眠れない夜を過ごしたあの場所

cactus

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第1章

1983.11.6

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 生まれた家には、モンスターがいた。

そのモンスターは夕方6時までは「良い父親」を演じているのだが、仕事から戻り、ダイニングテーブルのいつもの席に座り、アルコールを摂取すると真の姿を現す。毎日では無いが、週に4日はモンスターに戻っていた。

家族構成は、モンスター、母、2歳年上の兄、そして、私。父方の祖父はモンスターが生まれた次の年に他界し、祖母は向かいにモンスターの兄夫婦と住んでいた。
母と兄がモンスターの地雷を踏みまくるため、彼らが殴られる度に、私はどの行為が危険なのかを学ぶことができた。

しかし、思春期に入りかけた小学校5年生の忘れもしない11月6日(日)、私は禁忌を犯した。

モンスターは、なぜか映画館を毛嫌いしていた。あそこは不良が集まる場所だ。行ったら許さない。と言われ続けていたために、私は同級生たちを羨みつつ、そこに足を踏み入れることは無かった。

けれど、当時愛してやまなかった渡辺徹さん主演『夜明けのランナー』はどうしても映画館で観たかった。

母にその気持ちを打ち明け、賛同してもらい、2人で買い物に行くと言い家を出た。

日曜日、誕生日のお祝いに、小学5年生が母親と映画に行く。R指定などない。何ひとつ悪いことはしていなかった。

上映時間が遅めだったのか、映画の後に買い物に行って帰宅が夜7時を過ぎたのか、記憶は定かではないが、家に帰るとモンスターの身体中から湯気が立ち込めていた。
「何でこんなに遅くなったんだ!!」
家に帰るやいなや怒号が飛んだ。

「映画観てきたのよ。渡辺徹さんの。誕生日だし、良いでしょ?」

母は、何事も無かったかのようにそう告げた。私は終わった…と思った。憧れのスターの映画を観て、幸せいっぱいの私の誕生日は、夜7時で幕を閉じた。

母の言葉を聞いたモンスターの額に有り得ないくらい血管が浮かび上がったのに気づいたのは私だけのようだった。

夕飯を作りながら、途中、母が風呂に湯を貯めに行った。テレビを見ていた私に、モンスターは
「おい!ここに来い」と言った。

椅子から立ち上がっていたモンスターの前に、おそるおそる近寄っていくと、突然頬に平手打ちをくらった。

強さは恐らくアムロを殴るブライトさんの1/2くらいだったと思う。

倒れるほどではなかったが、体が傾くほどよろめき、目の前がチカチカして、頬がジンジンと痛み、目に涙が浮かんだ。

「泣いても許さないからな」

低い声でモンスターが私を睨みながら言った。

食卓には私の好物が並んでいたが、味がしなかった。

食事を終え、早々と2階の自室に逃げると、キッチンで争うモンスターと母の声が家中に響いた。

「小学生を映画に連れていくなんて何を考えているんだ!」
「今どき幼稚園の子だって映画館くらい行ってるわ!!」

母はモンスターを恐ろしいとは思っていないようで、悪いことは何一つしていない!例えお前が殴ってこようとも!負けぬ!!の構えだった。

けれど、モンスターの暴力に対しては逃げるが勝ちという賢さも兼ね備えており、いつの間にか外に逃げ出していたようだった。

静かになったと思ったのもつかの間、
「風呂に入れ!!!なにやってんだ!!」
という怒号が鳴り響いた。

「はい!いま入ります!!」

私は、新人自衛官のごとく出せる限りの声で返事をして風呂場に向かった。

しかし、モンスターは時に私が風呂に入っているのもお構いなしにドアを開け、母を探してこい!などと怒鳴ってくることがあったため、怖くて服を脱げずに風呂場の中でしゃがんで、怖さに泣きながらどうしようかと考えていた。

すると、
「泣けば許されると思うなよ!!俺のいいつけを守らないやつは絶対許さないからな!お前なんか俺がいなかったら学校にも行けないぞ!誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ!!!」

風呂場のドアの前でモンスターが吠えている…。怖いが窓の外は木が茂っていて出られない…。

他にもたくさん怒鳴っていたが、いつドアを開けられるのか気が気ではなく、足は震え、泣き声を聞かれたら殺されかねないと思い、ただただ耳を抑えて体を丸くして風呂場の隅で丸くなり、声を殺して泣いた。
兄は何をしているのだろうか。
母はどこに行ってしまったのか。
この声が聞こえているだろうに、近所の人はやはり何もしてくれないのだな…
そんなことが頭をめぐりつつ

今日は、私の誕生日なのに……

声にならない言葉が、11歳になりたての私の頭の中をグルグルと、ずっと回っていた。

その後、モンスターが風呂場から離れたスキに2階の自室に戻り、いつでも外に逃げれる準備をしていたら、モンスターが

ネズミがいる!

と騒ぎ始めた。外でそれを聞いていた母親がやれやれと家に戻ってきて、ドタバタとネズミを捕まえた。
それから母は、アルコールが覚めてきたモンスターを寝室に連れていき、寝かしつけた。
静かに階段を上がってきた母は、私の部屋のドアに向かって、
「もう大丈夫だし、降りておいで」
と告げた。

静かになった台所で、母と2人、誕生日のケーキを食べた。

悲しくてやりきれなくて泣きながらケーキを食べる私の頭を、母は黙って撫でていた。

その日モンスターに殴られたことは、2年くらい家族には言わずにいた私は、本当にモンスターを恐れていたのだなと思う。

なぜ、こんな家を出なかったのか。
その話は、またどこかで。


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