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第5章 学園騒乱

第41話 もう一つの二人の想い~勇者、舐めんな!

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「ルカ!早くこれを解きなさい!つまらない意地なんていいから・・・早く!」
「リアねえ・・・、ここは任せて、って言ったよ・・・」
「フン、バカな女・・・」

 ミネスが敗れ去った頃、ここでも一つの決着がつこうとしていた。もっとも結果は逆の形で決まろうとしている。リアは身動き一つ取ることができず、頼みのルカは満身創痍、膝を折り手を地につけて懸命に体を起こそうとしている。対して緑の髪の女に傷と呼べる程の外傷は見当たらない。戦局の優劣は誰が見ても明らかだ。

「さあ!このトゥーラ様がたっぷり可愛がってやるよ!」

☆★☆

 話はカズヤ達が分断された直後の時点まで遡る。

「リアねえ・・・、ここはあたしに任せて!」
「何を言ってるの!二人で協力しないと絶対に駄目よ!」

「こっちはどっちからでもいいさねぇ。結果は同じ・・・まあ、でも面倒だから同時にかかってきな。その方がそっちのタメさねぇ」

 緑の髪、そして鬼を彷彿させる鎧に身を固めた女――戦闘形態の彼女を見た時、リアは悟った。最初に戦った八つ手の蜘蛛女より感じる力は段違いに上、それどころか先日、苦戦させられたゴーラというマンモスよりも上だということを・・・。
 流石にリュゼよりは遥かに劣るがそれはリュゼが別格過ぎただけ、組織の中で素情を隠していたところを見ると、目の前にいる敵は実質ナンバーツーかそれ以上かもしれない。
 当然、ルカも相手の実力がかなり上であることを理解している。そして他に、もっと上の手錬れが控えていることも同時に気付いた。

「リアねえは他に相手をしなければならない敵が控えているんでしょ。だからこの場はあたしに頑張らせて!」

 すがるように共闘を提案し続ける姉の様にふと笑いかけると、リアは妹が提案を受け入れてくれた、と思い一瞬気が緩む。その隙をつきルカは姉の影を魔法の刃で縫い付け動きを封じたのだった。

「これ、“影縫い”?」
「そうだよ。あたしが解くか気を失わない限り解除されない」
「バカなことしないで早く解きなさい!」
「ゴメンね。リアねえ

 一言、姉に詫びを告げると魔力を高め天使の衣と翼を身につける。

「シン・・・、あたし、頑張るから・・・信じてる」

 そうして戦いに赴いた。

☆★☆

「格好つけてこのザマとはねぇ・・・気分はどうだい?小娘ちゃん!」
「かはっ!」

 立ち上がろうとしていたルカの背を踏みつけて地べたへ、うつ伏せに這いつくばらせる。さらにそれだけでは飽き足らず、背を凶悪な金棒で押さえつけ直すと、それまで背を踏み抜いていた足を頭へと位置をずらしグリグリと圧迫する。

「さあ・・・、いい声で鳴きな!」
「うっうう、かはっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

 頭と背にかかる負荷に耐えきれず漏れるルカの呻き声を聞き、満足げに頬を緩ませる。

「やめなさい!わたしが相手をするから今すぐ、その手と足をどけなさい!」
「そうだった・・・リア、お前には聞きたいことがあったんだった。

 リアの叫びを聞き、何かを思い出したように目を細め視線を向け直す。明らかに良からぬことを考えている表情にリアの背筋に冷たいものが走る。

「リア・・・、お前のその力。運命だの因果だのを超えて勝利を呼び込むその力・・・、どこで手に入れた!えぇ?」
「何を・・・」
「とぼけてんじゃないよ!私達が求めている力のことさ・・・、どこで手に入れたかは知らないがリュゼの姉貴が持ってた力のことさ。そして、その姉貴を倒した時のお前達を見て確信したのさ。リア!お前も持っている、ってねぇ・・・。ようやく姉貴がお前に拘る理由がわかったのさ!」
「何を・・・、そんな力!わたしにはない!」
「フン!まあいいさ。すぐに話したくなるからねぇ・・・」
「まさか・・・」

 下品な笑みを浮かべながらルカに視線を注ぐトゥーラの姿に、リアは自身の嫌な予感が的中し、これから現実に起ころうとすることを確信する。状況を打破せねばと体に力を入れるが身動き一つ取ることも出来なければ、精霊の力を解放することも出来ない。ただ見ていることしかできなかった。

