先生を魔法使いにはさせません

No.26

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本編

02

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「……は……?!」
 雪本を、抱く? ……俺が?!
 それを聞いてひとつ、冷静になった。
 いや、この真面目な雪本が、教師である俺にそんなことを誘うわけがないと。
 ようやくありきたりな可能性に辿り着いて、思わず笑みが溢れた。
「雪本、お前何か罰ゲームでもさせられてるのか?」
「違います」
「だってほら、俺、男だぞ?」
「知ってます」
 雪本は、余裕の笑みを崩さず、即答した。
 ……じゃあ本気で、俺が雪本を抱くか、雪本が嫌な噂を流すかの二択を迫ってるのか?
 何故?
 再び頭を悩ませていると、雪本は囁いた。
「大丈夫ですよ。……男の人に抱かれるの、俺、初めてじゃないですから」
「……え」
 予想外の言葉に、目を見開いた。
 雪本の艶やかな黒髪が、さらりとその目元をかすめた。
「抱いてみてくださいよ。先生のこと、魔法使いにはさせません」
 おい、待て、こいつ……非処女なのか?
 確かに、女みたいな綺麗な顔してるし、華奢だし肌も白いし、男に抱かれていても不思議じゃない……。
 …………って、
「待て! 俺は童貞じゃない!!」
「あ、そうでした。じゃあ、それを身をもって証明してみてくださいよ? いつもしてるみたいに、俺のこと抱いてみてください」
 雪本は、必死な俺を眺めながら、笑みを浮かべてそう言い切った。
 ……くそっ、こんな余裕な態度で……!


「くそっ、なんで部屋にまで呼び込んでしまったんだ……!!」
「先生、隣の人に迷惑ですよ」
 壁に拳を押しつけると、後ろで雪本がそう言ってくすくす笑う。いや、笑うな。
 ここは俺の家。1LDKの、変哲のないアパートの一室。
 なんだかんだで、学校からここまで一緒に来てしまった……。
 雪本は鞄を床に置き、
「じゃあ、俺、先にお風呂借りてもいいですか?」
「あ、ああ……タイマーで沸かしてあるから、勝手に入れ……」
 そう答えると、雪本はまた悪戯な笑みを浮かべ、
「あ、それとも一緒に入ります?」
「いや、いい!! 一人で入れ!!」
 俺はそう言って、ドサッと自分のベッドに座って腕をくんだ。
 そんな俺を見て雪本はくすくす笑いながら、風呂場に行った。
「はあ……」
 ……いや、おかしいだろ。
 十八歳の高校生と、二十九歳の教師だぞ。
 児童福祉法には触れないとしても、教師と生徒だ。見つかったらお互いにヤバい。ヤバすぎる。
 というか、なんで雪本と俺がセ……セックスする必要があるんだ?
 シャワーの音を聞きながら、部屋で一人、雪本と過ごした先生と生徒としての三年間を思い出していた。

 雪本が入学した、一年生のとき。俺は雪本が入ってきたクラスの担任だった。
 最初は周りにチヤホヤされる彼を見て、調子にのった美形なのかと、嫉妬に近い先入観を抱いていたが、花壇に水をあげる手伝いをする雪本や、体育祭で笑顔で声援を送る雪本を見て、悔しいけど本当に真面目でいい奴なんだと知った。
 二年生のときは担任ではなかったが、生物の授業は担当していた。
 雪本は俺の授業をいつも真剣に聞いてくれていた。学期末に提出されたノートの最後のページには、いつも『おつかれさまです』という吹き出しが書かれた可愛らしい動物のシールが貼られていた。律儀な奴だなあと思いながら、ありがとう、とシールの隣に赤ペンでメッセージを添えた。
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