春風の中で

みにゃるき しうにゃ

文字の大きさ
上 下
21 / 92
春の夜祭り

春の誘い その1

しおりを挟む



 春の陽射しがキラキラと、草木をまぶしく照らし出している。

 いつものように星見の塔の魔法使いは弟子達を連れ、丘の上の草原へと繰り出していた。

「今日は天気も良いですし、魔法の実技ではなく野草や山菜摘みをしてもらいましょうか」

 にこにこと笑いながらエルダは二人の弟子達の顔を見る。

「えー、またですか。師匠どれだけ春の山菜好きなんですか」

 ぷーっと頬をふくらませ文句を言うのは先輩弟子のマイン。野草摘みに出かけて気を失っていたソキを見つけたのはつい先日の事だ。

「今の季節だけのものですからね。それにこれも修業の一環だと教えたでしょう?」

 師匠の言葉にマインは納得がいかないようだった。山菜摘みなんて誰だってやってるし、魔法とどう関係があるのかさっぱり分かんない。以前そう言ってくってかかってきた事も何度もある。その都度自然と触れあうのも大切な事だと言って聞かせるのだが、はたしてマインは覚えているのかいないのか。

 ため息を付きつつエルダは不満気な彼女から視線を外し、新米弟子であるシガツへと目を向けた。

「山菜や薬草についての知識はありますか?」

 シガツはここに来たばかりだが、マインよりも年上だ。そして風の塔での修業経験もある。だから魔法関連の知識はマインよりもあるかもしれない。

 だが山菜や薬草についてはどうだろう。「少し」とシガツは答えたが、まだ彼の性格を把握していないので謙遜してそう言ったのか本当に知識がわずかなのかが分からない。

「そうですか。では今日はこの近辺でマインと一緒に野草摘みをしてもらいましょう」

 まだこの辺りの土地勘がないシガツをあまり遠くへやるのは無理だろう。だからといってマインだけを遠くまで野草摘みへやらせるのはかわいそうだ。それに本当にシガツが山菜や薬草にあまり詳しくないのなら、間違った物を摘んでいないかマインに確認させればいい。

 だからこの辺で一緒に野草摘みをするようにとエルダは二人に言いつけた。



 自分の文句を聞く事なく家へと帰ってしまった師匠を見送り、マインはむーっと口を尖らせた。

「もー、師匠ったら……」

 自分勝手なんだからと言いたげに、マインは顔をしかめる。

「師匠やマインはどんな山菜が好きなの?」

 むっとする彼女の気を逸らすようにシガツに声を掛けられ、マインはふうっと息をついて気分を切り替えた。

「うん、えーとね……」

 キョロキョロと辺りを見回し、よく摘む野草を探す。だけど目的の物は見当たらず、マインは首を振った。

「この辺には生えてないみたい。師匠が好きなのはにっがーいやつでね……」

 身振り手振りを加えながらマインは説明する。そんな他愛のない話をしながら、二人は野草摘みを開始した。

 最初の内は話をしながらすぐ近くで野草を摘んでいた。だけどいつの間にか摘むのに夢中になって、二人は黙々と作業をし始めた。ソキも今日は樹の上でお昼寝でもしているのか、二人に話しかけてくる事はない。だからか二人の距離は段々と離れ、気が付くとすっかり遠くなってしまっていた。

「マイン!」

 ふと、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてマインは顔を上げた。すると一人の少年が息を切らし、嬉しそうに手を振りながら駆けて来る。

「あ、ニール。こんにちは」

 自分より少し年上のその少年を見つけ、マインもにこりと笑顔で手を振った。

「やあ、こんにちは。久しぶりだね」

 近くまで来るとニールは頬を紅潮させてマインの前へと立った。

「うん、久しぶり。珍しいね、こんな所まで」

 本当に久しぶりだった。普段村の人は滅多にこの星見の塔のある丘へとやって来ない。しょっちゅう来てくれるのはキュリンギさんだけだった。

 村に住んでいるニールももちろん、ここに来ることは滅多になかった。

「本当はもっとちょくちょく来たいんだよ?」

 ちょっと拗ねたようにニールが言う。

 そういえば「来ても良いのなら毎日でも来たいんだよ」と前にも言っていた。けど、それを禁じたのはこちらだ。

「……ごめん。師匠が用のない時は来るなって言ったんだよね」

 以前はニールや他の村の子達が頻繁に、マインを遊びに誘いにここ星見の塔に来ていた。だけどエルダがそれに良い顔をしなかったのだ。

 申し訳なくなってマインは顔を曇らせた。万が一魔物が現れた時の事を考えれば、師匠の言っている事は正しいのだろう。だけどやっぱり友達が会いに来てくれるのを禁止されてしまうのは、ちょっと悲しい。

 せめて自分がしょっちゅう村に遊びに行ければ良いのだけれど、魔法の修業があってなかなかそうもいかない。

「マインが謝る事ないよ」

 しょんぼりするマインを見て慌ててニールがそう言う。決してマインを困らせたい訳じゃないんだと。

 マインもそれは分かっていたので、「ありがとう」とニールに笑顔を見せた。

「それよりさ、もうすぐ春の夜祭りだろ? その、一緒に行かないか?」

 気を取り直したのだろう、ニールはほんのりと頬を染めながら笑顔でそう言った。

 お祭り?

 祭りの事なんてすっかり忘れていたマインは一瞬きょとんとし、それからぱっと笑顔になった。

「そっかぁ、そろそろだったね。うん、もちろん参加するよ。みんなに会えるの楽しみだなぁ」

 ソキやシガツの事でバタバタして完全に頭から抜けていた。毎年いつもお祭りは楽しみにしていたのに。さすがに師匠は覚えていただろうけど、教えてくれなかったのは魔法の修業に集中させるためかしら。

 ニールの誘いの意味に気づかず、マインはにこにことお祭りに思いを馳せた。


しおりを挟む

処理中です...