「大丈夫だよリアねえ。あたし、こんな“年増”には負けないから・・・」
「言うじゃないか小娘!まずはその翼から毟ってやるよ」

 額に青筋を浮かべ「そんなに歳は変わらないよ!」と吠えながら翼を引きちぎろうと背を踏み両手で掴み始める。翼は自身から直接生えたわけではなく魔力を天使に与え顕現したもの。肉体の繋がりはなくても魂が繋がっている。それを無理に引き剥がされる苦痛は尋常ではない。
 耐えきれずルカは壮絶な悲鳴をあげトゥーラは満面の笑みを浮かべ・・・

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 突如飛来した紅の大剣に遥か遠くまで吹き飛ばされる。駆けつけるのはもちろんこの人。

「シン・・・遅いよ・・・」
「ごめんな・・・ルカ・・・」
「ううん、ぎりぎり間に合った。ホント、いつもシンはあたしを待たせるんだから・・・」

「ヒノモト君!?ルカを早くこっちに」

 リアの叫びによって、二人の世界から引き戻されたシンはルカを抱きかかえリアの元へと急ぐ。影縫いから逃れたリアは治癒の羽根をルカに施し、傷を癒していく。

「リアっち!こっちはもういい!カズヤんのところに行ってやってくれ!交代だ」
「でも!」
「カズヤんに頼まれたんだ。それにあいつは言っていた。『お前とルカの関係は俺とリアのそれと同じ・・・、一緒にいないと駄目なんだ』って・・・だからアイツの側に行ってやってくれ。時間がない!」

 シンがこちらに侵入した方向を見やると、残る月光鏡による魔力の揺らぎは薄れつつある。間もなく閉じられようとしていることを理解したリアはまっすぐに駆け出した。最後にルカとシンへと視線を飛ばす。

「カズヤがそう言ったんだったら二人とも意地を張らずに素直になること!そうしたら奇跡なんて簡単に起こせるから・・・、いい?絶対だよ!」
 それだけを言い残して、リアは揺らぎとともに姿を消した。

「行っちゃったね」
「ああ、ルカは少し休んでいてくれ」

 その手に炎の大剣を再召喚し「任せろ」と言わんばかりに駆け出した。ジグザグに動きフェイントをかけながら接近していく。
 先程は不意打ちにより有効打を与えることができたものの、同じ手はそう何度も使えない。敵は既に体勢を立て直し、怒りに我を忘れてやってくる。不意打ちを受けたことよりも、何よりお楽しみの時間を邪魔されたことが逆鱗に触れたのだ。

「調子に乗ってんじゃないよ!」

 シンの横薙ぎの一振りをバックステップで回避し反動で体を捻り大ぶりした後のガラ空きとなった脇腹目掛けて金棒が打ち込まれる。重たい一撃に耐えられず、呻きを漏らしながら飛ばされてしまうが、その一撃では満足してくれない。体勢を崩したその隙に、肩、胸、腹、背と立て続けに攻撃を受け鎧は次々と破損していく。止めと言わんばかりに脳天めがけて放たれたそれを辛うじて大剣で受け止めることができたのは奇跡に等しいようにも見えた。

「しぶといねぇ。いい加減くたばっちまいな!」
「これでも、俺は勇者だ。倒れるわけにはいかない!」
「勇者ねぇ?自分自身も女一人も守れない奴がねぇ?呆れるよ!」

 鍔迫り合いはトゥーラに軍配が上がり、仰け反る隙を疲れ鳩尾にひざ蹴りをもらった後、そのまま闇の魔法の一撃で大きく吹き飛ばされる。

「まだ立つのかい!」

 それでもシンは立ち上がる。

「俺は勇者だからな!」

 その目に迷いは一切ない。満身創痍となりながらも闘気は衰えるどころか勢いを増す。まるで命を燃やしているかのような姿に不安を覚え少女は駆け出した。遠いところへ行こうとする彼を引きとめるために。

「シン!無理しすぎ・・・あたし、これ以上・・・」
「なあ、ルカ・・・、この戦いが終わったら“キス”していいか?頬でもいいんだ・・・オレはルカのことが好きだから・・・」

