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ニールとシガツ
その1
しおりを挟むソキとの出逢いを語り終えたシガツは、ほうっと息をついた。懐かしい思い出につい、長く語りすぎてしまったかもしれない。
「そんな怖い目にあったの?」
まるで自分が怖い目にあったかのような顔をしてチィロが呟く。
「シガツ、死ななくてよかったじゃん」
チィロほどは怖がっていないが、イムも顔を強張らせてそう言った。
そんなチィロとイムの言葉に、シガツはつい笑みがこぼれた。二人はソキとの出会いよりもフィームの恐ろしさの方が印象が強かったらしい。
「こらイム。そういう言い方するんじゃないの」
コツンとエマが弟の頭をを小突く。友達になったばかりの、しかもイムより年上のシガツに上から物を言うような弟の言葉遣いが気になったのだ。
だがその軽い衝撃をイムは気にも留めず「えー。何がー?」と首を傾げている。
「けど、そっか。その時から二人は友達になったんだね」
マインの言葉にシガツは笑顔で頷いた。
出逢いについては決して良いとは言えなかったかもしれない。だけど今は、ソキと友達になれて良かったと思っている。
「お前、結構無謀な奴なんだな」
呆れたようにニールに言われて、その通り過ぎてシガツは苦笑いするしかなかった。ニールに「精霊に石を投げちゃダメだ」なんて言える立場じゃない。
「え? そうかな。首飾り取り戻してあげたいってのは、当たり前でしょ?」
素直にそう言ってくれるマインの言葉に、ちょっと救われた気がした。それでも無謀だった事は間違いないのだが。
「もっと上手くやれた筈なのにとか、上手くすればなんとかなるって思ったのは本当だよ。だけど、ニールの言う通り無謀だったと今では思うよ。イムの言う通り、本当に死ななくて良かった」
あははとシガツは笑いながら言ってみたが、他のみんなから笑顔は引き出せなかった。
「今の話からも分かったでしょうが、精霊と関わるのは大変危険を伴います」
静かに、師匠が口を開く。
「とは言っても精霊にも色んな考えを持っている者がいますから、ソキのように人間と仲良くしたいと思ってる者もいるわけです」
にこりと、皆に師匠は語りかける。
精霊は怖いものだけれど、ソキに悪意はない。それが子供達に少しでも伝わっていれば良いのだが。
シガツの話が思いの外長かったせいか、そろそろ子供達を村へ返さなければならない時間だと気づいたエルダは、すっくと立ち上がった。
「今日はここまでにしておきましょう。とはいえ、今日の様に勝手にここまで遊びに来られても困りますが……。その内私達から村の方へ出向きますので、今日は皆さんお帰りなさい」
魔法使いの言葉にみんなはパッと顔を上げ、笑顔をみせた。
「私達ってことは、マインやシガツも来るの?」
「じゃあまた近い内に会えるんだね」
にこにこと、嬉しそうに口々に言う。
「ええ。ですから今日の所は終わりです。気をつけて帰って下さいね」
その言葉を合図に子供達も次々と立ち上がり、村の方へと足を向け始める。そんな様子が少し淋しさを感じさせたけれど、笑顔で見送るためシガツも立ち上がった。
マインも名残惜しそうにエマ達とさよならの挨拶を交わしている。
ふと、ニールがこちらを見ている事に気づき、シガツは首を傾げた。マインと話したさそうにしているなら分かるけど、ニールが自分に用事があるなんて、珍しい。
そう思いながらもシガツはニールの方へと身体を向ける。するとニールはシガツのすぐ傍までやって来た。そして囁くような声でシガツに話しかけてきた。
「明日のこの時間、あそこの木の下、来れるか?」
先程ソキが現れた場所をクイっとアゴで指しながらニールが問いかけてくる。
この時間ならばちょうど、いつもは午後の魔法修業が終わり夕食の支度に入るまでのひと休憩の時間だ。
だけどわざわざ日を変えて自分に会いたいだなんて、何だろう?
