血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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断頭台の吸血鬼編

対吸血鬼殲滅鎧装

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 夏模様が陰らない初秋、本当に冬が来るのか不安になる炎天下。
 台風が来ようが、ウイルスが蔓延しようが、殺人事件が起ころうが、そして危険な吸血鬼が潜んでいようが社会は回り続ける。

 社員を想い在宅ワークに移行する会社もあれば、顔を合わせて働くことが生産性の向上に繋がると考えて出社させる会社もある。
 スーツを着た中肉中背の中年男性もまた、周囲の人々と同様、家庭の為にオフィスへと歩みを進めていた。
 その道中、男はもう少しで職場に到着する所で、GAVA日本支部前の日陰で立ち止まった。
 刺繍の入ったハンカチを取り出し、身体中から噴き出した汗を拭った。

        グラッ……
「ん?」

 男は足裏で揺れを感じた。
 立ち止まっていなければ気付けない程度の、ほんの小さな揺れ。
 男は画面が熱くなったスマホで地震速報が来ているか確認したが、そんな情報は無い。
 一抹の不安すらなく気のせいだと結論付けた男は、再び職場へと歩き始めた。


 その真下、地上から50m。


 大角の突進を受けた壁が大きくヒビ割れ、壁面の一部が剥がれ落ちた。
 吸血鬼を拘束する為に用意された強固な施設を手負いで破壊する大角、つまり汐原しおはらひかるの戦闘能力が、それだけで明確になっていた。

「チッ……」

 だがレイアは、依然大角の手元には居なかった。
 大角は壁に突き刺さった拳を引き抜き、憤然とした表情を、激しい息遣いの聞こえる方向へ向けた。

「ハァ……ハァ……」

──────────────────────

 戦闘開始から1時間半前──
 地下談話室にて、6人が議論しあって作戦は大まかに決まったが、懸念があった。

「作戦には協力するわけだけども、まさか丸腰で挑むつもりかい?」

 狼原かみはらは白い顎髭を指で擦りながらひなたに尋ねた。

 相手は実力未知数の吸血鬼、如何に策を講じても全てが上手くいくとは限らない。
 そして一般市民である陽が殺されるような事になれば、汐原輝は猶予なく即処分される可能性が高い。
 故に汐原輝を暴走させたら、陽とレイアはすぐに部屋から出た方が良いと提案されたが、陽は拒否した。

 理由は、汐原輝の最大値を求めつつ、施設への被害を最小限にしたいから。
 獲物を逃して萎えて本領発揮されないのも、獲物を逃すまいと追跡する過程で施設を破壊されるのも本意ではない。
 陽の目的はその先、ジャックとマリアの捕獲による平穏な日常の奪還であり、その為にはどちらも蔑ろに出来ない。

 よって目的を全て達成するには、レイアが回復するまでの5分間強、陽が暴走する吸血鬼と共に監禁部屋に留まり、生き延びる必要があった。
 一般人は無論、並の隊員達にとってもそれは自殺行為に等しい。

 だが、狼原からの問い掛けを受けた陽は待ってましたと言わんばかりに得意気な笑みを見せた。
 その表情からは誰もが納得するであろう良策の存在が透けていた。

「そこまで無謀じゃないですよ、俺にも考えがあります。ズバリ『V.Blood 60』を使って、俺も吸血鬼に──」
「ダメだ」
「……あれ?」

 陽の案はドクターに一瞬で否定された。
 不服そうな顔をする陽が反論する前に、ドクターは言葉を続けた。

「理由は2つ。First, 政府によって『V.Blood 60』の使用は隊員のみに許可されてる。もし使うなら、うちに正式に所属してもらう必要がある」
「それは勿論知ってます。でも緊急時は隊員の一存で、一般市民に対し投与する事が出来るって、吸血鬼特措法に書いてありますよね?」

 『吸血鬼対処及び人命保全に関する特別措置法』、訳して『吸血鬼特措法』。
 そこには『緊急投与特例』という項目が存在している。
 暴走する吸血鬼と同室にいる状況がその緊急時に該当すると陽は考えており、その考え自体は正しかった。

「「「……」」」

 ちなみに投与した者は凄い量の監察報告を提出しなければならないという規定がある為、副隊長達の間で目配せによる静かな攻防が行われていた。

「だから正式に隊員になる必要はない訳です」
「そうだね。だからmainはこっち。君が輝の兄だからだ」
「……兄だから? あ、身内だから縁を切れと? 分かりました」
「分かるなよ」
「軽率に切るわね」
 
 あまりにも早い陽の判断に別役べっちゃく藤宮ふじみやが呆れる中、ドクターは首を振った。

「そうじゃなくて、遺伝的な話。吸血鬼になった時の強さは、本人の血への適性がおおよそを占めてる。train up出来るものじゃない。既にDNAに刻まれてるんだ」
「それは知ってる……というか、勝手に検査したじゃないですか。最高の成績なんですよね?」
「問題は血縁で特性まで似るcaseがあるって事」
「特性?」
「あぁ、そういう事ね」

 未だに検討がつかない陽に対し、他の者達はドクターの言わんとする理由が分かっていた。

「特性の発現は3 patternに分けられる。主の特性を引き継ぐか、自身のDNA由来の特性か、その両方か」
「…………まさか、暴走も特性に該当すると?」
「サンプルは少ないけど、可能性は高い。輝はレイア由来の再生能力に加えて、大規模な血液操作と暴走を併せ持つ。これらが彼自身の遺伝子に由来する場合、血縁である陽にも似た特性が発現する筈だ」
「けど、時限付きの吸血鬼化ですよね? まだ時間あるんで、一旦試して……」
「In addition, 暴走は吸血鬼としての能力を向上させる傾向にある。例えば紗理奈、彼女の適性はC寄りのB評価で、隊員としてはギリギリなんだけど、暴走時はA評価の隊員に匹敵する能力を持つ」
「ッ!」
「如何に吸血鬼を囚える為に造られたとはいえ、此処の強度にも限界がある。輝の暴走で結構ギリギリだと思う。Understand?」

 ドクターからの問いに陽は無言で頷く。
 少なくとも今、『V.Blood 60』を使用する事はリスクがリターンに見合っていないと判断した。

「じゃあ、どうしましょう……中止ですか?」

 レイアから控えめに尋ねられた陽は目を閉じ、口に左手を当てて人差し指で右頬をトントンと軽く叩きながら色々思考を巡らせた。
 10秒後、彼は大きく溜息をついた。

「いや、やるよ。生身で頑張るわ」
「本当に……大丈夫、ですか?」
「当たり前、だ……ろ……ごめん。分かんない」

 初めて陽が弱音を吐いた。
 頼みの綱『V.Blood 60』の消失と共に、彼は自信を失っていた。
 陽が人間らしい反応を初めて見せた事で副隊長組は少し安心したが、和んでいても解決策は生まれない。

「やっぱり同じ部屋に居るのは無理じゃない?退室一択でしょ?」
「それか他の隊員も入れて護衛の数を増やすとかな」
「う~ん、先の事を疎かにはしたくないです。施設も隊員も、どっちも損失は最小限にしたい。多少無茶でもやるしか……」
「じゃあ、私への攻撃……致命傷はやめませんか? お腹とかなら、私もすぐ戦いに参加出来ます!」
「いや、中途半端じゃダメだ。出来るだけ残酷に、レイアちゃんの死っていう強烈な刺激を与えなきゃ、いざ本番って時に想定外の事が起こりかねない」

 皆が机を囲んで議論する中、狼原の頭に1つの案が浮かんできた。

「あ。総一郎君──」
「ドクターと呼んでください」
「ドクター、預けてた物のメンテは終わったかい?」
「え? ……あぁ!!」

 狼原からの問いにドクターは一瞬ポカンとしたが、すぐに思い出して指を鳴らす。

「成程、ちょっと待ってて!」

 ドクターはそう言って小走りで談話室から出ていき、5分程で戻ってきた。
 汗だくで息も絶え絶えなドクターの右脇には、シルバーのアタッシュケースが抱えられていた。

「ゼェゼェ……」
「ありがとう。水飲みな」

 狼原はドクターからアタッシュケースを受け取りながら、ペットボトルの水を手渡す。
 ドクターが水をがぶ飲みする横で、狼原は机に載せたケースを開いた。
 その中には黒い長袖インナーの様な物が畳まれて入っていた。
 だが一目で所々で剥き出しになった配線が、普通の服ではないことを明らかにしていた。

「君にはこいつを貸してあげよう!」
「これ、対吸血鬼……殲滅鎧装ですかッ!?」

 陽の反応に、別役は意外だと言わんばかりに「へぇ」と声を漏らした。

「知ってるんだな。お前等の世代ではほぼ見る機会ないだろ?」
「学校で学ぶ機会があったんですよ。でも現存する物があるなんて……」

 かつてロシア前線でも使用された軍事兵器の一つであり、御手洗徹雄が第3席を撃退できたのもこの武具の存在が大きい。
 だが兵器の発展と共に戦場に使い手は居なくなり、10年前の『Project Dhampir』の成功、人造吸血鬼の誕生によって国内でも廃止された。

 そんな博物館でしか目にすることのない骨董品に、陽も驚きを隠せなかった。

「コスト高いから量産出来ないし、人造吸血鬼と比較して対吸血鬼に対する効果も微妙。もう完全に物置き部屋の住人なんだけど、僕の大切な形見だから、極力壊さないよう頼むよ」
「……善処します」
──────────────────────

 そして現在、陽が纏う物こそ『対吸血鬼殲滅鎧装AVEA』、その正体はいわゆるパワードスーツ。
 《Activation》という掛け声を合図に、電気刺激と外骨格により常時身体能力を補強する。
 レイアの頭を拳銃で正確に撃ち抜いたり、抱えたまま素早く動く事も出来たのも、そのおかげだった。

 だがベースは人間、如何に補強しても吸血鬼の身体能力を凌駕することは出来ない。
 まして大角は《鬼殻鎧(きかくがい)》により身体能力を上げている。
 覆す事は、不可能な筈だった。

「ハァ……ハァ……」

 そんな不可能を捻じ曲げ、大角の視線の先には息を乱したひなたが、レイアを抱えて立っていた。

 隊長専用武器の元祖と言える『AVEA』は1秒間、身体能力を爆発的に跳ね上げる機能を持っている。
 大角が攻撃を放つ直前、危機を直感した陽は狼原から教えてもらっていた機動の合言葉を放った。
 その瞬間、陽の肉体は吸血鬼に匹敵する瞬発力を獲得し、かろうじて攻撃を回避した。

 陽の直感に基づく予測と『AVEA』の相性は抜群に良かった。

 惜しむらくは──

         ピキッ…
「っ、がッ……!」

 陽の肉体が扱える域に達していなかったこと。

 ダメージを最小限にするよう外骨格が機能しても、人の身体では持て余す強烈な刺激。
 全身の筋肉が一気に収縮し、身体が千切れるような痛みで立つこともままならなくなった陽は、レイアを抱えたままその場にへたり込んだ。

(知ってて、身構えてても、このザマか……!!)

 狼原から「最終手段だから、使い所は選んでね」と忠告を受けており、陽は相応のダメージを覚悟して臨んでいたが、現実は想像を遥かに凌駕した。
  
         ザッ…
「ッ!」

 文字通り満身創痍となった陽は、直前まで大角の接近に気付けなかった。
 四肢を再生し終えた大角は、身動きの取れない陽には目もくれず、レイアに手を伸ばした。
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