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第四十九話 響き渡るサイレン
しおりを挟む『救急車の音が聞こえたら、親指を握り込んで隠さなければならない。
そうしないと、親が救急車で運ばれてしまう』
俺が通っていた小学校では、こんな都市伝説が広く言い伝えられていました。
救急車のスタート地点となる救急救命センターが近所にあるので、登下校中に救急車の音を聞くのはめずらしいことではなかったんです。
最初は、そんな環境から生まれた単なる子供の作り話じゃないかと思ってたんですよね……。
そんなジンクス、俺は全然信じてなかったんです。
だって俺が親指を隠す隠さないに関わらず、救急車が出発してる時点でもう行き先は決まってるんですよ。
低学年の頃は信じてビビって毎回隠してましたけどね、さすがに高学年ともなるとそういうこと理解し始めるじゃないですか。
特に俺は同級生にかっこつけて見せたくて、毎回あえて親指を立てて見せるポーズなんかとっていました。
でも、一度も親が救急車で運ばれるような事態になったことなんかありませんからね。
それこそがこの都市伝説がただの迷信であることの証明になるでしょう。
そう、思っていたんです。あんなことがあるまでは。
ある日の下校中、俺はいつものように友達のAと歩いていました。
すると、救急車の音が聞こえてきたんです。
「あっ、サイレンだ!」
Aがそう言い、慌てて親指を握り込みました。
「おまえまだそんな迷信、信じてるのかよ」
俺はそう言って、いつものように開いた手のひらを見せつけていました。
それでもAはかたくなに親指を握り込んだまま、硬直しています。
サイレンが遠ざかってすっかり消えたころ、やっと緊張を解いたように手を開き、歩きはじめました。
「はあ、やっと聞こえなくなったね」
「いつまでそれやんの? 高学年にもなってさあ。
中学生になったらきっともう誰もやんなくなるよ」
「いや、俺は意地でもずっと続けてやる!」
「んはは、なんの意地だよ」
そんな会話をしながら歩いていると、また救急車の音が聞こえてきました。
「またか。今日は多いな」
そう言ってAを見ると、なんだかキョトンとした顔をしています。
「あれ、おまえ、隠さなくていいの?」
「なにを?」
ますますキョトン顔になっていくA。
救急車のサイレンはどんどん近づいて来るんですよ。
(こいつ、さっきまでは『意地でも続ける』って言ってたのになんだその顔は)
「ほらほら。俺は隠さないけどね」
そう言って親指を立てる『イイネ』のポーズをしてみせました。
それでも、Aの反応は本当に心底わけがわからないといった感じなんです。
まるでサイレンの音が聞こえていないかのようでした。
次の瞬間、突然耳元で不気味な声が聞こえたんです。
『親指、みいつけた』
俺は驚いて振り返りましたが、そこには誰もいませんでした。
確かにすぐ後ろ、接触してしまうくらいの近くから聞こえた感じがしたのですが……。
「なあ、いま誰か何か言った? なにか見つけたとかって」
そうAに尋ねてみましたが、何も心当たりはなかったようでした。
俺は首をかしげながらAと別れて帰路についたんです。
家に帰り着いた俺は心底恐怖しました。
救急車が家にいて、まさに母親を運び出しているところだったのです。
原因は、そばアレルギーでした。
俺の母親はいつも食べるものには気を使っていたのですが……
その日はたまたま来客があり、手土産にもらった菓子パンを食べたそうです。
母の友人もアレルギーのことを知っているから、そば粉を使ったパンはひとつも購入していませんでした。
ただ運悪く、食品アレルギーに対する認識が甘いパン屋を利用してしまった、それだけです。
食べたパンそのものにそば粉が使われていなくても、そば粉を使うパンと同じ工房で作った製品では反応が出ることがあるんです。
余談ですが、そのパン屋は製品ごとにアレルゲン表示をしていたのに今回の事態が起こったことで、消費者庁から指導が入ったそうです。
幸い、母親は一命をとりとめました。
パンを一緒に食べていた母の友人の通報が迅速だったのと、救急隊員の素早い対処が間に合ったおかげです。
「こ、こんなの…… 偶然に決まってる……」
そう強がってはみたものの、どうしても自分の親指との関連を疑わずにはいられませんでした。
その日から俺は、自分の親指を他人に見られることが恐ろしくなりました。
サイレンが聞こえるたびにAに見せつけていた『イイネ』のポーズもやめました。
Aは不審げな顔で見てきますが、もうなりふりかまってはいられませんでした。
とはいえ(いままであれだけ粋がって、急に手のひら返すのもダサい)という気持ちも拭えません。
救急車が通ると俺はポケットに手を入れて、誰にも気づかれないように親指を握り込むようになりました。
そのクセは中学生になっても続けていたのですが……
中学から友達になったBに気付かれてしまいました。
「なあ、なんで時々急にポケットに手ぇ突っ込むの?」
俺はドキッとしてしまいました。
だけど、Bは別の小学校出身なので、救急車と親指の都市伝説を知りません。
当然、俺が高学年の一時期、ずっと粋がっていたことも知りません。
誰かに話を聞いてほしいという気持ちもありました。
(Bは信頼できる友達だ)
そう考え、俺はついにすべてを打ち明けたんです。
「ふーん。そっち小でそういう話が広まってたってのは知らなかったけど、わかるよ」
「……?」
俺はBの言う意味がわからず、黙って続きを待つことにしました。
「おまえの母親が運ばれた時に聞こえたサイレン、他のやつに聞こえてなかったんだろ?
それが『親指を隠さなきゃいけない本当の相手』なんだよ」
Bは話の内容にそぐわない笑顔でそう言いました。
俺は驚き、思わずポケットから手を出し、握り込んでいた親指を露出してしまいました。
「あっ」
俺の心を読んだかのように、Bはさらに続けました。
「今なってるサイレンは俺にも聞こえてるから大丈夫なやつ。
だけど、毎回他の人にも聞こえてるかどうかを確認してから親指を隠すなんて手間がかかるだろ。
だからそっち小では一律『サイレンを聞いたら隠せ』って定着したんだろうね」
Bはそう言って、俺に向かって『イイネ』ポーズをして見せつけてきたんです。
それはまるで、かつての俺でした。
俺はまたポケットに手を入れてつぶやきました。
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Bは神社の息子だったんです。
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俺は作り笑顔でそう返すのが精一杯でした。
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