血染物語〜汐原兄弟と吸血鬼〜

寝袋未経験

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影の刃編

スーパーマーケットの死闘

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       「ジャック」

 黒装束改め、銀髪の吸血鬼はそう名乗った。だが1つ引っ掛かるところがあった。
「第10席って何?」
「……知らないんスか?え?GAVAに所属してるのに?」
「だって吸血鬼になったの…今月だし…」
「………輝君、いま幾つ?」
「16」
 そう答えるとジャックは「うわッ…」と声を漏らし、一歩後退りした。

 そして今度は顔を両手で隠した。
「若過ぎ…100歳過ぎて若いって言われてんの恥ずかしくなってきた。え、僕ってもうおじさ─」
「……おい。」
「あ、第10席の説明っスよね。」
 なんとなく、自分のペースで生きてる感じが陽と重なった。周りの空気を乱すタイプ…凄く苦手なタイプだ。そして、さっきの戦い方を見ていると勝ち目なんて湧かない。

 上記2つの理由から早々に撤退したいが、そんな事を許してくれるとは思えない。
「陛下…あ、ヴラド・ツェペシュ様には何百万と眷属がいるんスけど、まあそれらを取り仕切る12人の幹部みたいな物がありまして。僕もその1人、単純に上から10番目に強い吸血鬼って事。」
「10番目…」
 予想以上の大物に震えが止まらないが、逆に色々納得がいった。

 ドクターの座学で眷属を生み出すには相当体力を消耗すると教えられている。
 白鴉会はくあかいの構成員達がまとめて吸血鬼になっていたのも、それほどの強さなら納得が行く。
 隊長達を手も足も出させず倒せる強さにも説明がつく。

「…で、10番目に強いお前がなんでわざわざ日本まで来てレイアさんを狙うんだ。」
「陛下に頼まれたんスよ。レイア様を連れ戻せって。」
「何の為にッ!」
「何の為って…知らないっスよ。ただ逃げ出したから捕らえるだけ。私情なんか無い。」
 ジャックは左手に釣竿を持ちながら装束の中に右手を突っ込み、引っ張り出したのは大きな斧だった。

「《刃血じんけつまさかり》」
 そして血を纏わせた。元々大きめだった斧頭が更に大きくなり、190は優にありそうなジャックが持っていても地面に届くほどだった。

 斧と釣竿の二刀流。全く戦い方が想像つかない。
「輝君…一応聞きますけど、僕等の仲間になるつもりは無いですか?そしたら戦わなくて済むんスけど。」
「…お前、さっきレイアさんを連れ戻すって言ったよな。てことは、やっぱりレイアさんもお前等と敵対してるんだよな。」
「………あ。」(もしやレイア様が僕等のスパイって疑ってたのか?彼女はスパイですって雰囲気出しとけば…いや時間の問題か。)

 ジャックは即座に切り替える。
 そして既に覚悟の決めた俺に対し問い掛けを続けた。

「それで、答えは?」
「誰がお前等の仲間になんざなるか。」
「じゃあ屈服させるしか無いっスね。」
 そう言って此方にゆっくり向かってくる。斧頭の先が硬い地面に擦れ、ガリガリと削っていく。

 俺は応戦の構えを取るが、次に取る一手は既に決まっていた。

 はっきり言って、勝てる訳が無い。

 同じ吸血鬼といえど格が違う。
 吸血鬼歴1ヶ月未満の俺と吸血鬼歴100年以上の10番目に強い吸血鬼。
 剣道の素人と範士、将棋の素人と竜王…そんなのとは比べ物にならない歴の差がある。
 よって逃げの一択だ。
        ダッ!!
 俺が背を向けて逃げ出した瞬間、ジャックも距離を詰める為に走り出した。
「まあ勝てないだろうし良い判断っスけど、君が逃げたらレイア様が危険なんじゃないっスか?」
 大丈夫だ。
 有栖総隊長がそばにいる。
 それにドローン使いの神谷隊長も居る。
 だから助けが来るまで逃げれば良い。

 それに、あの斧は一撃でも喰らえば一溜まりも無いだろう。
 だが、斧の重さでジャックの機動力は下がっている。
 あの速度であれば逃げ切れ─
「釣れた。」
「ッ!?」
 突如、視界の左上から出現した釣り針が俺の左腕に深々と突き刺さり後ろにグイッと引っ張られた。

