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しおりを挟む桜、綺麗やな
初夏の空気が街中をつつむ頃、盲目の祖父がそう言った。
「じーちゃん、もう桜の時期は終わったで?」
俺は飲み干したサイダーを片手に、縁側にじーちゃんと並んで座っていた。祖父の家は高台にあるので、街の景色がよく見えるのだ。
我が家が高台にあれば、亡くなったばーちゃんが帰ってくる時も分かりやすいだろう。
「いや、まだ桜の香りが残っとる。亡くなった弘子さんも、この香りが好きやったんや」
弘子は亡くなったばーちゃんの名前だ。
じーちゃんは亡くなったばーちゃんの話を今でもしてくれる。まるで心の中で生きているかのように。
それは、たぶん寂しいのだと思う。
「桜に香りがあるんや。目が見えないじーちゃんだからこそ気付くモノやな」
そのことに納得したけど、じーちゃんは言う。
「そんなことないで。春が残っとるのは、お前でも気付くやろ。春の燃え殻ってやつや」
「春の燃え殻って何?春の桜とか綺麗やのに、全部燃えてしもたらお終いやんか」
じーちゃんの中にある造語だろうか。聞いたことがないし、よくわからない。
「その燃え殻も面白いんよ。燃え殻っていうのは例えば、道端に落ちてる桜の花弁のことやな。
花見客って咲いてる桜を見ながら飲食するやろ?みんなから愛された桜は燃えて、燃え尽きて、散る。
その燃え殻は地面や土に残ってて、押し花みたいになってる。それも綺麗やんか。
春の燃え殻っていう言葉には、春を隅々まで味わうっていう意味も込められてるやろうな」
「地面に残ってるその燃え殻が夏になっても残ってる、っていう事か。なるほどな。じーちゃんは凄い考え方をするんやな」
俺がそう言うと、じーちゃんはシワを寄せて微笑んだ。そして、「ちゃうで」と否定した。
「え、その考え方はじーちゃんが考えたんやろ?違うん?」
すると、じーちゃんはまた優しく笑った。
「さっきの考えをしたのは弘子さんや。ほんまに凄いで、うちの奥さんは。ほんまに強くて優しくて、桜みたいな人や」
じーちゃんがばーちゃんの話をするときは決まって現在形だ。死んだからと言って、過去形じゃない。
やっぱり、今でもずっとじーちゃんの中で生きているのだなと思った。
「ただの惚気やん」とツッコミを入れると、じーちゃんは「せやな」と照れ臭そうにまた笑った。
こんな風に想える相手に、俺も巡り会えるんだろうか。高校でカップルはよく見かけるけれど、自分のことは考えていなかった。でも、そういう人に会えたらいいなと思う。
そんなことを考えつつその場に寝転んだ。そして、ちょっと興味本位にじーちゃんに聞いてみる。
「じーちゃんは、ばーちゃんに会いに行く時、何を持っていきたい?」
「どでかい桜の木でも持っていきたいけど。なんせ弘子さんは桜の話をしておきながら『花より団子』な人やからな。花見に合う団子でも持って行くさ」
「あ、そうなんや」
ちょっと意外な答えが返ってきて、驚いた。だけど、とても祖父母らしい話だった。
春でもない、夏でもないような温い風が吹いてきて、眠気を誘った。
空っぽのサイダーを頭のとなりに置いて、目を閉じる。すると、祖父の言う『桜の香り』によく似た何かがふわっと鼻腔をかすめた。
じーちゃん、これが言いたかったのかな
と思っていたら、また温い風が吹いてきてさらに眠気を誘う。
我慢できずに眠ろうとした直前、ふわりと微笑んだ祖母の笑顔が見えた気がした。
-完-
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