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第2章 未来での再会

第17話 黄金の腹黒魔女

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男の友情を固く結んでいると、受付のカウンターからヒソヒソと声が聞こえてくる。説明を受けている時や腕輪を作っている時は一切視線を感じなかったのだが、どうやら調べ終わったと見て良いのだろう。さしずめ話しかける機会を伺っているところ、と思われるのだが、女性スタッフのギャラリーが増え話し声の中に「どっちがウケ?」や「セメは・・・」などと漏らしながら、キャーキャー言っているのが気にかかる。ナオヒトさんに視線を送り「声かけてみようか」とアイコンタクトを交わすと余計に黄色い声が上がったような気がした。

気にしない。気にしない。

「何かわかりましたか?」
「ふへぇっ、あ、ごちそうさまです。いえ・・・、申し訳ありません。」
「それで、結果はどうでしたか?」
フリーズする受付の女性を急かすように問いかけるナオヒトさん。それにしも、お姉さん、涎は拭いた方がいいと思われる。

「コホン、ええ、大変申し訳ありませんが個人情報に関わることなので情報の開示はお答えしかねます。上司からそのようにありましたので、ご理解下さいますようお願い致します。」

機械的な対応に切り替えた受付さんの対応に、眉間に皺をよせ考えるナオヒトさん。あきらめるしかないのだろうか。

「もしかして上司の方には『名前以外思い出せない記憶喪失の人が探索エリアで発見されて身元を確認するために情報開示を希望している。強制送還魔法はかかっていない。』で伺って、上司の方からは『強制送還魔法にかからず探索エリアにいるのはありえない。嘘をついている可能性が高い。個人情報だから伝えられないと回答するように』と指示されたのでは?」
「ええ、ですので、そろそろ・・・。」
「ならば、カズヤ君の本人確認がとれれば教えてもらえるわけだ。」

驚きのあまり固まる受付のお姉さん。畳み込むのはこことばかりにナオヒトさんは続ける。

「探索者登録をする時に、指紋や声紋、魔力波長を控えるはず。学生の場合は学園を通して協会に申請されますよね?そのデータと照会するんですよ。元々、ライセンス証の再発行や色々な不正防止のために控えることになっているからね。調べられないことはないですよね?」

自身のライセンス証をチラつかせて問いかけると受付の女性も観念したようだ。
それにしても“ライセンス証”というのがあるんだな、とまた一つ知るのであった。

「あっ、申し訳ありません!すぐに用意します。」
「それともう一つ、学生用の初級エリアにも関わらず魔物の数が多かった。いないはずの“ゴブリン”の集団を確認している。きっと“何か”が起ったはずなんだ。彼はその何かに巻き込まれた可能性もある。“強制送還魔法にかからず探索エリアにいるのはありえない”なんて先入観で判断しない方がいいよ。」

魔物の動きが狂ったのは蜘蛛女の張った結界のせいだろう。強制送還魔法の件についてはハズレなのだが黙っていることにした。

「か・・・かしこまりました。シラナギさんには本当に敵いません。少々お待ち下さい。」

待つこと数分、目の前に現れたのは、丸い台座に取り付けられた拳二つ分位の大きさの球体をした水晶が一つ。台座からは線が延び機械じみた箱と繋がっている。どうやら測定機のようだ。
促されるように水晶に触れ声を発するとそれは輝きだした。「もういいよ。」と合図を受け手を離すと光はおさまっていった。

「お疲れさまでした。結果が出ました。“カズヤ・トキノ”さんご本人と出ました。魔力の波長が少し変わったようですが、成長のためと出ています。」
「それでは・・・。」
「情報開示の手続きを進めますので、少々お待ち下さいませ。」

受付の女性が奥まで駆けて行くのを見守り、ようやく張りつめた空気が柔らかくなる。
「今度こそ、だね。」
「ええ、本当にありがとうございます。俺だけでは絶対に無理でした。」
「礼はまだ早いよ。それに、ぼくはこれでも社会人だからね。色々あるのさ。」
「はい。」

また、少し時間ができたので気になったことを質問することにした。この質問がナオヒトさんの今後を変えることになるとも知らずに・・・。」

「そういえば、先程の計測器、凄いですね。本人確認ができるのもそうですけど、不正防止に利用する仕組みや制度を見ても、作った人は凄いですよ。」
「そうだね。その機械自体も仕組みも探索者協会の初代会長が作ったらしいよ。」
「結界を張った4人の内の一人ですか?」
「そう言われている。当時20代で相当の美人だったという噂だよ。その若さで自分の年齢の倍以上の各国首脳や企業の代表者達に対等以上に渡り合ったらしい。
意見できる相手といえば、残り3人のメンバーらしいけど意見できるだけで説得はほぼ不可能だったらしいよ。」
「魔法や戦闘に長け、機械に詳しく、年長者に負けない統率力と話術・・・、超人ですね、その人。」
「二つ名も色々あったらしいよ。“黄金の腹黒魔女”に“工房のマッドサイエンティスト・フェアリー”、“政治家キラー”、“協会の女王様”と皮肉めいたものが多いようだけどね。」
「えっと、“初代”ということは今は違うということですよね。」
「表向きは結婚と育児を理由に会長職を退いたことになってるね。」
「結婚・・・ですか?」
「そう。“嫁の貰い手などいるはずない”、“夫になれる男は余程の勇者”と言われていたけど、結界を張ったメンバーの一人と恋仲だったようで、協会設立より前に子供もいたらしい。たしか名前は“シオウ”だったかな?」

シオウ?恐らく単なる偶然だろう。一瞬、リアのことを考えたが気のせいとすることにした。

「凄いとしか言えないですね。“表向き”ということは?」
「実際はトップにいるより、現場の方が身軽だからということらしい。ぼくが知っているのはここまでさ。もっとも数々の伝説を築き上げたとはいえ、今ではいい年齢した“オバサン”だからね。噂がないから、いくらか大人しくなったんじゃないかな。仕事は出来るのだろうけど、ワンマンで我儘、年長者達を手玉に取りつつ周囲を振り回すんだ。きっと部下のこと等気にかけない人だろうね。ぼくとしては上司になってほしくないタイプの“オバサン”だね。」
「何か嫌なことがあったんですか?」
「ああ、ゴメンね。社会人は本当、色々あるのさ。カズヤ君もいつかはわかるよ。」

そう、談笑していると誰かが近づく気配がする。結果が出たのだろうか?先程まで対応してくれた方とは違う人だが制服が同じだ。様子からしてナオヒトさんも知らない人のようだ。上司の人だろうか?

「大変、お待たせいたしました。これより私からご案内いたします。」
「普段、受付では見られない方ですね。はじめまして、ナオヒト・シラナギと申します。」
「こちらこそはじめまして私は、“アリス・シオウ”。ワンマンで我儘、年長者達を手玉に取りつつ周囲を振り回す上司になって欲しくないタイプのただの“オバサン”ですわ。どうかよろしくお願いします。」

その瞬間、世界の全てが凍りついた。


☆★☆

笑顔なのに笑っている要素は全く感じられない。立ち込める黒いオーラーにぼくは戦慄した。全身が委縮し震えが止まらない。
間違いないこの女性が噂に聞く“黄金の腹黒魔女”だ。
スラリとした細身の体型に黄金の長い髪、お団子を一つ頭に作ってポニーテールを成している。紅の瞳からは彼女の持つ情熱の程が感じられる。
“オバサン”と言ってしまったがとんでもない。見た目は自分より若いくらいで十代後半と口にしても信じられるだろう。
先程までの会話はほとんど聞かれてしまっている。僕は今日この日に人生最大の失言をしてしまったのかもしれない。こんな失態をしてしまうとは社会人として失格だ。後悔してももう遅い。この逆境の中で活路を見出すより他ないだろう。
オバ・・・シオウ元会長の出方に集中することにしよう。

☆★☆

「コホン、お二人とも固まっているようですけど、そろそろよろしいですか?」
「「はい!申し訳ありません。」」
「緊張しないで二人とも。」
「わかりました。お会いできて光栄です。」
「こんな“オバサン”に?」
「も、申し訳ありませんでした!」
「クス、楽にしていいわよ。ただ一つ忠告、女性の年齢に触れるときは気をつけなさい。外でも中でも、ね。」

