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第2話
第1節 扉の前で深呼吸
しおりを挟む魔王城本部・中枢管理棟、その最奥に位置する第十三会議室──通称、“返事のない部屋”。
その名は、比喩でも誇張でもない。
過去、この会議室に送り込まれた者の多くは任を全うすることなく、ある者は沈黙のうちに失踪し、またある者は心を病み、まるで返答する力を奪われたかのように現場から姿を消していった。
カナスはその重苦しい扉の前に立ち、深く息を吐いた。
「……なるほど。確かに、うちの前の職場と、似た空気ですね。音のしない殺気というか、喉元に貼り付いた冷気というか……」
独り言にしては饒舌すぎた。
だが、それだけ彼女の神経が擦り減っているという証左でもある。
黒縁眼鏡の奥に覗く眼差しは、冷静でありながらもどこか焦燥を宿し、疲弊した会社員特有の諦観が滲んでいた。
身体は魔族のそれに再構成されていても、精神だけは相変わらず“あちら”の世界で酷使された労働者のままだ。
隣に控える補佐官の青年――角こそ生えているが、どこか新卒感の抜けない雰囲気を纏った彼が、おずおずと口を開く。
「……主任。お気を確かに。今さらですが、撤回するなら今が最後の──」
「遅いですね。退路は、面接室を出た瞬間に閉じられてます」
カナスは苦笑しながらスラックスの裾を整え、ジャケットの前を軽く正す。
まるで戦場に赴く兵士のような儀式的所作。いや、実際にここは戦場なのだ。物理的な血の匂いはしないが、精神的には砲弾が飛び交っている。
補佐官が申し訳なさそうに告げる。
「前任者は……三日持ちました」
「……記録更新、目指しましょうか」
そう言ってカナスは、意を決したように扉に手をかける。
冷たく、重い。それは、組織の“病巣”に直接触れるような感触だった。
ギィ、と音を立てて開いた扉の向こうでは、既に怒声が飛び交っていた。
魔王軍。勇者や王国軍と日々戦う“最前線”の象徴。
だがこの部屋においては、その戦いの矛先がすべて“味方”に向いているという皮肉。
カナスはわずかに眉をしかめながら、戦場――もとい会議室へと足を踏み入れた。
そしてこの瞬間、彼女の“中間管理職としての地獄”が幕を開けることになる。
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