192 / 213
熱狂
しおりを挟む
星の大釜の底という舞台の中心に立つユウトの姿を誰もが目にする。そして声が巻き起こった。ゴブリン殲滅ギルド、調査騎士団、大工房に所属する面々が中心となりユウトを称えるように声を張り上げる。その声の方向は物見矢倉を向いていた。
戦士達の力強い声に背中を押されるようにして物見矢倉から見ていて人々に安堵の溜息と喜びの笑顔が現れ始める。それは次第に勢いを増し、歓喜を経て、熱狂へと変わっていった。
ユウトは心臓の脈打つ音と激しい呼吸の中で遠く鳴り響く声を聞く。ふらつく身体とめまいの中、ここで無様に倒れるわけにはいかないと必死に耐えていた。そこに駆け寄ってくる数人の人影がある。それはディゼル、ノエン、デイタスの三人だった。さらに後方からはヨーレンとカーレンも大釜の斜面を下って来ている。ユウトは思考の中でヴァルへと語りかけた。
「もう、いいだろう。ヴァル、手をおろしてくれ」
ディゼル達三人がユウトの元に集まって視線が遮られ、鉄の巨人は腕を下ろた。
そしてユウトはようやく崩れるようにヴァルの本体の上に座り込む。ディゼル達が伸ばした手と身体を起こしたヴァルに支えられ、体制を整えた。
「ユウト!怪我や不調はないか?」
デイタスはユウトのすぐ前へと近づいてしゃがみ込み、ユウトの身体の様子を確認しながら緊張感のある声で尋ねる。
「あぁ・・・なんとか・・・はぁ・・・うんっ、大丈夫・・・だ」
ユウトは荒い呼吸のまま途切れ途切れに言葉を返した。
「見事だった。ユウトは役割を十分果たしたよ」
ディゼルが兜を外し、力強くううなづきながらユウトへ声をかける。ディゼルの隣、一歩下がったところでノエンも大きくうなずいた。
ユウトはようやくそこで一つの安心を得て笑顔が漏れ、うつむいてうなだれる。そして何度か切れる息で呼吸を続けると、一度大きく息を吸って長く吐き出し顔を上げた。
「まだ、やり残したことがあるんだ・・・ヴァル、大魔獣の近くへ運んでくれないか」
「了解シタ」
ヴァルはユウトを乗せたまま浮き上がる。デイタスも立ち上がり数歩下がりながら心配そうにさらに尋ねる。
「もうすぐヨーレンや救護も到着するが。今でないとならないのか?」
ユウトはデイタスを見上げながら少しでも安心させようと笑顔を見せて答えた。
「そうなんだ・・・少しでも急ぎたい用があってな」
ユウトが答えると同時にユウトを乗せたヴァルは鉄の人型から離れ移動を始める。星の大釜の奥の方、飛び散って黒毛と化した大魔獣の残骸に向け、ヴァルは速度を上げた。
歓声のざわめきと高揚感が物見矢倉全体を包み込んでいる。そんな舞い上がる人々の中にあってマレイとドゥーセンの周りだけが静かに風が通り抜けていた。
横に並んで星の大釜を見下ろす二人。先に動いたのはドゥーセンだった。
振り向いて二歩、三歩と歩みを進めたドゥーセンにマレイは半身で振り向き声をかける。
「もう、行ってしまわれるのですか?」
マレイの声に感情はなく、ただ確認をとるだけの形式ばったものだった。
ドゥーセンはその問いに足を止め、振り向き答える。
「ええ、これからたいへん、忙しくなることでしょう。私もあなたも」
そう答えたドゥーセンの瞳には隠そうとして漏れ出た不機嫌さを滲ませていた。
「調査騎士団は決戦の疲労もあることでしょう。護衛に付くにはいささか支障もあるはず。数日滞在されてはいかがですか?」
投げかけられる視線をまったく意に介す様子もなくマレイは尋ねる。
ドゥーセンは一度目を閉じ小さな溜息をついて口を開いた。
「ゴブリンの殲滅は大工房執政官の責任をもって、保証するのでしょう?」
「はい、もちろんです。そのように認識ください」
「ならば、調査騎士団を待たずとも問題はありません。ゴブリンが現れないのであれば街道の安全に男女の区別はないのですから。近衛騎士団でことたりますよ。それでは失礼しますね」
そう言って温和な笑顔を浮かべるとドゥーセンは再び歩み始める。
「では近々、中央にてまたお会いしましょう、政務官」
マレイは階段を降りていくドゥーセンの背中に声を掛け、その場から見送った。
そしてドゥーセンのお付きたちが去ると、マレイの元にラーラが近づいて立ち止まる。マレイはドゥーセンが去っていった階段を眺めてふん、と鼻を鳴らし首元の襟をぐいと引っ張って緩めた。
ラーラに目をやり、うっすらと笑みを浮かべて話始める。
「さすがだよ、あの中央政務官」
「では・・・こちらの思惑は」
「ああ、おおよそすべて予見されたと思っていいだろうな。だが、先手はこちらがとった。ここからは私ら裏方の本番だ。頼むぞラーラ」
「はい。手筈通りに進めます」
ラーラは軽く会釈をするとその場から離れた。
後方に控えていた大工房の職員の元に駆け寄り短く会話をして何人かを連れて物見矢倉から去っていく。マレイは一人、振り返って星の大釜の底を覗いた。
「まったく、よくやってくれたものだ」
そうつぶやいてマレイは緩めた正装の首元の襟を締めなおす。そして熱狂渦巻く物見を一度見渡し、マレイはその場を後にした。
戦士達の力強い声に背中を押されるようにして物見矢倉から見ていて人々に安堵の溜息と喜びの笑顔が現れ始める。それは次第に勢いを増し、歓喜を経て、熱狂へと変わっていった。
