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断頭台の吸血鬼編
均衡の翼
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陽にレイアさんを撃たれ、怒りに溺れ、沈んだ先には暗闇が広がっていた。
黒いモヤが立ち込める先の見えぬ闇の中で、二人が対峙した。
一人は赤い鬼の面をつけた男。
明確な殺意を持って俺の首を絞めてきた。
今も彼の怒りが空気をひりつかせている。
もう一人は黒い天狗の面をつけた男。
鬼面の右腕を血の翼で切り落とし、俺を助けた。
彼は鬼面の気迫を前にしても飄々とした態度を崩さない。
まるで恐れなどないと言わんばかりに。
彼らの行動の意図は分からない。
でも俺の暴走の原因、源であるのは確かだ。
そして一枚岩でないことも。
二人の戦いには一瞬で決着がついた。
本当に刹那の攻防だった。
体格的に勝っている鬼面の男が放った右の大振りに対し、細身な天狗面の男は左手で弾いて逸らした。
そして天狗面が鬼面の手首を掬うように掴んだと思ったら──
「ぐあああああッ!?」
鬼面は苦痛な叫びと共に地面に倒れ、天狗面に組み伏せられていた。
地面に押し付けられた鬼面は、上に乗っかる天狗面を殺気の籠もった眼で睨みつけた。
「天、狗ッ……貴様ァ、なんで儂の邪魔をするんじゃ!!!」
「だからァ僕は兄ちゃんを殺したくないの」
「なんじゃと、巫山戯るなッ!! その男を殺せば、この肉体を物にできるんじゃぞ!?」
「興味ないよ~……だッ!!」
ジャラララララッ!
暗闇から伸びてきた無数の鎖が、倒れる鬼面の全身を瞬時に縛り上げ、宙に吊り上げた。
ギチギチッ……
鬼面の男は鎖を破壊しようと藻掻くが、鎖はビクともしない。
精神世界用の特別製といったところか。
壊れる気配がない鎖に鬼面は舌打ちをし、天狗面を怒鳴りつける。
「くッ! これで終わったと思──」
「煩いから、口も塞いじゃお!」
「ムグッ!?」
鬼面は口まで塞がれ、出かけていた負け惜しみの言葉すら遮られた。
「ツンツンツンツンツンツン──」
「ムウウウウウウウ!!!!」
鬼面を無力化した瞬間、天狗面はスキップで鬼面の周りをグルグル回りながら、鎖同士の隙間から指でツンツンしておちょくっていた。
「あと、マスターもマスターだよ?」
「ッ!」
天狗面が突如こちらへ振り返った。
仮面から覗く金色の瞳が俺を捉え、徐々に近付いてくる。
「君が心を律してくれないと、同調して彼が暴れ出しちゃうんだから。僕らで均衡を取らないと」
「え? あぁ……すみませんでした」
混乱して話が入ってこなかった俺は、天狗面の説教に反射的に謝っていた。
「……で、お前ら何なの?」
敵か、味方か。
どんな存在なのか。
何故此処に居るのか。
何時から居るのか。
そもそも此処は何処なのか。
その問いには色んな意味を籠めていた。
しかし、天狗面はキョトンとした後、くすッと意地悪そうに笑った。
「僕等は君だよ」
「え、説明になってない」
「いずれ話すさ。あと姫は生きてるよ」
「姫?……ッ! まさか……レイアさんのことか!?」
「その感じ……現実世界の状況、見えてないでしょ? 視覚の共有ぐらいは出来るようになろうね。不便でしょ?」
「生きてるってなんだよ!!」
「マスターは話聞かないなぁ……僕もよく分かんないけど、荒療治ってとこじゃない? 兄ちゃんが言ってたじゃん。“助けてやるから暴走しろ”って」
「……そうだっけ?」
「本当に話聞かないね。同じ耳共有してんのに」
天狗面に諭され、頭がすっと冷えた。
なんとなく全容が分かった気がする。
そもそもなんで陽が俺の前に現れたのか。
アイツは確かに性格は終わっているが、快楽殺人鬼ではない。
あくまで無関心、俺の事を他人のようにしか思っていないだけだ。
そんな陽が行動に移したということは、最終的に彼自身にとって利益になるからだ。
