逆ハーレムには程遠い

もちぷに

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4.酒席

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────翌日

一日の仕事を終え夕方
報告の為にギルドの拠点を訪れ、扉を開けるとすぐそこに居たジーンと目が合った。

「リブラ、これ やるよ」

ジーンが放って来た物を慌てて両手で受け止めた。掌を開くとそこには昨日骨董品店で勧められたネックレスタイプの時計があった。

「な、なんで?」

「何となく」
ジーンは意地悪そうにニヤっと笑う。
「着けてやるよ」

そう言ってネックレスを持つと私の後ろに回る。

「貰う理由が無いんだけど…」

「男から何か貰うのは始めてか?」

耳元で囁かれて体が勝手にびくりと跳ねて、思わず耳を押さえてジーンに振り返った。

「耳元で喋らないでよっ!!」

「ふ~ん…耳が弱いんだ?」

「────っ!!」

耳を触ろうとしてくるジーンを避けようとして気が付いた。ジーンの後ろにいるアルがこちらを見ている。少し頬を赤らめぽけっと口を開けて。

「いや、違う。そんなんじゃないっ!!」

アルは何故か一人でそう叫ぶと何かを払拭するかの様に勢いよく首を横にぶんぶん振った。

「何が?」

つい訝しげな顔になってしまう。どうもアルは最近おかしい。
おかしなアルはずんずんと大股で私の前に来て仁王立ちしたかと思うと普段よりゆっくりと、少し大きい声で言った。

「リブラ、俺は………女好きだ」

「あ、そう」(何その宣言)

どう考えてもおかしい。前から天然だと思ってはいたけど、ここ最近は何を考えているのか良く分からない。

「しかも巨乳好きだよな」
ジーンが会話に割って入ってきた。

「そ、そうだ!! 巨乳好きだ!!」

「あ、そう」
(何その宣言。喧嘩売ってるの?)
私の胸は巨乳とは程遠いささやかな物だ。

「アル邪魔」
ジーンがアルを手でしっしと払う仕草をすると、いつの間にか私の首元に着けられていた時計に触れる。
「よく似合ってる」

アルがジーンに何か文句を言ってるが、それが耳に入らなくなっていた。こんな風に男性から贈り物を貰ったのは初めてのこと。どうすればいいものなのか、誕生日でも無いのに受け取っていいものかソワソワしてしまう。

「あ、ありがとう?」

「疑問形かよ!」
はははっとジーンが笑う。
普段の笑顔はウルフと似てない…
こんな時でもウルフと比べている事に気付いて自分が嫌になる。

「じゃあ、俺はもう出るから」

「あ、そうなんだ。これから仕事?」

「そう。夜行性の猛獣退治」

「頑張ってね」

「ああ」

ギルドからジーンが出て扉が閉まると同時に後ろから賑やかな声がした。振り向くと酒樽の上でアルとキアラが腕相撲をしている。
この二人は本当に仲がいい。
私はバーカウンターに座って行く末を見守る事にした。勝負は始まったばかり。組まれた二人の手は真ん中でぷるぷる震えている。

「諦めろ早漏が!」

キアラの言葉にアルが目を見開く。

「はぁっ?!」

「何だよ、二人はそういう関係か?」
バーの店主ボルドウィンが箒を片手に茶化している。

「ちがっ…」
アルは動揺したのか、腕がぐらりと揺れて負けそうになる。その時アルが一言ぽつりと呟いた。
「クララ」

「────っアル!!」
明らかに動揺したキアラはあっさり負けた。

「やったー!!勝った~!」
両腕を高く上げて喜ぶアル。対するキアラは顔を真っ赤にして怒っている様にも見えるし、照れている様にも見える。

「クララって…もしかしてキアラの本名?」
(アルとキアラはそんな事を知ってる仲なんだ…)

「いや、分かんない。共闘してる時に偶然会った人がそう呼んだのを聞いたんだ」
アルは言いながら私の隣にどかっと座った。
「もしかしたら他のギルドに居た時に使った名前かもしれないけど…」