 痛みはそれ程でもないが、血が纏わりついて左腕が完全に拘束された。
 その時、俺の頭を過ぎったのはジャックに振り回された経験。
 このままジャックが俺を引っ張れば、抵抗する暇もなく奴の目の前に向かう事になる。

 そして、さっきまでと違う所が一点ある。
「まさか─」
 斧と釣り竿という世にも摩訶不思議な二刀流。
 しかし、それは釣り竿の攻撃能力の低さを斧が、斧の機動力の低さを釣り竿が、互いに補う最適な型だった。
 このままでは奴の目の前に引っ張り出されて、斧で脳天から叩き割られる。
 焦りと恐怖で一杯になる頭を落ち着けつつ解決策を考える。

 この拘束を引き剥がす事は難しいだろう。
 固体と液体の中間といった感じで、掴めないのに纏わりつく。
 だから拘束するジャックの血ではなく、俺の腕を引き千切るしかない。
 俺は右手の人差し指を左腕に当てる。

 《血銃ブラッドガン》は指先から圧縮した血を放出する技。
 イメージは水鉄砲。
 だが水鉄砲では一撃で腕を破壊出来ない。
 このイメージを更に本物の銃へ近づけなければならない。

 指先に集めた血をその場で回転させる。
 イメージするのはライフルから放たれた銃弾。
「さぁ、こっちに─」
「《血旋回銃ブラッドライフル》ッ!!」
         ズドンッ!!
 ジャックが引っ張ろうとした瞬間に放たれた血の弾丸は俺の皮膚を突き破り、肉を巻き込み骨を砕きながら尚も直進し、床に大きな穴を開けた。
「ッ…」(治せ治せ治せッ!!!)
 俺は左腕を治しつつ、エスカレーターの手すりを足場に2階に駆け上がった。

 逃げる俺を眺めながら、ジャックは釣り糸の先についた腕だった肉塊を取り外そうとした。
        パキッ…
「あ。これじゃあ使えないな。」
 ジャックは折れた釣り針を予備と交換し、動かないエスカレーターを階段代わりに一歩ずつ2階へ昇った。
 ──────────────────────
 本当に目まぐるしい1日だ。

 思えば今日は両腕を欠損した。
 右腕はジャックの鋏で斬られ、左腕は自分でぶっ飛ばした。
 普通に考えれば大怪我大量出血間違い無しだが、吸血鬼の肉体の再生力は凄まじい。
 1分程度で感覚までしっかりと戻った。

 だが再生には大量のエネルギーを消耗する。
 お腹が空いて仕方が無い。

 俺はバックから輸血パックを取り出し、中の血を口に含む。
 すると犬歯から血が吸われていき、同時に満腹感が訪れた。
 量にして200mL。
 普通に生活する分には、それだけで1日空腹にならずに済む。
 ただしコレでラスト、もっと貰っておけばよかった。

「ど~こっスか~!!!」
 血を飲みきったのとほぼ同じタイミング、ジャックの声が店内を木霊するように響き渡った。

 さらに奴の足音が此方に迫っている。
 お店は全てシャッターが降ろされ隠れられる場所は少ない。
 数少ない障害物の内、俺は通路から死角となる柱の裏に隠れていた。
 見えてバレるような事は無い。

 俺は息を殺す。
 身体を出来るだけ動かさず、柱の裏で奴が通り過ぎていくのを待った。

 コツコツという足音が遠ざかっていく。俺は安堵した。このままやり過ごせば、今来た道を戻って入り口から脱出でき─
「良くないっスよ。血の匂いなんて撒き散らしちゃ。」
「ッ!!」
 背後から聞こえたジャックの声に身体が硬直するが、視界の右端に見えた一撃をしゃがみ込んでギリギリで回避した。
        バゴンッ!!!
 斧による重撃は柱を粉砕し、白い煙が舞った。

         ダッ!!!
 煙でジャックの視界から外れた内に俺は柵を乗り越えて吹き抜けから1階へ飛び降りようとした。
「おっと。逃さないっス。」ブンッ!
 ジャックは斧の重さを利用して遠心力を生み出し、柵を乗り越えようとする俺の身体に釣り糸を一瞬で巻き付けた。
「ッ!!」
         ギチッ…
 振り解こうとしたが、糸から全身に血が纏わりつきいて千切ることすら出来ない。

「指先から血を高出力で放出。そうやって糸で両腕ごと縛られたら逃げられないっスよ…ねッ!!!」グイッ!!
      ガシャンッ!!!
 そのまま振り回され、アルミ製のシャッターを突き破り、洋服店の店内を転がった。

 光が殆ど無い環境に少しずつ目が適応していく。
 暗くても分かるほど色鮮やかな空間と新品の服の香り。
 これから戦場になることが気の毒に思う。

「探すの面倒なので、もう逃げ出さないで下さいね。」
「……逃げれないだろ。」
「弁えてくれてて嬉しいっス。」

 さっきの一撃を避けれたのはジャックが声を掛け、かつあの斧の速度だからだ。
 どちらが無くても首を斬られていただろう。
 まるで此方を試しているような動き。
 仲間に引き入れたいというのは本心なのか。

「そろそろ折れて欲しいっスね。」
         ヒュン!
 暗闇の中で円を描く様に釣り針が振り回された。
 てっきり拘束するためかと思ったが、それにしては釣り糸が短い。

 これでは俺の手前を通過するだけだと思った時、ガチャガチャと音を鳴らしながら釣り針がハンガーに掛かる上着を数十枚引っ掛けて、そのまま此方に投げつけてきた。

        バサバサッ!!
 唯でさえ視界が悪い暗闇でジャックの姿が隠される。

 無論重力がある以上、服は勝手に落ちていく。
 奴の姿が隠れていたのは1秒程度だろう。

 だが、俺は少なくとも10秒以上の時間に感じた。
 蝶のように宙を舞う色鮮やかな衣類の裏側で、ジャックが斧を此方に投げたのが見えた。

 俺は右に跳んでギリギリで躱す。
「ッ!」
        バリンッ!!!
 投げつけられた斧は壁に取り付けられた鏡を割りながら壁に刺さった。
「ッぶね─」
「《刃血じんけつ》」
「ッ!」バシッ!!
 ジャックは右手の武器をナイフに持ち替えて斬り掛かってくる。目を狙ったジャックの一撃を腕を両手で掴んで止めた。
「頑張れ頑張れ。」
「ぐッ……んがああああッ!!!」
 だが力では勝てない。俺の両腕でようやくジャックの片腕を止めれる程の力量差。

 俺は右手を離すと同時に左手でジャックの腕を押して攻撃の軌道を逸らし、右手の人差し指をジャックの胸に向ける。

 さっきのイメージを思い出す。
 指先で血を横回転させ、そして解き放つ。
「《血旋回銃ブラッドライフル》ッ!!!」
「ッ!」
 ジャックは右手を引き戻し、ナイフを盾に俺の攻撃を正面から受け止めた。
        ガキンッ!!!
 だが血を纏ったナイフはジャックの手から弾き飛ばされ、ジャックの右脇腹を抉った。

 さっき自分に撃って分かっていたが、この技の威力は凄まじい。

 現に第10席にすら通用した。この技があれば─「あと何回撃てるんスか?」

 腹の傷を既に治しているジャックがそう尋ねた。
「何回?」
「だから…その技、あと何回撃てるんスか?」
「何の話─」ガクッ…
 気付けば俺は膝をついていた。立ち上がろうとするが、重りでも背負ってるのかと錯覚してしまうほど身体が鈍く、吐き気と寒気が止まらない。

「出力は悪くないけど、大量の血を打ち出す訳なんだから消耗は激しい。そんな使い方、僕でもキツイっスよ。」
 血液操作のデメリット。そんな話を何時だったかされた気もする。血銃の時はそこまで消耗しなかったから気にも留めていなかった。

 だが後悔してる暇は無い。ジャックはナイフを拾って此方に歩いてくる。どうやら虎の子を出すしか無い。俺はしゃがみ込んだまま左腕で目を覆う。
「じゃあこれにてお開き─」
 コロコロ…
「ん?これ…」
「《Activation》ッ!!」
 キィーーーーーンッ!!!
 転がしたのは閃光手榴弾だ。スイッチを入れた後、音声で起爆させるGAVA専用の物。

