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第三十七話 オフラインの絆
しおりを挟む私、けっこう長い間プレイしてるMMORPGがあるんですよ。
始めたてのころに出会って、初心者同士ということで仲良くなった友人がいました。
彼女とは数少ない同性の友人であるということもあり、かなり長い付き合いになったんです。
そのゲームにはプレイヤーが自由に設立できるギルドシステムがあるんですけど、中級者ぐらいになった頃に彼女と二人でギルドを立ち上げました。
たいていのギルドは高難易度のダンジョンを攻略するために立てられますし、入るギルドを探す人もそういう目的です。
中級者が立てた無目的のギルドにはあまり人は集まりません。
でも、人数が多ければその分管理も大変になるし、そもそも目的が交流ですからね。
みんなと仲良くするには、小規模な集まりぐらいがちょうどよかったんです。
そういうアットホームなギルドで仲間との絆を深めながら、私と友人はますます仲良くなっていきました。
ネットから始まった知り合いでしたが、仲良くなると個人情報なんかも特に隠さなくなっていきます。
あるとき荷物のやり取りをすることがあって、住所も本名も抵抗なく教え合いました。
そのうち写真も送り合うようになり、顔も知っています。
お互い「もうリアルの友達も同然だよね」なんて言い合っていました。
だからリアルで会うことにも抵抗なんかない仲だと思ってたんです。
ひとつネックがあるとすれば、彼女と私の住所があまりにも離れすぎていたことです。
気軽に「会おう」なんて会いにいける距離ではありませんでした。
そんなこんなで、ギルド設立から3年近くたった頃でしょうか。
ギルドで「オフ会をしよう」という提案が上がりました。
あれよあれよと話は進み、メンバーの住所は全員バラバラなので、東京に集まろうということになりました。
私は思わぬ機会に(ついに友人とリアルで会える!)と舞い上がりました。
しかし、当の友人があまり乗り気ではない様子なんです。
友人も当然私と会えることを喜んでくれるものと思っていたのに……。
それで、何か事情でもあるのか尋ねてみました。
「どうしても外せない用事があって……」
というので、それならと
「日程はまだ本決まりじゃないから調整できるよ、いつなら都合いいの?」
と訪ねても、煮えきらない返事しか返ってきません。
何度聞いても、曖昧に濁されるばかり。
それでも諦めきれなくて、必死な説得を続けました。
この機会を逃せば友人と会える機会なんてもうそうそうないと思ったんです。
私のあまりのしつこさに根負けしたのか、友人はついに詳しい事情を話し始めました。
「実は私、結構な借金を抱えてて、生活するのがやっとで……
とても東京までの旅費や宿泊費を支払えるような状況じゃないし、仕事も掛け持ちしてるから休みを取るのも難しいの。
ごめん、こんなこと恥ずかしくていままで話せなくて……
でもあんたと話すのが楽しくてそれだけが心の支えだから、生活費を切り詰めてなんとかスマホだけは維持してたんだ」
それを聞いて、私は自分が恥ずかしくなりました。
彼女が苦しい生活の中やっとの思いでプレイしているゲームで、毎日会っていたのに何も気付かずのうのうと楽しんでいた。
そして自分のことしか考えず『会いたい』って気持ちを優先して彼女の隠しておきたかった私生活の恥を暴いてしまった。
反省した私は、もう友人をオフ会に無理に誘うのはやめました。
そして「恥ずかしくて話せなかった」という言葉を考え、その件には触れないよう、今まで通りにゲーム内での交流を続けました。
彼女も気まずい思いもあったろうに、無理に聞き出した私に対して腹を立てるでもなく、態度を変えずに私と接してくれたんです。
やっぱり彼女は最高の友達だと思いました。
一度も会ったことがなくても、私たちは親友だと、そう思いました。
彼女が参加しないとしても、オフ会の話は進んでいきました。
そこで私は思いついたんです。
(オフ会のために休みを取ったついでに、サプライズで彼女に会いに行こう)
住所を知っているのですから不可能ではありません。
一目会って、オフ会記念のお土産を渡して、それで満足して帰るつもりでした。
そしてついに、オフ会の当日がやってきました。
ギルドのメンバーと集まってゲーセンでプリを撮ったり、カラオケでゲームのキャラソンを歌ったりと、大いにはしゃぎました。
その夜に一泊して、午前中にカフェでもう一度集まって、それから昼前に解散という流れです。
まあ、私たちは高難易度ダンジョンに挑むわけでもないのにゲームを第二のふるさととしている住民です。
泊まったホテルからもログインしてゲーム内でも顔を合わせたんですけどね。
参加できなかった彼女ももちろんそこにいました。
「みんなオフ会楽しんできた~?」
なんて。ほんと、いつもどおりの彼女がそこにいたんです。
カフェの後は駅前で解散し、めいめい長距離バスや新幹線で自宅へ帰っていきましたが、私だけはそのまま彼女の家へ向かいました。
マップアプリで住所を入れてルート検索して、ついに私は彼女の家へ到着。
(この時間ならいつもゲームにログインしてる頃だし、家にいるはず。
迷惑にならないように、これだけ渡してすぐに帰ろう)
お土産の入った紙袋を握りしめて、ドキドキしながらインターホンを鳴らしました。
ピンポーン……
玄関の扉が開かれ、中から出てきたのは友人ではなく、見知らぬ中年女性でした。
「どちらさまでしょうか?」
「えっと…… あの、あれ? あの……」
彼女はたしか一人暮らしと聞いていました。
一瞬(家を間違えた!?)と思って表札を確認しますが、合っています。
それに、女性の顔をよくよく見ると、彼女の面影があるようにも思えました。
戸惑う私に、女性は「ああ」とうなずきました。
「もしかして娘のお友達ね?
