血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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断頭台の吸血鬼編

少数精鋭

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 陽より一回り大柄な紅白2つの人影が扉から飛び出した。
 その瞳は金色に染まっており、さらに隊長時代から愛用する専用武器を備えていた。

 白髪こと狼原は大角が陽に向かって金棒を振り下ろそうとしているのを見るや否や、滑らかにリボルバー型の専用武器『岩砕いわくだき』をホルスターから取り出し、即座に引き金を引いた。

「ッ!?」

 照準を定める間もなく放たれた弾丸は、大角の右手首を正確に穿ち、右手ごと金棒を切り離した。

「なんじゃ、今の──」

 紅髪こと別役は、唖然とする大角の懐に一瞬で入り込む。
 そしてガントレット型の専用武器『爆星はぜぼし』を装着した拳を握りしめる。

「シュ!」
        ゴキンッ!!
 別役のアッパーカットが大角の顎を打ち抜いた。
 顎に受けた衝撃で視界が大きく揺らぎ、動きを止めた隙に別役は一歩下がって距離を取る。

「《impact》──シュ!」
        ゴゴンッ!
「グホッ!?」
 2つの音が重なった打撃音と共に、大角は向こうの壁に叩きつけられた。

 『爆星』に与えられた特殊機構。
 拳が接触した瞬間、二度の衝撃が敵を襲う。
 元ボクサーであり近接戦闘に長けた別役の為に造られた専用武器は、彼の一挙手一投足を一段階上へと引き上げる。

「ハッ……すげぇ」(吸血鬼の才能だけじゃない。根本の技術が2人とも異次元だ。)

 陽は実力を知った上で頼ったが、期待以上の戦闘能力に笑みが溢れた。

「ストップ」

 自然と警戒が薄れていく陽の肩を、少し大きな女性の左手がガシッと掴んだ。

「! 藤宮さん」
「ほら、危ないから私の後ろに下がってて。前方はおっさん2人に任よう」
「……はい」

 陽は藤宮の言葉に大人しく従い、彼女の後ろに下がる。
 汐原輝の起爆剤でしかない彼に出来ることは、今はせいぜいレイアを抱えて距離を取ることだけだ。

 藤宮の背に隠れる陽が、藤宮の黒髪越しに正面に視線を向けると、大角の腕の傷口から肉が盛り上がり、切断された腕が既に再生しかけていた。
 さらに顎や腹部の痣も既に消え、目立つ外傷は殆ど消えていた。 

「痛いのう……貴様ら、何したんじゃ」
「マジか。並の吸血鬼ならダウンする手応えだったぞ……随分と頑丈だ──あ?」

 一通り殴り終えた別役は、距離が取れて初めてとある重要な事に気付いた。

「……狐じゃねぇな」
「嘘、今?」
「速攻する事しか考えてなかったんだよ。で陽、これはどういう状況だ? 作戦はどうする?」
「一旦続行で! どうやら輝の暴走には色んな型があるみたいです! でも輝は輝、レイアちゃんが鍵である事に変わりはない……その可能性に賭けます」
「ままならねぇな。狼原は交代の準備だけしとけ。藤宮はちゃんと護衛しろよ」
「了解だ」
「勿論」

 血の匂いが充満する部屋の中で、双方動くことなく、刻一刻と大角の腕が治──

「もどかしいッ!!!」ドゴンッ!!!
「ッ!」
 
 我慢の限界を迎え、叫んだ大角は地面や壁にヒビが入る踏み込みで一気に別役に迫る。
 そして留まることなく大振りを繰り出したが、別役は頭を引いてギリギリで躱し──

「《impact》」ゴゴンッ!

 大角の顔面に二重の衝撃を叩き込んだ。
 ただでさえ強力な別役の攻撃を、カウンターで喰らったたことで大角は振り出しに戻された。
 間違いなく致命的な一撃だったが、倒れたままの大角は鼻声で笑い出す。
 
「ガハハッ!! どりがえじだぞッ取り返したぞ!!!」
 
 喜ぶ大角の左手には、巨大な鉄片を握り締めたままの右腕があった。

「千切れた腕を回収する為に──」
        グチャ!
「なッ!?」

 そして生えかけの右腕を千切って捨て、傷口と狼原に切断された右腕を繋ぎ合わせ、程なくして大角は五体満足な肉体を取り戻した。
 藤宮はそんな非効率的な再生を見て顔をしかめる。

「……雑な治し方」
「こっちの方が速いからのう。これで貴様らを殴れる。2回分の倍返しで4倍返しじゃ──《鬼沸きふつ金棒こんぼう》!!」
 
 大角は金属片に血を纏わせ、別役の攻撃で生み出された周囲の破片を巻き込み、改めて金棒を作り出す。

「藤宮」
「無理、射程圏外。今日持ってきてるの狐対策でクレストだから」

 狼原からの声掛けに即座に反論した藤宮は、短く詰まった銃身を別役へ見せつける。
 ロシア前線で兵士達に最も愛用されるサブマシンガン『PP‑33 Krest』、それを藤宮自身が吸血鬼化状態で使う事を前提にカスタマイズした一点物。
 だが、約100m四方の部屋で攻勢に出るには心許なかった。
 
「はぁ、なら私も専用武器持ってくれば良かったよ」
「予想出来るか、こんな展開」
「ま、大丈夫。さっきから見てる感じ、彼の攻撃は単調──」

 大角が金棒を両手で握って野球のバットのように大きく後ろに引くのを見て狼原は口を紡いだ。
 
「消し飛べ──」
「「「ッ!!!」」」

 遠くで振り被った大角に、歴戦の3人は瞬時に死の気配を感じ取った。
 何が起こるかは分からずとも、防御並びに反撃に移れるよう構える。

「あいつ……何を──」
「頭を下げてッ!!」
「《鬼岩襲きがんじゅう》ッ!!」
         グォン!!!

 藤宮が後ろの陽に叫んだ直後だった。
 大角はその場で空を大振りするのと同時に、金棒を作り出す血液操作を解除した。
 解き放たれた無数の破片は弾幕となって、大角の正面に立つ彼等に迫る。

 狼原と藤宮が陽を守る為にその場で防御体勢を取る中、別役は駆け出す。
 飛来する瓦礫を驚異的な動体視力を駆使して躱し、大角を己の間合いに引き摺り込み、鋼鉄を纏った拳を握る。
 
 攻勢に出る別役を見た大角は動かず、金色の両目で別役の動きを捉え続けた。
 攻めてもまた反撃カウンターの餌食になると学習し、苛立ちを抑えて打たせて反撃し返そうとした。
 そして、別役の拳の動きと視線から腹部を狙っていると読み、反射的に回避行動を取った。

 それは間違い無く賢い判断ではあったが、駆け引きの経験の差が露骨に出る結果となる。

「な?」(消え──)
         チュン!
 腹に到達する筈だった拳が、まるで煙の様に消えたと大角が錯覚した瞬間、顎を掠める別役の拳が脳を揺らし、膝から崩れ落ちかけた。
 
 別役はその一瞬を逃さない。

「《impact》」

 左の拳が落下してくる大角の鼻先を潰すように放たれた。
 体重が乗った二重の打撃が大角を三度壁へ叩きつけた。

「……チッ」

 鼻から血を流しながら、大角は眉間にシワを寄せて舌打ちした。
 だが、それは別役からの攻撃や顔の痛みに対するものではなかった。
 視線は別役の後方。
 大角の攻撃で負った傷から血を流す狼原と藤宮の後ろで、五体満足な陽の姿を見たからだ。

「陽君、無事かい!?」
「辛うじて……というか皆さんの方が──」
「私らは慣れてるから。ワンマグで足りてホント良かった。でも次は無いから、別役なんとかして!!」
「分かっとるわッ!! あんなん撃たせ続けたら建物が保たねぇ!!」

 傷だらけの藤宮からの叱咤を受けて気合の入った別役は、壁に寄りかかって動かない大角へ駆け出す。
 右手を口元に寄せ、重撃の準備を済ます。

「《impact》」(これ含めて残り17回。任務達成まで5分ちょいってとこか? 経過は良好、交代までにもう3回は打ち込めるッ!)

