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第二章

第37話 山の住民

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 「リップ、アイリスの香りはしっかり覚えてる?」

 「クルークルー」
 リップは自信満々に『任せて』と意気揚々に鳴いた。

 「それじゃー山頂までひとっ飛びね」

 山頂付近についてリップの鼻を頼りに青々と生い茂る山の中を探していくが、リップがアイリスの花の香りを感じ取ることは出来なかった。
 風が当たらない場所でもう一度包み紙を開きリップにアイリスの匂いかがせてから、もう一度捜索に当たっては見たがやっぱりアイリスの香りを見つけ出すことが出来ない。
 そうこうして時間ばかりが過ぎていくと山頂付近では季節外れの雪が降ってきて、どんどんその勢いは増していき気付けば吹雪になっていた。

 「アサどうする?一旦村に戻るか?」
 カイトがこの視界の中じゃどうするこも出来ないと見て、グレースに戻ることを提案した。

 「そうね、このままじゃアイリスを見つけられなそうだけど、なんだか悔しいわ」
 
 「アサ気持ち分かるけど、一旦帰って作戦を練り直そう」
 カイトが私に励ましの声を掛けていると突然、一発の銃声が大地に響き渡った。

 「この近くに人がいるのかしら?」
 私が言うとリップがいち早く火薬の匂いを嗅ぎ分け匂いがする方角を長い首を伸ばした。
 
 「向こうですってカイト行きましょう」
 カイトとともに雪の白い道を渡っていくと傾斜の向こうに人影を見つけた。

 「人だわ」
 私が人を見つけ喜びの声をあげたのとは対照的にカイトは冷静沈着に考え行動した。

 「あれは猟師だ。リップお前はそこで待機してろ。下手に近づいて撃たれでもしたら厄介だ」
 カイトの指示通りリップにはその場で待ってもらって、先に私達二人だけで傾斜をおり人影に近づいてゆく。

 「おーい」
 私は声を出して手を大きく振って人であることを知らせてた。

 「なんだおめー達、こんなとこで人に会うとは思ってもみなかったぞ」
 立派な顎髭を伸ばした中年の男性で腕にはライフルを持ち、もう片方の腕にはさっきの1発で仕留めたであろう猪が引きづられていた。

 「それはこちらも一緒ですよ」
 訛りの強めの猟師さんにカイトはぶっきらぼうな言い方をした。

 「まぁええ、こんな吹雪の中だ。近くに家がある、ついてくるといい」
 猟師
のおじさんはそう言うと獲物を引きづりながら歩き出したので、私はおじさんに確認を取った。

 「あのもう一人いるんですがいいですかね?」
 
 「まだいるのか?」

 「竜なんですけど、大人しい子なんで」

 「おめーら変わった連中だな。まぁいいさついでこい」
 猟師のおじさんは気をよくしたのか竜のリップも驚くことなく受け入れてくれた。


 とはいえ到着した場所は到底家と呼べるような場所じゃなかった。山にぽっかり空いた洞穴だ。まぁこういうのは私はもう慣れっ子ではあるけど、毎日ここで暮らしてるっていうんだから驚きだ。

 「あのおじさん、ここにずっと暮らしてるんですか?」

 「んーもうあれこれ20年にはなるかな」
 おじさんは地面に座り込み、中央の焚き火に火をつけると私達の見える所で突然猪をさばきはじめた。

 流石の私も生生すぎて気持ち悪くて背中をむけて見えないようにした。
 処理がようやく終わり、黒焦げの鍋に肉を入れると雪を溶かしてぐつぐつと煮込み始めた。

 「お二人も食べるかい?」
 何食わぬ顔でおじさんが私達に言ったが、私達は全力で横に顔を振った。

 「そうかい。こんな美味いもんなのになぁ」
 おじさんはお椀に猪の汁をよそうと美味しそうにそれをほうばった。

 私はおじさんがアイリスをこの近くで目撃してないか聞いてみた。
 「おじさんこの近くでアイリスの花を見かけたことってありませんか?」

 するとおじさんは箸を一旦止めて、口にあるものを飲み込んでから私に言った。
 「その花はとうに滅んだと聞いおるが、わしももうずっと見ておろんね」

 「そうですか、やっぱりアイリスはもうこの世にないのかな」

 焚き火で温まっていると外の雪がみるみる弱くなっていった。

 「私もう一度だけアイリスの花を探してみるわ」
 私カイトに言って立ち上がるともう一度外にでてアイリスを探すことにした。

 「離れすぎるなよ」
 カイトは離れゆく私の背中に言った。
 私はそれに手を振って応えた。
 
 カイトがリップに目を向けると、呆れたことにリップは焚き火の温かさにぐーすかいびきをかいて眠っていた。
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