人差し指を唇の前に立て微笑むその仕草、長い前髪から上目づかいに覗かせる紅の瞳に頬を紅潮させるナオヒトさん。“黄金の腹黒魔女”恐るべし。

「それでは、本題に入りましょう。“記憶喪失”って聞いているけど、カズヤ君なんだよね?」
「ええ、そうだと思います。」
「私のことは覚えてる?」
「いいえ、わからないです。」
「会長はカズヤ君のことを知っているんですか?」
「今は会長ではないわ。シオウでお願いね。カズヤ君のことは知っているわ。ご両親とは一緒に戦った仲ですもの。」
「もしかして、カズヤ君は?」
「聞きたいこともたくさんあると思うけど後にしましょう、ね?」

ナオヒトさんは俺の両親のことも知っているようだ。そしてこの人はもっと両親と俺のことを知っている。“シオウ”・・・やはり。

「外見も気配もカズヤ君よね。けど、私の知らない間にどれだけの修羅場をくぐったのかしら。別人と思えるくらいの力を感じるわね。もしかして命の危機を乗り越えたせいかかしら。」
「カズヤ君に何かあったのですか?」
「ええ、三日前に重傷を負って入院、今日息を引き取ったと聞いているわ。」
あっけらかんと答えるアリスさん、その一方で驚きのあまり俺を見るナオヒトさんの目は「君、ゾンビなの?」と言っているようだ。失礼な!

「人のことあまり言えないけど、あなたの両親、トウマにサヤカも相当な規格外だし、その手の奇跡には心当たりはあるから可能性としては、あり得るわ。以前だったら無理だけど今のカズヤ君を見たら納得、そのくらいの奇跡なら平気で起こしそうな気がするもの。」

恐らく、転生術の類のことだろう。アリスさんや俺の両親という人はそれを知っているようだ。ナオヒトさんは固まっている。そのままにしておこう。

「う~ん、そうね。他に何か覚えていることはある?」
「アリス、さん・・・のことはわからないですけど。」
「けど?」
「リア、“リア・シオウ”なら少しだけ・・・わかります。」
「そう。リアのことはわかるのね。良かった。」

安心したように優しく微笑むアリスさん。その目元は潤んでいるようにも見えた。

「小さい頃、言ってたのよね。『僕がリアをお嫁さんに・・・。』って・・・。それから守れるようにって一層、剣の修業を頑張り出したのよね。」
「カズヤ君、可愛いところあるじゃないか。これはその彼女さん、見ない手はないね。」
再起動したナオヒトさんが口を挟む。あまり弄らないでほしい。
「それが、付き合っているわけではないのよ。リアも想われてること気付いていないから。さっさとくっつけばいいのに・・・。」

これはどんな仕打ちなのだろう。俺の顔は今、相当赤いに違いない。

「それでカズヤ君、今のあなたはリアのことをどう想っているの?」
急に真剣味を帯びた瞳に切り替わる。ここは逸らすわけにはいかない。
「俺にとって大切な人です。一番に守りたい。守らなければならない人です。」
「守る?」
「彼女に今、危機が迫っています。それと戦い彼女を守るために俺はここにいる。それだけは確かです。」
「危機が迫っている?どういうこと?」
「上手くは説明できません。ただ、何かが動き始めている、としか言えません。」
「たしかにそうね。私もそれは感じている。ここのところ不可解なことが起こりすぎているもの。わかったわ。カズヤ君を信じる。リアの力になってあげて、ね?」

答えはもう決まっている。強くうなずくことで決意を示すことにした。

その後、いくつか軽く言葉を交わし、アリスさんとは別れることとなった。俺のことを聞きつけ無理に駆けつけたらしい。両親の元まではナオヒトさんに送ってもらうことになった。
アリスさんから両親やリアの元へ連絡をとってみたそうだが、繋がらないらしい。
そのため、両親に説明する役としてナオヒトさんに白羽の矢が立った。本人も望んでいたことだったので少し嬉しそうだった。
本当はアリスさんが付き添いたかったらしいが、職員に囲まれズルズルと引きずられていたのが印象的だった。切迫した状況らしく、我がままは許されないそうだ。

そうして、転移魔法陣を通り生まれ育ったという町に出るのであった。















































































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