そして俺を助けることが奴の利益に繋がるとすれば、きっとジャックやマリアの件だ。
危険な吸血鬼から国民を守れって事だ。
けど次に暴走すれば、守るどころか──
「1つ約束する。君が心を律している間は、僕が封じてみせる」
「ッ!」
天狗面の雰囲気が一変した。
仮面の下から覗く鋭い金色の瞳が、厚い忠誠心を感じさせた。
「姫を撃たれた時みたく感情に身を委ねて、彼等に付け入る隙を与えちゃダメだ」
彼等と言われて俺は思わず、鎖の繭と化した赤鬼の仮面の男と──
暗闇の奥にポツンと立つもう一人に目を走らせた。
そこに居たのは白い狐の仮面をつけた小柄な男だった。
俺達の居る地点から、かなり離れたところに立ち尽くしている。
ここまで彼だけは一切干渉してきていないが、赤鬼と同様に俺を狙っているのだろうか?
「じゃあ頼む」
「うん。任せな」
俺が差し出した手を天狗面の男は握った。
信用していいかは、俺一人では判断しかねる。
けど鬼面は論外、狐面は干渉すらしてこない以上、この中で信用出来るのは助けてくれたコイツだけだ。
「……で、どうやって戻るんだ」
鬼面を抑えて俺の怒りも晴れた今、てっきりすぐに戻れるかと思ったが、何も状況が変わらない。
鬼面すら沈黙し、静寂だけが続いていた。
すると天狗面の目が泳ぎ始める。
「……姫ちゃんの声聞けば……戻れるん、じゃない?前回みたいにさ」
「急に適当……」
「だって僕も分かんないもん。神様とかじゃないし……」
不貞腐れた様子の天狗面は、俺の左肩に優しく右手を乗せた。
「ひとまず、身体借りるよ?」
──────────────────────
そして現在、現実世界にて──
天狗面こと、翼の吸血鬼は初めて世界を目の当たりにした。
他の者達から共有された情報ではなく、五感で世界に触れた。
そんな感動をそこそこに、金色の瞳で陽とレイアが無事なことにホッと胸を撫で下ろす。
(ひとまず成功。兄ちゃんは生きてて、姫はまだまだお昼寝中──)
「おい聞いてんのか、鳥野郎」
「ッ!」
声を掛けられて、翼の吸血鬼は視線を陽に向ける。
『兄ちゃん』と呼ばれ、不快感を隠そうともしない陽を見て、腕を組み首を傾げた。
「じゃあ、兄さんとか?」
「……それで、譲歩しよう」
他愛もない雑談。
目の前の汐原輝に宿る人格に敵意が無い事は分かったが念には念を入れ、すぐにでも距離を取れるよう陽は体勢を立て直す。
「立会人は僕でいいかな?」
カチャ
陽の側に狼原が控える。
銃口を吸血鬼に向け、陽やレイアを攻撃しようものなら、即座に引き金を引ける。
「変な真似すんなや?」
さらに倒れるレイアを別役が抱え上げた。
そこまで状況を整えた上で、陽は問答を続ける。
「輝の別人格はお前と大角だけか?」
「いや、狐の……あ~、九尾もいる。マスター含めて四人格」
「マスターってのは輝本人の人格か?」
「そう。僕等はマスターが吸血鬼となった日に産まれ、彼の成長と共に──」
「待て、確認させろ」
陽が言葉を遮った。
翼の吸血鬼とその背後を睨みつけながら、陽は今一度問う。
「お前が九尾じゃ、ないんだな?」
「え?」
陽に問いの意図が分からず、陽の視線を追うように翼の吸血鬼は視線を後ろに向けた。
「……クソ」
背中から静かに伸びる三本の血の尾。
彼自身も想定していない能力の発動──
「《鋭翼・斬》!!」
翼の吸血鬼は尻尾を翼で切断しつつ、陽から距離を取る。
尾を九本まで出現させるのは、紛れもなく狐面の技。
「おじさん達ごめんッ!兄ちゃん達を──」
翼の吸血鬼が言い終える前に狼原は陽を、別役はレイアをそれぞれ抱えて走り出した。
それと同時に九本の尾が勢いよく生え揃う。
全ての尾の先端が彼等に向き、放たれる。
「させるか──」
翼の吸血鬼は脚に血を纏わせる。
全てを粉砕する大角の技とも違い、その一蹴は敵を裂く。
「《鴉爪・嵐蹴》」
一蹴りで三本、もう一蹴りで二本の尾を破壊、さらに翼で二本切り落とす。
だが僅かに手数が足りない。
残り二本の尾が陽達へ迫る。
ダダダダダダンッ!