 一方、大角は別役が迫ってきても冷静だった。
 先程までの彼なら、陽の生存に怒り狂い、無計画に攻撃を仕掛けただろう。
 事実、陽が生存は、渾身の技を繰り出した大角のプライドを深く傷付けた。
 「沸き立つ」などという言葉では足りない。
 氷すら瞬時に気化させる程の熱が、大角の実力を一段階上へと昇華させる。

「《鬼殻鎧きかくがい》」

 大角は静かに呟いた。
 両腕から胸部、そして太腿から踵に掛けて血を身体に纏わせる。

「ッ!?」(血を纏って防御を硬めた? そんなんで俺の攻撃を防げるとでも──)
         バンッ!!

 別役の目は先程まで、確かに大角の動きを追えていた。
 大角との間合いを確保しつつ、反撃を叩き込めていた。
 だが空気の破裂する音と衝撃波を身で感じた瞬間、別役は大角周辺の空間が歪んだように錯覚し、気付けば大角に背後を取られていた。

 別役は反射的に身体を反時計周りに反転させつつ後方へ跳ぶ。
 そして自分に向かって放たれた一薙ぎに向かって右の拳を突き出し、正面から迎え打った。

         メギッ!!

 拳がぶつかった瞬間、嫌な音がした。
 『爆星』ごと拳や腕の骨が砕ける感触。

「バケモンが──」 
──────────────────────
 金城は画面に映った惨状に悪態をついた。

「馬鹿共がッ……吸血鬼を舐めるからこうなるッ!!」

 大角によって打ち上げられた別役の体は、半ば壁に飲み込まれるように固定され、さらに壁に刻まれたヒビ割れの間から鮮血が溢れ出していた。

『見とるんじゃろ』

 大角はカメラを睨みつけた。
 金色の眼差しに、紅茶の味を感じなくなる程の緊張を覚える。

『貴様等も全員皆殺しじゃ。誰も生かして帰さん』
「ひっ」

 大角の声と、画面越しの圧に誰かが小さく悲鳴を上げた。
 汐原輝を危険視していた者も、飼い慣らして利益を生み出せると油断していた者も、その強さに意見を一致させる。

「頼むよ、皆。」
──────────────────────

……
………

 気付けば俺は暗闇の中に居た。
 先の見えない真っ暗闇だった。
 そんな中で3人の姿だけはっきりと見えた。
 
 うち1人は赤鬼の仮面をした男だった。
 筋骨隆々としており髪は黒色、背丈は俺と同じくらいだった。
 暴走すると予感した時、俺を引き摺り込もうとしたのは多分、彼だ。
 俺の首を掴む右手の感触で確信した。
 痛みはないが、気が遠くなっていく。
 徹夜明けの英語の授業みたいだ。

「堕ちろ堕ちろ堕ちろッ!!!」

 俺と同じ声を持つ赤鬼が首を掴む力を強めた瞬間、俺の瞼は自然と閉じた。








「《鋭翼えいよくはばきり》」

 心地良い風が顔を撫でる様な感触に、俺は目を覚ます。 
 倒れる俺の目の前に赤鬼の右腕が斬り落とされていた。
 赤鬼は切断された右腕を押さえ、俺を守るように立つ者を睨みつける。
 赤い仮面越しに、空気が揺れるほどの怒声が響き渡る。

「なんの真似じゃッ!!」
「君はお兄ちゃんを殺したいのかもしれないし、マスターもそれを望んでるんだろうけど、僕は違う。て事で──」

 言葉の途中で此方を振り返った男も、赤鬼と同様に黒い髪と俺に近い背丈、そして声を持っていた。
 違うのは体格と仮面の形。
 遠目で見ると髪と同化するほど黒い天狗の仮面を付け、俺より細身の身体だった。
 天狗は俺の目の前でしゃがみ、両手を合わせる。

「早めの反抗期を許してね、マスター?」

 謝罪と同時に、俺を覆い隠す程の巨大な翼が展開した。

「マスターも兄ちゃんも、全部まとめて僕が護る。」

 天狗は赤鬼に向かって軽快に走り出した。
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