お線香を上げに来てくれたのね、あがってください」
「娘さん?」
「ほら、あがって」
女性の口調は穏やかでしたが有無を言わさぬ雰囲気がありました。
言われるまま靴を脱いで家にあがりました。
通されたのは居間でしたが、そこにあったのは仏壇で、写真立てに飾られていたのは、まぎれもなく彼女でした。
私は言葉を失いました。
顔面蒼白のまま震える手でなんとかお線香を上げ、手を合わせました。
振り返ると、女性がお茶を運んで来てくれたところでした。
「どうぞ座って。娘の話を聞かせてくださいな」
「は、はい…… あの、彼女は、いつ……」
だって、昨日の夜までゲーム内で会ってチャットを楽しんでいたんです。
オフ会の報告をするメンバーの話に相槌をうったり、ゲームのストーリーについて語り合ったり、ガチャが渋いなんて話もしてました。
それなのに。
「ちょうど1年前です。仕事の帰りに交通事故で」
そんなこと、ありえない!
「仲良くしてくださっていたんですね」
そう言われて初めて、自分がボロボロと涙をこぼしていることに気が付きました。
「私、いつも…… ゲームで、一緒に遊んでて……
その、仲間との、集まりが…… あって、それで
参加できなくても、せめて、と、思って、これ……
みんなも、おそろいで買った、これ、お土産……」
途切れ途切れになりながらもなんとか説明しようとしましたが、うまくしゃべれないんです。
声が震えて、まるで自分の口が自分のものじゃないみたいで……。
私の言葉を遮ることなく、女性はただ黙って聞いてくれました。
そして私が差し出した紙袋を受け取ってくれて、一言
「ありがとうね。あの子はこういうの一番喜ぶと思うわ」
と言ってほほえみ、紙袋を仏壇に供えました。
私はそれを見て、また泣き出してしまいました。
彼女が既に亡くなっていたなんて、どうしても信じられなくて……
でも、彼女のお母さんらしき女性と話して、やっぱり彼女は亡くなっているんだ、って実感がじわじわと迫ってきて。
私はそのまま彼女の家を出て、ふらつく足取りで駅前までなんとかたどり着きました。
もともと急な思いつきでしたから宿の予約など取ってはいなくて、最初からネカフェに泊まるつもりだったんです。
適当なネカフェを見つけて、PCからゲームにログインしました。
この時間なら彼女はとっくにログインしているはずでした。
毎日ログインしていたんです。
なのに、彼女の名前はそこにありませんでした。
翌朝、新幹線の中でスマホから確認しても、帰宅してから確認しても、彼女はオフラインのまま。
それ以来、彼女がオンラインになることはありませんでした。
私は強引に他人の秘密を暴いたことを後悔したばかりだったのに、またやらかしてしまったようです。
彼女が本当に隠したかったことは、オフ会に行けない本当の理由は…… 私が知ってはいけなかったんだ。
あのゲームは、同じ会社から新作が出て、今ではすっかり下火になっています。
ギルドのメンバーもみんな新作のほうへ移行してしまいました。
でも、私は、私だけは、あのゲームをやめられずにいます。
もしかしたら、いつか、彼女がひょっこり戻ってくるんじゃないか……
そんなかすかな希望を捨てきれずにいるんです。
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