 シンの口からもたらされた『好き』という言葉。三年以上待ち望んだ台詞だったにも関わらず受け入れることができない。この場で言う言葉ではない。それはこれから死のうとする人間が言う台詞だ。少なくともルカにはそう感じた。
 シンは実力差を理解している。相討ち覚悟で挑むつもりなのだろう。自分一人で背負いこもうとする勝手さが許せなくなる。許せないけど・・・

『二人とも意地を張らずに素直になること』

 思い起こされたリアの言葉がルカの心を落ち着かせていく。シンは『好き』といってくれた。今度は自分が素直になる番・・・

「そんな死亡フラグはイヤッ!」

 ルカの唇がシンの唇に押し当てられた。シンはすっかり言葉を失っている。

「ちゃんと生きて帰ってこなければ駄目なんだから。あたしも好きだよ・・・シン」

 シンの中で何かが弾けた。これまでにない力が湧いてくる。カズヤは言っていた。

『お前とルカの関係は俺とリアのそれと同じ・・・、一緒にいないと駄目なんだ。』

 ようやく分かった。その意味が・・・ 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 紅き鎧が再構築され、溢れるオーラーが黄金の輝きをその身に宿らせる。溢れだす力にトゥーラの顔から始めて余裕が消えた。

「その力はまさか?まさか!?」

「オレはかつてこの星を守るために戦った勇者だった・・・」
「来るな!来るな!」
「忘れていたよ。あの戦いに勝てたのは戦友ともが・・・、ルカがいてくれたおかげだ。ルカがいたから最後までオレは戦えたんだ!」

 シンが歩を進めるたびにトゥーラは後ずさる。

「そして星のために戦うのは三年前に終わった。今はルカのため・・・ただ一人の愛する人のためだけに戦う。オレはルカの勇者だ!!」

「どこだ!どこに消えた!」
「ここだ!」

 声がする方向を見る頃には、金棒はシンの放った斬撃により砕け散っていた。すかさず魔法で迎撃しようとするが、たちまち姿が見えなくなる。

「ぐはっ!」

 なぜなら、背中を斬られたからだ。シンの姿を視覚することが出来ない。風を切る音と自身の鎧が砕け、衝撃に耐えられず溢れる悲鳴だけが聞こえる。

「がはっ!これならどうだ!」

 自身の左腕を捨てて、ようやくシンの大剣を捕まえる。ここから反撃と言わんばかりに目はつり上がり魔力を高める。
 しかし、緑の鬼は忘れていた。戦っているのは一人だけではないことを。

「あたしもいるんだよ。サンダー・ストーム!」
「この死に損ないが・・・」
「その決まり文句、流行らないわよ!」

 雷と風の魔法に加え、斬撃までが加えられる。ルカは負けず嫌いだ。このままシンに任せても勝てる勢いだが、自分も攻撃をしないと気が済まない。何より溢れだす力を感じたのはルカもだった、ということもある。

「お前の敗因は“勇者”を侮ったことだ。オレとルカの二人が揃って真の“勇者”の力が発揮される・・・」

「そんなバカな。こんな奴らにこの私が・・・」

「クドイ!勇者、舐めんな!」
「シン最後は一緒に!」
「ああ」
「勇者に女神の加護を風と雷の祝福を・・・」

 ルカの祈りにシンの大剣は黄金の風と炎、雷を纏った剣へと変わる。ルカの手がシンに添えられる。

「これが!」
「あたし達の!」

「「真・爆火紅雷風刃斬ばっかこうらいふうじんざん!!」」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!バカな!バカ・・・な」

 黄金の聖剣から放たれる一撃が邪悪な者に裁きの鉄槌を下す。風、炎、雷に勇者の光が加わり塵も残さず消滅させる。
 影も形も見えなくなったところで二人は息を吐き、剣を手放すとシンは力強くルカを抱きしめた。

「勝った・・・んだよね?」
「ああ、オレとルカの勝利だ。でも今更だけど良かったのかな。オレ、まだルカの親父さんに認められていない」
「いいの。そんなの関係ない。それに今のシンなら絶対負けないよ!」
「ありがとう・・・ルカ」

 二人は互いに口づけを交わし笑い合った。
 
 トゥーラがシンの動きを止めるためあえて捨てた。その腕には機械のパーツが見え隠れしていた。その光景が抱擁の終わった二人に一抹の不安を覚えさせたのだった。






































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