ユウトは心臓の脈打つ音と激しい呼吸の中で遠く鳴り響く声を聞く。ふらつく身体とめまいの中、ここで無様に倒れるわけにはいかないと必死に耐えていた。そこに駆け寄ってくる数人の人影がある。それはディゼル、ノエン、デイタスの三人だった。さらに後方からはヨーレンとカーレンも大釜の斜面を下って来ている。ユウトは思考の中でヴァルへと語りかけた。
「もう、いいだろう。ヴァル、手をおろしてくれ」
ディゼル達三人がユウトの元に集まって視線が遮られ、鉄の巨人は腕を下ろた。
そしてユウトはようやく崩れるようにヴァルの本体の上に座り込む。ディゼル達が伸ばした手と身体を起こしたヴァルに支えられ、体制を整えた。
「ユウト!怪我や不調はないか?」
デイタスはユウトのすぐ前へと近づいてしゃがみ込み、ユウトの身体の様子を確認しながら緊張感のある声で尋ねる。
「あぁ・・・なんとか・・・はぁ・・・うんっ、大丈夫・・・だ」
ユウトは荒い呼吸のまま途切れ途切れに言葉を返した。
「見事だった。ユウトは役割を十分果たしたよ」
ディゼルが兜を外し、力強くううなづきながらユウトへ声をかける。ディゼルの隣、一歩下がったところでノエンも大きくうなずいた。
ユウトはようやくそこで一つの安心を得て笑顔が漏れ、うつむいてうなだれる。そして何度か切れる息で呼吸を続けると、一度大きく息を吸って長く吐き出し顔を上げた。
「まだ、やり残したことがあるんだ・・・ヴァル、大魔獣の近くへ運んでくれないか」
「了解シタ」
ヴァルはユウトを乗せたまま浮き上がる。デイタスも立ち上がり数歩下がりながら心配そうにさらに尋ねる。
「もうすぐヨーレンや救護も到着するが。今でないとならないのか?」
ユウトはデイタスを見上げながら少しでも安心させようと笑顔を見せて答えた。
「そうなんだ・・・少しでも急ぎたい用があってな」
ユウトが答えると同時にユウトを乗せたヴァルは鉄の人型から離れ移動を始める。星の大釜の奥の方、飛び散って黒毛と化した大魔獣の残骸に向け、ヴァルは速度を上げた。
歓声のざわめきと高揚感が物見矢倉全体を包み込んでいる。そんな舞い上がる人々の中にあってマレイとドゥーセンの周りだけが静かに風が通り抜けていた。
横に並んで星の大釜を見下ろす二人。先に動いたのはドゥーセンだった。
振り向いて二歩、三歩と歩みを進めたドゥーセンにマレイは半身で振り向き声をかける。
「もう、行ってしまわれるのですか?」
マレイの声に感情はなく、ただ確認をとるだけの形式ばったものだった。
ドゥーセンはその問いに足を止め、振り向き答える。
「ええ、これからたいへん、忙しくなることでしょう。私もあなたも」
そう答えたドゥーセンの瞳には隠そうとして漏れ出た不機嫌さを滲ませていた。
「調査騎士団は決戦の疲労もあることでしょう。護衛に付くにはいささか支障もあるはず。数日滞在されてはいかがですか?」
投げかけられる視線をまったく意に介す様子もなくマレイは尋ねる。
ドゥーセンは一度目を閉じ小さな溜息をついて口を開いた。
「ゴブリンの殲滅は大工房執政官の責任をもって、保証するのでしょう?」
「はい、もちろんです。そのように認識ください」
「ならば、調査騎士団を待たずとも問題はありません。ゴブリンが現れないのであれば街道の安全に男女の区別はないのですから。近衛騎士団でことたりますよ。それでは失礼しますね」
そう言って温和な笑顔を浮かべるとドゥーセンは再び歩み始める。
「では近々、中央にてまたお会いしましょう、政務官」
マレイは階段を降りていくドゥーセンの背中に声を掛け、その場から見送った。
そしてドゥーセンのお付きたちが去ると、マレイの元にラーラが近づいて立ち止まる。マレイはドゥーセンが去っていった階段を眺めてふん、と鼻を鳴らし首元の襟をぐいと引っ張って緩めた。
ラーラに目をやり、うっすらと笑みを浮かべて話始める。
「さすがだよ、あの中央政務官」
「では・・・こちらの思惑は」
「ああ、おおよそすべて予見されたと思っていいだろうな。だが、先手はこちらがとった。ここからは私ら裏方の本番だ。頼むぞラーラ」
「はい。手筈通りに進めます」
ラーラは軽く会釈をするとその場から離れた。
後方に控えていた大工房の職員の元に駆け寄り短く会話をして何人かを連れて物見矢倉から去っていく。マレイは一人、振り返って星の大釜の底を覗いた。
「まったく、よくやってくれたものだ」
そうつぶやいてマレイは緩めた正装の首元の襟を締めなおす。そして熱狂渦巻く物見を一度見渡し、マレイはその場を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
才能に打ち砕かれた日から、僕の最強は始まった
雷覇
ファンタジー
ワノクニ、蒼神流・蒼月道場。
天城蒼真は幼き頃から剣を学び、努力を重ねてきた。
だがある日、異世界から来た「勇者」瀬名隼人との出会いが、すべてを変える。
鍛錬も経験もない隼人は、生まれながらの天才。
一目見ただけで蒼真と幼馴染の朱音の剣筋を見切り、打ち破った。
朱音は琴音の命で、隼人の旅に同行することを決意する。
悔しさを抱えた蒼真は、道場を後にする。
目指すは“修羅の山”――魔族が封印され、誰も生きて戻らぬ死地へと旅立つ。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる