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1 赤い桜

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第一章 赤い桜

『高校生連続殺人事件。未だ、犯人は逃走中です』

アナウンサーの声の後、殺人事件の現場の様子が画面に流れていた。
現在、高校生の深城瑞軌しんじょうみずきはそのニュースを横目で見ながら、朝食のパンを食べていた。

「心配だわぁ、瑞軌ちゃんは高校2年生だもの。下校中は充分気をつけてね?」
「うーん、お母さんは心配しすぎだよ。まずこの事件、京都で起こったことだよ?犯人が、のこのこ東京まで来るなんてことないから」
「そうだけど………」

でも実際、この事件の始まりの地は、九州の大分県。どんどん都心の方へと近づいてきている。大分県、広島県、香川県、そして現在、京都で高校生が殺された。
不愉快なことに高校生が殺されているのだ。同じ高校生として、少し怖いとも思う。
私は最後の一口のパンを口に放り込み、席を立つ。

「ご馳走様。今日、日直だから早く行くね」
「そうなの?朝だからって油断しないようにね、いってらっしゃい」

髪ゴムで髪を一つに結え、ソファに置いてあるリュックを背負い、家を出た。
外の光景は普段と変わりなく、よく晴れた良い天気だった。季節も丁度春真っ盛りで、自転車を漕いでいて、春風がほのかに暖かくて気持ちがいい。
『今週は桜が満開に咲くでしょう』と開花予報で言っていた気がする。
桜は、好きだ。微かに香る甘い匂いも、儚さも、日本の美のシンボルだと思う。
春風に身を任せ、自転車を漕いでいると、高校の校門が見えてきていた。

      ☆★☆

「瑞軌ちゃん、おはよ!今日は日直だったの?偉いね~ちゃんと朝早く来て仕事するんだ」
「特に朝ってすることないから、朝早く学校来て無気力にぼーっとしてる方が楽しいかなって思って、てかそういう若菜もいつも早く来て偉いよね」

1年B組の教室に入ると、クラスメイトの広瀬若菜ひろせわかなさんが話しかけてきた。
彼女は見た目にそぐわず、成績優秀でクラスの男子生徒からは女神と呼ばれている。見た目は夢見がちな子に見えるが、頭の中は難しい公式や、英単語などでいっぱいなんだろうなと思う。そして私の数少ない友達だ。女神様を気安く友達と言っていいのか疑われるが、いつも話しかけてくれることに些細な感謝を胸の中で感じている。
そんな女神様だが、かえって女子に憎まれる存在でもあるのだ。放課後呼び出された若菜は、とある男子に告白をされたらしい。ごめんなさい、と断ったらしいがとある男子というのが学年でイケメンと騒がれている男子だったのだ。その男子のファンクラブ的な女子から若菜は憎まれている。どこぞの少女漫画かよ、とツッコミたくなるがぐっと堪える。

「おーい?瑞軌ちゃん?」
「………………え?何?」
「大丈夫?会話の途中でもぼーっとしちゃう癖がついちゃったんじゃないの、ダメだよ?もう、世の中今すごく物騒なんだからね!」
「それって連続殺人の?」
「そうだよ、ついさっき最新情報で静岡に出たんだって!怖いよね!どんどんこっちに来てるよ。それに痕跡とかいまだに何も見つかってないっていうのが何よりも不思議というか、このまま犯人が捕まらなかったらどうしよう」

私が呑気に春風を感じていた時にそんなことが起こっていたのか。そしてこの子は情報を入手するのが早過ぎる。
京都から一気に静岡まで来るとなると東京に出る可能性もゼロではなくなる。一体交通手段をどのようにして扱っているのか本当に不思議だ。若菜が言うように痕跡がないから、なおのことおかしい。

「また高校生だよ、まだ若いのに死んじゃうなんて人生が勿体ないし、それに両親だってすごい悲しいよね…」
「そうだね、ここまでニュースで騒がれてたら高校の方も何かしら動き出すかもね。朝のホームルームで何か言われるかも。そろそろ予鈴が鳴るし、席に戻ろう?」
「……うん」