「ッ!」
翼の吸血鬼の後方。
無数の弾丸が尾を千切り、クレストの銃口から煙が上がる。
「さっきまで良いとこ無かったから、凹んでたけど……ようやく私の出番ねッ!!」
クレストを回収した藤宮による銃撃で、二本の尾も破壊に成功。
だが尾は血でできており、時間が経てば再生する。
翼の吸血鬼は彼女に感謝しつつ、意識を内側へ向ける。
鎖を用いた鬼面の抑止と、現実への出現にリソースを割いた結果、いつもなら感知出来た狐面の行動に反応が遅れた。
そして、一度生まれた歪みは簡単に修正出来ない。
「どうなってる……マスターが正気に戻った筈なのに、なんで──」
困惑しながらも異常を解決する為、翼の吸血鬼は自らの意識を暗闇に落とした。
──────────────────────
「──機は熟した」
ジャラララッ!!
「ッ!」
天狗面が意識を内側へ向けた瞬間、四方から放たれた鎖が彼を縛り付けた。
抵抗する暇などなく、鎖で縛られるのと同時に翼が流れ落ちた。
「ようやく貴殿も隙を見せたな。鬼面をけしかけた甲斐があった。これで『自由』だ」
縛られた天狗面は即座に周囲を見渡す。
変化は2つ。
まず先程まで側に居たマスターこと、汐原輝の姿が何処にも見られなかった。
そして、鬼面を包む鎖とは別の『何か』を包んだ鎖の繭が宙に固定されていた。
天狗面は即座に状況を察知する。
「マスターに何したッ!?」
察知した上で、目の前に立つ者を問い質す。
ここまで一切関与せず、鳴りを潜めていた汐原輝の中に棲む存在の一人。
鬼面や天狗面に比べ一回り小さい体格を持ち、白い狐の面を被った少年。
狐面は幼い声で、淡々と語る。
「貴殿は真っ先に視覚の共有を学習させるべきでござった。脳に蓄積された記憶を組み合わせ、『鬼の姫』を殺す一幕を作るなど容易なこと」
それは夢と同じ仕組み。
狐面は脳に蓄積された過去の記憶の断片を組み合わせ、汐原輝にとっての最悪の悪夢を作り出した。
それは天狗面にも出来ないこと高度な技だった。
(偽りの記憶を作ったッ!? やけに静かだと思ったら、そんな技術を習得してたのかッ! 全てはこの状況の為に──)
天狗面は無駄だと分かっていても、どうにか鎖を解こうとする。
しかし、鬼面ですら破壊出来ない強度に、触れるだけで能力を封じる作用。
既に天狗面は詰んでいた。
だが狐面を放置し、まして陽が殺されれば、汐原輝の処刑で内側の全員も死ぬ。
「誰か一人でも殺せば死が待ってるッ! 『自由』は無いッ!!」
「そうとも限らぬよ……安心するでござる、一人も殺さない。狙いは一匹──」
自由への渇望。
その矛先は、血の契りで自由を奪った者へ──
「『鬼の姫』を殺し、拙者は奪われた自由を取り戻す」
黒いモヤが立ち込める先の見えぬ闇の中で、二人が対峙した。
一人は赤い鬼の面をつけた男。
明確な殺意を持って俺の首を絞めてきた。
今も彼の怒りが空気をひりつかせている。
もう一人は黒い天狗の面をつけた男。
鬼面の右腕を血の翼で切り落とし、俺を助けた。
彼は鬼面の気迫を前にしても飄々とした態度を崩さない。
まるで恐れなどないと言わんばかりに。
彼らの行動の意図は分からない。
でも俺の暴走の原因、源であるのは確かだ。
そして一枚岩でないことも。
二人の戦いには一瞬で決着がついた。
本当に刹那の攻防だった。
体格的に勝っている鬼面の男が放った右の大振りに対し、細身な天狗面の男は左手で弾いて逸らした。
そして天狗面が鬼面の手首を掬うように掴んだと思ったら──
「ぐあああああッ!?」
