上 下
6 / 52
第1章 白の世界

第4話 回想~踏みにじられた想いそして絶望へ

しおりを挟む
「セレナか!」

今、一番会いたい人からの連絡に気づき自然と声が弾む。
通信結晶は二つ一組で互いの映像と音声を送ることのできるアイテムのことだ。お互い連絡がとれるよう旅立ちの前に片方を渡していたのだった。瘴気が晴れたことには気づいているはず。それで連絡してきたのだろう。

脱出作業が残っているが、勝利報告をする位の時間は十分にある。俺は回線を開くことにした。

『あら勇者様、意外と元気そうですわね。竜魔王も大したことなかったのかしら?』

結晶が光りだし映像が浮かび上がる。映し出されたのは、期待していた人物ではなかった。紅の瞳にブロンドの髪、長い髪は頭頂部でまとめている。必要以上に派手なドレスに装飾品、その手には多彩な色の宝石が散りばめられた金色の杖が握られている。
確か、「ピヤージュ」とかいった名のどこかの国の第一王女だったはずだ。

「どういう意味だ?セレナはどうした、なぜお前がでる?」

第一王女だろうが関係ない。俺は遠慮なく問い返す。元々嫌いだった。

『相変わらず、可愛げのない人ですわね。大人しくわたくしの言うことを聞いていれば、少しはいい目をみさせてあげましたのに・・・。』

わざとらしく胸元を強調し、そんな台詞を吐いてくる。俺の求めている答えはそんなことではない。不快な言動をとるのは相変わらずだ。

「そんなことはどうでもいい!質問に答えろ!」

そう睨み返すと画面の向こうの女は鼻で笑うように、ヤレヤレ、といった仕草をとる。
不安と焦燥を抱えながら、怒りが頂点に達しつつある。

『慌てなくても、おりますわよ。ほら、ここに・・・。』

画面が動きだし、背後の様子が映し出される。悪い予感が現実となって現れる。深い絶望が濁流のようにその身全てを飲み込もうと押し寄せてくる。

磔にされ無残な姿となった最愛の人。腰までかかる程の艶やかな桜色の髪は薄汚れ散り散りに乱れている。体中の鞭で打たれた跡、引き裂かれた衣服、滴る血の痕がその凄惨さを物語っている。足元には魔法陣が描かれ負のオーラを放つそれは、更なる絶望に叩き落とす。

「セレナ!セレナーーーーーーーーーーーーッ!」

目頭が熱くなる。我を忘れて握った拳からは血が滲み、残りわずかの力が怒りによってたぎりだす。喉がかれる程に絞りだした声は静寂に包まれた城内にこだまする。

『ふふふ、あら~、いい顔ですわ~。こうしたら、もっといい顔してくれるかしら?』

人の姿をしたその悪魔は、持っている杖をセレナの鳩尾にめり込ませる。
鈍い音がし、閉ざされていた意識が無理に呼び起こされる。風前の灯にも関わらず・・・・。

『カハッ・・・。ル・・、カ・・ズヤ、いる・の?ゴメ・・ネ。だい・・じょ・・だか・ら。ま・・た、会え・・・るか・・・。』

血を吐き、か細い声を絞り出すと再び意識を失う。

「やめろ。やめろ。ヤメローーーーーーッ!」

俺の叫びが更に空しく響く。無我夢中で残りわずかなとなった力をかき集め腕に集中させる。無様であろうと、ただひたすら絶望にあがく。

『アハッ、アハハハハッ!予想通りいい顔になりました。でも・・・。』

怪しげに微笑み杖に魔力を流し込む。

『こうしたら、どうかしら?』

杖で床を突くと魔法陣に魔力が注がれ、紫の光がやがて煙状に変わりセレナを包み込む。
もやが晴れると悪夢がそこにあった。

愛する人は巨大なクリスタルへと変わっていた。
命は感じられない。
人としての面影もどこにもない。
ただ、膨大な魔力の源となる物体だけがそこにあった。

全身に深い悲しみが襲い来る。悲しみ、絶望、後悔、怒り・・・、あらゆる負の感情で目の前が暗闇に染まる。

「うあ、あ・・・。うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

涙が止まらない。

『クスクス。アハ、アーハッハッハ!いい顔、いい声、いい気味。見せてあげられないのが残念ね、セレナ。これは散々コケにしてくれたあなたへの罰ですわ。』

ダマレ。

『平民の出のクセに。武術も魔法の腕も低レベルだったのに。私を追い越してチヤホヤされて・・・。』

ダマレ。

『人の身を捨てた化け物のクセに女神の降臨と騒がれ敬われて・・・。私を見下した罰、本当にいい気味。』

ダマレ。

『だけど、一つだけ感謝することがあるの。今こうしてクリスタルになって私の力となっていることにはね。見てこの魔力、この魂の奥底を震わせる力、本当に素晴らしいわ。あなたは私の糧、現世だけで満足はしないわ。来世もその次もどんな世界でも生まれ変わる度に蹂躙して辱めて何もかも奪ってア・ゲ・ル。幸せなんて感じさせてあげない。絶対!絶ッ対に。』

ダマレトイッテイル。

もう、負の感情は臨界点に達している。画面向こうのかたきに向かって感情の全てを叩きつける。

「もう何も喋るな!これ以上彼女を汚すな!そこを動くなよ、お前がしたこと・・・、いや存在したこと自体必ず後悔させてやる!蹂躙されるのはお前の方だ!」

『そう、でも残念ね。まもなくその辺り一帯に封鎖結界が張られるの。このクリスタル凄いのよ。私の力となるだけではなく結界の源になるの。瘴気が浄化されてもされなくても、あなたごと隔離する計画でしたのよ。だって、あなたみたいな化け物を放し飼いにするわけにいきませんから・・・。同じ化け物のあの娘を媒介にした結界なら、あなたも破れないでしょう?』

俺は舌打ちし駆け出すが・・・。

『もう、遅いわ。ごきげんよう。』

嘲笑うかのように告げると、通信が途絶える。再度、連絡を取ることが出来ないことから分かるように封鎖結界が張られたようだった。

己の無力感に打ちひしがれていると、轟音をあげながら城が崩れだし、俺の体は空へと投げ出されたのだった。
しおりを挟む

処理中です...