「どいて」
キアラはやはり怒っているようだ。アルの座っている椅子を蹴飛ばし、アルは体勢が崩れて椅子から降り、席を空けた。

「ひどーいクラ…」

「アル…!!」

言いかけた言葉をキアラが鬼の形相で遮るとアルに向けて拳を振り上げる。

「わ~ごめん、ごめーん!」

そのままアルがひとつ隣にずれると、キアラは自ら蹴った椅子を直してそこに座った。

「キアラとアルって仲いいね」

「そう?あ、早漏って言ったのはただの勘だよ」
キアラは出された酒をがぶがぶと飲む。

「そうなんだ」

「そんな感じしない?あいつ下手そうだし煩そうだしムードなさそうじゃん」

「いや…分かんない」
同意を求められても、経験の無い私にとって未知の世界だ。

「おーい…隣にいるんですけどぉー」

勿論そんな事分かっていてからかう為にわざと言っているのだろう。アルが会話に参加しようと身を乗り出すと、キアラはそれを隠す様に更に身を乗り出す。

「あーうるさーい」

「二人は本当に仲がいいね」

「そう?まぁ、喧嘩友達って所かな。リブラは…ジーンが好きなんでしょ?」

キアラはネックレスを指差してニヤリと笑う。当然ながら、今ここに居たギルドのメンバーには先程のやり取りを見られている。

「えっ…ち、違うよ…っ!!」

「へぇ~そうにしか見えないけど」
キアラがニヤニヤ笑う。

「………」
(え? そうなの? 何で?)

皆は当然ウルフの事を知らない。だから他人から見るとそう見えてしまうのだろうか。
ふとキアラを見るとその隣に座っているアルが頬杖をついて何かボソッと呟いた。

「……あんな奴のどこがいいんだ……」

「アル、今何か言った?」
(ちゃんと聞き取れなかったけど…)
ジーンを否定する様な事を言った気がした。でもアルは人当たりが良くて、他人の悪口なんて言わないし、誰とでも仲良くなれる人だ。そんな事を言う訳が無い。

「いや、なーんも」

(変なの…)

「皆様お疲れ様です」
声のした方を見ると依頼を終えて帰って来たであろうエルヴェシウスが両手にワインボトルを持って微笑んでいる。
「差し入れを頂いたので皆様で如何ですか?」

依頼の内容によってはこうして依頼主から差し入れを貰う事がある。現金を直接貰う事もあるが、物でも金でもチップとして受け取っていいことになっている。

「ラッキー!今日いて良かった~」
「あんたいつも此処にいるじゃん」
アルの言葉にキアラがすかさず突っ込みを入れる。

「ボルドウィンさんも宜しければ」
「お~!嬉しいね!ありがたく頂くよ!」
バーの店主ボルドウィンがカウンターに座っている人数分のグラスを其々の前に出してくれた。エルヴェシウスからボトルを受け取るとそのグラスに一杯ずつ注いでいく。
私の前に置かれたグラスにボトルを傾けられたので手を添えたが、注がれた酒の勢いが強すぎてグラスから少し溢れた。

「あ~すまん! すまん! 服にかかったかな?」

ボルドウィンが焦った様子でカウンターに溢れた酒を薄汚れた布で拭く。

「大丈夫」

私は親指に付いた酒を舐めた。
その時こちらを見ているアルの視線に気付いた。アルの口はぽけっと開いて気のせいでなければ視線は私の口元に向いている。

「アル?どうしたの?」

ぼーっとしていたアルは、声を掛けた瞬間にはっと覚醒したようで、ぶんっと音がする程に勢いよく顔を背け、頭を抱えた。

「ち、違う…!! 俺は…俺はそっちの人間じゃない…っ!!」

「何?さっきから何をぶつぶつ言ってるの?」
私達の間にいるキアラに問い掛けるように視線を向けた。
「何かアル最近おかしくない?」

「…さあ? いつもおかしいから分かんない」

キアラは何故かニヤニヤと笑っている。何かあるのだろうか。問おうとした時

─────ガタンッ!

部屋の奥からした大きな物音に全員が振り向いた。見るとゼロが盛大に舌打ちをして、倒れかけたトイレのドアを支えていた。

「外れたの?」

「ああ、この建物もあちこちガタが来てるなぁ」

「建て直せばいいのに」

「簡単に言ってくれるな。幾らかかると思ってるんだ。………まぁ…誰かが伝説の魔導書でも持ち帰ってくれれば直せるんだが…豪華絢爛な城にな!」

ゼロは外れたトイレのドアを直しながらカウンターに居る私達に向けて言っているようだ。

「伝説の魔導書を知ってるか?」

ボルドウィンの声に全員がそちらに向き直る。

「知らない奴なんていないでしょー」

アルの言う通り、どのギルドに行っても伝説の魔導書の捜索依頼が貼られている。ギルドに所属している人間は誰もが知っている。そして誰もが手にしたいと願う『伝説の魔導書』それは最早存在するのかどうかすら疑わしいと言われている。

「誰か見つけて来てくれよ!」
ボルドウィンがグラスを片手にガハハ!と笑った。

「ボルドウィンもギルドを建て直したいの?」

「いや、伝説の魔導書は禿げも直せるって聞いたからなぁーガハハ!」

私の質問にボルドウィンは大口を開けて笑い、てっぺんの髪の無い地肌をパシパシと叩いた。そこにいた皆がふふっと笑ってしまった。

「リブラは興味ありますか?」

エルヴェシウスに聞かれ、私は微笑んで頷いた。

「勿論。興味の無い魔導師なんていないでしょ」

こんな時、どうリアクションを取るのが正解か生前ウルフと対策を練っていた。下手に興味が無いなんて言えば変わり者扱いされて無駄に注目を集める羽目になる。

「そうですか…何の為に?」

「え…そりゃあ…お金の為しかないでしょ」

どこのギルドに行っても伝説の魔導書には高額な報酬がついている。

「へぇ…貴女の様な方が報酬目当てとは意外ですね」

(………鋭いな)
「エルヴェシウスは興味が無いの?」

「ふふっ…私も魔導師ですからね。勿論興味ありますよ。どんな物なのか…ただの興味本位です」

「へぇ」(なるほど。そう答えれば良かった)

「伝説の魔導書の効力がさぁ、不老不死だったらいいな。そしたら幾らでも払うよ」

いつの間にか帰って来ていたルゥがエルヴェシウスの隣に座りながら言うとキアラがすかさず突っ込む。

「金無いじゃん」

「不老不死なんだから時間を掛けて払えばいいでしょ?」

「払う相手は不老不死じゃないでしょ? 坊ちゃんはお馬鹿ちゃんでしゅね~」

ルゥはぷぅっと膨れっ面を見せた。
「そう言うキアラは?」

「私は…まぁ報酬を考えれば興味無くはないけど…本当にあるのかも疑わしい」

眉間に皺を寄せ肩を竦めるとアルも同意した様に頷いた。

「俺も興味なくは無いけど。でも俺は唱えられないからな」

「へぇ~」
剣士二人との温度差に思わず声が漏れた。

「魔導師じゃない奴はそんなもんじゃない?」

キアラが言うと、また同意する様にアルが頷く。

「願わくば平和的なさ、そういうのだったらいいけどね。その~…攻撃的なやつじゃなくて」

今まで居たギルドでも幾度となく伝説の魔導書の話題はあがった。だけどアルみたいな事を言う人は初めてだ。平和主義っぽいアルらしい考え方だ。

「でも伝説の魔導書って言う位だから、恐ろしい物なんだろうな」

アルのこの言葉を最後に話題はエルヴェシウスの貰ってきたワインに移った。後から来たルゥもそのワインを飲みながら話しは今日の仕事に移る。

私は適当に相槌を打ちながら皆の伝説の魔導書に対する考え方を思い返していた。

アルが意外にも鋭い事を言うので驚いた。

伝説の魔導書は平和を目指す人によって作られた平和的な魔法。攻撃的要素は一切ない。
ましてや私利私欲を満たす為の物なんかじゃない。



そして伝説の魔導書は─────



私の中に存在する。



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