46 / 61
第四十五話 湖の秘められた物語
しおりを挟む私の夫は外国人なんです。
新婚旅行先を決めるときには、私の生まれた国をもっと見てみたいというので
『にぎやかな観光地よりも、昔ながらの日本の風景を味わえる場所を』
と、ある田舎の湖のほとりにあるコテージを借りてゆったりと過ごすことにしました。
そこで体験したお話です。
まあ、にぎやかな観光地ではないとはいえ、連泊できるコテージが設置されている場所ですからね。
それなりに景色の良い場所もあるし、お土産屋さんだってあるんですよ。
それに、この土地で毎年開催されているローカルなお祭りがちょうど時期だったらしいです。
狙ったわけではなかったんですが、珍しいものが見られそうで運が良かったと思いました。
夫と二人で湖をバックに写真を撮影し、カフェでお茶を楽しみながらデジカメの画像を1枚1枚チェックしていました。
すると不思議なものが写り込んでいるのに気がついたんです。
なんだか、青白い、炎……? のようなものが湖の上に浮かんでいるような、そんな写真がありました。
同じ場所で撮影した他の写真には写り込んではいなくて、そのたった1枚にのみ、しかし鮮明に現れていたんです。
『これを撮影するとき、走っている車のミラーに光が反射するなどして、一瞬だけそう見えるなにかが発生していたのかもしれない』
私たちはそう思うことにして、特に気にとめていませんでした。
その夜、コテージの窓から湖面に写るまん丸い月を眺めていると……
湖の上に、青白い炎のようなものが浮かんでいるではありませんか!
今度は写真の写り込みなんかじゃありません、この目で確実に見たんです。
その夜はもう、景色を楽しむどころではなくなってしまって、夫と手を取り合って震えて眠りました。
そして次の日、お土産屋さんで買い物をしながら、ふと、地元の人なら何か知っているかもしれないと思って、聞いてみることにしたんです。
「すみません、私たち昨夜、湖に浮かぶ青白い炎を見たんですけど……」
『この町で行われてる独自の漁法』とか、そういうなにかであって欲しい。
そう言って笑い飛ばして欲しい。
ところが、お土産屋の店員は別の意味で私たちの恐怖を笑い飛ばしました。
「あらやだ、あんたたち、あれはおとぎ話だよぉ。
そんな話を信じちゃったのかい?」
「おとぎ…… 話……?」
だって、私たちは確かにこの目でリアルに青白い炎を見たというのに。
二人そろって幻覚を見たとでも言うのでしょうか?
なんだかすっかり気持ちも沈んでしまって、夫と一緒に肩を落としたままコテージへ戻りました。
「あーあ、せっかくの新婚旅行なのになぁ……
ごめんね、へんなことになっちゃったね」
そうぼやいていると、夫が首をかしげながら訪ねてきたんです。
「オトギバナシって、ナニ?」
夫は外国人で、日本語はある程度理解していても、日本の文化にはあまり精通していません。
私は『おとぎ話』という言葉の概念について説明しました。
そして、その話の途中で気がついたんです。
湖上に浮かぶ青白い炎、その話を明確に指してあの店員は『あれはおとぎ話』と言ったんですよ。
メジャーなおとぎ話にそんな話があるなんて私は知りません。
『川を桃が流れてきた』とか『たぬきが茶釜に化けるのを見た』とかいう話であれば理解できますよ。
そんな話をしている人を見れば私だって、おとぎ話を真に受けたんだろうって思います。
だけど……
気を取り直して、私たちは次の日から『おとぎ話』について調べてみることにしました。
地元の人への聞き込みや資料館で調べてみた結果、どうやらこの土地には昔から言い伝えられている伝説があるということがわかりました。
その伝説の内容はこういうものです。
──昔々、この湖には精霊が住んでいた。
町の住人たちも精霊を敬う気持ちを持ってお互い尊重しあって生きてきていた。
ある時期に、精霊と意思疎通することのできる女性が生まれた。
この女性は町の人々から神の使いだと崇められ、まるで宗教の教祖のように持ち上げられるようになった。
だが、女性以外には精霊の存在を直接感じ取れる者はいないので、なかには女性の言うことを信じない者もいた。
精霊の存在すら信じない者も出始めた。
そういう者たちは湖を敬う気持ちを忘れ、湖を、土地を汚した。
町を守っていた精霊の力はどんどん弱まっていった。
さらに、町の人々の気持ちが離れるにつれ精霊も町を守る気持ちを失いつつあった。
女性はこの状況をなんとかしようと双方に働きかけていたが、どうにもならなかった。
ただ、女性を信じない者からの反感を買うだけだった。
ある時、とうとう精霊の守りが薄れた影響が現れた。
町はとたんに災厄に見舞われたのだ。
作物はうまく育たず、人々は病に倒れた。
それでも女性は町を救おうと、毎日湖に通って必死に精霊を説得していた。
通りすがりの町人がその後姿を見たとき、何の拍子かたまたま一瞬、精霊が青白い炎のように浮かんで見えてしまった。
それを見た町人は『あの女が湖で怪しげな魔術を使っていたのを見た』と吹聴した。
町中がその言葉に踊らされ、町の災厄もすべて女性の、魔女の仕業であると思い込んでしまった。
弾圧されたショックで女性は湖に引きこもってしまった。
女性の働きかけでかろうじて残っていたわずかな精霊の守りが、完全に失われた。
とたんに町の状況は悪くなるばかり。
町が全滅するかに思われたまさにその時、男性の旅人がやってきた。
事情を聞いた男性は、話に聞く『恐ろしい魔女』がどのような者か、興味本位で湖に見に行った。
ところが、男性は女性にひとめぼれをしてしまった。
滅びかけた町に留まり、男性は毎日湖に通って、女性を口説いた。
ついに女性も熱意に負け、男性の愛を受け入れることになった。
二人は夫婦となり、そろって男性の故郷に帰ることになった。
生まれ育った土地だが、女性にはもう未練はなかった。
この精霊と意思疎通する能力も、この地を離れるとあってはもう必要のないもの。
最後の力を振り絞って、町の全滅を阻止すべく、精霊に働きかけた。
精霊は呼びかけに応じ、町はすんでのところで救われた。
町の人々が真相を知ったのは、二人が姿を消してずいぶんたってからのことだった。
何年か経過してから、再び精霊と意思疎通できる者が生まれたのだ。
その者が成長し、精霊の言葉を人々に伝えることができるようになったそのとき、精霊の口から真相が語られたのだった。
町の人々は自らの愚かさを悔い、精霊と女性に感謝をささげる祭りを開催することになった。
それが、この土地で毎年行われている祭りのはじまりだとされている──
これがおとぎ話だなんて思えないんですよ。
私たちが見たの、きっとこのお話に登場する湖の精霊ですよね?
きっともう長いこと、この土地に精霊と意思疎通できる者は生まれていないんでしょうね。
町の人々はみんな『おとぎ話』だなんて思ってるけど、精霊への感謝の形を『祭り』という形式で後世に残したことで、いまだ町への守りが保たれているのかもしれませんね。
私はこの土地で生まれたシャーマンではないけど……
『土地』の解釈をもっと広くするならば、この国で生まれた私、そして国にとっての『よそ者』である外国人の夫。
この物語の登場人物に符号する部分があると思いませんか?
精霊たちは、私たち夫婦の姿を見て、昔々にあったこの出来事を思い出していたのかもしれない。
それで、ちょっとだけ姿を見せてくれた。
今ではそんなふうに思ってるんです。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/17:『えれべーたー』の章を追加。2026/1/24の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/16:『せきゆすとーぶ』の章を追加。2026/1/23の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/15:『しばふ』の章を追加。2026/1/22の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
