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せっかくだからレース糸で魔方陣を編んでみる事にした。
その5
しおりを挟むクロモの描いた魔方陣はほんとにキレイで、ずっと眺めていても飽きない。特に最近描いたのかなって思う絵は、模様も細かくてすごく素敵だ。
「ドレスとかベールとかに使えたらすごく綺麗だろうなぁ……」
ポツリ呟いて頭の中に浮かんだのは、純白のドレスに身を包んだ花嫁さん。というか、自分がそのウェディングドレスに身を包んでいる姿で……。
「や、やだなぁ。まだ相手もいないのに……」
と独り言を言いながらも思い浮かんだのは、白い衣装を身に着けたクロモの姿だった。
瞬間顔から火が噴いたように熱くなって、慌てて首を振る。
そりゃあクロモのお嫁さんのフリをしてるんだから、一番に思い浮かぶのがクロモの姿でも当たり前かもだけど。でもそれはあくまでフリであって本当じゃない。
もちろんクロモの事は嫌いじゃないけど、いつかは元の世界に帰るんだから……。
そう思うと急に、なんだか淋しくなってきた。
うん、クロモの事は嫌いじゃない。どっちかっていうと好き。お姉さんもお義兄さんも、ちょっと困った人だなぁと思えるゼンダさんも、もう会えなくなると思うと淋しくなるくらいに好きだ。
でもだからって、元の世界に帰る事をあきらめたわけでもない。わたし自身はどうする事も出来ないけど、クロモが責任を持ってその方法を探してくれているから、信じて待っている。
だからわたしがクロモの本当のお嫁さんになる事なんてありえない。
そんな事を考えていたら、急にすっごく淋しくなってきて涙が出そうになった。だから慌てて首を振って気持ちを切り替える。
「ええっと、この間はどこまで編んだんだっけ?」
編みかけのレースを取り出し、目的のページを広げる。
「そうそう。あと最後の一段。この外周を編むだけだったのよね。今日中に完成だ」
一回でちゃちゃっと編めるほどわたしの手が早かったら良かったんだけど、わたしまだ初心者だからそこまで早く編めるはずもなく……。
次の日続きを編んでたら、「あれ? なんか目の数が合わない……?」ってなって。わたしがこの世界の文字を読めたならそんな事もなかったんだろうけど、どうもよく似た魔方陣と間違えてたみたいで。結局どこから間違いなのか分かんなくなって、解いて一からやり直したりしたから、結構時間が掛かっちゃってるんだよね。
とは言えあと一段だから、さすがに今日中には終わる。
「よし、がんばるぞ」
編みあがったらクロモに見てもらおう。
どんな感想が聞けるか楽しみにしながらわたしはレースを編み始めた。
編みあがったレースを手に、胸を弾ませながらわたしはクロモの部屋の前へとやって来た。
「クロモ。ちょっといいかな?」
ノックをして、クロモの返事を待つ。
「ああ」
短いけれどOKの返事にわたしは喜び勇んでドアを開けた。
「どうした?」
クロモは依頼主への返事の手紙を書いていたのだろうか。持っていたペンをペン立てへと置き、インクの蓋を閉める。
「あのね! これ! 出来たの! クロモに借りてる魔法書に載ってる魔方陣、編んでみたの。簡単なやつのはずなのに結構時間かかっちゃったけど、なんとか最後まで編めたの。だから一番にクロモに見てもらいたくて。ね、どうかな?」
クロモの目の前にレースを広げてみせる。クロモはちょっと驚いたように、だけどすぐに笑みを浮かべてそのレースを受け取ってくれた。
「これは……水滴の魔方陣だな」
机の上へとレースを広げ、その模様を確認してクロモはそう呟いた。
「水滴? それってどんな魔法なの?」
「こんなのだ」
口で説明するより早いと思ったんだろう。クロモはパッと目の前のレースと同じ魔方陣を浮かび上がらせた。するとその小さな魔方陣の中心にポツリと小さな水滴が浮かび上がり、やがて床へポトリと落ちた。
「……えーっと。なんていうか、うん。本当に初歩の魔法なんだね……?」
あまりの地味さについ口ごもる。
いやもちろん初歩の魔法だってのは気づいてたし、『水滴の魔法』って名前聞いた時も、そこまで派手な魔法じゃないとは思ってた。けど、まさかたった一滴だとは思わなかった。
この魔法、何の役に立つんだろうと思ったのに気づいたのか、クロモが笑いながら言う。
「この水滴の魔法を基礎にして水系の魔方陣は組まれていく。例えば」
もう一度クロモは水滴の魔方陣を光の糸で編んだ。そして一呼吸置いてから、その外周に魔方陣を加える。
「こうすると水の量が増える」
さっきは一滴だった水滴が、ポタポタとたくさん魔方陣からあふれ出てくる。
「更にこうすると……」
クロモが魔方陣を描き加えると、まるでシャワーの様に水が噴き出してきた。
「わあ、すごいっ。……てクロモ、ここ部屋の中! 濡れる。大変。タオルタオルっ」
わたわたと慌てるわたしと一緒になって慌てるクロモ。バタバタとクロモが出してきた雑巾で二人で床を拭く。机の上の物が濡れなかったのは幸いだ。
とはいえそれなりに広範囲の床が濡れてしまってて敷物にも少ししみ込んでる。だから急いで床を拭いていたら、コツンと頭がクロモに当たった。
「あ、ごめ……」
「え」
顔を上げて言葉が止まった。すぐ目の前に、クロモの顔がある。
クロモの青い青い瞳に吸い込まれてしまいそうな気がする。
息の触れ合う距離。その距離が、心なしかゆっくりと近づいていく気がして。
「ご、ごめんっっ。痛くなかった?」
慌ててわたしはその距離を離した。
「いや、オレは大丈夫。そちらこそ痛くはなかったか?」
ふ、とクロモは目を細め、笑顔を見せてくれる。
うう。絶対顔赤くなってるだろうに、そんな顔見せられたらますます赤くなっちゃうよ。
ドキドキして返事の出来ないわたしの頭にクロモの手が触れる。
「ああ、ぶつけたトコ、少し赤くなってるな」
前髪をかきあげ、額を優しく撫でながらそんな事を言う。
違うから。赤くなる程ひどくぶつけてなんかないもん。それはぶつけられたクロモだって分かってる筈なのに。
優しく撫でられ、どうしていいのか分からなくなる。
「ああああありがとっ。あ、床。早く拭かなきゃっ」
パッと離れて床拭きを始める。変に思われたかな?
けどホントもう、どうしていいのか分からなかった。
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