで、中身が溢れるのを防いでいる。
『さて、ムークン達がオートマタの片付けをしている間に今回の訓練の採点でもしようか』
「あっはい!」
リベルは少し緊張気味でナルの評価を聞いていた。
『全体的にまだ型にはまった動きが多く見られたね。術式を使う際に手を胸に持っていく癖も、まだ直っていなかったよ』
戦闘中、リベルが度々行っていた手を胸に当てる動作。アレは当初、術式に上手くマナを流すことが出来なかったリベルにイメージしやすくするためにナルが考案した一つの所作だ。
マナは主に心臓の裏側に存在するとされており、そこから神経を通してマナを全身に行き渡らせている。リベルはコレを血流に例え、血液を送る心臓の音を確認しながらマナを全身に流していた。
「あぁ~分かってはいるんですが、アレをすると安定させてマナを術式に送れる気がするんですよ」
『あの所作はあくまでもマナを流す想像を確立させる為のキッカケだよ。今のリベルならもう必要ないはずさ』
「そうは言っても…」
人間、癖が付くとなかなか治すのは難しいもので、リベルも頭では理解してはいるが、どうしてもやらないと出来る自信が持てなかった。
『創作の時ならいざ知らず、戦闘の時では少しの隙が生命取りになる場合がある。シムーフの攻撃の時だって、けっこう危なかったでしょ?』
「うっ…そうでした」
痛いところを突かれたリベルは何も言い返せなかった。
確かにあの時、もっと早く修復させられたらシムーフの追撃を止めることが出来たかもしれないし、やれることがもっとあったはず。少なくとも今後の課題であることはまず間違いだろう。
「じゃあ、今回の訓練は不合格…ですか?」
リベルは恐る恐るナルに尋ねた。
『いや、合格だよ』
「えっ?」
不安そうな表情を浮かべていたリベルとは裏腹に、ナルの返答はかなりあっさりしていた。
『まだ不要な動きはあるけど、それはいずれ直せば良いだけのこと。いま評価すべきところは、危機的状況を覆すような発想をもってしてドリフターズを全て倒したという事実だ』
「発想、ですか?」
果たして僕はナル様が言うようなすごい発想をしていただろうか?
疑問に思うリベルにナルは軽くうなずき、そのまま話を続ける。
『カロトとイローハキの同時攻撃を躱すと同時に同士討ちさせたり、ブーロックの雷を避けて懐に入ったり、シムーフを利用して初見であるチョウザンにダメージを与えた。コレらは全て錬金術を扱う者ならではの発想があってこそできる戦いだよ』
「は、はぁ……」
この時リベルはナルの評価が少し大袈裟な気がすると思っていた。
カロトとイローハキの同士討ちについては、ただ避ける為に本能的に身体が動いただけで発想も何も無いし、ブーロックの雷を避ける行為だって少し考えれば誰でも思いつきそうだと考えている。
シムーフをチョウザンにぶつけたのも、弱点さえわかれば誰だって弱点を突けるように動くはずだ。
「ナル様。ちょっと大袈裟じゃないですか?別に錬金術師(士)でなくとも思い付くと思いますけど。特に雷対策とか」
『………リベル。ひょっとして気づいていないのかい?』
「え?何がですか?」
ナルの意図を理解できず、リベルは聞き返した。するとナルは深く被ったフードで見えないはずの顔を手で覆うようにして溜息を吐いた。
『やれやれ。確かに異世界人であれば思い付くことなのは分かるけどね、大事なのはそれを実行に移せるかどうかってところなんだよ』
「どういうことですか?」
未だピンときていないリベルに、ナルはハッキリと告げた。
『そもそも武器を捨ててまで敵に突っ込むなんて、普通は思い付いたとしても実行できることではないんだよ』
「…………あっ!」
ナルに指摘され、少し考え込んだリベルはようやく自身の行動の異常性に気付けたようだ。
よくよく考えたら六尺棒でなくとも、リーチの短いナイフを投げていたらあんな危険な戦い方をせずに済んだかもしれないし。なにより、普段の自分だったら危険な賭けなんか絶対しないはずだ。
『それにオートマタの仕組みや構造をよく理解していたからこそ、あんな無茶ができたんじゃないかい?』
この世界でオートマタの仕組みを詳細に知る者は、錬金術を使う者を除けば非常に少ない。
理由は創り主が自身の技術を他の人に盗まれることを防ぐためにオートマタが行動不能となった際、自動で爆破するよう命令式に組み込んでいるからだ。なので、一般の冒険者達には頭か胸が弱点という認識しか無い。だからこそリベルは正確に弱点を突きつつある程度の無茶な動きが出来ていたのだ。
ちなみにドリフターズに関しては天樹に辿り着く人がいないことから技術が盗まれる心配も無いので爆破の命令式は付いていない。
以上のことを踏まえたうえでリベルはナルに伺った。
「……えぇっと、ナル様。さっきの合格の理由を簡単にまとめるとどんな感じですか?」
『普段から臆病者と自称していた人物とは思えないくらい、かなりイカれた戦いだった。よって、今回求められていた錬金術師(士)としての戦い方は出来ていたから合格。といった感じかな?』
「つまり、僕も他の錬金術師(士)達の例に違わず変人ってことですか。トホホ…」
錬金術師(士)とは、己の人生の大半を研究に費やし、常に未知を求めていく探究者である。未知とは即ち未だ知らされていないことを指しており、世間の大半が理解することが出来ないモノを研究していることになる。
そのため錬金術師(士)は揃って変人揃いとというのが世間の常識らしい。
「ハァ~。いずれそう呼ばれるようになるとは思っていたけど、こう直接言われるとすごい凹む」
『どうしてだい?多分それはリベルの受け止め方に問題があると思うけど』
「いや、どこをどう受け取ったら変人を良い意味で捉えられるんですか!?」
ため息を吐きながら落ち込むリベルの姿を見てナルは後ろから手をそっと肩に置き、励ますように諭し始めた。
『奇異な目で見られることは、先を見据えている者達にとっては宿命のようなものだから仕方ないことだ。でもキミが思っているほど悪い呼ばれ方でもないんだよ』
「どうしてそう言い切れるんですか?」
『だってワタシ達の好奇心が、巡りめぐって人々の為になることがあるからさ』
錬金術師は基本的に当人の興味があること以外には一切関心が無いらしい。
己の好奇心を満たす為ならば、緑豊かな森林をぺんぺん草すら生えない更地に変えたり、かつては人々の活気であふれ、漁業が盛んだった街の蒼海に大量の魔物を繁殖させてしまい、街ひとつ滅ぼしてしまったという話もあり、周囲の被害を顧みない行動が多い。
それでも研究成果を上げることで人々の生活を支える結果をもたらす事もある為、一概に悪と決めつけることができず、変な言い方だが真っ当な悪人よりもタチが悪いとされている。
この話を聞いた時からリベルは、他の錬金術師(士)のような変人と呼ばれることだけは避けていたのだが、それを褒め言葉と受け取る変人のナルが認めた以上、少なくとも戦いの最中の自身が正気でなかったことを認めざるを得なくなっていた。
『もちろんリベルの言うように悪い意味で呼ばれる事もある。けどそれは自己の欲求だけのために錬金術を使っている場合の話であり、周囲の人達に迷惑をかけないよう心掛けさえすれば錬金術自体には問題ないんだよ』
要は本人のこころ次第だとナルは言うが、リベルはまだ納得が出来ていない様子だった。
「さすがにそれは都合が良すぎる考え方じゃないですか?」
そもそも、そんなことができたなら錬金術師(士)の悪い話なんて聞かないはずだ。ヒトが欲望に忠実な生き物である限り、そんな理想論は夢物語だとすら思う。
『いいんじゃないかな?理想論でも、夢物語でも。大事なのはちゃんとした理想があるかどうかなんだから』
「えっ?」
そんなリベルの心情に直接問いかけるように、ナルは平然と答えた。
『仮に想像や思考することを罪とするなら、それは叡智を与えた神々に対する冒涜だ。思いを馳せることは誰もが有する個性であり、自由であるべき特権さ』
ナルは地面に落ちていた咲く前の蕾を自身の手の平に乗せ、それを軽く握ってから優しげな様子でこう語った。
『誰も想像し得ないことを思い描き、自らの手で形作り、未来を創造する。それが知恵を与えられたヒトの…錬金術師(士)の在るべき姿だとワタシは考えている』
