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白椿のワルツ
陸
――雪人がコウキ・クライムに連れられたのは、白い外観の小さな建物だった。
車を降りた雪人はコウキの先導によって、木目の古ぼけた扉を開いて中へ足を踏み入れた。
扉を開けた途端、眩い光が雪人を指した。思わず顔を背けた雪人は、徐々に眼が慣れていく中で、本の中で見かけたことのある銅像があることに気付いた。
コウキに本を貰ってから、いろいろと調べ上げた中で見かけた、銅像の男…イエス・キリストだった。
そう、ここは教会だった。教会の中にある長椅子には、何人かの平民が座っていた。老若男女関係無く、人々はいる。
「ユキト、ここに座りましょう」
コウキに腕を引かれ、雪人は導かれるまま木の長椅子に座った。
「コウキ、これから何か起こるのですか?」
雪人が問いかけると、コウキは人差し指を立てて唇に添えた。
「これから、ここで歌を歌います。ユキト、わたしが差し上げた本はもってきましたか?」
コウキが尋ねると雪人は胸元から、本を取り出した。微笑んだコウキは、雪人に前を向くように促した。
すると、和装の年老いた男が上段に立った。
「みなさん、今日も共に歌いましょう。『いつくしみ深き』の頁を開いてください」
よくよく見ると、年老いた男は日本人ではなかった。白髪だが、眼の色は緑で、深い声は教会内に良く響き渡る。
男の合図で、オルガンが鳴り始めた。オルガンの神秘的な音に雪人が驚いていると、人々が一斉に歌い始めた。隣を見ると、コウキも前を向いて歌っている。
雪人はあわてて、頁を開こうとするが焦ってしまって上手く見つけられない。その様子をみたコウキは、雪人の手元を覗き込んで頁を開いた。
人前で歌ったことのない雪人は、最初は恥ずかしながら歌っていたが、美しいメロディに人々の声に導かれ、自然と口を開け歌うようになっていた。
歌が終わった後は、年老いた男の話が始まった。神を賛美し、さり気無い話のように、真意を説く男の話は雪人にも解り易かった。
「あの男性を神父と呼びます。ここの神父は、元は英国にいた人なのですが、日本に信仰を広めるために、やってきたそうです」
コウキが小さな声で雪人に教えてくれる。コウキの説明を聞きながら、雪人は神父の話を聞いていた。
神父の話が終わり、最後に皆で祈りの言葉を捧げると、人々は立ち上がった。初めて触れる世界に雪人はただ呆然としていた。
「ユキト、我が国にきませんか?」
「えっ?」
雪人の胸が一つ踊る。コウキを振り返った雪人は、真摯なコウキの顔を見てようやく言葉の意味を理解する。
「英国ですか?」
「はい。父は1週間後には帰国しますが、わたしはあと2か月ほど滞在します。その時、わたしが日本で学んだように、ユキトも、世界を学びに留学しませんか?我が国だけでなく、海を渡ればいろんな世界があるのです。いろんな人々がおり、様々な言葉があり、文化がある…。ユキトは興味がありませんか?」
雪人はその言葉に、今までに無いほど心を躍らせている己がいることを解っていた。
しかし…。
「…家のものが、反対をするかもしれません」
今まで雪人をほとんど屋敷から出さなかった七種家の男たちだ、賛同することは決して無いだろう。
「では、ユキトは世界に興味があるのですね?」
雪人は確かめられ、少しの躊躇いの後小さく頷いた。
雪人の世界は屋敷の中だけだった。しかしクライム父子との邂逅で、自分には知らない世界が果てしなく続いており、外への憧れが溢れていくのだ。
今だってそうだ。日本では異教徒であるが、学びえることがあった。
「ならば、わたしの父にも頼みましょう。父もあなたのことを案じていました。いくら病弱で心配だからといって、将来有望の青年を屋敷に閉じ込めておくのはいけないと」
「アルバートさんが?」
雪人は驚いた。あの穏やかで誰に対しても対等なアルバートが、己を気にかけてくれていたのだ。
コウキはただ驚いている雪人の手を両手でとり、優しく囁いた。
「わたしからもお願いしてみます。ユキト、Mr.サエグサを説得しましょう」
コウキの力強い言葉に、雪人は頷いた。
思いがけない所から、自由になる手立てを見つけ、雪人は泣きそうになった。強力な理解者と協力者を得て、雪人は新たな決意をしていた。
――コウキ・クライムとの逢瀬は、その後も続いていた。あの日の様に、ふたりきりで出かけるということはなかったが、コウキが七種家を訪れ食事をしたり、兄弟たちと遊びに興じることもあった。
ふたりの逢瀬はひっそりと誰もいない屋敷の死角でのことだった。まるでそれが、秘密を分け合っているようで、雪人はくすぐったかった。
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