ゴブリンロード

水鳥天

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防戦

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 車輪の車軸が一つ折れて動きを止めてしまった荷馬車。繋がれたままの馬が脚を鳴らしてその身を震わせるごとに荷車に備え付けられた魔術灯の明かりが揺らめいた。

 頼りない明かりを放つ魔術灯とレナが普段身に着ける携行用魔術灯のおかげでかろうじてまだ魔獣の位置をレナはとらえられている。徹底して魔獣が動き出す瞬間を狙いすまし、攻撃範囲の優位性を持って的確な牽制攻撃を繰り出し続けていた。

 ここまでに何度かの衝突を繰り返しながらも未だ傷を負うことはない。しかしレナにとっての状況は刻一刻と悪化し続けていた。ついに日は完全にその姿を消し、赤く染まる地平線の空は夜のとばりに覆われようとしている。魔術灯の明かりだけでは魔獣の全身像を映し出すには心もとなかった。

 不安定に波打つ魔獣の身体はたとえ赤く輝く両眼によっておおよその位置は掴めても、暗闇はその姿をぼやけさせる。それはレナが魔獣の予備動作を掴むことをさらに困難にさせた。

 魔獣の攻撃を仕掛ける瞬間で抑えることによって避け続けているレナの神経への負担は増していく。レナはついに後退を始め、脚を使いながら魔獣の爪を回避せざるを得なくなってきていた。

「いよいよ見えなくなってきたか。単調なおかげでまだよけれるけど・・・」

 レナは誰に話しかけるでもなく確認するようにつぶやく。それまで相対していた魔獣は何度かの攻防によって距離を掴んできたのかレナから一定距離を保ちながら左右に動き始めていた。

「まったくやっかいな」

 じりじりとレナは後退させられていく。そしてぐらりと暗闇に浮かんだ両眼が揺れた。

 魔獣の動きを察知し、レナは魔槍に力を込めて光の刃を顕現させる。突き出された槍の速度にのった延びる光の刃が瞬く間に魔獣の両眼真中へと迫った。

 切っ先が魔獣の黒々とした身体を捉える。しかし刃の切っ先が捉えたのはレナが狙い定めた眉間ではなかった。

 距離を詰める魔獣の動きは衰えない。魔獣はレナとの間合いを一直線ではなくレナを中心とした渦を描くように位置をずらすように動いていた。

 レナはすぐさま身を低くして横に跳ぶ。元居た場所に鋭い何かが空を切った。

 一足に跳んで着地をしたレナは間もなく反撃を行う。斜め上方目掛けて切り上げた魔槍の光の刃が暗闇に弧を描いた。

 次の瞬間、赤い二つの眼はその輝きを失う。そしてどさりという音と共に石畳の上を滑っていった。

 振り切った魔槍を手元に引き寄せながらレナは大きく数歩跳んで下がる。周囲を警戒した後、ふっと息を短く吐いた。

 だがすぐに大きく吸って呼吸を止める。レナはじっとりとした緊張感で汗ばんだ。周囲への警戒心をより強くするも、あたりにはこれまであった赤い眼はない。あるのは不気味に空を切る複数の何かの音だけだった。

 そのうち風を切るだけだった音に石畳を鋭利な何かで削るような音が混じりだす。距離が離れてしまった荷馬車の魔術灯の明かりではそれが何なのかレナは把握することができないでいた。

 異様な事態を察してレナは後ろに下がろうと軽く跳ぼうとしたその時、構えて前に出していた片足を何かがひっかける。防御態勢を取って前方へ突き出していた魔槍を潜り抜けた何かにレナは驚きながらも受け身を取りながら倒れ込んだ。そして転がるようにして何かから距離をとる。立ち上がろうとしてひっかけられたふくらはぎに違和感を感じた。

 暗闇ではっきりと見えなくても違和感の正体をレナはすぐに理解する。斬られていた。

 何とかレナは立ち上がり構えをとる。そして傷の程度を観察するようにじりと体重をかけて様子を様子を観察した。

 それと同時に空気を切り裂きながら迫る何かを察知してレナはより慎重に防御態勢をとる。ガツんとした衝撃が魔槍から伝わってくる。今回は着実にさばいた。

 しかしその攻撃は二度、三度と続く。間隔は短く加速していった。

 怪我を負った足に視界不良という条件下でもレナは集中力を切らすことなく耐え凌ぎ続けている。それでも限界は不条理に忍び寄っていた。

 レナの身を固めている鎧にだんだんと傷が刻まれ始め、身体がゆっくりと削られていく。それでもレナは最善手である防御をこなし続け、ただだた待った。

 そして変化が現れる。

 暗闇から蝕むように繰り返される攻撃の主の正体がぼんやりと浮き上がりだす。自身へ迫りくる鞭のような黒く細い帯をレナはとらえた。

 完璧にいなし、弾かれる黒い帯。あまりに完璧にとらえることができたレナには困惑の表情が浮かんだ。

「明るくなってる?光?」

 口ばしって気づいく。レナ自身の後方から光源が近づいていた。

 その間にも繰り返される黒帯の連撃をレナはいとも簡単に防ぎ切る。そのころにレナは首筋に暖かな熱風を感じた。

「エンゴ、スル。テラス、シカ、デキナイ、ケド。デモ、ユウト、サン、キテル」

 甲高い片言の言葉をレナは聞き取る。構えを崩さず、緊張感も薄れないがレナは長いため息をついた。

「ありがとう、ラトム。照らすだけで十分!」

 レナの口元はにやりと吊り上がる。レナのすぐ後方で滞空するラトムは胸から拡散する強い光を放ち、眼前の得体のしれない何かを暗闇の中から浮き彫りにした。
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