ナルが握っていた手を開くと、中にあった蕾は咲き開き花となり、心地よく吹く風に撫でられながら空を舞った。
『発想に終わりや限界は無い。ヒトの数だけ可能性は存在し、想像は膨らんでいく。リベルも物事を柔軟に捉え、自由に考えてみると視野が広がるよ』
ナル様という人物をひと言で喩えるなら、多分この天樹そのものと言えるだろう。
おおらかというか、独創的というか。例えそよ風であろうが嵐であろうが自分の意志を曲げることなく全てを受け止めてくれる包容力と安心感を常に感じられる様なヒト。それが僕の感じたナル様の印象だ。
「………ナル様」
『なんだい?』
リベルは少し間を空けてからナルに対して口を開く。
「また人の心の中を見たんですか?」
『…あっ』
この質問。実を言うと聞くべきかどうかほんの少し迷っていた。
ナル様も悪気があって自分の心中を覗き見たわけではないことも、錬金術師(士)としての大切な心構えを伝えようとしていたことも重々承知である。
しかし、なんで覗いていたのかどうしてもきになってしまった。だいたい想像はつくけど。
『すまない。見ないって約束だったのに』
予想通り無意識だった。せっかくいい事を言っていたのに、やっぱりどこか抜けている。そんな所もまたナル様らしいと言えばらしい。
「……プッ!まったく、締まりませんね。お互いに」
『……フフフ。たしかに』
褒められているはずなのに落ち込むリベルと、錬金術師(士)として大切なことを語っていたのにどこか抜けているナル。ふたりは互いに締まらない可笑しいこの状況に、ただ笑い合っていた。
『むう?ごしゅじんとなるさま。なんかたのしそう』
ふと、足元から聞こえる声に気が付き視線を下ろすと、オートマタの回収を終えたムークンが戻ってきていた。そしてサンを除いた他の魔物や動物達も役目を終えてそれぞれの巣へといつの間にか帰っていた。
「あ、おかえり。ムー君」
その存在に気づいたリベルは、ツボに収まった状態のムークンを持ち上げた。
『ごしゅじん。なにおはなししたの~?』
「いや、ちょっと都合の良い話をしてただけ。ねっナル様」
『うん、そうだね』
『むう?』
「グウン?」
よく分かっていないムークンとサンは頭に?を浮かべていた。
『ところでリベル。棒の確認をしたいんだけど、どこにあるんだい』
「あっ!ちょっと待ってください!え~っと、確かこの辺に…あれ、どこいった?」
リベルはふと何かを思い出したかのような反応をした後、手に持っていたムークンを下ろしてすぐさま周囲を見渡し、自身が訓練で使っていた六尺棒を探す。あの棒がいったいどうしたのだろう?
「グオウッ!」
「うぉっ!?びっくりした!」
六尺棒を探す最中、突然サンがリベルに吠え出した。リベルはすぐさまサンに顔を向けた。
「どうしたのサン?いきなり吠えたりなんかして」
リベルの問いにサンは自身の足元に顔を向け、なにかを取り出そうとする。そしてサンが顔を上げる時、その口に棒を咥えていた。
「グゥ」
「あっそれ!サンが持ってたのか」
『むーう!さん、えらい!ごしゅじんのもの、あずかってた!』
見た目が大きくて勘違いしそうにはなるが、サンはとても賢い魔物で、僕の修行について事情を知っていた。
オートマタの回収の時、六尺棒をこっそり自身の足元に隠すことで他の魔物が残骸と間違えないように注意いていた。
そこら辺に放り投げていただけにちょっと情けないが、サンが居てくれて正直助かった。
「ありがとうサン!助かったよ」
「グゥ~ン」
リベルはお礼としてサンが一番気に入っている顎の下の毛を撫でている。それにサンは気持ちよさそうにしていた。
『リベル。ちゃんと自分の物は自分で管理しなきゃ駄目だよ』
「す、すみません。ナル様」
ナルに指摘され、少しの反省のあとでリベルは手にした六尺棒をナルに渡した。
『それじゃあさっそく確認するね』
「お願いします」
ナルは深く被っていたフードを取り、渡された六尺棒を【千里眼】でジッと眺めている。
『………』
「あ、あの…どうですか?」
『ごしゅじん。なにか、ふあん?』
「う、うん。ちょっとね」
