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白椿のワルツ
壱
――その屋敷に澄む美しい青年は、年を増すごとに、零れ落ちる椿のように美しさを増していた。白く滑らかな花弁に朝露を纏い、時に天の雫を柔らかく受けとめ、闇の中でも存在を誇る。
しかしながら、光りある世界にその美しさを誇る術はない。いくら比類なき美貌を持とうとも、穢れなき心を持とうとも、囚われた状態では、何も…監獄の中ではただ朽ち果てるのを待っているしかない。
屋敷の中でひっそりと咲き誇る白椿を、いったい誰が、手折るのだろう。
白椿のワルツ
――七種家には、今年もまた見事な白椿が花開こうとしていた。庭に咲き誇る白椿は、ぐるりと屋敷を取り囲み年々、その株を増やしていた。
いつか、屋敷中が白椿に包まれてしまうのではないかと使用人たちが密かに囁いているほどに、熱心に株を植えることを命じる七種本家の人々の姿がある。
その財閥家である七種一族に産み落とされた雪人は、長襦袢姿で一刻前から、衣裳部屋の大きな鏡の前に立たされていた。
「やっぱり雪人は、白だろ、兄さん」
「蘇芳が良い。白い肌に映える」
その雪人を囲んで長男の継晴と四男・継保が、それぞれの気に入っている着物を手にしていた。継晴が持っている物は蘇芳の生地に豪華な草花の刺繍がなされたもので、継保が持っているものは白地に蝶が描かれたものだった。
どちらも主張を譲らず、一刻を過ぎてしまい女中たちも困っていた。女中たちは当主である継直に命じられ雪人の支度をしていたのだが、途中で部屋に入ってきた継晴と継保に役目を取られてしまったのだ。
時間を気にしながらも、使える主たちには何も言えないのだった。
「兄さん、継保。俺はどちらでも」
その女中たちの心中を察し、またいつまでも続く主張に雪人は額に掛かる己の髪を耳にかけながら、気遣わしげに告げる。年々艶を増す髪は、随分と長くなり、前髪は額で分けて頬に流していた。
「そういうわけにはいかないよ、雪人。今晩来られるお客人は、我が家にとって大事な御仁だからね、我が家の至宝であるお前もきちんと飾らなくては」
継晴が雪人と向かいあい、その頬に触れた。滑らかな頬が、手に良く馴染み、継晴は笑みを深くした。その眦の奥には、雪人への情欲が見て取れる。
「な、ならば、お義姉さんは?お義姉さんは次代当主の妻ですし、お義姉さんのお支度は見てあげなくてよいのですか?」
雪人はその笑みに脅え、継晴の手を取った。
次代当主である継晴の妻・早苗は恐らく、継晴の訪れを待っていることだろう。しかし、継晴の関心は常に雪人にあり、早苗に継晴の心が向くことはなかった。
「あれをお前が気にせずとも良い。いつでも代わりのきく妻なのだから。お前の存在には適わないのだよ」
早苗は華族の出で、父は大臣を務めている国内屈指の令嬢だ。その令嬢が嫁いだのだから、継晴の雪人への歓心は薄れるだろうと思っていたのだが、雪人の思惑通りにはならなかった。
華族の令嬢をもってしても、代わりのきく妻なのだと言い切る継晴は、制止するように自分の手を取る雪人の掌に軽く口づけると、両の腕で雪人の細い腰を抱いた。
「ああ、雪人。お前が女だったら良かったのに。それならば、お前の胎に種を注ぎ込んで、子を孕ませてあげるのに。あの女ではなく、お前の胎にね…」
早苗は妊娠して、5ヶ月に入ろうとしている。少しだけ腹が目立ってきた。夫婦にとって初めての子であり、七種家の跡継ぎのはずなのだが、継晴に喜びの顔はなかった。喜んだのは現当主の妻である百合子だけだった。当主である継直も孫ができたことは喜んだが、それだけであった。
継晴の言葉は本心なのだろう。至極残念な顔で、雪人の髪に顔を近づけた。