 さっき輸血パックを見つけた時に、貰っていた事を偶然思い出し、ずっと機会を伺っていた。
「ガッ…」
 ジャックはもろに喰らった。閃光が視覚を、爆音がお互いの聴覚を奪い取った。ジャックの動きが止まっている内に、鼓膜を再生しながら俺はある物を取りに走る。

「こんな物使って、な~にする気ッスか!!!」
 破れた鼓膜と失明した眼を再生したジャックが語気に若干の怒りを孕んで、此方に迫ってくる。

 俺は壁に突き刺さった斧に手を伸ばす。そして壁けら引き抜き、向かってくるジャックに斬り掛かった。
 ガキンッ!!!
 刃がぶつかり火花が散り、俺は弾けるようにジャックと距離を取る。武器を持っても実力差が埋まるわけではないが、それでも打ち合える。

「それ僕のなんスけど…返して貰えます?」
「ポイ捨てしたろ。もう俺のだ。」
「捨てたんじゃないっスよ。代わりにコレ上げるんで。」
 ジャックは何かを取り出し、そして一瞬で距離を詰めてきた。

 俺はジャックの頭を狙って斧を振ったが、ジャックは容易に躱し、俺の目に向かって取り出した物を投げつけた。
 ブスッ…
「いッ!?」
 突如鋭い痛みと共に右の視界が奪われた。
「さっき君が折った釣り針っスよ。再利用しました。」
 ジャックは俺の遠近感を奪い、顔面に向かって蹴りを放った。
 バゴンッ!!!
「ッ!!」
 俺は咄嗟に斧を盾にして防御したが、勢いを殺し切れずシャッターを突き破り、通路に戻ってきた。

 俺はすぐに左目を正面に向ける。目を離せば─
         ガシッ!
(いつの間に─)
        ぐいんッ!!!         
 右目の死角を利用して俺の背後を取ったジャックは3階から1階まで吹き抜けとなっているスーパーマーケットの構造を利用し、俺の身体を3階の天井まで叩きつけた。
         バシンッ!!!
「かはッ…」
 背中に受けた衝撃に息が漏れ出した。そして重力に逆らって叩きつけられた俺の身体は、今度は重力に従って3階の床に落下した。

 背中の痛みを堪えつつ、右目の針を抜いて再生を始める。すぐに追ってくると思ったが、ジャックは未だに姿を見せない。

 だが奴は来ると俺は確信していた。第六感というやつだろう。ジャックのへばり付いていくる殺気を未だに全身で感じていた。

         バゴッ…
 何処か遠くから破裂音が聞こえた。そして音のした方向からジャックが歩いてきた。その右手にはゴルフクラブが握られていた。

「お待たせしました。では再開っス。」
 スパンッ!!
 そして左手から4つのゴルフボールを落とし、地面に着く前に打ち込んできた。

 俺はボールの軌道を見て、可能な限り避けようとしたが、ボールは俺に向かってではなく見当違いな場所に飛んでいった。
 カンッ…
 それなら構う必要はない。身を翻して逃げようと─
 バコンッ!!
 後ろを振り返った俺の眉間にゴルフボールが命中した。
「がッ!?」(何処から…跳弾かッ!!)
 俺はブレる視界を頼りに、次いで迫ってくる3球を躱した。

 だがボールの行く先、俺の後ろにはジャックがいる。
「避けていいんスか。」
 スパンッ!!
 自分の下へ戻ってきたボールをジャックは再度クラブで打ち込んできた。
 まるで樫村隊長の技の様だった。

 俺はジャックの追撃を躱し、逃げるようにおもちゃコーナーへ飛び込んだ。
 ゲーム機からぬいぐるみ、幼児用の物まで幅広く取り扱っており、そのために大量の巨大な棚が置かれていた。

 棚の裏に駆け込みジャックの視線から逃れようとする。
 その時、正面にバックヤードへ続くゲートがあるのを見つけ、ジャックの死角に入る事を意識しつつ走り出す。

 だが棚の僅かな隙間や反響する音からジャックは常に俺の位置を捕捉し続けていた。故に焦りは無かった。
「後払いでいいっスよね。」
 おもちゃコーナーの入り口付近にある吸盤付きの矢がセットになった、子ども用の弓を左手に持つ。

 そして吸盤のついた矢の代わりにナイフをつがえる。
「《刃血じんけつやじり》」
 ジャックはおもちゃの弓に血を纏わせた。弓幹と弦の強度を上げ、力いっぱい弦を引く。
        ギチギチギチ…
 ジャックが狙うのは──俺の進行方向。
        パンッ!!!
 放たれた一射はあらゆる障害物を貫き、俺の右脚を捩じ切った。

