ゴブリンロード

水鳥天

文字の大きさ
178 / 213

満足

しおりを挟む
「ユウト、時間ダ。中心ニ迎エ」

 巨人の身でユウトの倍もある高さからヴァルは身を見下ろしながら話しかける。

「そうか、わかった」

 ユウトは全員の方へと向き直った。

「みんな。そろそろ行ってくる。いよいよ開始だ。段取り通りやっていこう。想定外には臨機応変に、よろしく頼む」

 そう言ってユウトは星の大釜の中心を目指して進み始める。ヨーレンはその後姿を見送ると、後ろを向いた。そしてマレイがいる物見矢倉に向けて手を振り上げ、大きく回す。回しながらヨーレンはユウトの後姿をもう一度見た。



 ヨーレンの合図を確認したマレイは即座に指示を出し、それを受けた工房守備隊員たちが一斉に動き出す。手旗で信号を送る者、走る者とが次々に号令を伝播させていった。

 広大なくぼ地の外周半分を取り囲むように兵力を配置している調査騎士団、ゴブリン殲滅ギルドへと号令は流れていく。それぞれの責任者、クロノワとレイノスに号令が届けられると、両者はさらに指示を出した。

「魔術槍、投擲準備!」

 二人の指示はそれぞれ離れた場所にあってもほぼ同時に発せられる。その声を合図に濃紺の鎧に身を包んだ騎士団員とそれぞれが思い思いの装備に身を包むギルド隊員は一人ずつ手に持った同じ型の魔術槍を掲げ両足を開き同じ構えをもってその切っ先を星の大釜の底に向けた。



 ユウトは数日前にロードと歩いた草原を進んでいく。その遠く背後で構えられた魔術槍の威圧感を背中で感じながら歩いた。

 ユウトを含め、セブルもラトムも一言も発することなく進み続け、ほどなくユウトは草が押し倒された円形の広場へとたどり着く。風と、風に揺らされこすれる草の音がさざ波のように聞こえるだけだった。

 じっと待つユウトの視線の先の草むらが不自然に揺れる。そこからのそりと現れたのはぼろ布をまとうロードだった。

 二本の脚で地を踏みしめ直立している。その姿は堂々としていた。



「あれが・・・そうなのですか?」
「そうです。最後のゴブリン、ゴブリンを統べる者。ゴブリンロードです」

 双眼鏡を食い入るようにのぞき込んでいるドゥーセンの問いに対し、マレイは即答する。立ち並んだ物見矢倉からは数多くの双眼鏡、単眼鏡が並び、反射光を瞬かせた。

 誰もが固唾を呑んでゴブリンロードの姿を目に焼き付けようとしている。星の大釜の底をのぞき込む全ての視線がただ一点の魔物へ集中させられていた。



 ユウトの呼吸は落ち着いている。しかし心臓の鼓動だけが大きく強く、早くなってくのを止められないでいた。

 かすかに震える手で持つ大魔剣を握り直す。そしてその切っ先をロードに向け足を開き静かに構えた。

 ロードは被ったぼろ布を脱いで日の元に顔を晒す。その表情は清々しいほど憎たらしく活き活きとし見えた。

 対するユウトは脈打つ鼓動の感触に不快感を感じ、なんとも言えない緊張感に顔をゆがませている。ロードは腰から何かを抜いた。それは柄のついた半透明の鉱石。ロードはそれをまるで武器のように握り、前かがみに背中を丸めて腰を落とし構えた。

 風は止み、向かい合う二人は言葉も交わさずじっと待つ。そしてまた風が吹き抜けるのに合わせるようにして、ロードは駆けだした。

 ユウトへ直進するロードの姿には人形のような無気力さは感じられない。地を蹴り荒々しく前進するロードからぼろきれは取り残されて引きはがされた。

 勇ましい表情の頭部と、それに似合わない歪で小柄な身体のゴブリン。ユウトは確かに殺気を感じ取った。

 ロードは地を蹴り高く跳び上がる。その姿は昇った太陽を背にユウトの視界から姿を消す。ユウトも即座に地を蹴った。

 魔力の圧縮と開放を瞬時に行いユウトがいた場所では土と草が打ちあがる。一瞬で魔はつまりユウトの突き上げた大魔剣の切っ先は空中のロードの胸の正中を貫いた。

 ユウトはその姿勢を維持する。ロードは自身の身体の重みでさらに突き立てた大魔剣にその身をうずめていった。

 紺碧と細やかな溝の彫り込まれた大魔剣の刀身がロードの血によって赤々と彩られ、滴った血は受け止める純白の鎧を赤黒く染め上げる。それでもロードの表情には生気がみなぎり眼下のユウトを見つめていた。

 ロードの視線をユウトは受け止め、強張る身体はユウトの歯を鳴らす。ロードは震えながら腕を上げると握られた短剣が力をなくした指からすり抜けユウトの兜に当たって落ちた。

「満足、だ・・・行け・・・後を・・・まか、せる」
「ああ、まかせろ・・・」

 深々と貫かれながらロードはユウトに語り掛ける。ユウトは無傷のはずの自身の身体に痛みを感じたような気がしたがそれが激しい鼓動のものかどうかわからなかった。

 眼前に正対するロードを見上げてユウトは思い出す。ある時まどろみの中で見た怪物の姿。憂いと哀しみをたたえた表情をした怪物は今、満ち足りた表情へでその命を果てさせようとしていた。

 天を指す大剣に貫かれたゴブリンの光景。それを見る者たちはそれぞれに高ぶる感情を胸に感じて呆然としていた。しかしその余韻はただちにかき消される。異様な地響きが星の大釜に満ちる緊張をあふれさせた。

 野営基地から星の大釜を挟んだ奥の森がざわめき木々が揺れ、なぎ倒される。そして流れ出すようにして黒々とした何かが森からあふれ出し、草原を浸食し始めた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった

雷覇
ファンタジー
ワノクニ、蒼神流・蒼月道場。 天城蒼真は幼き頃から剣を学び、努力を重ねてきた。 だがある日、異世界から来た「勇者」瀬名隼人との出会いが、すべてを変える。 鍛錬も経験もない隼人は、生まれながらの天才。 一目見ただけで蒼真と幼馴染の朱音の剣筋を見切り、打ち破った。 朱音は琴音の命で、隼人の旅に同行することを決意する。 悔しさを抱えた蒼真は、道場を後にする。 目指すは“修羅の山”――魔族が封印され、誰も生きて戻らぬ死地へと旅立つ。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...