鬼面は苦痛な叫びと共に地面に倒れ、天狗面に組み伏せられていた。
地面に押し付けられた鬼面は、上に乗っかる天狗面を殺気の籠もった眼で睨みつけた。
「天、狗ッ……貴様ァ、なんで儂の邪魔をするんじゃ!!!」
「だからァ僕は兄ちゃんを殺したくないの」
「なんじゃと、巫山戯るなッ!! その男を殺せば、この肉体を物にできるんじゃぞ!?」
「興味ないよ~……だッ!!」
ジャラララララッ!
暗闇から伸びてきた無数の鎖が、倒れる鬼面の全身を瞬時に縛り上げ、宙に吊り上げた。
ギチギチッ……
鬼面の男は鎖を破壊しようと藻掻くが、鎖はビクともしない。
精神世界用の特別製といったところか。
壊れる気配がない鎖に鬼面は舌打ちをし、天狗面を怒鳴りつける。
「くッ! これで終わったと思──」
「煩いから、口も塞いじゃお!」
「ムグッ!?」
鬼面は口まで塞がれ、出かけていた負け惜しみの言葉すら遮られた。
「ツンツンツンツンツンツン──」
「ムウウウウウウウ!!!!」
鬼面を無力化した瞬間、天狗面はスキップで鬼面の周りをグルグル回りながら、鎖同士の隙間から指でツンツンしておちょくっていた。
「あと、マスターもマスターだよ?」
「ッ!」
天狗面が突如こちらへ振り返った。
仮面から覗く金色の瞳が俺を捉え、徐々に近付いてくる。
「君が心を律してくれないと、同調して彼が暴れ出しちゃうんだから。僕らで均衡を取らないと」
「え? あぁ……すみませんでした」
混乱して話が入ってこなかった俺は、天狗面の説教に反射的に謝っていた。
「……で、お前ら何なの?」
敵か、味方か。
どんな存在なのか。
何故此処に居るのか。
何時から居るのか。
そもそも此処は何処なのか。
その問いには色んな意味を籠めていた。
しかし、天狗面はキョトンとした後、くすッと意地悪そうに笑った。
「僕等は君だよ」
「え、説明になってない」
「いずれ話すさ。あと姫は生きてるよ」
「姫?……ッ! まさか……レイアさんのことか!?」
「その感じ……現実世界の状況、見えてないでしょ? 視覚の共有ぐらいは出来るようになろうね。不便でしょ?」
「生きてるってなんだよ!!」
「マスターは話聞かないなぁ……僕もよく分かんないけど、荒療治ってとこじゃない? 兄ちゃんが言ってたじゃん。“助けてやるから暴走しろ”って」
「……そうだっけ?」
「本当に話聞かないね。同じ耳共有してんのに」
天狗面に諭され、頭がすっと冷えた。
なんとなく全容が分かった気がする。
そもそもなんで陽が俺の前に現れたのか。
アイツは確かに性格は終わっているが、快楽殺人鬼ではない。
あくまで無関心、俺の事を他人のようにしか思っていないだけだ。
そんな陽が行動に移したということは、最終的に彼自身にとって利益になるからだ。
そして俺を助けることが奴の利益に繋がるとすれば、きっとジャックやマリアの件だ。
危険な吸血鬼から国民を守れって事だ。
けど次に暴走すれば、守るどころか──
「1つ約束する。君が心を律している間は、僕が封じてみせる」
「ッ!」
天狗面の雰囲気が一変した。
仮面の下から覗く鋭い金色の瞳が、厚い忠誠心を感じさせた。
「姫を撃たれた時みたく感情に身を委ねて、彼等に付け入る隙を与えちゃダメだ」
彼等と言われて俺は思わず、鎖の繭と化した赤鬼の仮面の男と──
暗闇の奥にポツンと立つもう一人に目を走らせた。
そこに居たのは白い狐の仮面をつけた小柄な男だった。
俺達の居る地点から、かなり離れたところに立ち尽くしている。
ここまで彼だけは一切干渉してきていないが、赤鬼と同様に俺を狙っているのだろうか?