「ッ─」
        ドサッ!!
 踏み出す脚を失った俺は勢いそのまま地面に倒れる。
 即座に脚の再生を行うとするが、その時ジャックがもう一度放とうとしている事に気付く。

 俺はジャックを真似て斧に血を纏わせる。
 ジャックが俺の一撃を血を纏ったナイフで防いだように、奴の一撃も血を纏った武器を盾に防ごうとした。
        パンッ!!!
 放たれた一射は俺の心臓を狙っていた。
 鉄製の棚すら貫く一撃を、鉄製の斧頭で防げる訳が無い。

 そして血を纏わせるだけでは武器の強度は上がらない。
 ジャックの技は緻密な精度があって初めて成立する。
        ガキンッ!!!
 だが幸運にも斧に纏わせた血の粘性がジャックの放った一射の勢いを減少させ、本来であれば砕けるしか無かった斧が盾として成立する結果となった。
        ドシュ!!!
 だが勢いを殺し切れる訳がなく俺の肋骨を、そして右肺を貫いた。

 斧頭にヒビが入った斧は俺の手元から弾き飛ばされ、回転しながらバックヤードの入り口付近に落下した。

「うッ…」ごっくん
 俺は食道を逆流してきた血を飲み込み、身体から流れ出し続ける血を体内に戻しつつ、右脚の再生を優先させる。
 呼吸のしづらさはあるが、ジャックから逃げる為の脚を早く治さなければ再度打たれて殺される。

 右脚を治ると同時に俺は素早く立ち上がる。
 ジャックからの追撃を想定しつつ、更に胸の穴を再生させる。

 だが3射目は来なかった。
 代わりにジャック本人が俺の前に姿を現す。
「よく生きてたっスね。」
 プラスチック製の弓幹はジャックの引く力で既にへし折れていた。
 それを抜きにしてもジャックには射る気はなかった。

(心肺を損傷して血液操作の運用効率は下がってる筈…それであの再生速度…よほど再生効率が良いのか。君は12席に成り得る存在かもしれないね…でも、そこが限界なら要らない。)

 故にギアを一段上げる事に決めた。
 俺が何処まで対応出来るか、ジャックは興味を持った。

「では、宣言通り返して貰うっスよ。」
 ジャックは釣り竿を振り回し此方に向かって投げてきた。だが釣り針と糸は俺の身体に引っ掛かる訳でもなく、俺の頭上を通り越した。
「ッ!?」(外し…いや、今の何を狙って─)
 ジャックが狙っていたのは俺の後ろ。

 バックヤードへの入り口前に落ちた斧の柄にあるストラップ用の穴。神業の如き技量で穴に釣り針を引っ掛けた。
「そのまま終わるくらいなら、最期は僕の物として壊れな。」
 そして竿を、糸を、そして針を伝って再び斧に血を纏わせる。

「《融刃血ゆうじんけつ蛇乱斧じゃらんぶ》」グイッ!!!
 ジャックは竿を勢い良く振った。
 ガガガガガガガッ!!!
 釣り上げられた斧は這うように壁を削りながらジャックの下へ戻った。

「クソ…」(また斧がジャックのところに─)
 それは単に斧を回収するためではない。ジャックは戻ってきた斧を釣り竿と繋げたまま上空へ投げる。

「は?」
 呆気に取られる俺に対し、ジャックは釣り竿を握り直す。
「ちゃんと避けて下さいね。」
 次の瞬間、吸血鬼の膂力、竿による遠心力と斧の質量が合わさり、流星のごとき勢いで振り下ろされた。
   ズドゴオオオオオオオオオン!!!!
「くッ!?」
 一瞬の戸惑いによって逃げ遅れた俺の左脚、そして足場を叩き壊した。

 ジャックの強み、それは血液操作でも膂力でも再生能力でもなく、見様見真似であらゆる武器のポテンシャルを100%引き出せる、まさに戦士達の影。
 そして、それらの技術を組み合わせて凌駕する。