長々と六尺棒を凝視するナルを見て、不安な表情で待ち続けるリベルに気づいたムークンが声をかけた。
リベルはそれに歯切れの悪い返事を返した。
『……リベル』
「な、なんでしょうか?」
六尺棒の確認を終え、ナルは静かにリベルの名を呼んだ。するとナルの手はゆっくりリベルの頭へと伸びていき、優しく撫でられた。
『本当によく頑張ったね。これだけマナがよく馴染んでいれば、最高の武器をキミに創ってあげられるよ!』
ナルは六尺棒を質の良い素材のような評価をして喜んでいた。その様子を見たリベルも期待を込めて眼を輝かせていた。
「じゃあ、いよいよっ!」
『うん。やっとリベルの武器を製作するために必要な素材が全て揃ったよ』
「よっしゃあっ!!」
『なになにおしえて!むーくんにもおしえて!』
現状を理解出来ていないのはムークンのみのようだが、どうやらナルは戦闘訓練と同時進行でリベルの武器を作るための素材づくりをしていたようだ。
「あ、そっか。ムー君は僕が戦闘訓練で六尺棒を使っていた理由を知らないんだっけ?」
『むーくん、しらない!しりたい!ききたい!』
『まぁまぁ。その話は食事の時にするとしてーーー』
よく見ると天樹は既に夕陽によって茜色に染まっていた。早く話を聞きたくて何度も跳びはねるムークンを落ち着かせながら、被り直したフードの中の視線をムークンが纏めておいたオートマタの残骸の山に向けた。
『まずはお片付けをしないとね』
「えっ?まさか、修理することも含めてお片付けですか?」
『勿論だとも。それじゃあリベルはオートマタの修復をお願いするね。ワタシとムークンは料理の支度をーーー』
「ストーップ!待ってください!!」
リベルからムークンを預かり、キッチン方面に向かって歩き出したナルがそこまで言いかけたところで、必死な様子でリベルが待ったをかけた。
「自分が支度をするんでナル様が修復の方をして下さい!是非っ!」
『でもリベル。今日の訓練でかなり疲れていないかい?できればワタシがなにか元気の出るモノを作ってあげたいんだけど?』
ナルはあくまでもリベルの体調を思って料理を作ろうとしているが、リベルにとってはそっちの方がよっぽど精神的な疲労に見舞われることは想像できていた。なのでここはなにが何でも食い下がらなければならない。
「いえいえいえ!お気持ちだけで充分です!そもそも魔結晶はナル様が作った物なんですからどのみちナル様がやらないと直せないじゃないですか!」
『ふむ…………言われてみるとそうだね。じゃあ料理の方をリベル達にお願いするね』
並々ならぬリベルの嘆願に、ナルは少し思い悩んだあと了承しオートマタの修復作業にナルが取り掛かった。
「はぁ~~~色んな意味で疲れた」
その姿を見た後、巣に戻ろうとするサンに別れを告げ、リベルはムークンと共にキッチンへと向かいながら溜め息を吐いた。
『ごしゅじん、きょうもおつかれ?』
「…うん。訓練もそうだけど、主にナル様による気疲れでね」
気疲れの原因であるナルと、その愚痴をよく理解していないムークンに対し、若干詫びの念を込めながらリベルはツボを片手にキッチンへ向かう。
「けど、ナル様が作る武器か。それはちょっと楽しみかな」
しかしその足取りは武器ができることの嬉しさからか、どこか生き生きとしていた。
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リベル君が これから 何をするのか ?
冒険 か スローライフなのか ?
続きを 楽しみにしてます。
私も、これから“ストック”を作ろうと思っています。
よろしければ 私(『るしあん』で🔍️を検索)の物語を読んで頂いたら 嬉しく思います。
どうも!
作品読ませていただきました!
とても読みやすいうえにテンポも良く、話がまとまっていたので気軽に読めました。
自分の場合、細かいところを伝えようとしているので目が疲れるかと思いますが、それでも良ければまたご指摘お願いします!
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