「お前はきっと女児を生むだろう。お前に似た美しい…そうすれば、その子もお前のように愛して閉じ込めておく。そして、その子にも種を与えて、子を孕ませよう。七種家が続く限り、それは繰り返される美しい血のスパイラルだ。
――そう雪子叔母様と雪人、お前のようにな」
母の名を告げられ、雪人は息が詰まる。継晴は幼い頃、母と遊んだ記憶があるのだという。
己を産み落とした直後に亡くなった母…美しく、誰よりも七種の血を具現化していた奇跡の女。
雪人の背に悪寒が奔るが、誰も継晴を止めようとはしない。
それもその筈だ。七種の男たちの雪人への異常な執着は、屋敷内では知らぬものなどいないのだから。
今とて、女中たちはただ見守っているだけだ。
端から見れば、美しい光景だろう。長身の端整な顔立ちの男が、白椿と喩えられる美しい青年と寄り添っている。江戸川乱歩などで流行している耽美の世界だ。
耽美な光景に、殊に若い女中たちは頬に手を当ててため息を吐いている。その雰囲気を破ったのは、端で見守っていた継保だった。
「継晴兄さんは、強欲だな。次代当主ってだけで、雪人の所有権は約束されたものなのに、雪人の胎まで欲しいなんて」
継保は雪人の肩を掴み、雪人に笑いかけた。
「誰が強欲だ。この家の男ならば、誰だって一度は思うだろう。雪人の一部でも、己のものにできたら…と。お前はどうだ、継保。」
「俺はそうだな…雪人の心臓が欲しいよ。いつでも俺の手で、命が止められるように。俺が死んだ時、他の誰かに奪われたくないからね、俺の命と一緒に命を消してあげる」
耳元で囁かれるのは正気とは思えない、狂気の沙汰だ。継保は雪人の上肢を引き寄せほっそりとした背に己の胸板を押し付ける。そして、右手で長襦袢の合わせ目を探り、手を差し入れる。継保の手は雪人の左の胸を探ると、小さな突起を弾いた。
「や、継保!」
途端に跳ね上がる雪人の躰を抑え込んでしまう。
「いつか心の臓を引き摺りだしてあげる。肉を開いて、骨を折って…。きっと雪人の心臓は綺麗なんだろうね、綺麗な色でぴくぴくって動くんだ」
継保は雪人の熱を探るように掌で胸元を愛撫し、耳元で深く低い声で囁く。閨を思い起させる男らしい声に雪人は震えた。
「おいおい、誰が強欲だ。お前だって十分じゃないか。雪人の命が欲しいなんて、あの直倫叔父貴だっていったことがないのに」
継保の言葉を茶化すように継晴が言う。
いつの間にか、継晴の下半身は雪人の下半身に沿うように密着していた。上等なスーツ越しでもわかる継晴の欲望の証が、雪人の胎に押しつられていた。
「直倫叔父さんは、きっと、雪人の足が欲しいっていうよ。足を潰して、己では歩けなくして、厠でさえもいけなくするんだ」
継保の大きな手は撫ぜるように雪人の腹部や腰を探っていた。尻の間にも継保の欲望が当たる。尻の間の蕾を探るように擦り付けられる布越しの一物に、雪人は弄られてもいない菊門を窄ませるのだった。
前からも後ろからも押し付けられる欲望は、雪人に触れていることで更に固く張り詰めたようだった。
狂気的な言葉に、雪人はなす術がない。毎夜の閨でも、あれほど雪人を弄っているのに、女中たちの前でも弄られてしまうなんて…。
継保は雪人の頬に口付けを落とすと、狂気的な言葉が嘘のように明るく言った。
「ほら、早く支度をしよう。俺たちが、父上に怒られちゃう」
継保はひとりの女中がもっていた着物を手にとって帰ってきた。
「東雲か。上品で、優美で、よく似合う」
そして継晴によって、雪人は着付けられた。帯は、東雲の空に残る紫の色だ。肩まで伸びた後ろ髪が、継保の手櫛によって整えられる。
着付けられた雪人は再度、鏡の前に立たされた。鏡の中には、己でもわかるほど青ざめた顔があったのだった。
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