「じゃあ頼む」
「うん。任せな」
俺が差し出した手を天狗面の男は握った。
信用していいかは、俺一人では判断しかねる。
けど鬼面は論外、狐面は干渉すらしてこない以上、この中で信用出来るのは助けてくれたコイツだけだ。
「……で、どうやって戻るんだ」
鬼面を抑えて俺の怒りも晴れた今、てっきりすぐに戻れるかと思ったが、何も状況が変わらない。
鬼面すら沈黙し、静寂だけが続いていた。
すると天狗面の目が泳ぎ始める。
「……姫ちゃんの声聞けば……戻れるん、じゃない?前回みたいにさ」
「急に適当……」
「だって僕も分かんないもん。神様とかじゃないし……」
不貞腐れた様子の天狗面は、俺の左肩に優しく右手を乗せた。
「ひとまず、身体借りるよ?」
──────────────────────
そして現在、現実世界にて──
天狗面こと、翼の吸血鬼は初めて世界を目の当たりにした。
他の者達から共有された情報ではなく、五感で世界に触れた。
そんな感動をそこそこに、金色の瞳で陽とレイアが無事なことにホッと胸を撫で下ろす。
(ひとまず成功。兄ちゃんは生きてて、姫はまだまだお昼寝中──)
「おい聞いてんのか、鳥野郎」
「ッ!」
声を掛けられて、翼の吸血鬼は視線を陽に向ける。
『兄ちゃん』と呼ばれ、不快感を隠そうともしない陽を見て、腕を組み首を傾げた。
「じゃあ、兄さんとか?」
「……それで、譲歩しよう」
他愛もない雑談。
目の前の汐原輝に宿る人格に敵意が無い事は分かったが念には念を入れ、すぐにでも距離を取れるよう陽は体勢を立て直す。
「立会人は僕でいいかな?」
カチャ
陽の側に狼原が控える。
銃口を吸血鬼に向け、陽やレイアを攻撃しようものなら、即座に引き金を引ける。
「変な真似すんなや?」
さらに倒れるレイアを別役が抱え上げた。
そこまで状況を整えた上で、陽は問答を続ける。
「輝の別人格はお前と大角だけか?」
「いや、狐の……あ~、九尾もいる。マスター含めて四人格」
「マスターってのは輝本人の人格か?」
「そう。僕等はマスターが吸血鬼となった日に産まれ、彼の成長と共に──」
「待て、確認させろ」
陽が言葉を遮った。
翼の吸血鬼とその背後を睨みつけながら、陽は今一度問う。
「お前が九尾じゃ、ないんだな?」
「え?」
陽に問いの意図が分からず、陽の視線を追うように翼の吸血鬼は視線を後ろに向けた。
「……クソ」
背中から静かに伸びる三本の血の尾。
彼自身も想定していない能力の発動──
「《鋭翼・斬》!!」
翼の吸血鬼は尻尾を翼で切断しつつ、陽から距離を取る。
尾を九本まで出現させるのは、紛れもなく狐面の技。
「おじさん達ごめんッ!兄ちゃん達を──」
翼の吸血鬼が言い終える前に狼原は陽を、別役はレイアをそれぞれ抱えて走り出した。
それと同時に九本の尾が勢いよく生え揃う。
全ての尾の先端が彼等に向き、放たれる。
「させるか──」
翼の吸血鬼は脚に血を纏わせる。
全てを粉砕する大角の技とも違い、その一蹴は敵を裂く。
「《鴉爪・嵐蹴》」
一蹴りで三本、もう一蹴りで二本の尾を破壊、さらに翼で二本切り落とす。
だが僅かに手数が足りない。
残り二本の尾が陽達へ迫る。
ダダダダダダンッ!