予鈴が鳴った後、担任の教師が教室に入ってきた。
教師たちの朝の会議で、先程話題になっていた殺人事件について話されたらしい。私たちはなるべく家の近い人と帰るように、と指示が出された。
私は元々、家も近いので自転車で登下校している。襲われる心配はあまりない。しかし、若菜は電車で通っていると言っていたので、危険なのは若菜の方だ。可愛いし、どこか気の抜けたところに殺人犯が襲ってきたりしたら命はないだろう。
そして、私は友達の心配をしていたので、朝のホームルームは何を話していたのか特に聞いていなかったのである。

      ☆★☆

その後は、普段と変わりなく授業を受け、お昼を食べ、また授業を受ける予定だったが、若菜から聞いたところ、早く下校することになったらしい。ホームルームの時に言われたことだったらしいが、私の耳には入っていなかったようだ。

「早く帰れるのは嬉しいよね!お家でゆっくり休めるから」
「まあねー…………若菜。帰りは気をつけてね?か弱い女の子は狙われやすいから」
「瑞軌ちゃんこそ、人のこと言えないでしょ!今日はやけにぼーっとしてるから気をつけるんだよ!ホームルームの話を全く聞いてなかったし、地理の時なんか先生に二回も注意されてたでしょ!もう、私見てて凄く冷や冷やしてたんだから!」

なんだこの可愛い生き物は。
上目遣いで私の腕をブンブン振り怒る姿は、女子でも惚れると言っていい、まさに女神。

ーーそんなことは今は、どうでもいいのだ。それよりも早く帰って、録画していたドラマが早く見たい。
私は適当にリュックに教科書やノートなどを詰め込み、背負う。

「私、早く家に帰るね。若菜、電車の中でも絶対に気をつけるんだよ?
「わかってるよ~!瑞稀ちゃんも油断しないようにね、私は駅が一緒の人と帰るから。また明日!」

そう言って彼女は隣の教室へと行ってしまった。友達が多いことは、良いことだとしみじみ思う。
教室を出て階段を降り、靴箱から外靴に履き替えて駐輪場へと向かった。特に考えることもなく各々、下校している生徒がいるなかを自転車を漕いで家に帰って行く。
昼過ぎの空は、朝よりも雲がかかっていて、太陽が所々顔を出していた。
殺人犯がいる様子もなく、家に到着した。玄関の扉を開けると目の前にはお母さんがいた。

「ただいま…」
「お帰り、瑞稀ちゃん。お母さん今から買い物に行くから自転車借りても良いかしら?お使いを頼みたかったけど、朝にまた高校生がお亡くなりになっちゃったから…」
「あーうん、いいよ使って。出掛けないし、いってらっしゃい」
「そう、それじゃあ行ってきます」

すれ違いざまに「おやつは冷蔵庫に入ってるからね」と言い、お母さんは家を出た。
私は部屋に行きリュックを投げ捨て、楽な服に着替えた。
朝早かったため、今頃になって眠気が襲ってくる。このまま布団に入れば寝てしまいそうだった。録画しているドラマを早く見たいのに、と思っているとあることに気がつく。

「日直日誌先生に出してないっ!!!!」

投げ捨てたリュックを鷲掴み、中を開くと適当に詰め込んだ教科書やノートたちに紛れて日直日誌も紛れていた。
やっと一安心できると思ったらこれだよ。
私は、もう一度制服に着替え直し、外に出た。自転車はお母さんが使っているため、徒歩で行かなくてはならない。
日直日誌片手に走る。学校から家が近くて今更ながらにありがたさを痛感した。
学校に到着すると生徒達はもう帰っていて、教室は全て静まり返っていた。私は、職員室に入り担任の教師に謝罪と共に日直日誌を渡した。
さて、早く帰れたことだしこんなことに時間を費やしていては損だと思い、職員室に背を向けて帰ろうとしたとき。
廊下の窓から体育倉庫の裏に男子一人と女子一人が向かい合って何かを喋っている様子が見えた。
その背後の壁に隠れてフードを被った男がナイフを持ち立っていた。

「っ………」

驚きの光景に思わず息を呑む。

そこにいる女子は先程、話したばかりの私の友達、広瀬若菜だった。

      ☆★☆

瑞軌ちゃんと別れた後、私は駅が一緒のお友達と帰る予定だったので、隣のクラスへと顔を出した。

「あ、若菜だぁー、ごめんね!私今日バイトのシフト入れちゃっててさぁー、忘れてた!本当にごめん!だから一緒に帰れないんだ」
「え!そうなんだ、わかった!じゃあまた今度一緒に帰ろうね、最近物騒だから気をつけるんだよ?」
「うわ~まじ女神!ありがとー、また明日」

