ゴブリンロード

水鳥天

文字の大きさ
132 / 213

一人

しおりを挟む
 ヴァルの頭上で脱力しているユウトの目前には降り立つことのできる草原と大地が広がっている。それまでユウトが感じていたヴァルの表面に吸い付くような感覚は急に衰え、滑り落ちるようにユウトは地に足を付けた。

「急用ガ出来タ。一時離脱スル」

 ユウトが振り返る間もなくヴァルはそう語りながらユウトから後退して距離をとる。

「えっ?いいのか?」

 突然のヴァルの報告にユウトは聞き返すもヴァルはお構いなしに返事をすることもなくユウトを運んだように空高く打ちあがっていった。

「行ってしまった・・・」

 角度を付けながら昇っていくヴァルを視線で追いかけながら空を仰いだユウトは日差しのまぶしさですぐにヴァルを見失ってしまう。一人残されたユウトはフードを深く被り賑わうすぐそばのテント群に目を移して一息ついた。

 ユウトには誰からの視線も殺気も感じない。

「もしかして・・・今オレは一人なのか」

 ユウトはこの世界に来て初めて孤独を感じている。ゴブリンの身体となってこの世界で目覚めてから常に誰かと共にあった。任務を与えたセブルもラトムも今はいない。寂しさを感じながらもどこか身軽でほっとするような気がした。

 ゆっくりとその場へユウトは腰を下ろすと草むらに四肢を投げ出し仰向けになる。遠くに聞こえるテント群の喧噪と風に揺れて擦れ合う草の音が聞こえていた。フードで遮った端から見える雲の緩やかに流れていく。鼻からゆっくり大きく空気をを吸い込んで口から出した。

 一人ぼんやりと思考を巡らせ始める。思いお起こされるのは前の世界のことばかりだった。つらく、後悔の多いことだらけの前の世界の出来事であってもどこか懐かしく、どこか遠くの出来事のように感じる。ただ未練がないわけでもなかった。当たり前ではなくなって初めて恋しさを覚えるものもある。こうして人ならざるモノに姿を変え異世界に身を置くことになるのなら、もっとできたこともやっておきたかったこともあったと自覚した。

 そこまで考えてユウトは身を起こすと座りこむ。そして現在、ゴブリンとしての自分はどうだろうかと記憶をたどった。

 行き当たりばったりで命を懸け続けてきたことに思わずユウトは自嘲して声が漏れる。思想も理想もないまま本能で突き進んできただけなのかもと自問した。

 座り込んで落とした視界に灰色の肌と浅黒い爪の異形の手が写る。左腕の袖をまくるとぐるりと金糸で縛りつけたような傷跡。腰ひもには光魔剣に丸薬。右腕をまくると自身の歯形の傷跡。そして首を触れば肌に張り付く魔術枷の手触り。そのどれも一つ一つに重ねてきた決断を思い起こさせられた。

 そしてまた一つ、ユウトは決断の責任を取らなければいけないと思う。真っ向からガラルドと戦ってまで通したこの決断は重い。その結果ある保留にし続けてきた自身の問題に向き合わなければならくなった。

「ゴブリンとして生きていく覚悟・・・か」

 ヨーレンにもジヴァにも否定された人の身体に戻れる可能性。それでもユウトはその希望をどこか捨てきれず、その希望が本人の立ち位置を不安定にさせてきた。マレイやネイラ、ジヴァのような人種がいていいこの世界においても、人でありたいという未練をユウトは心の隅でくすぶらせている。魔女の館で語ったユウトの決断はユウト自身への偽りはないと断言できた。それでも残っていた人への未練のくすぶりをユウトはゆっくりと丁寧に押しつぶすように消火していく。物思いにふける遠い過去の人としての記憶が匂う。決して忘れられはしないだろうとユウトは感じながらも、この決戦に決着がつくまでは思いだすことはないとその思い出への扉を閉じた。

 遠く流れる雲と地平線を一人眺めながらじっとその場に座り続けるユウト。しばらくして唐突に腹が小さくきゅーと音を立てたのがわかった。

「ああ、腹が減ったな」

 そう言ってふっと小さく笑ってユウトは立ち上がると振り向き、テント群に向けて歩き始める。空腹を主張するゴブリンの身体はがめつく料理のスパイスと香ばしい匂いの出所を確かに感じ取っていた。



 黒い影が木々の間を駆けていく。しなやかに身のこなしで石の張り出した崖すらものともせず登りきり高台でその足を止めた。

 それは黒豹のようないでたちのセブル。その背中にはレナがしがみついている。二人はあたりを見回した。そしてすぐに気づく。不自然に揺れる木と飛び立つ鳥達に覗く黒々とした不定形の何か。

「アレが・・・大魔獣か」

 レナは跨るセブルに確認するように語り掛けると腰の鞄から巻物を取り出して広げる。さらに頑丈に補強された方位磁針と筆記具を取り出し入念に確認しながら大魔獣の位置を巻物に記された周辺地図に書き込んだ。その地図には他の日付の大魔獣の位置がいくつも記されている。

記録された大魔獣の位置の移り変わりは蛇行しながらもある方角へ着実に進んでいることがレナには分かった。

「この進行の過程なら確かに予定通りに決戦当日がやってくるわね」

 そう言いながらレナは地図と道具を片づけ始める。

「どうしたのセブル?なんだか強張っているけど。ユウトが心配?」
「がぅ・・・」

 セブルは気のない返事を返すばかりで大魔獣の方をじっと見つめ続けていた。

「ユウトじゃないか。やっぱり大魔獣が気になるわけね。
 ねぇセブル。これは答えなくていいけれどあたしも気になるから言っておきたい。あんたはただの魔獣じゃないことはわかる。でもだったら何なの?っていう疑問は残るわ」

 レナの語る言葉にセブルは何の反応も示さない。

「その様子だと簡単には答えられないだろうけど、あたしは知りたい。だからいつか。いつかでいいから教えてよ。今はこれ以上聞かない」

 それまで微動だにしなかったセブルはほんの少しだけ首をもたげた。

「さっ!戻ろう。後は報告するだけよ」

 レナは声を張ってそう言うとセブルの背中を撫でる。それに答えてセブルも身体を大きく膨らませると勢いよく高台から飛び降りていった。

 そして誰もいなくなった高台に風が吹く。その風に乗って遠くうごめく大魔獣の方角から生き物の絶命する叫びがかすかに響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇
ファンタジー
ワノクニ、蒼神流・蒼月道場。 天城蒼真は幼き頃から剣を学び、努力を重ねてきた。 だがある日、異世界から来た「勇者」瀬名隼人との出会いが、すべてを変える。 鍛錬も経験もない隼人は、生まれながらの天才。 一目見ただけで蒼真と幼馴染の朱音の剣筋を見切り、打ち破った。 朱音は琴音の命で、隼人の旅に同行することを決意する。 悔しさを抱えた蒼真は、道場を後にする。 目指すは“修羅の山”――魔族が封印され、誰も生きて戻らぬ死地へと旅立つ。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...