ニールと個人的に仲が良いわけではないシガツは、理由が分からず躊躇った。今ここで出来ない話という事は、他の皆には聞かれたくない話なのだろう。
「少しの時間なら……」
シガツも小声で答える。
何か嫌な事を言われる可能性もあった。だからマインのいる前では話したくないのかもしれない。
だけどせっかく向こうから誘ってきたのだ。話せば案外仲良くなれるかもしれない。少なくとも、春の夜祭りの時に自分達の為に歓迎会を開いてくれたのだから。
そちらの可能性に掛け、シガツはニールの誘いに乗った。
夕食時になると、いつもの様にソキも食堂へと顔を出した。
「今日は大変でしたね」
気遣うような師匠の言葉にソキは目をぱちくりさせている。
「え? 何が? 楽しかったじゃん」
首を捻りながらそう言うマインの頬を、師匠はムニッと掴んだ。
「貴女はそうだったかもしれませんが、ソキは色々と気を使ってくれたでしょう?」
「ええーっ」
ジタバタともがくマインの頬からため息をついて手を放し、師匠はテーブルセッティングを始める。
いつもながら遠慮のないコミュニケーションだなとシガツは思った。マインが小さな頃から家族のように過ごしてきたらしい二人は、接し方が本当に家族みたいで微笑ましい。
「その内、仲良くなれたら……いいな」
半分くらい、あきらめを含んだような口調でソキがポツリと言う。
「大丈夫だよ。すぐに仲良くなれるって」
励ますつもりで言っているのか、マインは楽天的だ。
「そんな事言ってまた、私の目の届かない所でみんなにソキを会わせようとするんじゃないでしょうね?」
普段よりも一段低い声音で師匠に言われて、シガツは罪悪感がこみ上げてきた。
「すみません。気をつけます……」
別にこの先勝手にソキを誰かに会わす計画を立てていたわけでもないのに、つい謝ってしまう。
春の夜祭りで子供達にソキを会わせるのを反対しきれなかった事がまだ尾を引いていた。あの時に上手く立ち回れていたら、怖がらせる事なくソキを子供達に会わせられたかもしれない。
「なんでシガツが謝るの? それにもし師匠がいない所で偶然みんなとソキが出会ったってへーきだって。みんなもうソキの事は知ってるんだから、そこまで怖がんないよ」
にこにこと笑いながら言うマインに、師匠は深くため息をついた。
「マインは今日、何を見ていたんですか。絶対に悪い事はしないと約束し、しかもあんな遠くで短い時間ソキが姿を現しただけで怖がってる子もいたでしょう」
「それはシガツの話を聞く前じゃん。二人が友達になった話聞いたらソキは怖くないって分かってくれたに違いないよ」
慎重な師匠に対して、マインはやっぱり楽観的だ。
マインの言うように、みんなが分かってくれていたらと思うものの、現実は師匠の言うようにまだ怖がっている子もいるだろう。
シガツはちらりとソキに目をやり、困った顔をしている彼女に微笑みかけた。
シガツがみんなに出逢いの話をしている時、ソキは遠くの樹の陰に隠れてはいたけれど、風の音を拾って一緒に話を聞いていた。
ほんのちょっと前の事なのになんだかとても懐かしくて、そしてちょっぴり面はゆくも感じていた。
そしてやっぱり、普通の人間にとって風の精霊は怖いものなのだという事を思い出していた。
だから、マインの気持ちは嬉しいけれど、師匠の言う事も分かる。
どちらの味方にもなれず困っていると、にこりとシガツが笑いかけてくれた。
「師匠の言う通り、ちょっとずつ時間をかけていけば、きっと仲良くなれるよ。だからソキ、お前も怖がる事ないと思うよ」
シガツの言葉にびっくりする。風の精霊であるソキが、人間の子供達を怖がっているように見えたんだろうか。
人間でも、風使いに対しては捕まるから恐ろしいと思った事はある。だけど相手は何の力も持たない人間の子供なのに。
ああだけど、とソキは思い直した。
確かにソキは怖がっていた。子供達そのものではなく、仲良くなりたいあの子達から拒絶されてしまう事を。
「うん。ありがとうシガツ」
心配してくれるシガツの気持ちが嬉しい。
「ともかく、まだしばらくの間は私のいない所で勝手にソキと他の子供達を会わせないように。絶対ですよ、マイン」
念を押す師匠にマインの頬は膨れているけれど、今度はマインに言われても勝手に子供達に会うのはよそうとソキは思った。
翌日、いつものように午前中は家の仕事、午後からは魔法の修業にシガツ達は勤しんだ。
修業の時間が終わりに近づくと、シガツはニールの事が気になりだした。もう近くまで来ているのだろうか。
「どうしたんですか、シガツ」
そんなシガツに気づいたのか、師匠が声をかけてくる。
「いえ。なんでもありません」
慌ててシガツは首を振った。師匠にバレるわけにはいかない。昨日「勝手に遊びに来られては困る」と言われたばかりなのにニールが見つかれば、今度こそひどく怒られてしまうかもしれない。
「もしかして空き時間、ソキと遊ぼうと思ってる? けど今日はわたしと先約してるから、シガツは今度にして」
女の子同士の話でもしたいのだろうか、マインがそう言ってくる。
ちょうど良かった。これでシガツがひとりで姿を消しても捜す人はいないだろう。
「そっか。分かった」
そう告げるとマインは嬉しそうに笑った。
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