「ッ!」
翼の吸血鬼の後方。
無数の弾丸が尾を千切り、クレストの銃口から煙が上がる。
「さっきまで良いとこ無かったから、凹んでたけど……ようやく私の出番ねッ!!」
クレストを回収した藤宮による銃撃で、二本の尾も破壊に成功。
だが尾は血でできており、時間が経てば再生する。
翼の吸血鬼は彼女に感謝しつつ、意識を内側へ向ける。
鎖を用いた鬼面の抑止と、現実への出現にリソースを割いた結果、いつもなら感知出来た狐面の行動に反応が遅れた。
そして、一度生まれた歪みは簡単に修正出来ない。
「どうなってる……マスターが正気に戻った筈なのに、なんで──」
困惑しながらも異常を解決する為、翼の吸血鬼は自らの意識を暗闇に落とした。
──────────────────────
「──機は熟した」
ジャラララッ!!
「ッ!」
天狗面が意識を内側へ向けた瞬間、四方から放たれた鎖が彼を縛り付けた。
抵抗する暇などなく、鎖で縛られるのと同時に翼が流れ落ちた。
「ようやく貴殿も隙を見せたな。鬼面をけしかけた甲斐があった。これで『自由』だ」
縛られた天狗面は即座に周囲を見渡す。
変化は2つ。
まず先程まで側に居たマスターこと、汐原輝の姿が何処にも見られなかった。
そして、鬼面を包む鎖とは別の『何か』を包んだ鎖の繭が宙に固定されていた。
天狗面は即座に状況を察知する。
「マスターに何したッ!?」
察知した上で、目の前に立つ者を問い質す。
ここまで一切関与せず、鳴りを潜めていた汐原輝の中に棲む存在の一人。
鬼面や天狗面に比べ一回り小さい体格を持ち、白い狐の面を被った少年。
狐面は幼い声で、淡々と語る。
「貴殿は真っ先に視覚の共有を学習させるべきでござった。脳に蓄積された記憶を組み合わせ、『鬼の姫』を殺す一幕を作るなど容易なこと」
それは夢と同じ仕組み。
狐面は脳に蓄積された過去の記憶の断片を組み合わせ、汐原輝にとっての最悪の悪夢を作り出した。
それは天狗面にも出来ないこと高度な技だった。
(偽りの記憶を作ったッ!? やけに静かだと思ったら、そんな技術を習得してたのかッ! 全てはこの状況の為に──)
天狗面は無駄だと分かっていても、どうにか鎖を解こうとする。
しかし、鬼面ですら破壊出来ない強度に、触れるだけで能力を封じる作用。
既に天狗面は詰んでいた。
だが狐面を放置し、まして陽が殺されれば、汐原輝の処刑で内側の全員も死ぬ。
「誰か一人でも殺せば死が待ってるッ! 『自由』は無いッ!!」
「そうとも限らぬよ……安心するでござる、一人も殺さない。狙いは一匹──」
自由への渇望。
その矛先は、血の契りで自由を奪った者へ──
「『鬼の姫』を殺し、拙者は奪われた自由を取り戻す」
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