 そんなジャックの本領を発揮した一撃によって、俺は瓦礫に巻き込まれて2階の洋服店も突き破って1階の食品コーナーへ落下した。

 玩具と衣類と食品がグチャグチャになった瓦礫の中から、潰れた片脚でなんとか這い出ようとする俺の前にジャックは降り立った。
        スタッ…
 その手には斧頭が粉々になり、柄だけになった斧が握られていた。
「日本製は基本的に品質がいいっスからね。壊れかけでここまで出来るとは想像以上でした。僕からすればゴミ箱も宝箱。」
「くっ…」
「その傷…もう治せないみたいっスね。まあ、ギリギリ及第点…けど、わざわざリスク取って回収していくまでもないかな。」
 そう言ってジャックはナイフを手に取った。

 俺は何とか頭を上げ、ジャックと目を合わせようとした。
「ッ!」
 そして奴の瞳を見て気付いた。
 そこに先程までの張り付いた様な微笑みはなく、既に俺に対する興味を失っていた。

「遺言聞きますけど、なんかあります?」
 冷たいジャックの声に喉が震える。
「レイアさんが、お前等に…何、したんだ…」
「…眷属のくせに、本当に何も知らないんスね。彼女は裏切者っスよ。第4席という地位を持ちながら、陛下を裏切った大罪人。」
 裏切者や大罪人という呼ばれ方は、追われる状況なら何となく結びつく。

 だが─
「第4席…レイアさんが?」
 ジャックと同様、ヴラドに認められた"4"番目に強い吸血鬼。
 そんな恐ろしい存在と、優しいレイアさんでは全く結び付かない。

「『鬼の姫』レイア。陛下から直接血を受け取った純血の眷属っスよ。」
 ジャックは困惑する俺に畳み掛けるように説明を続けた。
 嘘を言っているようには見えなかった。
 何より殺す直前にわざわざ嘘を教える必要も無い。

「しかし、最期の時間をこんな事に使うなんて…随分と御執心っスね。君にとって、レイア様は何なんすか?」
「…主で、命の恩人だ。」
「だから命を張ると?もし裏切られてるとしても?」
 何故、こんな事を立て続けに尋ねてきたのかは分からない。

 最後の最後に俺への興味が再燃したのか。

「それに見合うだけの恩がある。」

 例え、俺を眷属にしたのがヴラドから逃れる為の弾除けだったとしても、彼女は死の淵から俺を救った。

 色々訓練したり、痛い思いもした。
 それでも後悔は無い。
 何より、これこそが惚れた弱みというやつだろう。
「答えてくれてありがとう。じゃ、さよなら。」
 俺の脳天に向かって、何の躊躇いも無く刃が振り下ろされた。














 人生初のスーパーマーケットに第4席の彼女は若干、いや普通に迷子になっていた。

 スーパー入り口付近で俺とジャックの戦闘の痕跡を発見した彼女の前には、2階に続くエスカレーターと地下駐車場へ続くエスカレーターが存在した。

 その頃、俺とジャックは隠れんぼ状態になっており完全な静寂。ヒントは無い。

 そこで彼女は地下駐車場に向かったと判断し、地下3階まで続く駐車場を駆け降りて探し回っていたのだ。

 そして地下3階まで来て何も見つからなかった時、ジャックの《融刃血ゆうじんけつ蛇乱斧じゃらんぶ》による破壊音が聞こえ、真っ先にエスカレーターを駆け上がった。

 そして俺と、今にも俺を殺そうとするジャックの姿を見つけるや否や、柱を足場に重力を無視した空中軌道で一気に距離を詰めた。
「ッ!?」
        シュッ!!
 彼女の放った不意討ちの貫手をジャックは躱して距離を取る。

 いや、敢えて言うなら躱せなかった。ジャックの閉じられた右目から血が流れていた。

 金色の髪と瞳を持つ少女が俺とジャックの間に立つ。ハァハァと肩から息をする彼女の姿に俺は少し安堵した。

 あの日、俺の命を救ってくれた彼女の行動には嘘も打算も無かったのだ。

「ごめんなさい…輝さん。」

 彼女は振り返る事なく俺に謝罪の言葉を掛けた。いつものフワフワした優しい声とは違う、悲しみと怒りを含んだ様な声だった。

 右目を再生させたジャックは緊張と同時に、懐かしさを覚える。
「そんな顔出来たんスね。」
 殺気の籠もったレイアの双眸がジャックを捉えていた。
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

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