ひらひらと手を振りながら友達は、急いで教室を出て行った。
帰る人がいなくなり、果てどうするかと悩んでいると、一人の男子生徒が私に声をかけてきた。

「あの、広瀬さん。今急ぎの用がないのならこの後体育倉庫裏に来てもらえませんか」

見た目弱々しい感じだが、よく見ると顔立ちが良く整っている子だった。
私が友達と帰れないのを見計らったかのように声をかけてきたのに少々頭にきたが、平気な振りを装う。

「今丁度用事が無くなったから大丈夫だよ~、聞かれたくないような内容なら皆んなが帰ってからぐらいの時が丁度いいかもね」

無論、私はこの手のタイプは嫌いだ。だから何があっても断る。女子から憎まれていても、友達の瑞軌ちゃんだけは、私の味方だからと言って微笑んでくれた。付き合うのなら瑞軌ちゃんの様にクールで優しい女子の方がまだ付き合いたいと思った。でもそれはきっと、友達という枠だからなんだろうと思う。
瑞軌ちゃんは、自分はクラスの中では浮いた存在だと言っていたけれど、皆んな瑞軌ちゃんが近寄りがたいオーラを放っているから声をかけづらいだけなのだ。だから今日はやけにぼーっとしていたことにクラスの人達は驚いただろうに。
そんなことを考えていると、既にクラスにいる生徒の人数は少なくなっていた。

「私、先に体育倉庫の方に行ってるから。二人で行動してると、怪しまれちゃうし」

こんなこと、やるだけ時間の無駄なのだ。高校生のお遊びに過ぎないのだから。
鞄を持ち直し、体育倉庫へと向かった。
昼過ぎの空は、朝よりも雲がかかっていて、晴れやかとはあまり言えない天気だった。しかし、風は強くサクラの花びらがひらひらと散って、地に落ちている。すると、先程の男子生徒がやってきた。

「先に行かせてごめんなさい。まだ4月でも外は寒いですよね」
「大丈夫だよ、桜が綺麗で見ていて楽しかったから」

早く帰りたいな、と思う。

「あの、ここに呼び出した理由は、広瀬さんへ僕の思いを伝えたかったからです」

早く終わって欲しい。

「貴方のことが………………」

その時だった。

目の前の男子生徒が私の背後を見て、危ない!と叫びそれと同時にナイフを持った男が背後へと現れた。
刺されると思い身構えたが、それは友の背によって守られた。
目の前の少女に目を見張る。

「瑞軌ちゃんっ!!!!」

彼女は大量の血を流し、地に落ちた桜の上に血溜まりを作っていた。

      ☆★☆

状況を見る限り、若菜は男子生徒に呼び出されて、愛の告白をされているのだろう。私がとやかくいう立場ではないのでこのまま家に帰りたいところだが……
明らかに側に不審者がいる。
ナイフを持っている時点で普通ではない。脳裏に、今朝の話を思い出す。静岡で高校生が殺された事件。さすがにすぐこちらには来れないだろうと思っていた。
けれど今の光景は、とてもじゃないが条件が合いすぎている。
私は思考を働かせるよりも先に足を動かしていた。
私は、ちっぽけな存在でしかない。若菜の様に成績優秀で可愛くて皆んなから愛されている女神のような存在ではないのだ。
それなのに彼女はこんな自分にしつこく話しかけてきてくれて、だんだんとお互い心を開く様になったのだ。
嬉しかった。友達というのが。
階段を駆け下り、外靴も履かずに上履きで外を出た。体育倉庫裏はすぐそこだ。

しかし、私が駆けつけて、なにができるんだろう、とふと思い、足が止まる。
不審者をどうにかしなくてはならないのだ。
しかし、どうやって止めればいいのか分からない。

自分の大切な命がなくなるかもしれないのに。

そう思ってしまう自分が嫌いだ。
また足を動かす。今度は不審者に足音を聞かれないように物音を出さずに近づく。
しかし、不審者はナイフを持ち直し若菜の方へと姿を現した。

殺されてしまう。
一番の友達が目の前で殺されるのは、絶対に後々後悔する。悲しくなる。

ーーーーそれなら自分で守るんだ

大切なものを失わないために。



「瑞軌ちゃんっ!!!!」



桜の花びらが真っ赤に薄汚れて見えた。

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